重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









物事を考えるのに、場所なんて関係ない。










でも、今回ばかりは私も悪かったって思ってる。










だからって、みんなの前で説教することないんじゃないの?










Act.46 










「……いつ戦いになるとも知れない場所を歩くとは思えないほど、君は物思いに耽っていた」


目の前の弁慶が怖い。
普段は目が笑っていなくとも、顔だけは笑っている。
けれど、今はどうだろう。
目だけではなく、顔からも笑みは消えている。
それは、弁慶が本心から怒りを覚えている時だ。


悲しいかな。


十年という歳月は、それを身にしみて理解するほどに発展していた。
幾度か経験している浅水やヒノエ、敦盛はともかく、その他のメンバーは可哀相に。
弁慶のその様子に、すっかり萎縮してしまっている。


(違うか、九郎だけは別だ)


さっと視線を巡らせたときに、九郎だけが弁慶の変化に驚いた様子を見せなかった。
それが、二人が共にいた時間を現しているのだろう。
考えてみれば、自分が弁慶といた時間は、九郎よりも短いのかもしれない。


「浅水さん、聞いているんですか?」


そんなことを思っていれば、再び弁慶が問うてくる。
それに肩を竦めて見せれば、更に彼の怒りを買うとわかっている。
わかっていての、その行為。


「聞いてるわ」
「隙を狙われるほど、危険なことはないと、君ならわかっていると思うんですけどね」


わかっていても、頭は別に動いてしまう。
それは弁慶だってわかっているだろうに。





事の発端は、少し前に遡る。
舟に乗って、湖を移動していれば、目の前に水門が立ちふさがった。
その水門は、レバーを動かしている時間だけ開くという厄介な物で、レバーから手を離してしまうと、再び元に戻ってしまうのだ。
しかも、そのレバーは離れた場所にあり、舟が水門を通過するためには、誰かが残らなければならない。
怨霊が出るこの迷宮。
たった一人残していけば、どんなことになるかは言わずもがな。
そんな時、白龍がレバーを動かす役目を買って出た。
舟を持ってきたときと同様に、宙を飛んで移動する白龍は、水門が開いているうちに戻ってくることが出来た。
更に先を進めば、今度は迷宮と呼ぶに相応しい場所で。
階段と、一瞬にして別な場所へと行ける移動ポイントを使い、未だ見付けられないリズヴァーンの姿を探していた。

そんなときである。

何やら考え事をしていた浅水の前に、怨霊が現れたのは。
真っ先にそれに気が付いたヒノエや弁慶が声を掛けたが、考えに没頭していたのか、浅水は呼びかけに気付かなかった。
気付いたのは、怨霊の何とも言えない声と、目の前に姿が現れてから。
けれど、間一髪の所で、弁慶が薙刀で怨霊を防いでくれた。
難なく望美が怨霊を封印すれば、待っていたのは弁慶の説教である。





「浅水さんの焦る気持ちはわかりますが、ちょっとした隙がみんなを危険に巻き込んでしまう」
「わかってるわよ、それくらい。伊達に、ヒノエと一緒に教育された訳じゃないんだから」


弁慶が言っていることは、過去にヒノエと共に教えられたことでもある。
人の上に立つ物は、いつだって隙を見せてはならないと教えられてきた。
それを忘れたことはない。


「悪かったわよ、これから気をつけるわ」
「浅水もこう言ってるんだ。もういいだろ」


わかっているとは思えない態度ではあるが、言った言葉に嘘はない。
それをわかっているのか、ヒノエが横から助け船を出してくる。
弁慶は、一度浅水とヒノエを見比べてから、溜息をついた。


「仕方ありませんね。これからは気をつけて下さいよ?残すは、向こうにそびえる塔のみです」


そう言って、弁慶が指で示せば、誰もがそちらを見やる。
その場からどれほどの距離があるのかはわからないが、離れたところに見える一つの塔。
その塔が、この迷宮の一番端にあることだけはわかる。
恐らく、自分たちが今いる場所と繋がっていることも。


「リズ先生も、きっとあの塔に向かったんでしょう」
「そうだな、ここまで先生の姿が見つからなかったんだ。その可能性は高いだろう」


弁慶の言葉に、九郎が頷く。
迷宮の中をどれだけ探しても、リズヴァーンの姿は見つからない。
そうなると、自然と先へ進んだと考える。
終点があの塔だとすれば、きっとリズヴァーンもそこにいる。
そう思えば、一刻も早く先へ進みたい。
だが、浅水がそれに懸念してしまうのは、リズヴァーンが進んだ先に何が待ちかまえているか知っているから。
恐らくリズヴァーンや景時もそれを知っている。
弁慶は、それに気付いているのかもしれない。



けれど、肝心の望美がそれを知らない。
気付いていない。



来るべき時まで、気付かせるつもりはないのかもしれない。
だが、その来るべき時は確実に、近付きつつある。


(さて、これからどうするか……)


これだけの人数がいるのだ。
下手に動くことは出来ない。
かといって、黙って見ていることも出来ない。
景時とリズヴァーンは望美のことだけでなく、自分のことも何か掴んでいるようだ。
それを考えると、尚更行動に制限がかかる。


(仕方ない、か)


浅水はひとまず様子を見ることに決め、それから対策を考えることにした。
塔を目指して歩き始めていた景時や弁慶は、既に遠い。
この場で迷うわけにも行かないので、浅水は彼等の後を追って行った。










