重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









ようやく明かされた事実。










有り難いようで、全然有り難くなんてない。










油断は禁物。










Act.48 










望美の姿そのままに、口から零れてくる言葉は全くの別人。
こんなことが、あっていいのだろうか。










誰もが望美の豹変振りに驚いた。
言葉もない、というのはこういうことをいうのかもしれない。


「望美、一体どうしたというの?何を……」


信じられない、と言わんばかりに朔は身体をふらつかせた。
それを後ろから支えたのは、兄である景時。
けれど、朔を支えながら、望美を見る視線は鋭い。


「あの子が私を捕らえるため、龍脈を具現化して作り出したこの迷宮」


こちらに聞かせるための言葉なのか。
それとも、ただ単に独り言なのか。
その場に立ち、自分の存在を確かめるように世界を確認する。


「こんな虚ろなところに閉じこめられて、苦しかったわ」


ポツリと呟いた言葉は、本心。
けれど、それを哀れだと思う人物はこの場に存在しない。
むしろ倒し切れていなかったことに浅水は歯噛みした。
折角、荼吉尼天を追って現代までやって来て、倒しきれていないとなれば、自分たちの戦いは未だ終わりを告げていないということ。
元の世界へ戻るにしても、荼吉尼天という存在をこのままにしては置けない。

望美がこの迷宮に荼吉尼天を閉じこめていたのは、恐らく無意識だろう。
けれど、それによって被害が最小限に抑えられていたことは事実だ。


「この世界に閉じこめられた対価に、あなたたちの魂をもらわねば、割に合わない」


荼吉尼天がそう言った途端、それまで以上に強い陰気が辺り一面を覆う。
さすがにここまで強ければ、普通の人間にすら影響する。


「うっ……何だ、これは……」
「…………強い、陰気……なぜ、神子から……」
「敦盛、あれは望美じゃない」
「何?……そうか、神子ではないから……」


ヒノエに支えられるように立っている浅水が告げれば、それだけで敦盛は事態を理解出来たらしい。
怨霊である敦盛は、陽気を持った望美の清浄な気を知っている。
だからこそ、強い陰気を放つ彼女が、望美であって望美でないと理解できたのだろう。
けれど、それを理解してしまえば、次に訪れるのは疑問。


「どうして、荼吉尼天はあのとき倒したはずなのに」
「そうだよ、私は倒れ、消えてしまった」


朔の呟きを聞き取った荼吉尼天は、微笑を浮かべたままこの場に存在している理由を話し始めた。
倒れた荼吉尼天は、望美から奪った心のかけら以外、力の一切を失って消えたらしい。
その後、鎌倉の神々を喰らい、ここまで力を取り戻したのだと。


「雷にしちゃおかしいと思ってだけどね。好き放題やってくれるぜ」
「この子の身体を奪えるわずかな時間に為したのだから、努力家だと言って欲しいな」


神々を喰らったという事実に、神職であるヒノエの顔が歪められる。
例え別な世界だとしても、そこに存在する神は一緒だ。
神を崇め奉っている身としては、その事実に嫌悪しか覚えない。


「本当はこの子以外の肉体も欲しかったけれど、そっちは随分と抵抗してくれるからまだ根が張り切れていなくて不完全」


そう言って移された視線は、浅水へ。
まるで品定めでもされているような視線に、思わず鳥肌が立つ。


「そいつはどういう意味だい」


自分で自分の身体を抱きしめる浅水を見て、ヒノエが後ろに浅水を庇う。
それに合わせて壁を作るかのように、ヒノエの隣に弁慶も立った。


「望美さんの他にも、まだ体を手に入れようとするんですか」


ヒノエと弁慶の問いに、荼吉尼天はただ笑うだけ。
それこそ、楽しそうに。


「知らないなら教えてあげる。私が神子の心のかけらに根を張っているとき、同じようにその子にも根を張っていたのよ」
「何だって!」
「そんなっ」


驚愕の声が上がれば上がるほど、荼吉尼天は楽しそうに笑みを浮かべる。


「けれど、いつだって抵抗してくれるから、まだ不完全。抵抗するたびに受ける苦痛は、どれほどのものだったのかしら?」


ねぇ?と浅水に問いかけてくるそれは、わかっていてのことか。
一度迷宮で荼吉尼天と会ったとき、彼女は自分が苦しんでいる姿を見ているはずだ。
だからこそ、体を明け渡せと言ってきたのだろう。










