重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









現れた荼吉尼天、消えた浅水の体。










なぁ、浅水。お前は一体何を考えていたんだ?










お願いだから、オレにその声を聞かせてくれよ。










Act.53 










突然現れた荼吉尼天に、誰もが警戒心を露わにする。
浅水のことは確かに気に掛かる。
だが、今はどうすることも出来ない上に、目の前にいるのはラスボスともいえる荼吉尼天。
ここで決着を付けられるかもしれないという事実に、どちらを優先すべきかは考えずともわかる。


「どうして……」
「あの子のせいで私は危うく消えかけた。けれど、白龍の神子。あなたが来てくれたから私は消えずにすんだわ」


話が見えない。
そう思うのに、荼吉尼天の言わんとしていることは理解できた。
あの子とは恐らく浅水のこと。

一人で迷宮に来たのは、荼吉尼天を始末しようとしていたのか。
だが、望美がこの場に来ればそんなことは無理だと、浅水ならすぐにでもわかるはずだ。
現に荼吉尼天は自分たちの目の前にいる。
だとしたら、一体何のために。
わざわざ自分の命を捨ててまで、浅水は何をやろうとしていたというのか。


「私が来たから消えずにすんだって……」


意味がわからずに、望美が言葉を反芻すれば、荼吉尼天はくすり、と小さく笑んだ。
外見は望美であるはずなのに、表情一つとっても望美とは違う人のように見える。


「私は心のかけらと共にあるもの。神子が来れば、私は消えることはないよ」


そういえば、昨日も荼吉尼天はそんなことを言わなかっただろうか。
心のかけら以外の、一切の力を失ったのだとも。


「まぁ、神子が来なくとも消えることはないだろうけれど」


その言葉にピクリと反応を返したのはヒノエ。
怒りの色を湛えた瞳を荼吉尼天へ向ける。


「なら、浅水がやったことは無意味だというのかい?」
「ヒノエ……」


地を這うような低い声。
いつもとは違うその声色に、どれだけヒノエが怒っているのかが伺える。
それに気付いた荼吉尼天は、顔色一つ変えずにヒノエの方を向いた。


「ふふっ、そうなるかしら。でも、私も悲しいのよ?せっかくあの体を貰える予定だったのに」


悲しいと言っておきながら、それを微塵とも感じさせない。
神にとって、人間が一人死んだところで痛くもかゆくもないのだろう。
もちろん、白龍は違うが。

本来なら、神は人間に深く干渉しない。

それを思えば、望美は別格の扱いだろう。
何せ白龍の神子。
人の姿を取って望美の隣りにいる姿を見れば一目瞭然だ。





だったら浅水は──?





いくら強い神気をその身に纏っていても、四神の力を借りてはいても、神の干渉はないということか。


「では、どうして浅水さんの体を貰えなかったのか、興味がありますね」


小さく拳を作ったヒノエを見て弁慶が声を上げる。
その際、軽く肩に触れたと思ったのは、気のせいではないだろう。
まるで自分を宥めるように。


「弁慶」


名を呼べば、チラリと自分の方を顧みる。
相変わらず何を考えているか読めない笑顔が、なぜか安心出来る。
それは人生経験の差がそう見せているのか。


「浅水さんは、自らあなたに体を差し出したんですか?」


笑顔の中にキラリと光る双眸。
荼吉尼天の言葉から、何かを探ろうとしているのか。
浅水のやろうとしていたことを。


「そうだよ。いつまでも苦しい思いをするくらいなら、楽になりたいと言って体を差し出してきたの」
「まさか」
「浅水ちゃんがそんなことするわけないっ!」


その事実に、信じられないと声を上げる。
楽になりたい。
それだけで荼吉尼天に体を差し出すとは思えなかった。


「…………」


弁慶も同じ思いなのか、顎に指をあてて何か思案している。


「……それなのに、なぜか彼女は自害した」
「そう。そのせいで私は体を貰えなかった。それどころか、私が消えそうになるなんて」


どこか悔しそうにいう荼吉尼天に、弁慶は眉を顰めた。
どうして浅水があんな真似をしたのか、荼吉尼天自身もわからないようだ。
それに、消えそうになるという言葉も引っかかる。
浅水の持っている小太刀は確かに四神の力の媒体。
同じ神の力を使えば、神をも傷つけることは出来るだろう。
けれど、消す力まではないはずだ。
だが、消えそうになるということは一体どういうことか。





浅水の自害。

消滅しかかった荼吉尼天。

そして、消えてしまった浅水の身体。





この三つのどこに共通点があるのか、皆目見当も付かない。
あまりにも少なすぎる情報。
今のままでは、一本の線にもならない。


「彼女は何か言っていましたか?」
「地の朱雀は私から何を聞き出そうとしているのかしら」
「聞き出すだなんて人聞きが悪いですね。純粋な興味ですよ」


目の前で繰り広げられる弁慶と荼吉尼天の会話。
それに口出ししようと考える人は誰もいなかった。
いくら望美の姿をしているとはいえ、神相手に怯むことすらしない。


「まぁ、いいわ。そうね……私が消えなかったら体をくれるって言っていたはずだけど……」


そう言いながら、荼吉尼天は部屋の中を見回した。
恐らく、浅水の体を捜しているのだろう。
だが、荼吉尼天が現れる前に浅水の体は消えてしまった。
どうして消えてしまったのか、一体何が起こったのかを説明できるのは、恐らく白龍しかいないだろう。


