重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









全ての始まりは全ての終わり。










でもね、続いていく物だってあるんだよ。










Act.55 










望美が心のかけらを全て取り戻し、浅水がこの空間に広がっている陰気を断ち切れば、重かった身体がようやく自由になる。
それぞれが自分の武器を手に、荼吉尼天へと構えれば、多勢に無勢と感じたのか。
荼吉尼天は望美の姿から、本来の姿へと戻っていた。

神との戦いはこれで二度目。
いくらほとんどの力を失ったとはいえ、ただの人間が神に抗うのだ。
容易なことではない。
八葉と力を合わせ、強力な術を放つ。
かすり傷だとはわかっていても、自分の持つ武器で攻撃する。
小さなことの積み重ねは、時間がかかろうともいつかは報われる。
事実、目の前にいる荼吉尼天も、随分と弱ってきているのがわかった。


「これで、最後っ!」


そんな掛け声と共に、望美が斬りつければ、断末魔の叫びが響く。
怨霊が相手なら封印をして五行へと還すが、今回ばかりは荼吉尼天を封印するつもりはないらしい。



まさに、存在の消滅。



倒された荼吉尼天は、その場から姿を消した。
浄化とは違う、まるで砂になって崩れ落ちるかのように、その存在が消えたのだ。


「終わった、の……?」


ポツリと零れた言葉。
目の前の出来事に、思考がまだ追いついていないらしい。
呆然として虚空を見つめる瞳は、どこか夢現にいるかのようだった。
だが、手放しで喜ぶ間もなく、どこからか聞こえる地響きと振動が身体に伝わってくる。


「何が起きているんだ!」
「荼吉尼天が消えた今、この迷宮は存在する理由を失った」
「迷宮が崩れるか」
「っくそ、急いで脱出するぞ!」


次第に強くなる揺れに、弱い部分から崩れ始める。
崩れた天井のかけらが振る中、出口を目指して駆け出した。





迷宮を抜け無事に鶴岡八幡宮へ出れば、迷宮の入口である扉が消えた。
まるで始めから、何もなかったかのように。
もう少し遅ければ、自分たちも扉のように消える運命にあったと思うと、ゾッとする。


「これで全てが終わりましたね」
「あぁ。乱れていた龍脈も、これで元に戻るだろう」
「うん、五行が満ちていくのがわかる」


白龍の言葉に、ようやく全てに決着が付いたのだとわかる。
荼吉尼天を倒し、龍脈の乱れが直る。
それは、数日の内に別れの日が来ると言うこと。


「とりあえず、白龍に五行が満ちるまでは、冬休みを使って鎌倉観光と行こうぜ」
「それもいいかもしれないな」
「でも、その前に!」


今後の在り方を将臣と譲が話していれば、望美が二人にストップを掛けた。
その、あまりにも強い言い方に、二人以外の人間も望美を見る。
望美はつかつかとその場から移動し、浅水の目の前で足を止めた。
迷宮に入る前の服装に戻ってはいるが、姿は迷宮にいたときのままだ。


「説明、してくれるよね。何であんなことしたのかとか、姿が変わったのかとか、心の、かけらのこととかっ……」


小さく睨み付けてはいるが、その瞳にはそれほど力はなくて。
それどころか、途中から声が震えてしまい言いたいことも満足に言えなくなる。
そんな望美を浅水はそっと抱きしめた。
ぽんぽんと子供にしてやるように背中を軽く叩く。


「うん、心配かけてごめん。ちゃんと説明するから」
「全くだね。浅水はオレを心配のさせすぎで殺したいわけ?」
「まさか。そんなことは……ない、と思う」
「浅水殿、その返事はどうかと思うが」


普段と変わらない会話。
それを交わせる今の時間が、どれだけ幸せなのかがわかる。
自分がいて、みんながいる。
それだけで。


「じゃあ、一度帰ろうか」


説明は家に帰ってから。
浅水がそう言えば、有川邸へ向けてと歩き出す。
まだ朝も早い時間帯は、道路も人通りが少ない。
戦闘を終えて疲れているはずなのに、みんなの顔はどこかすっきりとしていた。