「心臓を鷲掴みにされる気分は、どうだったかしら?」










その言葉に、浅水の発作を思い出したのは、彼女の苦しむ姿を見ることしかできなかった人たち。
ここで明かされた事実に、更に荼吉尼天を睨む眼光が強くなる。


「本当に、悪趣味だね」
「お褒めに預かり光栄だな」


誰かが地を這うような低音で呟けば、まるで言われることがわかっていたように返される。
別に褒めた訳じゃない、と誰かがどこかで言うのが聞こえた。


「悪いが、望美の体は返してもらう」
「この肉体はもう私の物だよ。例え私を退けたとしても、心のかけらと共に私はあるのだから」
「だからって、はいそうですか、って渡すわけねぇだろっ!」


言い終わると同時に、将臣がその場から飛び出した。
太刀を振りかざし、荼吉尼天へと斬り掛かる。
けれど、それは荼吉尼天の持つ剣に遮られた。
望美の持つ白龍の剣とは対照的な、漆黒の剣。
刀身までも黒光りしているそれは、妙に禍々しい。


「私を傷つけるのは、この子も傷つけることになるけれど?」
「そんなん、構ってられるかよ!」


今一度、太刀を振り下ろせば、ギィンという音がして刃が交差する。
隙を突いて斬り掛かろうと武器を構えている面々は、将臣と荼吉尼天を見つめていた。
何度か二人が刃を交えていると、荼吉尼天に変化が訪れた。


「……今のは……」


荼吉尼天は自分でも驚いたように、剣を持つ手を見つめる。
それを逃すほど、将臣も馬鹿ではない。
しっかりと太刀を握り直し、再び荼吉尼天へと斬り掛かった。





「神子……」


将臣と荼吉尼天が斬り合っているとき、白龍が望美を呼んでいるのを、浅水は聞き逃さなかった。
荼吉尼天と将臣のことも気になるが、白龍が望美を呼ぶということは、完全に意識が乗っ取られたわけではないのではないか。


「神子……」


再び白龍が呟く。
それと同時に、彼から途方もない神気が溢れてくるのを感じた。
今まで、これほどに強い神気を白龍から感じたことがあっただろうか。
もしかしたら、と言う期待を胸に、浅水が再び将臣と荼吉尼天の方を向いたときである。


「白龍の神子……気付いたか。逆らって己が体を取り戻そうというの?……無駄なことを」


荼吉尼天が、内にいる望美の存在に気付いた。
望美の意識が強ければ、荼吉尼天はその体を動かすことは出来ないはず。


「この肉体はすでに私の物、貴方の意識は深く沈んでしまいなさい」


迫っているのは、将臣の太刀。


「将臣っ、ストップッ!」
「なっ!」
「神子っ……あなたが取り戻した力を、ここに」


浅水の言葉と、白龍の言葉が放たれたのはほぼ同時。
それに慌てて将臣が軌道を逸らせば、間一髪。
ギリギリの所で、その攻撃が彼女に当たることはなかった。


「龍神……私を抑え込もうとするの?無駄なことを……」
「神子!私の声を聞いて、耳を傾けて!」


荼吉尼天の言葉を無視し、尚も白龍は望美を呼び続ける。
それが功を奏したのか、突然、力を無くした人形のように望美の体はその場に崩れ落ちた。
地面に落ちる寸前で、側にいた将臣が抱き止めれば、程なくしてその瞳が開かれる。
瞬きを繰り返すその動作に、緊張が走る。
もし荼吉尼天のままならば、この場で斬らねば逆に殺られる。



