重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









私たちを招き入れるのは、何の目的があってのことか。










先へと進んだ彼の人は、一体どこまで理解しているのだろうか。










水のことは、水軍でもあるあなたが一番適任。










Act.45 










再び迷宮へと足を踏み入れれば、脇目もふらずに先へ進む。
それはひとえに、単身迷宮へと進んでしまったリズヴァーンを探すため。
これまで幾度となく迷宮に足を踏み入れたのだ。
中がどうなっているのかわからないわけではない。
怨霊がはびこる迷宮を、一人で進むことがどれだけ危険なことか。
いくら彼が強くとも、全てどうにか出来る訳ではないのだ。


「ここまで来たけど……」
「リズ先生はいないな。どこに行ってしまわれたのか」


先日訪れた図書館までやって来たが、そこでもリズヴァーンの姿を見付けることは出来なかった。
そうなると、先へ進んだと考えた方が早いのかも知れない。
けれど、心のかけらが見つからなかったため、以前はこれ以上先へ進むことは出来なかった。
仮にリズヴァーンが先に進んでいたとしたら、望美の心のかけらは彼が持っているのだろう。
だが、それを確認するためにも先に進みたいのに、肝心のかけらがこの場にはない。
完全に足止めされてしまう。


「どうやったらこの先に進めるんだろう……」


目の前に立ちふさがる大きな扉。
それが壁になっていることは言わずもがな。
誰もが恨みがましく扉を見つめるが、それで扉が開くのならば苦労はしない。



── ようやく……来たね…… ──



そんな時、自分の耳に届いた声に、浅水は周囲を見回した。
けれど、誰もその声に気付いていないのか、それについて話す人はいない。
だとしたら自分の空耳か。
迷宮にいることで、少々神経が過敏になっているのかもしれない。

幻聴が聞こえてくるほどに。

そう思い、大きく息をつけば、思っていた以上に身体に力が入っていたことに気付く。
今からこれでは、何かあったときに咄嗟の判断を誤ってしまいそうだ。
失笑を漏らせば、再び耳に届く、声。



── おいで、ここまで ──



意思のあるそれは、決して幻聴などではない。
自らの元まで来いと言うことは、行く手を遮る強固な扉をなかった物にしてくれるのだろう。
そっと望美を見るが、やはり彼女がそれに気付いた様子は見られない。


ならば、自分がやるしかないだろう。


未だ、扉の前であぐねいている望美の方へと足を動かす。


「浅水?」


そんな浅水の様子に、ヒノエが訝しげな表情を浮かべる。
彼の言葉に、扉へと進んでいく浅水の姿を誰もが見やる。
扉の正面に立つと、その足をピタリと止めた。
一度だけ、扉を見上げてから、それを開かんと手を伸ばす。


「無理だって。心のかけらがないんだ、開かないのは知ってるだろ」
「そうだよ。それに、今だって開かなかったんだから」


すでに一度試していたらしい望美と将臣が、扉は開かないと首を振る。
そう、二人が試したときは開かなかった。
だが、今は開くと知っている。
彼女自ら、迎え入れてくれるのだから。





「大丈夫、扉は、開くよ」





ゆっくりと、幼い子に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
そして、言い終わると同時に扉を押す。
さして力を入れてもいないのに、いとも簡単に扉は開いた。
まるで、この先を促すように。


「あっ……」
「どういう事だ、開いていたのか!?」
「そんなはずはねぇ。確かに扉は開かなかった」
「どうして……?」


呆気なく開いた扉に、誰も開いた口がふさがらない。
特に、望美や将臣は一度扉を開こうとしたのだ。
自分たちが試して開かなかった扉が、こうもあっさりと開いた事実が信じられない。


「これで先に進めるけど、どうする?」


くるりと振り返り、未だ驚いている面々の顔を見る。
先へ進むためにやって来ておきながら、このまま進まないのであれば、一体何のためにここまでやって来たというのか。


「行ってみよう」


はっきりとした望美の言葉に、視線が集まる。
そんな視線を感じているだろうに、望美の瞳は真っ直ぐに扉の向こう側へと向けられている。
その先にいるだろう、リズヴァーンへ。


「先生がこの奥へ行ったのかもしれないなら、私たちも行こう」


力強い望美の言葉に、異を唱える者はいない。
浅水の隣を通り過ぎる望美の姿を目で追う。
どうやら彼女にはあの声は本当に聞こえなかったらしい。
その事実に、どうして自分だけが、と思わずにはいられない。
これまでのことを考えると、自分だけではなく、望美にも声が聞こえていいはずなのだ。


「浅水、行こうぜ」


いつの間にか、みんなは扉をくぐっていたらしい。
自分の目の前に立ち、その手を差し伸べているヒノエを視界に捉える。


「うん、行こう」


差し出された手を取れば、しっかりとその手を掴まれる。
掴まれた手を逆に握り返せば、少しだけ驚いたようにヒノエは瞠目した。
けれど、途端に勝ち気そうな笑みを浮かべ、掴んだ浅水の手を引いて歩き出した。










しばらく先を進むと、その行く手を水に遮られた。
どうやら、自然に出来た湖のようで、泳いで渡るには問題があった。


「船がないと渡れそうもないね」


望美はその場にしゃがみ込み、水をすくい上げる。
どれくらいの深さがあるのか。
水面を覗き込んでみても、水底は見えなかった。


「リズ先生みたく、ワープするわけにもいかねぇしな」


肩を竦めながら、どこかふざけた物言いをする将臣も、このままでは先へ進めないとわかっているのだろう。
一難去ってまた一難。
目の前に立ちふさがる壁は、いずれも高い。
そんな中、周囲を見回しているのが一人。


「探してみるかい?」


出された声は、どこか楽しげ。
まるでおもちゃを見付けた子供のよう。


「案外、見つかるかもしれないよ。ほら」


そう言って、とある一点を示す。
ヒノエが示した方を見れば、そこにリズヴァーンの姿はなかったが、その変わりに舟があった。


「そういうことね」
「あっ、向こう側には舟があるんだ」
「うまくすれば、こっち側にもあるんじゃないかな」


ヒノエの言わんとしていることを悟ると、浅水もヒノエの隣へと移動する。
そんな浅水の姿に、ヒノエが目を細めたのがわかった。


「浅水、そこの岩場に上って様子を見てみようぜ」
「了解」


ヒノエが顎で示した場所を確認してから、小さく頷く。
今いる場所よりも少し高い場所にある岩場は、あまり足場がいいとは言えなかったが、これくらいなら問題ない。
ヒノエについて行って、もっと危険な場所に行ったことも少なくはなかった。

岩場に上れば、高いだけ合って周囲の様子がよくわかった。
そんな中、視界に入った岩以外の物」


「岩の陰にあるの、あれそうじゃない?」
「みたいだね」


どうやらヒノエも同じ物を見付けていたらしい。
けれど、ここから舟までは距離がありすぎる。
だからといって、泳いで渡るというのもどうか。
いざとなったらそれも仕方のないことだが、さすがに望美や朔にまで同じ事をさせるのも気が引ける。


