重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









望美の内なる空疎を埋めるには、心のかけらを全て集めなくてはならない。










現代で見付けていた心のかけらを、迷宮内で見付けることは不可能。










為す術もなく、望美が荼吉尼天に支配されるのを、黙って見ているしかないのだろうか。










Act.54 










一度体を失った人間が、再び同じ姿で現れることなどあるのか。



ヒノエと弁慶は出口のない迷路に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
自分たちの知る限りでは、一度死んだ人間が再び蘇るのは怨霊として。
そのいい例が敦盛だが、彼は彼で普通の怨霊とはまた違う物だと認識している。
そして浅水は自分を怨霊だとは言わなかった。
何より、彼女は聖域である本宮に拒まれることがなかった。

敦盛ですら、望美に触れて貰わなければ入れなかったのに、だ。

ならばどうやって。
思い返しても、どうやって蘇ったのか、その理由を浅水から聞いた覚えはない。
それは本人も理由を知らないからか、それとも、隠しているのか。
どちらにせよ、今の状況で聞こうとしても無駄なこと。


「恐らく、白龍の言葉が全ての答えなんでしょうね」
「あの、あるべき物はあるべき姿に、ってやつかい?」


白龍の言葉を言えば、弁慶が頷いた。
答えは既に明かされている。
けれど、それを理解できていないという事実に、少々苛立ちを隠しきれない。


「だったら、やっぱり浅水は……死んだってことになるのか?」


認めたくない事実。
そのせいか、言葉にするのも躊躇ってしまう。
ここで弁慶が頷く姿すら見たくない。
彼が認めてしまったら、いくら自分が否定していても、それが現実のことになってしまいそうで。


「……それがわからないんですよ」
「は?」


けれど、弁慶が言った言葉は、自分の想像していた物とは全く違うことで。
そのことに、思わず声を上げてしまう。
わからないとはどういうことか。


「ちょっと待てよ、それって一体……」


弁慶の言葉に、思わず疑問を投げかけようとしたときである。
突然、この場に存在する陰の気が跳ね上がった。
これほどまでに強い陰の気を放てるのは、一人しかいない。
咄嗟にヒノエと弁慶が荼吉尼天を見れば、先程までの気配はどこへやら。
まるで怒りに駆られているかのように、鋭い視線を望美へ向けている。


「こうなったら、神子の体だけでも!」
「きゃあっ!」
「神子!」


荼吉尼天の陰気に当てられ、望美が小さく声を上げる。
このままでは昨日の二の舞だ。
そう感じて、荼吉尼天の浸食を防ごうとするが、そもそも心のかけらに根を張っている以上、どうやれば防げるというのか。
心のかけらも見つかっていない。
見つかったところで、どうなるかもわからないというのに。
けれど、だからといって黙って見ているわけにもいかない。





何のための八葉か。





八葉という存在が神子を守るためにあるのなら、目の前で起きている状況に黙って見ていることなど出来ない。


「させるかっ!」


譲と景時が武器を構えて荼吉尼天に攻撃する。
けれど、半透明な存在にその攻撃が届くことはなかった。
弓矢は体をすり抜け、無人の床に落ちる。


「何っ」
「甘いわね。今の私は、体を持っていないもの。そんな攻撃、届くわけがないでしょう?」


少しでも考えればわかることだ。
だが、目の前の状況に、考えるよりも先に体が動いたと行った方が正しい。


「さぁ、その体を私に明け渡しなさい」
「っ、駄目……」


自分で自分の体を抱きしめ、抵抗を見せる望美の前に庇うようにして白龍が立つ。
その身体は淡く輝いていて、何らかの力を使ってるのだということは理解できる。
その力が何かまではわからないが、恐らく荼吉尼天の浸食を抑える物だということは、想像に難くない。


「龍神、どこまでも私の邪魔をするつもり?」
「神子はあなたに渡さない」
「けれど、すでにその体は私の物だわ。心のかけらに張った根は、神子の体全てに張り巡らされているのだから」


そうだ。
心のかけらに根を張ったままということは、荼吉尼天と共にいるということ。


「くそ、どうすればいいんだ……」
「……内なる、空疎」


手も足も出ない状態に歯噛みする。
そんな時、小さく呟かれた言葉は誰が言った物なのか。


「心のかけらを取り戻せば、荼吉尼天は神子の体を使えなくなるはずだ」
「敦盛、それは本当か?」


はっきりと強い言葉で言い切った敦盛に、疑惑の目が向けられる。
だが、それすらも真っ直ぐに受け止める瞳は、どこにも曇りがない。
嘘を言っている訳ではなさそうだ。
それに、こんなところで嘘を言ったとして、敦盛には何の特にもならない。


「でも、心のかけらがどこにあるかわからないじゃないですか」
「そうだね。それがわからないことには、望美ちゃんを助けることも出来ないよ」


心のかけらを見付けていたのは、大概が望美自身だ。
それに、迷宮に入っている今、心のかけらを見付けることは不可能に近い。


「さすがに、この状況のまま撤退することも出来ませんしね」


望美を置いて行くわけにはいかない。
このまま望美一人を残していけば、必然的にその体を荼吉尼天に奪われてしまうだろう。
これまでを見ても、奪った望美の体で何をするかわかった物じゃない。