「──白龍」



だが、その唇から零れた言葉は、確かに望美の物で。


「神子、よかった」


ひとまずは、荼吉尼天を抑えることに成功したのだと、誰もが安堵した。
けれど、荼吉尼天は未だ望美のうちに存在する。
心のかけらを全て取り戻せば、荼吉尼天が望美の心の隙間に入り込むことは出来なくなる。
だが、心のかけらを取り戻せなければ、空疎な部分を狙って再び荼吉尼天が望美の体を操るだろう。


「とりあえず、今日は戻りましょう。望美さんも疲れているでしょうし、これからのことも考えなければ」


いつまでもここにても仕方ない。
そう言われてしまえば、戻るしかない。
事実、荼吉尼天に体を支配されていた望美は酷く疲れていたし、これからどうするかなども決めなければならなかった。


「浅水、お前も……」


一度戻ることを決め、出口へ向かおうとヒノエが浅水を促そうとした。
けれど、言葉は最後まで紡がれることはなかった。


迷宮の一番奥。
階段の向こう側を睨むように見つめている浅水を目にしてしまったから。


その瞳は、強い意志を湛えている。
それと同時に、ヒノエの胸に宿る不安。
いつかどこかで経験したものだというのは、痛いほどにわかった。


「浅水、行こうぜ」
「……うん、そうだね」


その不安を振り切るかのようにして、浅水の肩を抱き寄せれば、背後を気にしながらも大人しく自分に付き従う姿。
自然と浅水の肩を抱くヒノエの手に、力が入った。










有川家へ戻ってくれば、大事を取って望美はそのまま有川家に泊めることにした。
いつまた荼吉尼天が体を使うかわからない。
その不安も拭いきれなかった。

浅水が春日家に出向き、望美がこちらに泊まることを告げれば、望美の母はよろしくね、とだけ告げてきた。
その辺りは、幼馴染みで良かったと思う。
将臣や譲だけならどうかわからないが、浅水は望美と同性だ。
その点は、安心されているのだろう。


「寒……」


既に日は暮れている。
空を見上げれば、今日は晴れているせいか星がよく見えた。
家に入らず、塀に背を預ける。
背中越しに、石の冷たさが伝わってくるが、そんなことどうでも良かった。


「浅水」


どれくらいそうしていただろうか。
自分を呼ぶ、愛しい人の声。
緩慢とした動作で声のした方を見れば、そこにはやはりヒノエが立っていた。


「こんな寒空の下、一体何を考えていたんだい?」
「ヒノエ」


近付いてくるヒノエに、預けていた背を塀から離せば、ふわりと温かい物に包まれる。
それがヒノエの腕の中だとわかるのに、そう時間は要らなかった。


「どうしたの?」


スキンシップ旺盛な彼ではあるが、突然抱きしめてくるのは決まって何かがあったときだ。
背中にそっと手を回し、落ち着かせるように軽く背を叩いてやれば、抱きしめる腕が更に強くなる。


「ヒノエ?」
「お前は、」


問うのと同時に語られた言葉に、思わず口を噤む。
その先を促すように、再びポンポンと背中を叩く。


「お前は、何を考えているんだい?」


言葉の真意がわからずに、思わず首を傾げる。
何を、とは一体何のことだろうか。


「迷宮を出る前からずっと、不安がつきまとって仕方ないんだ。ねぇ、浅水」


そこで言葉を切り、抱きしめる力を緩めて正面から見つめ合う。
ヒノエの言葉は冗談を言っている瞳ではなかった。










「お前は一体、何をするつもりなんだ?」










あぁ、どうして彼にはわかってしまうのだろうか。
浅水は、そっと目を伏せた。










隠しても、隠し切れない 










捏造もここから開始

2008/5/26



 
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テーマ「人外ファンタジー」
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