重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









誰がどこまで、何を知っているのか。










一癖も二癖もある人たちは、先の先を読むから厄介で仕方ない。










お願いだから、あなただけは知らないでいて。










Act.44 










話は平行線。
これ以上は話しても埒があかないと判断したのか。
望美は一旦、会話を中断した。
その後、ぎくしゃくとした空気のまま夕食を取れば、いつものように訪れる個人の時間。
いつもならリビングにいるはずの浅水は、自室でベッドに横になっていた。
頭に浮かぶのは先程のリズヴァーンの言葉。
望美の心かけらが後二つだと言い切った彼。
あそこまでハッキリと言い切るからには、何かを知っているのだろう。
けれど、リズヴァーンが何を知っているのかなど、今の浅水には興味がなかった。



気になっているのは、ヒノエ。



自分の発言が、何かしら彼の気に障ったのは確かだ。
その証拠に、自分を見てくる視線が今までにないほどに居心地の悪さを感じさせた。
だから、何かを言われる前にリビングを後にしてきたのだが。


「こればっかりは譲れないよねぇ」


天井を眺めながら、言葉と一緒に息をつく。
片鱗でも理由を知ってしまえば、行き着く先は目に見えている。
だからといって、むざむざと進ませるほど、自分は親切じゃない。
時には諦めも肝心だが、足掻くことが必要なときだってあるのだ。

それによって、対立が起きたとしても。

事実、今は対立が起きている。
迷宮を進むべきだという九郎たちと、進むべきではないという景時たちと。
元の世界へ戻りたいと願っているヒノエたちには悪いが、どちらかと言えば浅水も景時と同意見だ。
望美の身に起きていることと、その背後にいる存在。
それは、決して楽観視出来る物ではない。

そして、自分にも関係しているであろうそれは、どこで繋がりが出来たのか分からない。
自分が気付いていないだけなのかもしれないが。
気になることはそれだけじゃない。
夢見とは違う、夢。
気のせいだと言ってしまえばそれまでだが、なかったことにしてしまうには妙に気がかりである。

ころり、と体勢を変えれば、このまま寝てしまおうかとも思う。
最近は寝坊することは少なくなった。
けれど、こうしてベッドに横になってしまえば、変わらずに眠気が誘ってくる。
それだけは、未だに理由が判らず終い。


「浅水?」


ノックと共に聞こえてきた声に、上半身を起こす。
声の主は、今まで自分が考えていた人の物。
まさか先程のことについて、何か言いに来たのだろうかと、内心ヒヤリとする。


「開いてるよ」


返事を返せば、開いたドアから現れる朱。
自分の姿を確認して、どこか安堵したのを浅水は見逃さなかった。


「どうかしたの?」
「ちょっとね。浅水はずっと一人で部屋に?」


ヒノエの問いに、思わず首を傾げる。
その言い方では、誰かと一緒にいなかったかと言っているようではないか。
彼がわざわざそんなことを聞いてくるのはおかしい。
一体何かあったのだろうか?


「そうだけど、何かあったの?」


ベッドから降りれば、少々言い辛そうにしながらも教えてくれた。
将臣とリズヴァーンが家にいないのだと。
先程のことがあったせいか、弁慶と九郎が同じ事が起きないかと心配しているらしい。
それゆえ、みんなの姿を確認しようとしたら、将臣とリズヴァーンの姿だけが見つからない。
望美は行き先を告げて外に出て行き、白龍が少し遅れてついて行ったとか。
二人を捜しがてら、周囲を探してくると弁慶と九郎が外へ出たらしい。


「…………」
「浅水?」


話を聞いて黙り込んだ浅水の顔を、ヒノエが覗き込んでくる。
名を呼ばれて、少し顔を上げれば、目の前に見える二つの紅玉。
その瞳に浮かんでいるのは、自分の身を案じる色。


