重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









こんなときに見る夢は、何かの予兆なのかな?










でも、今は夢に構ってる暇はない。










自分が動かなければ行けないのは、今なんだから。










Act.50 










清盛がいなくなった後、敦盛とも約束を交わし浅水は家に戻った。
そのまま白龍の姿を探し、自分の聞きたかったことを聞いて、自室に戻る。
時計を見れば、日付が変更するにはもう少し時間がいる。
普段なら起きていようかと思うところだが、自分にはやらねばならぬことがある。
その為にも、早めに寝ておく必要があった。
現代へ来て、元の姿を取り戻してからは大分寝坊する日が増えた。
最近は、それなりの時間に起きることが出来るが、明日はそれよりも早く起きなければならない。
目覚まし時計は、他の人が起きてしまう可能性を考えて使うことは頭の隅にもなかった。


「始発で行けば、みんなを誤魔化せるかな」


あちらの世界の人たちは起床時間が早い。
現代に来てからは、いろいろ言いくるめているからさすがに日が昇る前に活動する人はいない。
けれど、それは部屋から出てこないと言うことであって、起きていないということには繋がらないのだ。
浅水は、風呂に入るとそのままベッドに体を預けた。










あぁ、またこの夢だ。
夢見とも、普通の夢とも全く異なる、夢。
いつだったか、今と同じような夢を見たことがあった。
けれど、それきりだったから、やはりあれはただの夢だと思っていたのに。





── 浅水 ──






いつぞやと同じように、自分の名を呼ぶだけの声。
一体何を言いたいのか、何を告げたいのか。


「どこにいるの?」


問いかけたところで、返事が返ってくるわけもない。
返ってきたのは、ただ自分の名を呼ぶ声だけ。
その場に立ったまま周囲を見渡しても、曖昧な世界は曖昧なまま。
唐突に訪れる浮遊感は、過去に経験した物と同じ。
そろそろ自分の意識が覚醒するのだろう、とどこかぼんやりと思った。
抵抗らしい抵抗もせずに、流れを受け入れるように体を預ける。





──     は、     い ──






そんなとき、自分の名を読んでいた声が、それ以外の言葉を発した。


「何っ?何を言いたいのっ!」


けれど、何を言っていたのか迄は聞き取れない。
問い返したときには、声は聞こえなくなっていた。










ベッドから飛び起きれば、いつかと同じように心臓が早鐘を打っていた。


「何が、言いたいの……っ」


くしゃりと前髪を握りしめる。
姿が見えず、声だけしか聞こえないというのが気に掛かる。
だが、悪い感じはしなかった。
どちらかといえば、安心できるそれ。
ふと、ベッドサイドに置いてある時計を見れば、まだ始発が動く前。
これなら仕度をして家を出れば、充分始発に間に合う。
そう思い、ベッドから抜け出すと浅水は音を最小限に抑えながら仕度を始めた。


「さすがに書き置きは必要かな」


仕度が終わってから、メモに書き置きを残して机の上に置く。
これならば、自分を起こしに部屋へ来た誰かが気付くだろう。


「さて、行きますか」


ジャケットを手にし、仕度のとき以上の注意を払い玄関へ向かう。
物音を聞きつけて誰かが出てきたら、説明が面倒だ。
そうならないためにも、全神経を集中させる。
靴を履いてから、ドアノブに手を掛けて、ゆっくりと回す。
カチャリという音が、静寂の中にやけに響いた。
ドキリと家の中を見るが、しばらくして誰もやってこないのを確認してからそっとドアを開いて外に出た。
締めるときも、開けるとき同様に細心の注意を払う。
家を出るだけでこんなに神経を使うなんて思わなかった。
無事に外へ出られたことに、ホッと安堵の溜息をつく。
雪は降っていないが、吐く息が白い。
ジャケットをしっかりと閉め、浅水は歩き出した。





目指すは鎌倉駅。

そして鶴岡八幡宮にある、迷宮。





迷宮に入れば、いつものように姿が変わる。
現代の物から、あちらの世界の物へ。
それの持つ意味など、自分はわからなかった。
否、わかりたくなかったのかもしれない。

けれど、今ならばわかる。

これが、やらなければならないことの一つなのだと。
迷宮の奥を目指している間、怨霊の姿を一度も見ないのは幸いだった。
恐らく、今の自分は熊野権現の神気に守られている。
白龍は熊野で言わなかったか。
神気に当てられて怨霊が現れないと。


「さすがに一人じゃ手に余るからね」


小さく笑みを浮かべながら独白する。
これから自分がやろうとしていること。
それに恐怖を感じていないわけではない。
いくら白龍に確認して来たとはいえ、一歩間違えれば計画の全てが駄目になる。
先を繋げるためにも、失敗は許されないのだ。


「ここに、荼吉尼天がいる」


目の前に現れた一つの扉。
その扉を前に、目を閉じて深呼吸を一つ。
ゆっくりと目を開けてから、浅水は扉を開いた。


「てっきり白龍の神子が来ると思ってたけれど、熊野の神子が来るとはね」


部屋の中心にいるのは、体が透けて半透明な望美。
いや、望美は家で寝ていた。
だとしたら、目の前にいるのは荼吉尼天。


「私が来て問題があるとでも?ないでしょう。……私の体にも、その根を張っていたのなら」


荼吉尼天が望美の心のかけらに根を張っているように、浅水の体にも根を張っている。
それを理解したのは、清盛との会話から。
心のかけらを無くした望美はそこにつけ込まれた。
だったら自分は──?

