重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









どうして。










どうしてこんなことになったのだろう。










目の前の光景に、思い出すのは屋島での記憶。










Act.52 










望美が目を覚ましたとき、すでに浅水の姿はなかったらしい。
その事実に反応を示したのはヒノエ、敦盛、白龍の三人。
ヒノエと敦盛は何となくわかる気がするが、どうして白龍もなのかはわからなかった。
迷宮に行ったんだろうことは、誰にでも理解できた。
けれど、どうして浅水一人が迷宮へ向かうのかまではわからなかった。
いくら荼吉尼天が浅水の身体にも根を張っているとはいえ、望美のように心のかけらがあるわけでもないのだ。

悩んでいても仕方がない。
そう判断すると、朝ご飯も早々に迷宮へと急いでいた。


現れる怨霊などには目もくれず、ひたすらに迷宮の奥へ。
昨日はリズヴァーンを追って迷宮へとやって来たが、今日追っているのは浅水。
しかも、どこか緊迫した空気がある。
その空気の大本はヒノエからだった。
いつもなら、余裕のある行動をする彼だが、浅水に関してとなると違う。
年相応になる、というのだろうか。
余裕など全くない、焦りの表情を浮かべている姿は、屋島でのとき以来。


やっと見えてきた迷宮の最奥。
昨日は閉ざされていたはずの扉が、今日は開いているのが目に入った。


「浅水っ!」


先頭を駆けているヒノエが、速度を保ったまま、届けと言わんばかりに声を張り上げる。
かろうじて浅水の後姿だけが目に入る。
無事であることに安堵するが、様子がおかしいことに気が付いたのは次の瞬間。



キラリと光った物は、何。



すると、ヒノエの表情がいつになく強張った。
けれど、先頭を行くヒノエの表情は誰にもわからない。


「浅水、駄目だ止めろっ!」
「ヒノエくん?」


どこか悲鳴にも似たヒノエの声に、望美が声を掛ける。
一体部屋の中で何が起きているというのか。
急がなければ、と思わせるその様子に誰もが速度を上げた。





そして、理解する。
ヒノエがなぜ、あれほどの声を上げたのかを。





ようやく部屋の中が見える距離までやってくれば、そこにいたのは浅水一人。
けれど、何を思ったのか。
自分の小太刀を鞘から抜き取り、自身に向けている。
自らの命を絶とうとしているその姿に、誰もがさぁっと血が引くのを感じた。
浅水は何やら話しているようだったが、その部屋の中に人の姿は確認できない。
ならば、一体誰と話しているのか。
そんなことを思いながら、階段を駆け上る。



この階段は、これほどまでに長かっただろうか。

浅水のが見えるのに、距離が縮まらない気がするのはなぜだろう。



そんなとき、浅水がゆっくりと振り返った。
しっかりと自分たちの姿を見て、微笑んだのがわかった。
こんな緊迫した状況で、どうして微笑むことなど出来るのだろうか。










「 だ い じ ょ う ぶ 」










浅水の声は届かない。
けれど、確かにそう言ったのは誰の耳にも届いた。


「浅水、止めろっ!」


蒼白になったヒノエが必死に浅水の行動を留めようと声を上げる。
だが、悲しいかな。
ヒノエの願いも虚しく、みんなが部屋へ辿り着く前に、浅水は刃を自らの胸へと突き刺した。
全てが、まるでスローモーションのように流れていく。







刃が刺さった場所からは、鮮やかな紅が宙へと舞い散る。



それがきっかけになったかのように、ゆっくりと浅水の身体が斜めに傾ぐ。



柄から離れた手は力なく、倒れていく身体に合わせて地面へと向かった。







そんな光景を目の当たりにして、走っていたはずの足は自然とその場で止まってしまう。
どさり、と浅水の身体が地に着く音がすると、衝撃のためか小さく身体が弾んだ。


「そんな……嘘、だろ……」
「浅水ちゃんっ……嫌ぁーーーー!」
「っ、浅水!」
「浅水さんっ!」


望美の声で、ようやく我に返ったヒノエは、再び残りの距離を縮めるために走り出した。
それに弁慶も続く。


悪い夢を見ているとしか思えなかった。

屋島でのときは、実際にそのときを目にしたわけではない。
けれど、あの時は外傷の一つもなかった。
だが、今は違う。
身体から失われていく命は、何よりも赤い紅。


「浅水、浅水っ」


ようやく浅水の元まで辿り着き、その身体を抱え上げる。
血で服が汚れるとか、そういうことは気にならなかった。
どんなに身体を揺さぶっても、どれだけ耳元でその名を呼んでも。
堅く閉ざされた瞳は、微かに動く様子さえ見せなかった。