リビングに集まり、全員の手にお茶が渡ったところで、浅水は迷宮での出来事を話し始めた。

荼吉尼天は望美の心のかけらに根を張っていたが、自分には身体に張られていたということ。
そもそも、一度死んだ自分の身体を構成したのは四神で、本当ならば現代での姿が浅水自身の姿。
けれど、思っていた以上に四神の力は、浅水と深いところで繋がっていたらしい。
そのために、四神の力の媒体である小太刀を使い、繋がりを断ち切るために自らを刺した。
荼吉尼天に体をあげると言って取り憑かせたのは、あわよくばそれで荼吉尼天が消えないかという願望もあったのだ。
結局、荼吉尼天が消えることはなく、今度は望美の体を取ろうとしたのだが。


「だから、あるべき物はあるべき姿へ、なんですね」
「まぁ、一種の賭だったことに変わりはないけどね」


そう言った弁慶に、浅水は頷いた。
浅水と繋がりが途絶えた身体は、四神の力の集合体。
器を構成する必要がなくなれば、力は自然と四神へ戻る。
そのため、浅水が消えたように見えたのだ。
そして、器が消えれば使える身体は自分自身の物しかなくなる。

浅水が夢で見ていた空間。
実際にその空間で一人の少女と会ったことは、伏せておく。
現代に来てから自分は夢を見なくなったと、誰もが知っている。
だから、見ていた夢のこと自体教えていないのだ。


「じゃあ、心のかけらは?」
「いつの間に見付けてきたのか気になるわね」


望美に渡した心のかけら。
一度はそれを見付けるために、荼吉尼天の前から退却しようかとすら考えていたのだ。


「あれは……清盛公がね」
「清盛っ?!」
「伯父上が……」


清盛の言葉に反応したのは、将臣と敦盛だった。
敦盛は前日に清盛と会っている。
けれど、将臣は現代で一度も清盛と会ってはいない。


「そう、あの人も荼吉尼天に喰わたから。だからかな、心のかけらを持ってきてくれたのは」


吸収され、荼吉尼天と同化してしまった清盛もまた、心のかけらと共にあったに違いない。
だからこそ、望美に会う度に心のかけらを渡していたのだろう。
荼吉尼天を倒した今、彼は自分の愛する人たちの元へ行けたのだろうか。















楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
白龍がそれを言い出したのは、冬休みももう少しで終わるというその日の朝だった。

既に日課となってしまった有川邸での朝食。
その日も、望美は朝食を食べに有川家へとやって来ていた。


「あっ、浅水ちゃんってば今日も起きてる!」
「あのね、望美。いい加減、毎日同じこと言うの止めて欲しいんだけど」


望美のリビングへ入ってすぐの第一声は、ここ数日の間で定着してしまった。

荼吉尼天を倒し、元の姿を取り戻した浅水は、翌日からこれまでのように寝坊するということがなくなった。
それまでと同じように、毎朝決まった時間に目が覚める。
最近はそれなりの時間に起きてはいたが、朝食前に浅水が起きるというのはほとんどなくなっていた。
それだけに、驚いたのは望美だけではなかったのだ。


「それも、四神が構成した器と何か関係してたのかもな」
「そうですね。二つの身体を使い分けることで出来る負担を、睡眠という形で減らそうとしていたのかもしれません」


全ての始まりと終わりは、同じ場所から。
それを考えると、弁慶の言葉もあながち間違いとは言えなかった。


「神子、五行が満ちた」


そんな中、白龍の声がリビングに響いた。
それほど大きいという声でもないのに、話をしている人たちにもハッキリと届く。
五行が満ちたということは、時空の狭間を開けるということ。





別れの日が、やって来た。





いつかはこの日がやってくるとわかっていたはずだった。
けれど、幸せな時間に慣れてしまい、その日が来ることをすっかり忘れていたというのが本心。


「んで、時空の狭間はどこに開くんだ?」
「鶴岡八幡宮だよ。あそこが一番強い力のある場所」


望美が無意識の内に迷宮を作ったのも、鶴岡八幡宮だった。
これも何か関係しているのかもしれない。


「あまり人が増えてもいけないな」
「だったら、早い方がいいかもしれないね〜」
「ならば、朝餉の後の出発だな」
「そうですね」


少しばかり空気が重くなる。
けれど、誰一人としてそれを指摘しないのは、これ以上空気が重くなるのを嫌ってのこと。
どうせなら、笑顔で別れたいと思うのは、誰も一緒だった。