「オレの大事な姫君に、そんな危ないマネはさせられないね」
「……まだ何も言ってないんだけど?」


耳に届いた声に、思わず溜息をつきながら反論する。
だが、自分の考えなどヒノエにはお見通しらしい。
やはり、一緒に過ごして来た年月が物を言うのだろうか。


「言わなくても、お前の考えそうなことくらいわかるさ」
「だったら、どうやってここを渡るつもり?」


舟がなくては先へ進めない。
泳ぐのが駄目だというのなら、一体彼はどうやってこの場を乗り切るというのだろうか。


「こうやってだよ」


浅水が何を言うかわかっていたのか。
ニ、と口角を斜めに釣り上げると、ヒノエは下にいる白龍へ声を投げかけた。


「あそこにある舟、お前ならこっちに寄せられるんじゃないか」


ヒノエに呼ばれた白龍は、岩場までやってくるとヒノエが言っている舟を確認した。
舟とこちらの場所を見ると、こくりと頷く。


「うん、できるよ。神子がそれを望むのなら」
「えっ!?」


突然自分に振られた望美は、驚いたように声を上げる。
その間にも、白龍は望美の元へ戻っていた。


「神子は、あの舟を望む?」
「う、うん」


あの舟、と言われてもどの舟のことかわからない。
けれど、この先を進むためには舟は必要不可欠だ。
白龍が舟を寄せてくれるというのなら、願ったり叶ったり。


「わかった。神子、ちょっと待っていて」


そう言った途端、白龍の身体が光に包まれる。
その光は、確かに龍神が持つ神気。
光に包まれた白龍は、水の上を飛んで舟へと近付く。


「これだね」


目的の舟へ辿り着けば、その舟を自分たちがいる場所まで持ってくる。
そんな白龍の姿は、岩場の上にいた浅水とヒノエの視界にも、ハッキリと映った。


「……最初からわかってたんでしょ」
「お前の水に濡れた姿は、他の野郎には見せたくないからね。見せるなら、オレだけに見せて欲しいし」
「ヒノエにだって見せないよ」


何を言っているかと、軽く窘める。
そうしている間にも、白龍は舟と一緒に戻ってきた。
浅水とヒノエも、岩場から下りてみんなの元へと戻る。


「白龍って、飛ぶことも出来たんだ」
「力がなくても、あのくらいの距離なら飛びことは出来るよ」
「さすが神様、期待以上だよ」


白龍の持ってきた舟を眺めながら、ヒノエが感嘆する。
言葉遣いは普段と変わらないが、神である白龍にそれなりの敬意を払っていることはわかる。
それは神職故か。


「さ、みんな早く乗り込もう」


先へ進む手だてが見つかれば、後はひたすら進むのみ。
その為にも、この場で留まっているわけにはいかない。
みんなが舟へと乗り込めば、舟の操作はもちろんヒノエがすることになった。
熊野水軍でもあるヒノエにとって、この程度の舟はお手の物だ。
それに、久し振りということもあってか、ヒノエ自身が楽しそうにしている。


「まるで水を得た魚だね」


そんなヒノエの様子に、思わず本音が零れる。


「そりゃ、そうさ。オレは海賊だからね。水の上なら任せときなって」
「ヒノエ、ここは海ではなく湖だ」
「敦盛、折角いい気分だってのに、水を差すなよな」


意気揚々として言ったヒノエに、敦盛の厳しい一言が入る。
それに直ぐさま反応すれば、そこかしこから笑い声が上がった。
九郎と同じように生真面目な敦盛だ。
あんな事を言えば、正論を言われることくらいわかっていたはず。
それとも、それを忘れるほどに舟の操作が嬉しいのか。
どちらにせよ、ヒノエの目が輝いていることに変わりはない。


「結構ボロいな。漕ぎ出したら、あっという間に沈んだりしてな」
「ちょっと、将臣くん!そんな怖いこと言わないでよ!」


舟に揺られながら、将臣が物騒なことを口にすれば、望美がしっかりと隣りに座っている譲にしがみつく。
その様子に、譲はまんざらでもなさそうだ。


「……皆、大丈夫か?」
「ええ、今のところ、誰も落ちてはいないようですよ」


望美の言葉に恐怖を覚えたのか、九郎の言葉が少々堅い。
けれど、そんな九郎の恐怖心を弁慶が更にかき立てる。


(絶対にわざとだ……)


相変わらず腹黒い弁慶に、内心こっそりと九郎に同情する。
弁慶のあの清々しいまでの笑顔を見る限り、九郎で遊んでいることは間違っていないだろう。
ご愁傷様、と思うと同時に、弁慶の矛先が自分へ向かないことにホッとしている自分がいる。
いつの時代も、スケープゴートは欠かすことが出来ない。


「わっ!」


そんなことを思っていると、ガクンと舟が揺れた。
この舟の揺れ方は意図的な物と判断すると、操っているヒノエを見る。


「ふふ、びっくりしたかい?」


楽しそうに問うヒノエに、これは完全に遊んでいるな、と判断する。


「遊ぶのは構わないけど、安全な航海にしてほしいね」
「もうちょっと速度上げるよ」


浅水の言葉など聞いていないかのように、ヒノエは舟の速度を上げ始めた。
速度を上げた舟は、見る間に岸から遠ざかっていく。










まだ見ぬ岸には、何が待ちかまえているのだろうか。










この海を越えて会いに行けたら 










お待たせしました……(土下座)

2008/4/24



 
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