重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









会えるのはこれが最後かもしれないけど、やっと会えたね。










本来のあなたは、こんな風に穏やかだったのかな。










必ず魂を解放することを、誓うよ。










Act.49 










真摯な瞳で見つめられてしまっては、どう答えた物かと返答に詰まる。
自分のことを心配してくれているのはわかるが、物事には言える物と言えない物がある。
浅水がヒノエに隠していたことは、もちろん後者の方だ。


「お前に関するオレの不安は、何よりも当たるからね」


そう言って目を細めるヒノエは、どこか遠くを見ているようだった。
恐らく、自分が過去に犯した過ちを思い出しているのだろう。



あれは、本来ならやってはいけないことだった。



けれど、幼い頃から一緒に育った譲は姉弟で従兄弟だ。
失われる命を救うことが出来るのに、何もしないではいられなかった。
それに、後悔はしていない。
ヒノエには悪いが、あの時はあれが最善の策だったはずだ。
だが、結果的に彼の心にトラウマを作ってしまったことに変わりはない。
前例があるからこそ、今回も何かやるんじゃないかと不安を覚えてしまったのだろう。


「大丈夫」


そっとヒノエの頬に触れ、瞳を覗き込むようにして微笑む。
そうすれば、浅水の手の上から、ヒノエも自分の手を重ねた。


「その言葉、本当に信じていいのかい?」
「信じてくれないと、ちょっと困るな」
「そう言うってことは、やっぱり何かする気だね」


苦笑を零せば、再び鋭くなったヒノエの瞳に、小さく謝罪する。


「謝るくらいなら、やらないでくれると嬉しいんだけど……言っても聞いてはくれないんだろうね」
「うん。でも、何があっても私を信じて」


懇願するように言えば、こつんと額にヒノエのそれが当たる。
鼻同士が触れる距離。
ともすれば、このまま唇が触れてもおかしくない距離。


「……約束、してくれるかい?」
「約束、だよ。私は消えたりしないから。だから、信じて」


そう言った口でヒノエに触れれば、いつの間にか抱きしめられていた。
腰を支えられるようにしながら、幾度となくキスを繰り返す。


それは、確かめるようでもあった。


何を、と口に出さずとも、お互いの気持ちはわかるほど通じている。
だからこそ、それに応えるように、浅水もヒノエの首筋に腕を回した。





「そろそろ家に入るかい?」


抱き合った体勢で問われれば、浅水はチラリと空を見た。
先程よりもいくらか星が動いている。
いくら夜とはいえ、いつ誰が道を通るかわからない。
近所の人にこんなシーンを見られたら、次の日はちょっとした騒ぎになるだろうか、と考える。


「悪いけど、ちょっと用があるの。先に入っててくれる?」
「オレがいるのに、誰かと逢瀬かい?そいつに妬けるね」
「そんな甘い物じゃないと思うけどね」


肩を竦めながら言えば、ヒノエが離れていくのがわかった。
離れていく体温に、少しだけ寂しさを感じてしまう。


「風邪、引かない程度にしときなよ?」
「ありがと」


自分の上着を浅水の肩に掛けてやり、額に唇を落とす。
それで満足したのか、ヒノエは深く追求もせずに家に戻っていった。
残されたヒノエの上着を握りしめ、浅水は空を見上げた。
冬に輝く星は、どの世界でも四季の中で一番綺麗に見える。
冷えた空気がそうさせるのか。


「星は七星より落ちた」


ぼんやりと空を見上げていたの耳に、誰かの声が届いた。
声のした方に頭を巡らせれば、いつの間にやって来たのか。
赤髪の、着物のような物を着た青年が浅水の正面にいた。


「よばひ星は凶事の報せ。だが、災いの兆しは何方を指し示すのだろう。そなたたちか……あるいは、あの異国より来たる力か」


異国より来たる力が何を示すかは、聞かずとも理解できた。
青年が言っているのは、荼吉尼天のこと。
そして、この世界で荼吉尼天を知る者たちは限られる。


「やっぱり、会えたね。きっと来ると思ってた。生憎、望美は今寝てるけど」


起こせと言うのなら、無理にでも起こそうかと言葉に含めば、それはやんわりと首を横に振られたことで否定された。


「構わぬよ。我も今宵、そなたに会いたかった」
「そう、ならよかった」


会いたいと願ったからこそ、こうして会うことが出来た。
恐らく、これが最後かもしれなかったから。


「かけらを一つ取り戻すたび、我にも見えるものがある。四方に散ったかけらが元に戻り、見えたものを」
「見えたもの、ね」


望美が心のかけらを取り戻すたび、彼に見えたもの。
それは──。


「あなたが何者であるのか。あなたが、あのかけらを手にした──その理由ではありませんか?」
「よう、知っておるな」
「敦盛、来ると思ってたよ」


突然現れた第三者──敦盛──にも、動じることはない。
浅水からすれば、目の前の彼が現れたときから、敦盛がやってくるのではという予想があった。
敦盛もまた、彼を見ることが出来たのだから。