一度、死を迎えた自分は四神によって再び肉体を手に入れた。
それは、いつまた死を迎えるかわからないという恐怖と隣り合わせでもある。
自分の物ではない肉体。
荼吉尼天が根を張るとしたら、恐らくはそれ。


「ふふっ、ないわね」
「でしょう?だから来たんだ」


肯定した荼吉尼天に、ホッと胸を撫で下ろす。
今更自分の体は要らないと言われても困る。
次の言葉に彼女が乗るかは、五分。





「あなたに、私の体をあげようと思って」





その言葉に、浅水の想像通りに荼吉尼天が瞠目する。
けれど、それは一瞬。
瞬きする間にも、その表情は元に戻ってしまった。


「どういう心境の変化?いままで随分と抵抗してきたのに、自分から体を差し出すなんて」
「利口だと言って欲しいね。どうせあなたは、望美の体を手に入れても、私の体を狙うんでしょう?」


言いながら数歩、部屋の中心へ足を進める。
荼吉尼天はただ笑みを浮かべて浅水を見ているだけ。


「いつまでもあんな苦しい思いするのは、正直苦痛でね。だったら、ひと思いに楽になりたいと思って」
「何を考えているのかしら?」
「失礼な。私はいつだって自分のことしか考えてないよ」


ここで荼吉尼天に疑われるのは拙い。
どうにかして意識を逸らさなければ。
そう思ったとき、自分は一人でこの場に立っていることを思い出した。


「それに、うるさい八葉もいないから、あなたからすればおいしいと思うんだけど?」
「…………」


重い沈黙。
どうやら思案しているようだとわかる。
ここまでくれば、後もう一押し。


「私の体を手に入れれば、白龍の神子や八葉の魂も楽に屠れるよ」


これ以上、何を望むの?

そう、含みを持たせれば、荼吉尼天もようやく考えをまとめたらしい。
す、と目を細め、浅水の姿を眺める。


「そうだね、あなたの体を手に入れれば、あの子たちも手に入る」


近付いてくる荼吉尼天に、言いようのない恐怖を感じる。
自分の知ってる神とは全く違う神気。
熊野権現や四神の持つ神気は、白龍と同じで清浄。
けれど、目の前の荼吉尼天から感じるのは、邪悪な神気。
そう、清盛が屋島で使った黒龍の逆鱗と似たような。


「さぁ……あなたは、私になる」


伸ばされた手に、思わず体が硬くなるのを感じた。
覚悟は決めたはずだ。
湧き上がる恐怖に、目を閉じたい衝動に駆られるが、浅水は自分へ向かってやってくるそれをじっと見つめていた。


「私に全てを委ねなさい……」
「──っ!」


荼吉尼天の言葉と同時にやってくるのは、これまで以上にないほどの苦痛。
心臓を鷲掴みにされ、呼吸が出来なくなる。
この苦痛はわかっていたはずなのに。
頭で理解していても、実際に体で感じる物とは違うのか。


「自分からやってきたのに、まだ抵抗するの?」


抵抗などしているつもりはない。
そもそも、指一本を動かすことすら辛いのに、どうやって抵抗できるというのか。


「浅水っ!」


ぼんやりとした頭に、ヒノエの声が聞こえてきた。
そのことに、小さく舌打ちする。


まだ早い。


自分はまだ、終わっていない。


「八葉たちが来たのね。今更遅いというのに」
「そう、だね……」


ままならない呼吸のまま、かろうじて言葉を紡ぐ。
全身に自分以外の意思を感じる。
恐らくこれが、体を乗っ取られるということ。
ぐ、と腹筋に力を入れて小太刀を鞘から抜き取る。


「私の体は、あなたにあげる。けれど……あなたが消えなかったらねっ!」
「馬鹿なことを……そんなことをすれば、あなたは死ぬというのに」


そのまま逆手に柄を握り、一度だけ、扉を振り返る。
扉の向こうに見えるのはみんなの姿。
けれど、その先頭にいるのは、紛れもなくヒノエ。


「浅水、止めろっ!」


ヒノエの姿を見て、浅水は微笑みながら言葉を紡いだ。










「          」










その直後、鮮やかな紅が宙を舞う。
最期に聞こえてきた絶叫は、果たして誰の物だったのか。










誰のものでもない。誰のものにもならない 










えと………………ごめんなさいっ!(脱兎)

2008/6/1



 
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