「その六人以外は家にいるんだよね?」
「え?あぁ、いるぜ」


いない人物以外は家にいると聞くと、浅水はクローゼットの中から上着を取りだした。


「浅水……?」


そんな自分の行動についていけないのか、ヒノエは目を丸くして浅水を見ている。
上着を着込めば、机の上に置いていた携帯と財布を手に取った。


「とりあえず、みんなを集めて行こうか」
「行くって、どこへだい?」


怪訝そうな顔をしているヒノエに、ぱちくりと目を瞬かせる。
ヒノエのことだから、きっとわかっていると思ったのだが、そうでもなかったらしい。


「鶴岡八幡宮」
「そういうことか」


行き先を告げれば、合点がいったように口端を斜めに引き上げる。
ヒノエと二人、部屋を出てみんなを呼びに行けば、そのまま鶴岡八幡宮へと向かい始めた。










しばらく進めば、前方に見知った姿を見付けることが出来た。
それに足早で近付けば、何やら一人少ない。
その場にいるのは将臣、望美、九郎、弁慶、白龍の五人。
必然的に、姿が見えないのはリズヴァーンとなる。


「将臣くん、どういうこと?先生は一体……」


望美が将臣に詰め寄っているところからして、先程までリズヴァーンはいたのだろう。


「さっき話した心のかけらだ。リズ先生が持ってる」


望美の質問に答える将臣に、誰もが反応した。
まさかリズヴァーンが心のかけらを持っているなど、誰が想像しただろうか。
否。
それを知っていた人物がいるとすれば、一人だけ。
浅水は咄嗟に、景時を振り返った。


「どうしてそれなら俺たちに」
「さあな。聞いたが教えちゃくれなさそうだ」


教えてくれないのか、と続けようとしたのだろう。
譲の言葉を遮って、将臣は景時を睨むように見やる。


「景時、あんたが答えてくれるか」


将臣の言葉に、景時一人に視線が集まる。
沈黙を守る景時は堅く口を閉ざしたまま。
それに焦れたのか、望美はリズヴァーンの行方を将臣に尋ねた。


「迷宮でしょうね」


けれど、返ってきた答えは、将臣からではなく、弁慶から。
そのことから、弁慶も大体のことは想定していたのだろうとわかる。
だからだろうか。
景時から呟かれた彼の名は、思っていた以上に覇気のない物だったのは。


「ここまでは、君も計算していなかったんでしょう。景時」


計算。
もし仮に、景時が今後のことを計算していたのだとすれば、リズヴァーンが心のかけらを持っているのは景時も承知の上だったということ。
それとも景時自らがリズヴァーンにそれを託したのか。





「あの人は、全て一人で背負うつもりのようだ」





全てを背負うということがどういうことか。
それがわからないほど、リズヴァーンを知らないわけではない。
少なくとも、浅水と似たような期間しかリズヴァーンと一緒にいなかった将臣ですら、彼がどんな人物か知っている。


寡黙でありながら、語る言葉は的を得ていて。
何よりも、望美のことを気に掛けていた。


だからこそ、今回の行動も望美に関することなのだと誰もが判断出来た。


「弁慶、本当なのか?」
「先生がたった一人であんな場所へ向かったと?」


迷宮がどんな場所か知らない自分たちではない。
怨霊がはびこるあの迷宮に、たった一人で行ったところでどうなるか。
いくら鬼とはいえ、何かあったら危険なことに変わりはない。
信じられないと呟く面々に、追い打ちを掛けたのは景時だった。


「…………そうだろうね」


その言葉を聞いて、弟子である望美や九郎が黙っているはずがない。
案の定、鶴岡八幡宮の方へ顔を向け、小さく拳を作る。


「私たちも行こう!先生を連れ戻さなきゃっ!」


その声は、どこか焦りを含んでいた。


「だめだっ」


今にもその場から駆け出しそうな望美の手を、景時が咄嗟の判断で掴む。
それにより、望美はそこから動くことも叶わない。
いつになく景時の真剣な声に、望美は一瞬息を呑んだ。
けれど、直ぐさま我に返り、景時が掴んでいる自分の手首を見る。
しっかりと掴まれている手は、簡単に解けそうにない。
男と女の力の差は、望美自身わかっているようで、そのことに苛立ちを感じているようだった。