望美がその姿を見付けたのは、塔へと続く階段手前のことだった。


「先生!」


嬉しそうな声を上げ、残りの距離を駆け足で縮める。
すると、呼ばれたリズヴァーンは望美の姿を確認するなり、黙り込んでしまった。
望美より少し遅れて九郎たちがリズヴァーンの元へと集まっていく。
浅水がそれよりも遅れて合流する頃には、話はかなり進んでいたようだった。
リズヴァーンと話している望美の表情が、何やら曇ってる。
恐らく、これから先のことを話しているのは、想像に難くなかった。
だが、それが自分にまで降りかかってくるとは、誰が想像できただろうか。


「望美ちゃん、君はリズ先生の言うとおり、戻ってくれないかな。……浅水ちゃんと一緒に」
「は?」


突然自分の名前を引き合いに出され、思わず声を上げる。
一体全体、話が見えない。
望美を戻らせる理由に自分が出されると言うことは、さっきの話の続きなのだろうか。
迷宮に入る前も、景時は望美と一緒に自分を引き止めようとしていた。


「ですが、望美さんにかけらを渡さなければ、最後の扉は開かない」


一歩前へ出て、弁慶が景時と向かい合った。


「最後のかけらはどうやって取り戻すつもりなんですか?」
「えっ?それは──」


望美の言葉は、最後まで続かなかった。
なぜなら、そこに怨霊が現れたから。
銘々に武器を構え、怨霊の攻撃に備える。


「…………」


いつもなら、望美を守るリズヴァーンだったが、このときばかりは彼はそうしなかった。
沈黙を守り、怨霊とこちらを見やる。
そんなリズヴァーンの姿に、望美は怨霊から目を逸らさず声を上げた。


「先生、早く!一緒に戦いましょう!」
「九郎」
「は、はい」


望美の言葉に答えず九郎の名を呼べば、彼もまた、怨霊から注意を逸らさずに返事を返す。
リズヴァーンはそれでも構わないのか、そのまま言葉を続けた。


「神子の身を守れ、よいな」
「わかりました」
「先生っ!」


九郎の返事を聞いた途端、リズヴァーンは姿を消した。
それが鬼の力だと言うことは、暗黙の了解。
望美を九郎に託し、自分だけが移動するということは、それほどまでにこれ以上望美を進ませたくないのだろう。


(リズせんせも、それなりに焦ってるってわけか)


普段からの態度と、顔半分が隠れているせいもあって、中々リズヴァーンの表情を読むことは出来ない。
ただ、稀にその行動から伺い見える事もある。
今のことだってそうだ。
望美第一のリズヴァーンが、九郎に彼女を守るように告げ、一人行動に出る。
滅多にお目にかかれない光景だ。


「どうして……先生が、本当に私たちを置いていってしまうなんて……」


呆然と呟くが、目の前には未だ怨霊がいる。
このままにしておくわけにはいかないだろう。


「望美っ!」
「っ!」


望美をターゲットにしたらしい怨霊が、彼女にその牙を向ける。
咄嗟に九郎が間に入るが、無理な体勢で攻撃を受け止めたせいか、その体勢から先に動けない。


「今は、リズ先生よりも目の前の怨霊が先ってね」
「さっさと封印して、追いかけた方が得策、ってことね」
「そういうことだな」


しっかりと武器を持ち、それぞれが怨霊へ向かって駆け出していく。
さすがに戦闘も慣れた物で、怨霊を封印するまで、さほど時間はかからなかった。
けれど、怨霊を封印した後も、望美のショックは抜け切れていなかったのも事実。
どこかぼんやりと、リズヴァーンが消えていった方を眺めている。


「神子……」


そんな彼女に、敦盛が申し訳なさそうに声をかける。
その声すら、望美には届かない。


「落ち込んでいても駄目ですね……早く追いかけなきゃ」


のろのろとした動きで前に進む望美の姿に、誰もが痛ましそうな表情を浮かべた。
だが、少しも進まないうちにその動きが止まる。
一体何が、と思えば、彼女は頭を押さえていた。


「……っ、何だろう。また、頭が……」


その言葉に、浅水の顔が顰められる。
どうやら望美だけに感じられるそれは、自分には全く影響のない物。
そして、それが示すことは、一つだけ。


「…………望美ちゃん」


頭を押さえたままの望美に、景時が近寄る。
すると、彼女はそのままの姿勢で景時を振り返った。
望美だけじゃない。
この場にいる全員が、景時の言葉に耳を傾ける。


「ここからリズ先生を追うとしても、心のかけらを取り戻そうとだけはしないでくれないか」
「……景時さん……」


真剣味を帯びた景時の声。
普段の、どこか気が抜けたそれとは、真逆の声に、どれだけ景時が必死なのかが伺えた。


「いいね」


言い聞かせるように言えば、その後に浅水の方を振り返る。
こちらには何かを言いたい訳ではないらしい。
ただじっと、何かを探るように見つめてくる。
それが自分を気遣ってのことだとわからない浅水ではない。


「私は大丈夫だよ」


それだけ告げれば、どこか安堵したような表情が垣間見えた。


「先生はこの奥に向かったんだよね。早く行こう」


促してくる望美からは焦燥の色は見えない。
けれど、何か強い決意のような物が浮かんでいるようにも見えた。










リズヴァーンはどこまで行ったのだろうか。










今走れば、追いつけるかな 










不完全燃焼

2008/5/1



 
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