「浅水。やはりあなたにも見えていたのだな」
「うん、見えたのは私と望美。そして敦盛の三人。でも、敦盛が先に知ったのかもしれないね」


そこで言葉を切り、浅水は彼へと視線をやる。


「あの日、秋の神泉苑で失った彼の名を」
「ああ」


そう、本来なら彼はこの場にはいないはず。
荼吉尼天に喰われ、存在そのものを失ってしまったのだから。


「そう。飲まれ……落ちたその先に、二人の娘が現れた」


その時を思い出し、浅水は小さく目を伏せた。
浅水も望美も、一度は荼吉尼天に喰われた。
望美は覚えていないだろうが、浅水は朧気ながらその時のことを覚えている。



自分たちが現世へ戻るために力を貸してくれた一人が、目の前の彼──清盛であることを。



恐らく、望美の心のかけらが失われたのは、あの時。
だから荼吉尼天は望美の心のかけらに根を張った。
だが、自分は心のかけらを失ったわけではない。
だとしたら、どうやって根を張ろうとしているのだろうか?


「そなたらがあれを討ったのがこの地でなければ、我も彷徨わなんだものを」
「まさか、荼吉尼天が根を張っているなんて気付きもしなかったからね」


清盛を現代に彷徨わせているのは、自分たちのせい。
彼を解放するためにも、荼吉尼天は必ず倒さねばならない。


「白龍の神子にあれが根を張っているのは、内なる空疎。心のかけらを取り戻せば、空疎は埋まる」
「でも、私はどこに根を張られているかわからない」
「浅水……」


仮に、望美が全ての心のかけらを取り戻したとしても、問題は未だ残っている。
自分だって、いる荼吉尼天に体を奪われるかわからないのだ。


「そなた自身を取り戻せ。あの女に、負けるつもりはあるまい」
「私、自身を」


心当たりがないわけではない。
もし、自分自身を取り戻すということが、自分の考えていることで間違いがないのなら。
これから自分がやろうとしていたことと、少しだけ内容が変わってしまうが、それでもヒノエと交わした約束は違えずに済むだろう。


「伯父上……」


小さく呟いた言葉は、どこか懐かしさを含んでいた。
それもそうだろう。
一門を裏切って源氏についた敦盛は、清盛とまともに会えるはずもない。
会えたところで、それは戦場となる。
幸いにも、時空を越えて和議へと持ち込んだが、それすら荼吉尼天にいいように持って行かれた。
そして、怨霊として蘇った清盛は、目の前にいる彼のように穏やかではなかった。


荼吉尼天に喰われ、全てを失ったから。
白紙になってしまったから、本来の彼が現れたのか。
元は、このような穏やかな性格だったのだろう。


「そなたもだ。負けることなど許さぬぞ。己の意志を貫け」
「はい。私も、もはや迷いはありません」


ハッキリと言い切る敦盛に、清盛は破顔して見せた。
それは心からの笑みと言ってもいいだろう。
それとも、全てを失っていても自分の血脈はわかるのか。


「良い返事だ。良い男になったな」


満足そうに言う清盛に、敦盛もまた柔らかい笑みを浮かべる。



この時間が、もっと長ければいいのに。



そう、思わずにはいられない。


「……我は持たない。それは喰われ、取り戻すことも叶わぬ。今は……遠いな。遠い時空の果てに……いるのか」


まるで独白。
それが、清盛が告げた最後の言葉だった。
言い終わると同時に、清盛はこれまでと同じようにその場から姿を消した。


「敦盛……」
「あの方は、強くそびえ立つ泰山のような方だった」


浅水と同じように、清盛がいた場所を見つめている敦盛は自分の記憶にある清盛を思い出しているのか。
そっと瞳を閉じ、黙礼をするように立ちつくす。
少しして、開いた瞳にあったものは、強い光。
それは、強い意志と同等のもの。


「我が身を流れる血に、恥じぬ戦いを致します。この、最後の戦いに」


まるで、目の前に清盛がいるかのような宣言に、浅水は小さく頷いた。
清盛を取り戻すことが出来ないのなら、せめてその魂は解放してやらねばならない。
いつまでも、彼をこの世界に彷徨わせてはいけない。


「さて、明日に備えて家に入ろうか」


やらなければいけないことは全て終わった。
後は、来るべきその時に備えるだけ。


「浅水」


家へ戻ろうとしていた浅水は、呼び止められてその場に立ち止まった。
何となく、次に言われる言葉は想像が付く。
それは、幼馴染みゆえのことか。


「大丈夫」


一言呟いて、クルリと敦盛の方を向き直る。
そこには、先程のヒノエ同様、真摯な瞳を持った敦盛がいた。
自分の周りには、似た者が集まるのかな、と考えながら、けれど身を案じてくれる人がいる事実に嬉しく思う。


「そんなに私は信用できない?」
「いや、そういうわけではないが……」


口ごもると言うことは、肯定しているのと同じだという頃に気付いているのだろうか。
けれど、いつだって彼等の信頼を裏切ってきたのは自分自身。
今回は、そのツケが返ってきたのだろう。


「ヒノエとも約束したしね。私は消えないって」
「では」


ハッと顔を上げる敦盛に、安心させるように笑みを深くする。










「うん。だから、敦盛も私を信じて」










全てはもうすぐ。
結末を迎える朝は、近い。










After seeing you off 










実は敦盛、将臣、九郎の三人で悩みました。

2008/5/28



 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -