重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









まぁ、同じ事を言ったって仕方ないよね。










親が違うとしても、同じ血が流れているわけだし。










短い言葉でも、自分を思ってくれてるってわかるものだよ?










Act.3 










ぼんやりと意識が浮上する。
それと共に耳に入ってくる生活音。
どうして自分は寝ているのだろう?と、未だはっきりしない頭で自問する。
元の姿に戻ったことにより、精神的に受けたショックが大きかったから、寝ようとしたんだった。
けれど、それ以外にも何か理由があったような気がする。


(……何だったっけ?)


思い出せないのなら、大したことじゃなかったはず、と浅水は考えることを放棄した。
ベッドヘッドにある時計を手に取り、時刻を確認してみれば未だ昼を過ぎたばかり。
でも、そろそろ譲が帰ってきているかもしれない、とベッドから抜け出した。
乱れてしまった髪を整えてリビングへ向かう。
リビングのドアを開ければ、コーヒーのいい香りと、楽しそうに談笑しているみんなの姿が目に入った。
ざっと見渡してみれば、姿が見えないのはヒノエと敦盛だけらしい。
未だ制服姿だが、望美の姿もそこにあった。


「二人とも、お帰り。宿題たくさん出た?」


近付きながらそう声をかければ、望美は飲んでいたコーヒーをテーブルに置いた。


「もう、浅水ちゃんってば。将臣くんと同じこと……」


望美の言葉は途中で止まったが、将臣も自分と同じ事を聞いたのだとわかった。
やはり、気になるのは冬休みの宿題だろう。
少なければ少ないに越したことはない。
それにしても、望美が自分の姿を見て黙り込むのはわかるが、どうして他のみんなまで黙っているのだろうか。
それほどまでに、自分は何かおかしな発言でもしただろうか。


「浅水、ちゃん……?」


呆然としたような望美の声が耳に届く。
その目は極限まで見開かれ、信じられない物でも見たかのように、マジマジと浅水を凝視している。


「それ以外の誰に見える?」


ニィ、と口端を歪めながら逆に問えば、恐る恐ると望美の腕が伸びてくる。
彼女が何をしたいのかわかるから、浅水はあえてその場から動かなかった。
どうせ触れて確認でもしたいのだろう。



この姿が、幻でないことを。



案の定、望美の腕が浅水の腕を触る。
しっかりと触れた場所を掴むと、そのまま全身を上から下まで見る。


「浅水ちゃん……っ!」
「ちょっ、望美っ?!」


勢いを付けて浅水の首筋に抱き付いてきた望美の行動は、明らかに予想外の物。
身構えていなかった分、その勢いに負けてしまう。
重力に従うように、床と頭がお友達になると覚悟して、浅水は思わず目を閉じた。
けれど、いつまでたっても衝撃はやってこない。
それどころか、誰かが支えているような気がする。

一体誰が?

目を開けて、後ろを振り返ろうとすれば、それより先に背後から声がした。


「おら、望美。いい加減離れろって。そんなに勢いよすぎたら、お前も一緒に転んでたぞ」
「そ、そうだった。ごめんね、浅水ちゃん!」


どうやら自分を支えてくれたのは将臣らしい。
彼の一言で、ようやく望美から解放される。
チラリと将臣を見て、一言礼を言えば、頭をくしゃりと撫でられた。


そして、





「もういいのか?」





それだけの言葉。


一体何のことかと首を傾げたが、一拍おいてから将臣が何を言いたいのかを理解した。
そういえば、望美たちが帰ってくる前に、自分は体調を崩したのだった。
そのことをすっかりと忘れていた自分に、頭を捻る。
あれだけ苦しい思いをしたのに、記憶の隅にも残っていないのは、体調がすっかり戻ったせいだろうか。


「うん、もう平気」


将臣と同じように、要点だけで返事を返せば、どうやら伝わったらしい。
小さく「そっか」と呟くと、安心したような表情を浮かべた。
どうやら、相当心配をかけさせたらしい。

それもそうかもしれない。

今思えば、あの苦しみ方は自分でも異様だと思う。
まるで何かの発作のような。
だが、自分は今病を患ってもいなければ、持病だって持っていない。
環境の変化がもたらした、と言われても、それだったら自分以外のみんなだって同じことが言える。



異世界へやって来たのは、現代組以外の全員だ。



けれど、体調を崩したという話も聞かない。
それに現代へやって来て、既に二週間ほどたっている。
今更環境の変化と言われても、今ひとつピンとこない。


「……浅水さん、何かあったらすぐに僕に言って下さいね?」


二人の雰囲気だけで何か感じ取ったのか、弁慶が自分の近くまで来ていた。
頬に触れた手は、そのままするりと下へ滑る。
首筋に回された手は、体温を測っているのだろうと想像できた。
さすが軍師。
いや、この場合は薬師とでも言うべきか。
恐らく、彼は自分の様子を見てそう言ったのだろう。
患者の事がわからずに、薬師とは言えまい。


「何かあったらね」


申し出はありがたく受け取っておくことにする。
もし仮に、病院へ行けないようなことなら、弁慶に診てもらうのが一番だろうから。
何のことかわからない面々は、一様に首を傾げているが、わからなくていい。
あんなことは、そう何度も起こることではない。
今朝だって、たまたまああなっただけだ。


「ねぇ、浅水ちゃんの姿が元に戻ったのって、龍脈と何か関係があるのかなぁ?」


ポツリと呟かれた望美の言葉に、一斉に視線が集まる。
けれど、その理由がわからずに浅水はどうしたもんかと様子を見る。


「それはないよ、神子。浅水の姿が戻ったのは、私にもわからないけれど……」
「浅水が元に戻った理由が龍脈ならば、将臣も元に戻るべきだろう」


白龍の言葉にリズヴァーンが同意すると、何とも言い難い説得力がある。
それを聞いた望美も早々に納得した。
しかし、一体何の話だろうか。
何となく説明してくれそうな人物を求めれば、目に入ったのが自分の隣りに立っていた弁慶。
目で訴えれば、こっそりと龍脈の乱れについてだと教えてくれた。



龍脈の乱れ。



現代ではあまりわかりにくいであろうそれ。
探してみたところで、果たしてあちらの世界のように上手くいくのだろうか。
自分もできる限りの協力はするつもりだが、この姿になったことでどんな影響が出るのか見当もつかない。
そもそも今の姿と前の姿では、何か能力に違いがあるのだろうか。
あるとすれば、戦闘全般に関してだろうが、生憎とあちらの世界でも自分はあまり戦闘に参加していない。
それに、現代世界に怨霊が現れるとは思えない。
もしそんなことになっていれば、ニュースとして報道で取り上げられるだろう。
それ以前に、武器などを振り回していたら、銃刀法違反で捕まってしまう。
そうならないためにも、現代で武器だけは手にしてはならない。



その後も、色々と話は続けられたが、特にこれといった情報や案は出てこなかった。
結果、明日から休みに入る望美と譲も加わって、町を巡るということで落ち着いた。





夕食を取り、お風呂にも入ってしまえば後は寝るだけ。
十年という長い月日、便利な生活から離れた生活をしていた浅水は、現代へ戻ってきてからも熊野にいた頃と変わらない生活を続けていた。
かといって、就寝時間が早いというわけでもなかったが。


「どうしようかな……」


ベッドに座ったまま、ぼんやりと天井を見上げる。
昼間、変な時間に寝たせいか、今日はいつにも増して眠気がやってくるのが遅いようだ。
こんなときはただぼうっと時間を過ごすか、読書でもして気を紛らわすかのどちらかだった。
だが、部屋にある本は既に既読の物ばかり。
新しい本を買おうと思っていたのだが、今日は寝てしまってそれどころではなかった。
浅水はベッドの上に身体を投げ出した。
スプリングがほどよく効いているベッドは、浅水の身体を受け止めて小さく揺れた。


「そういえば、ヒノエってどこまで行ったんだろ」


夕食の時間になっても戻ってこなかった彼は、一体どこで何をやっているのやら。
現代を楽しんでいるらしいから、それはそれで構わないのだが。
心配事があるとすれば、ヒノエの毒牙にかかった女性がどれほどいるのかということ。
熊野にいたときもそうだったが、現代に来てからも、彼の女性に対する態度は変わらない。
そのせいで、勘違いしてしまう女性も多々いるだろう。










「どうせ、いつかはこの世界からいなくなるのにね」










何気なく呟いてから、その事実に少しだけ胸が痛んだ。
彼らは──彼はこの世界から自分の世界へ戻るだろう。
あそこには、彼を必要とする人たちがいるし、何より、彼がいなくてはならない場所だ。
帰れるとなれば、彼は何の未練もなく帰るだろう。



自分の居場所へ。



けれど、自分は──?



現代へは戻れないと覚悟していたのに、あっさりと戻ってきてしまった事実に、動揺は隠しきれる物ではない。
この世界を懐かしむのは必然。
元々、生まれ育ったのは現代だ。
異世界ではない。



だからこそ、決断を迫られる。



選べるのはどちらか片方。
けれど自分にとってはどちらも大切で、選ぶことなどできない。


「婆様。あなたも、こんな気持ちだったのかな」


今はいない祖母の姿を思い浮かべる。
彼女だったら今の自分にどう言っただろうか。










そんなとき、机に置いていた携帯が着信を告げる音を響かせた。










どちらかしか選べないとしたら 










ヒノエの恋愛補助イベントまで入れなかった……ッ(悔)

2007/12/7


 
 
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