「一つ聞きたいわ。あの子の体は、どこ?」
「それを知ってどうしようというのですか?」


浅水が消えた後に現れたからか、荼吉尼天は目的の体が消えてしまった事実を知らない。
それが吉と出るか、凶と出るかはまだわからなかった。


「決まっているでしょう?私は消えなかったのだもの。あの体を貰う権利があるわ」


確かに、浅水が荼吉尼天にそんなことを言ったとしたら、彼女がそういうのも最も。
けれど、ない物を一体どうやってやることが出来ようか。


「残念ですが、彼女の体はここにありませんよ」


正直に話せば、荼吉尼天の視線が鋭く光った。
さすがに彼女にとってもこの展開は予測不可能だったのか。
弁慶の側へと近寄る荼吉尼天からは、強い陰の気を感じる。


「それはどういうことかしら。まさかあなたたちが隠した、とは言わないわよね」


何かを探るように部屋の中を見、更には未だ警戒したままの人たちを見る。


「あるべき物は、あるべき姿へ」
「龍神。それはどういうことかしら?」


そんなとき、一体何を思ったのか白龍が口を開いた。
彼の口から紡がれた言葉は、浅水が消える前にも白龍が言った言葉だ。
恐らく、これが何かを意味しているのだろう。





あるべき物は、あるべき姿へ。





白龍の言うあるべき物が浅水だとすれば、浅水の体はなかったことに、と言い換えることが出来るのではないだろうか。
そこまで考えて、弁慶は一つのことに思い付いた。


「まさか……」
「弁慶?何かわかったのか」


小さく呟いた弁慶に、こっそりとヒノエが問う。
荼吉尼天は白龍の方を見ているから、こっそりと囁けば気付かれる心配もないだろう。
そうやって二人が話している間にも、白龍と荼吉尼天の会話は進んでいく。


「言葉のままだよ。浅水の姿はあるべき姿に戻った。だから、ここにはない」
「でも、始めに約束をしたのはあの子。一度した約束を違えるのは感心しないわね」
「浅水も、こうなるとは知らなかった」


白龍と荼吉尼天の話を聞いていても、やはり何のことを言っているのかがわからない。
となると、ここは何かを悟った弁慶から聞いた方がよほど利口だろう。
人の言葉を使っていても、神同士の会話はわかりにくい。


「弁慶、」
「ヒノエ。浅水さんはどうして二つの姿を使い分けているんでしょうね」


問いかけようと口を開いた途端、それを遮るように弁慶が口を開く。
その言葉にヒノエは首を傾げた。

現代の姿が本来の姿だとして、迷宮へ入れば自分がよく知る姿に変わる。
それは、怨霊と戦うにあたり、慣れた姿になっている物だと思っていた。
それを素直に弁慶に言えば、そうですね、と返される。
だが、その言い方がどうにも腑に落ちない。
それ以外の理由があるとでもいうのだろうか。


「浅水さんが屋島で命を落としたとき、彼女を埋葬したのは君自身ですよね」


その言葉に、あの日のことが思い出される。





血の気を感じることのない頬。

固く閉ざされた瞳。

二度と自分の名を呼ぶことのない、声。





二度とあんな姿は見たくないと願っていた。
それを思えば、体が消えてしまった今の方が、少しは救われる。
けれど、辛いわけではない。
だが昨日と、そして先程言われた「大丈夫」という言葉。
何が大丈夫なのかはわからないが、信じると言った以上自分はその言葉を信じる。


「……ああ」


胸に生まれた過去の痛みを押さえ返事を返す。
自分が浅水を埋葬した姿は、弁慶もその目で見ているはずだ。
だからこそ、そんな質問を今更のようにしてくる彼の真意がわからない。


「時空を越えれば、時空を越えた人自身がその時空から姿を消したことになる」


それはそうだろう。
だから、時空を越えなかった将臣は、自分たちが知っていることは知らなかった。


「なら、浅水さんは?」


そう言って、弁慶はヒノエの瞳を真っ直ぐに見た。










「肉体を持たない彼女は、どうやって時空を越えて僕たちの前に現れたんでしょうね」










弁慶の言葉に、そういえば、と納得する。
二度目の熊野で時空を越えてやって来たと告げた自分たちに、浅水も言ったではないか。


自分も時空を越えたと。


肉体を失った浅水が、同じ姿で自分たちの前に現れることはできないはず。
現れるとしたら、本来の姿だった可能性の充分にあったのだ。
けれど、再会した姿は馴染みのある姿。





あの体は、どこから来た物なのだろう。










心が悲鳴を上げ続けても 










だらだらと続きます

2008/6/7



 
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