「ならばどうする」
「昨日みたいに白龍に抑えてもらうか、景時の術で抑えるか」
「その間に逃げるって?そんなことしても、心のかけらが見つからなきゃ、状況は変わらねぇだろ」


三人寄れば文殊の知恵、とは良く言うが、これだけ頭数があっても、一向にいい案が浮かばない。


「ふふっ、私に隠れて内緒話?」


不意に声を掛けられ、思わず緊張が走る。
未だ望美の体は奪っていないらしく、そのことだけはホッとする。
けれど、安心してもいられない。

どうやってこの場を切り抜けるか。

恐らく、心のかけらを全て集めない限り、望美は荼吉尼天と共に有り続ける。
荼吉尼天を倒したとしても、共にあるのなら完全に倒したことには繋がらない。















「心のかけらは、ここにあるよ」















どこからともなく聞こえてきた声。

その声は聞き慣れた物。

けれど、この場には存在しないはずの物。


「お前は……」


荼吉尼天の視線は自分たちを通り越して、更に後ろへと向けられている。
その声が、どこか驚いているように聞こえるのは気のせいか。
振り返りたいような、けれど、振り返りたくないようなそんな感じ。
これは自分が見せている幻想ではないのだろうかと、思わず疑いたくなる。


「やっぱりあなたは消えなかったんだね。でも、望美の体はあげないよ」


次第に近付いてくるその気配に、誰もがゆっくりと振り返る。
視界に入った姿に喜んだのも束の間、直ぐさま驚愕に目が開かれる。


「浅水、ちゃん。その姿は……」


現れたのは確かに浅水。
この場にいる荼吉尼天以外の誰が見ても、その姿を間違えることはない。
自分たちの目の前で消えたはずの彼女が、どうやって再びここへ現れたのか。
それに、小太刀が胸に刺さっていたのを確かに、確認している。
だが、血で濡れていたはずの着物には、一滴もその血が付いている様子はなく。
傷どころか、小太刀を刺した事実さえなかったように見える。
それよりも、驚くべきはそこではなかった。

自分たちが最後に見た浅水の姿は、迷宮に入ると変わっていた、あちらの世界での物。
けれど、今はどうだろう。
着ている物こそ変わらないが、その外見はあちらの物と似ても似つかない。





現代での浅水の姿、その物。





どうして、とか、どうやって、とか。
聞きたいことは山のように浮かんでいく。


「質問は後から聞くわ。その前に、やらなきゃいけないことを済ませなきゃ」


言いがてら、片手で抜き身のまま転がっている小太刀を拾い上げ、刀身を荼吉尼天へ向ける。
白龍がリズヴァーンと弁慶に触れるなと言った小太刀を、浅水は躊躇いもなく手に取った。
ならば、今は何ともないのだろうか。


「私を倒そうというの?けれど、無駄なこと。私を倒しても、神子がいる限り私は消えないのよ」


何がおかしいのか、楽しそうに言う荼吉尼天はすっかりと自分が負けることはないと信じているようだった。
その油断こそが、命取りになる。
望美がいる限り、荼吉尼天は消えない。
それは、望美の内なる空疎が消えない限りだ。
心のかけらを全て集め、空疎を埋めてしまえば、望美は荼吉尼天に体を支配されることはない。


自分のように。


「望美」


名を呼べば、俯きがちになっていた顔を上げて自分を見つめる。
不安に揺れる瞳。
彼女のこんな顔は、最近ではあまり見たことがなかったというのに。
す、と手の甲を上にして、彼女の方へ手を差し出せば、両手を浅水の差し出した手の下に出す。
そのまま握っていた手を開けば、何かが望美の手の中に転がり落ちる。


「浅水ちゃん、これ!」


その正体を知って、思わず声を上げる。
望美の声につられて、彼女の手の中を見れば、そこにあったのは青い結晶。
自分たちが求めて止まなかった、心のかけら。

心のかけらは、光を放ちながら宙へと浮かぶ。
結晶はくるくると小さく回りながら、キラキラとした光を小さな粒子に変えた。

それはそのまま、望美に吸収されるように、彼女の体へと消えていく。
その様子を見ていた荼吉尼天の顔色が、見る間に変化しているのがわかった。
あれは人で言う怒りだろう。


「何てことを……!せっかくその体が手に入ると思ったのに」
「言ったでしょ。望美の体はあげないって」
「ならば、お前の体をもらうまでっ!」


そう言うと、荼吉尼天はこれまで以上の陰気を放ち始めた。
さすがに強すぎる陰気は、人の身が受けるには少々辛い。
その場に縫いつけられたかのように、体が重く感じる。
だが、浅水は気丈にも、ピンと背筋を伸ばして荼吉尼天と対峙している。


「残念だけど、私の体もあげない。それに、あなたの支配は、私には効かないよ」


言葉が終わると同時に、その場を駆け出す。
片手で持っていた小太刀を、両手でしっかりと握りしめる。
すると、その刀身が淡く光を放ち始めた。
大きく小太刀を振り下ろすが、荼吉尼天には傷一つ付くことがない。


「どこを狙っているの?私にはその切っ先すら届いていないわよ」
「私が切ったのは、あなたじゃないよ。……望美!」
「たぁぁっ!」
「っ!」


声を上げれば、浅水の後ろから風のように走り出していく、一つの。










浅水が斬った物は、この空間に広がる陰気。










約束が果たされるその瞬間を 










次回で終わる、かな……?

2008/6/8



 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -