重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









ここはどこ、あなたは誰。










夢の中と同じ空間、そして感じる既視感。










さて、私は一体どうなったのかしら。










Act.51 










── 浅水 ──






声が聞こえる。
どこかで聞いたことのある、声が。





── 浅水 ──






尚も自分を呼ぶ声は、まだ幼い。
幼い知り合いなどいただろうか。
そう思いながらも、未だ惰眠を貪っていたくて。





── 浅水 ──






それでも聞こえてくる声に、仕方なしに目を開ける。
そうすれば、視界に入ってきたのは曖昧な世界。
思わず首を傾げても仕方ないだろう。
記憶を手繰り寄せてみるが、確か自分は荼吉尼天を体につかせ、小太刀で胸を刺したのではなかったか。
思わず胸元を見るが、そこには傷一つない。
どうして、と思った途端に感じたのは、既視感。



あのときも、自分はここと似た場所にいなかったか。



そう考えたところで、思わず体を起こす。
気配を感じるために、神経を集中させてみるが、神気は感じられない。
ならば、今回は四神の介入はなかったのか。
それにしは、この空間はあまりにも似すぎている。

屋島で死んだ自分が、四神たちと会った場所と。


「どういうこと……?」


わからない。
ここにいる自分は、果たして生きているのか。
それとも死んでいるのか。
もし後者なら、自分は自分の体を取り戻せなかったということになる。
すなわちそれは、ヒノエと敦盛に対する裏切り。
大丈夫だから信じろと言っておきながら、結局のところは大丈夫でもなかったということか。


「ヒノエ、怒ってるだろうなぁ。それとも、悲しんでるかな」


案外、そのどっちもであろうと想像できる自分が悲しい。
けれど、もうそのことを謝ることも出来ないのだ。
出来るのは、無事に荼吉尼天を倒して欲しいと願うこと。
ここがどこかわからない以上、自分はこの場から動くことも出来ないのだろう。


「本当、一体何なのよ」


へたり、とその場に座り込んで膝を抱える。
ここが夢と同じ場所なら、地面が消滅すれば自分は落ちるのだろうか。
だが、落ちた先の場所は一体どこ?


「地獄、ってことはないと信じたいんだけど」


手で地面を叩いてみれば、随分と堅い。
これが消滅するなど、考えられそうにもなかった。
そして、自分を起こしたあの声。
いつの間にやら、それも聞こえなくなっている。
どれだけ周囲を見回しても、人の姿など見えない。
こんな場所に、一人。
そう思った途端、背筋に冷たい物が走ったような気がした。


「荼吉尼天は、一体どうなったんだろう……」


自分が死んでも、荼吉尼天は生きている可能性もある。
その場合、再び望美の体を奪おうとするのだろうか。


「そんなに、荼吉尼天が気になる?」
「当たり前じゃない。じゃなきゃ、何のために私がこんなことをしたか……え?」


確かに自分は一人だったはず。
だとしたら、一体誰と話している?
それ以前に、いつの間にここへやって来たのだろうか?
声のした方を振り向けば、くすくすと小さく笑っている少女の姿が見えた。


年の頃は十四、五歳くらいだろうか。
明るい赤茶色の髪を、首の後の方で一つに結っている。
ふわふわと笑う度に揺れる髪は、どうやら軽い癖っ毛のようだ。


けれど、浅水が驚いたのはそんなことではなかった。


「何、で……?」


思わず言葉がついて出た。
それを聞いた少女は笑うのをピタリと止め、真っ直ぐに浅水を見つめる。
勝ち気そうなその瞳。
どこかで見たような顔でもあった。
けれど、目の前の少女は記憶にない。


「何が『何で』なの?」


楽しそうに聞いてくる少女は、浅水が言いたいことを全てわかっているようにも見えた。
浅水が驚いた理由。
それは、少女の格好にあった。
自分が今着ているのは、あちらの世界で着ていた服だ。
それは迷宮に入って、姿がわかっていたから。
だが、目の前にいる少女もまた、自分とそっくりな格好をしていた。
違う場所を上げれば、ほんのわずか。
紐の色だとか、そういうところだ。
そして何より、彼女の片耳で揺れている耳飾り。



シルバーの光を放っているそれは、自分が身につけている物とそっくりだった。



自分の耳飾りは、ひょんなことから過去の熊野へ時空跳躍したときに、ヒノエから譲り受けた物だ。
現代へ戻ってきてからも、それをずっと身につけている。
そのヒノエは現在、過去に自分があげた耳飾りを付けている。
現代ならば、似たような物を見付けるのは訳ないだろうが、目の前の少女は明らかに現代とは似つかない格好をしている。
だとしたら、一体どうやってあの耳飾りを手に入れたのだろうか。