鶴岡八幡宮へたどり着けば、現代へ残る者たちと、自分たちの世界へ帰る者たちとで向かい合う。
どうやら将臣も現代へ残るらしい。
和議を成立させたのだから、還内府はもういらないと彼は笑いながら言った。
一人一人が別れの言葉を告げる。


「浅水」


そんな時、ヒノエは浅水の名を呼んだ。
浅水が今立っているのは、望美たちと同じ場所。
あちらの世界へ帰る人たちとは、違う場所だった。
何か言いたげな瞳は、深い悲しみを湛えている。
幾度となく口を開くが、それは言葉にならない。


「お前な、そこまでヒノエ苛めて楽しいか?」


そんな二人の様子を見ていた将臣が、浅水の髪の毛をくしゃりと掻き混ぜた。


「苛めてなんていないわよ。失礼な。でもま、からかいすぎたのは認めるわ」


軽く将臣の手を払いのけ、そのままヒノエの元へ歩み寄る。
正面で足を止めると、くるりとその場で回転して、今度は望美たちと向かい合う形になる。


「とりあえず、退学の手続きも終わってるし、叔父さんと叔母さんには机の上にある手紙、渡しといて」
「わかったよ。全く、浅水姉さんは相変わらず、そういうところはしっかりしてるよな」


そう、荼吉尼天を倒し、みんなが観光気分で現代を楽しんでいる頃、浅水はいろいろと駆け回っていた。
学校には退学届けを出し、自分の身の回り品を処分したり、これまで世話になった叔父と叔母に手紙を書いたり。
それらの全てが終わったのが、つい先日のこと。
今日に間に合って良かった、というのが浅水の今朝の内心である。


「将臣、譲。元気でね」
「おう」
「ああ」


改まった別れの言葉など、いらない。
そんな物がなくとも、互いの気持ちはよくわかっている。


「望美」
「浅水ちゃんっ!」


何か言うよりも早く、望美が浅水の首に何かを掛けた。
掛けられた物を見れば、それは彼女が大事に持っていたはずの、逆鱗。


「もしヒノエくんが浮気したら、それ使ってこっちに帰ってきていいからね!」
「おいおい、望美。それはないんじゃないの?」
「いや、その前に私が逆鱗持ってても大丈夫なの?」


思わず逆鱗を手に取れば、望美は「大丈ー夫!」と言いながら、もう一つの逆鱗を出した。
そういう問題ではないのだが、どうやら彼女はわかっていないらしい。
逆鱗を持っているのは、望美とリズヴァーンだったはず。
リズヴァーンを見れば、彼は何も言わずに立っている。
多分、望美あたりに強請られて渡したというところか。


「ま、有り難くもらっておくわ」


使う使わないは別として、せっかくの餞別品を無下にするつもりはなかった。


「浅水ちゃん、幸せにね?」
「望美も、譲と仲良くね」
「浅水姉さん!」


赤面して抗議の声を上げる従兄弟に、おや、と目を見張る。
このままでは、二人の仲が進展する日は遠そうだ。


「時空の狭間を開くよ」


白龍が言うと同時に、空間が二つに割れた。
その中に次々と身を翻していけば、空間に飲まれるように姿が見えなくなる。


「浅水、行こうぜ」
「うん」


時空の狭間の前に立ち、ヒノエが手を差し伸ばしてくる。
その手をしっかり握りしめてから、一度だけ大好きな従兄弟達と大事な幼馴染みを振り返る。


「またね」


そう告げて、ヒノエと共に時空の狭間へと飛び込んだ。
向かう先はもう一つの自分の故郷。
愛しい人と、これから共に歩んで行く世界。










人が持つのは生涯で一つの時間。



だが少女は言った。



自分の時間はいくつも重なっているのだと。



もしかしたら、いつかまた会える日が来るのかもしれない。



ならば、別れの言葉は、その時まで取っておこう。










いくつもの現在を重ねて 
君と一緒に、明日をずっと追いかけていこう 










完結!

2008/6/9



 
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