「ヒノエ、診せて下さい」


すぐ前に膝を付き、弁慶が傷の具合を確かめる。
胸に刺さったままの小太刀はそのまま。
傷口から溢れた血は、すでに浅水の服を赤く染め上げている。

もう手遅れだ。

薬師である弁慶以外の誰が見ても、そう判断するだろう。
ヒノエだってそれはわかっているはずだ。
だが、実際に声に出して告げることに、躊躇いを覚えてしまう。


「……ヒノエ」
「消えたりしないって、約束、しただろ。お前は、昨日した約束すら破るつもりかい……っ」


呟くヒノエの言葉が震えている。
泣いてはいないとわかっているが、返ってそれが痛々しい。


「浅水、殿っ」


二人より遅れてやって来た敦盛も、浅水の姿を見るなりその場に膝をついた。
恐る恐るその顔に触れるが、やはり反応は返ってこない。
次第に浅水を取り囲むようにみんなが集まってくる。
望美や朔などは、瞳に涙を湛えているどころか、すでに零れ落ちていた。


「何だってこんなことしたんだよ……」
「浅水姉さん」


どうして自分で自分を刺したりなどしたのか。
いつだって浅水のやることには理由があったが、今回ばかりはその理由がわからない。
部屋を見回してみても、あるのは大きな鏡くらい。
それ以外は何も、誰もいなかった。


「ねぇ、悲しいのはわかるけどさ。いつまでも刀を刺したままっていうのは可哀相だから、抜いてあげない?」


ヒノエの腕に抱かれたままの浅水を見て、景時が提案する。
確かに、小太刀が刺さったままというのは見ている方も心が痛い。
戦場ではこんな姿はいくつも見てきた。
だが、身近な人物の姿という物は、どうしてこうも心に響くのだろうか。


「ならば、私が抜こう」


意外にも、浅水の身体から小太刀を抜く役目をかって出たのはリズヴァーンだった。
どこか呆けたようなヒノエに、弁慶が声を掛ける。
浅水を地面に横たえさせると、リズヴァーンが小太刀を抜くべく手を伸ばした。


「駄目だよ」


柄を掴む直前、第三者の声が入る。
声の主を探せば、それはどうやら白龍だったらしい。
浅水のすぐ側へと移動すると、白龍は首を横に振りながら、もう一度言った。


「リズヴァーンはこの刀を抜いてはいけないよ」
「白龍、何を言うんだ!」
「そうだよっ、浅水ちゃんをこのままにしておけないよ!」


白龍の言葉に、九郎と望美が抗議の声を上げる。
それほどまでに白龍の言葉は信じ難い物だったのだろう。
あれでは、浅水をこのままにしておけと言っているような物だ。


「それでも、リズヴァーンは駄目だよ。リズヴァーンは浅水と同じ属性だから、何が起きるかわからない」
「……それでは、僕も駄目と言うことですか?」
「うん、弁慶も止めておいた方がいい」


浅水の属性は土だ。
リズヴァーンが駄目というのなら、弁慶も駄目らしい。
だが、やはり理由がわからない。


「……屋島のときと、同じことが起きているということか?」


そんな中、呟くように紡がれたリズヴァーンの言葉が響いた。
白龍はことり、と首を横に傾げる。
その様子を見る限り、屋島でのことはわからないらしい。


「リズ先生、そいつはどういうことだ?わかりやすく説明してほしいんだけど」


この場にいるメンバーで、唯一屋島での出来事を経験していないのは将臣だけだ。
だが、屋島で浅水が何をしたのか。
それを直接この目で見ていたのは、リズヴァーン一人だけ。


「私にもよくわからない。だが、屋島で浅水が四神の力を借りていたときも、私が触れることを酷く拒んだ」
「ねぇ、白龍。一体どういうことなのかしら?」


朔が白龍に問えば、白龍はゆっくりと瞳を閉じた。
それは人が何かを感じようと、集中しているときと似ている。

事実、白龍は何かを感じるように、自身の神気を放出させた。
ふわり、と白龍の長い髪が舞い上がる。
そっと閉じていた瞳を開ければ、浅水の方へと視線を移す。


「あるべき物は、あるべき姿に戻る」


一体何のことを言っているのか。
そう、誰もが思ったときである。


「浅水……?」


ヒノエの言葉に、みんなが横たわる浅水を見る。
すると、どういうことだろうか。
浅水の姿が光り輝いている。


これで瞳が開けば何も言うことはないのに。


何人がそう思ったことか。
けれど、浅水の瞳が開くことはない。
光は次第に強くなっていき、最終的には直視できないほどに輝き始めた。


「こっ、これは……」
「一体何がっ」
「浅水さん」


まるで閃光が走ったかのような明るさ。
けれど、長く感じたそれは一瞬で、すぐさま元の光量を取り戻す。
恐る恐る目を開ければ、確かにそこにあったはずの物が、綺麗さっぱりなくなっていた。
まるで手品か神隠しにでも遭ったかのように、浅水が横たわっていた場所には抜き身の小太刀しか残っていなかった。


「白龍。どういうことか、説明してもらおうか」


突然の閃光、そして消えた浅水の肉体。
説明が出来るのは、多分白龍だけなのだろう。


「……そういえば、荼吉尼天がいないね。どこに行ったんだろう」


部屋を見回していた望美が、思わず呟いたときである。










「私にそんなに会いたかったの?龍神の神子」










そんな声と共に現れたのは、望美の姿をした荼吉尼天だった。










まさかこんな日が来るなんて 










Act.50の望美・八葉視点

2008/6/3



 
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