「……どうして、私と同じ格好なの?」


喉が乾く。
たったそれだけの言葉を言うのに、かなりの時間を費やした気がする。
けれど、浅水の問いを聞いた少女は、また楽しそうに笑い始めた。


「あなたのどこが、私と同じ格好だと言うの?」
「え……」
「よく見て。私とあなたは、全く違う格好をしているじゃない」


少女に指摘され自分の体を見下ろせば、いつの間にか浅水の姿は迷宮に入る前の物になっていた。
目が覚めたときは、確かに違う姿だったのに。


「どういうこと?」


睨むように少女を見れば、少女は曖昧な世界をぐるりと見回してから浅水を見た。


「それがあなたの本当の姿。今までは、私の姿を模していたに過ぎないの」
「何ですって?」


確かに、現代での姿が浅水の本当の姿だ。
それは認める。
けれど、今までの自分の姿が、目の前の少女の物だというのはどうしてか。


「あなたは、一体何?」
「私は私。それ以上でも、それ以下でもないよ」


まるで謎かけのような言葉に、思わず頭を抱えたくなる。
自分が知りたいのは、そういうことではないのに。


「なら、質問を変えるわ。あなたは誰?名乗りなさい」


名乗れと言われ、少女はどうした物かと思案しているようだった。
ことり、と首を傾げる様は年相応に見える。
けれど浮かべている表情は、年不相応。
どこか困ったような、悲しそうな表情を浮かべている。
自分は、何か間違ったことを言っただろうか。


「……私は、名無き者」


ややあって、ようやく紡がれた言葉は、ぽつりと空間に溶けた。


「名無き者?どういう意味」
「そのままの意味だよ。私は名前を持っていない。あなたに名乗れる名前を」


泣きそうになる一歩手前の表情に、聞いてはいけないことだったのかと思う。
けれど、出てしまった言葉を取り消すことは出来ない。
名を名乗れないというのなら仕方ない。


「なら、どうして私の姿はあなたの姿を模す必要があったの?」
「………………から」


小さく呟かれた言葉は浅水まで届かない。
それに訝しそうに顔を顰めれば、そっと頬に手が触れる。
少女の手は小さく、どこか震えているようでもあった。


「あなたは、死んではいけない人」
「?」


言っている意味がわからない。
死んではいけないと言うけれど、今この場にいる自分は既に死んでいるのではなかろうか。
そんな浅水の考えが読めたのか、少女は小さく笑った。


「……あなたは神剣で神との繋がりを断ち切った」


知っているのか、と思わず息を呑んだ。
清盛に自分の体を取り戻せと言われ、考えたのは四神によって与えられた姿をあるべき姿に戻すこと。
普段は現代の姿、迷宮にいるときはあちらの姿。
二つの姿を使い分けている今の自分なら、現代の姿が取り戻すべき体。
けれど、神の力は想像以上に強い。
だから浅水は白龍に問うたのだ。


四神の力の媒体である小太刀を使えば、その繋がりを断ち切れるかと。


答えは、是。
神の力が宿る剣は神剣。
例え形が違えども、小太刀を通して四神の力を使っているのなら同じこと。
ただ、それには覚悟が必要だと言われた。
神の力は人から考えたら計り知れない。
一歩間違えれば、取り返しの付かないことになる、と。
それでも、やらないわけにはいかなかった。


「あなたは自分の体を取り戻した」
「っ、じゃあ」


その言葉に、思わず顔を上げる。
自分の体を取り戻したのなら、まだ自分は生きているのだ。


「そう、荼吉尼天に体を支配される心配はないよ。そして、体を取り戻すことで、あなたの時間も繋がった」


またしても理解不能な言葉に、浅水は頭を悩ませた。
時折、浅水が思いもよらないことを言ってくる少女は、まるで先を見越しているようにも思える。
恐らく、何を聞いても教えてくれないであろうことも。
話せるのは必要最低限のこと。
それ以上は、話す必要がないのか。
はたまた話せないのか。
浅水には、どちらなのか判別が付かなかった。


「そろそろ、時間かな」
「戻れるの?」


あの時間に。
視線で問えば、少女は笑顔で頷いた。
けれど、その顔は笑顔と言うにはあまりにも儚い。


「ねぇ……」
「人が持つのは生涯で一つの時間。けれど、あなたの時間はいくつも重なっている」


浅水の言葉を遮って瞳を覗き込んでくる少女の瞳に、浅水自身が映る。
そこにある姿は、確かに現代での自分の姿。


「あなたは、何を……」
「いつか」


再び発した声も、少女によって遮られる。
だが、少女の言葉には力があった。
思わず聞かなければいけないと思うような、力が。










「いつか、きっとあなたに辿り着くから……。それまで、待ってて」










次の瞬間、とん、と肩を押される。
重力に従うように後へ倒れた浅水は、そのまま浮遊感を感じた。
思わず手を伸ばすが、少女の姿はもうどこにもない。
落ちる先は、一体どこ。










手放せないものが、この手の中にある 










交差する時間とリンクしてます

2008/6/1
2008/8/16 修正



 
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