「景時さんっ!」


声を荒らげる望美に、景時は小さく首を振る。


「オレたちが行くのは構わない。けれど、望美ちゃん、君は──」
「一人だけ帰るなんてできません!」


景時の言葉を遮る望美に、彼自身もそれを想像していたのか。
小さく息をついてから、景時が視線を移したのは浅水。
見られた浅水は、何か嫌な予感が胸中をよぎった気がした。
いくら夢で先を視なくなったとて、この手の予感は外れたためしがない。


「一人じゃなければいいのかい?」
「え……?」


浅水を視界に捉えたまま、景時は望美に対する言葉を紡ぐ。
何となく、景時が何を言いたいのかわかった。
一人じゃなければ、それは、誰かと一緒なら、と同義。
そして、これから景時が名指しするであろう人物は、恐らく自分。










「浅水ちゃん。君も、迷宮に行っちゃいけない」










やっぱりか。
何となく予想できただけに、ショックはない。
ないが、納得いかない事に変わりはない。


「浅水、ちゃんも?」


景時の言葉に呆然としながら、望美がのろのろと自分へと視線を巡らせる。
彼に集まっていた視線は、今や浅水へと集まっていた。


「浅水さんも、ですか……」
「景時、どういうことだい?」


ヒノエと弁慶の目が小さく光る。
だが、景時は何も言わずに、射抜くような目で浅水を見ている。
このままでは時間の無駄。
何より、リズヴァーンが一人迷宮へ行っている今、一刻の猶予もならない。


「悪いけど、私はそこまで深刻じゃないよ」
「あれがそこまで深刻じゃないって、どうして言えるんだい?」


二人の間で交わされる会話は、本人たちにはわかるのだろうが、他のみんなにはさっぱりだ。
心配してくれるのは有り難い。
だが、その心配も、時に煩わしく思えることがある。


「自分のことだよ。自分がわからなくてどうするのさ」


わからない方が幸せなときもあるけれど、と小さくごちる。
できるなら、望美はこのままでいて欲しい。
それを思えば、彼女は景時の言うとおり迷宮へ行くべきではない。


「確かに、できるなら望美は迷宮に行って欲しくないけどね」
「浅水ちゃんまでっ!もういい、私一人でもいくからっ」


浅水の言葉が引き金となったのか、望美は景時の手を振り切ってその場から駆け出していた。
望美の手を掴んでいた自分の手を見ると、景時はくしゃりと自分の前髪を掻き上げた。


「オレに、止めることはできないのか……」


小さく呟かれた言葉は、どうしようもないほどに落胆していた。
だが、このままここで項垂れていても仕方ない。


「とりあえず、鶴岡八幡宮へ行こう」


九郎がみんなを促せば、小さく頷いてからその場を後にし始める。
そんな中、浅水は自分の手を掴まれる感触に、相手を振り返った。


「浅水、さっきのことがどういう意味か、説明してもらおうか」


どこか疑心暗鬼なヒノエの瞳。
彼のこんな瞳を見るのは初めてじゃない。
あれは、時空を越えた先。
二度目の熊野の夜に見た記憶がある。


「今は、望美とリズせんせを追うのが先だから」


追求してくれるなと、顔を背けることで拒絶する。
自分の言葉に、ヒノエが小さく舌打ちするのが耳に届く。
優先順位が何か、彼にもよくわかっているのだ。










秘密は、秘密のままで隠し通させて。










引き止めないで、行かせて 










ここに来てまだ伏線が増えます……orz

2008/4/13



 
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -