重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









人間だもの、意見の相違は仕方がないこと。










結局のところ、選択権があるのは白龍の神子である望美なんでしょう?










私にあるのは、必要にせまられた人生経験くらいだよ。










Act.43 










景時の言葉に驚きを隠せない者、何かを悟った者、沈黙を守る者。
リアクションは人それぞれ。
その中でも、九郎の行動が一番早かった。

どこか醒めた瞳をしている景時に、問い詰めるように言葉を紡ぐ。
だが、返ってくる言葉も瞳同様で。


「あの迷宮の奥に何があるのか、誰もわからない。これ以上進んで何が起こるか……弁慶」


そこで言葉を切ると、景時は弁慶を見る。
見られた弁慶も、ただ真っ直ぐに景時を見ていた。


「君はわかって進んでいるのか」


あえて弁慶を指名したのは、彼が何か嗅ぎつけているからだろう。
元よりそうだが、軍師という肩書きもあるせいで、彼は中々侮れない。
こちらがひた隠しに隠していることですら、既に情報として手に入れているかもしれない。
景時だけではない。
浅水にとっても、弁慶は気を許してはいけない相手。


「進まねば何が起こるかは確かです」


迷宮にある龍脈の穢れ。
その迷宮を解かねば、龍脈は耐え、鎌倉の地は荒廃する。
それは、あちらの世界でも見てきたことだ。
現代の鎌倉を、京と同じようにさせないためには、迷宮を進まねばならない。


「僕たちは戻れないところまで来ています」
「戻れないとしても……止まれるだろう」


どちらも互いに譲り合うつもりはないらしい。



迷宮を進まんとしている弁慶と、留まろうとしている景時。



誰もが二人の様子を固唾を呑んで見守っている。
どちらも頑固であることに変わりはない。
このまま、平行線を辿るのかと思われたその時。
望美の声が間に入った。
何か知っているのだろうか、と浅水は眉を顰めたが、次に彼女の口から出た言葉に自分の杞憂だったと息を吐いた。


「どういう事なんですか?」


その言葉を聞くに、望美は景時と弁慶、二人の思いを理解していないのだろうと思う。
肝心なことは鋭いのに、普段はその半分も理解していない。

景時は望美を見てから、そっと目を伏せた。
その後、再び弁慶を見ると、今度は望美にもわかるような言葉で弁慶に問う。


「この世界も同じだと君は言えるのかい?あの扉を開き、怨霊を封印すればいいと、そう言いきれるのか」


はっきりと言い切れば、景時の言葉に何か含みを感じることが出来た。
そして、この場にいる人たちは誰も、それを流してしまえるほど単純ではない。
それを指摘したのは将臣だった。
すると、今度は将臣の問いに弁慶が答えていく。

迷宮の扉を開く度に被害が広がるのか、と問うた将臣に、弁慶が出した答えは否。
龍脈を穢しているのはあくまでも迷宮に棲む怨霊であり、その怨霊を封印しない限り穢れは消えない。
つまりは、龍神である白龍の力が戻ることはなく、その神子である望美も力を取り戻さないという。

それは、景時だって理解しているはずのこと。

陰陽師である彼は、それを知っていたからこそ必要なことだと、以前に同じ口から言っている。
態度が豹変した景時に、九郎も戸惑いを隠せないようだった。


「一体どうしたんだ、景時。元の世界に帰るには、必要だと言っていたじゃないか」
「元の世界、ね」


どこか嘲笑を浮かべる景時に、更に九郎は難色を示した。
これまで、こんな彼の姿はあまり見たことがないのだろう。
だが、これから先の事を思えば、彼の選択もあながち間違いではないだろう。





望美のことを、思うのなら。





今ある現状を正確に理解しているのは、景時ただ一人だけだろう。
浅水ですら、未だ理解出来ていない部分も多いのだ。
だからこそ、知っていそうな景時に色々と探りを入れている最中でもある。


「オレは帰れなくても構わないよ」
「兄上、どうして……」


景時の発言に、言葉を無くしたのは妹である、朔。
それもそうだろう。
帰れなくても構わないと言うことは、こちらの世界に永住してもいいと言っているも同然。


これまで生きてきた世界と別れ、異世界で。


確かに、ここしばらく現代で生活していたから慣れてきただろうが、それはいつか元の世界に帰ると知っているからこそ。
二度と、自分のいた世界に足をつけないとわかったときの失望感。
自分がかつて感じたそれを、朔も感じているのだろう。


(でも、あれじゃ言葉が足りない)


わかってはいるが、これでは朔に同情を感じ得ない。





「ちょっと待てよ」





そして耳に聞こえてきた声に、浅水は思わず視線を床に落とした。
恐らく、彼が景時に何と言うか想像はつく。
つくけれど、それを今の自分が聞きたいとは思わなかった。



出来ることなら耳を塞いでしまいたい。

だが、そんなことをしたら、何事かと心配する人たちがここにはいる。

それでなくとも、例の発作のせいで、自分に対する心配の種は消えていないのだ。



どうせなら、彼以外の人であったら良かったのに。
九郎辺りなら、それを聞いたところでどうということはなかっただろう。





「冗談だろ、オレは帰るぜ」





ハッキリと耳に届いたその言葉に、浅水は静かに目を伏せた。
事前に視線を地に落としていたせいで、自分が目を伏せた事は気付かれないだろう。
頭のどこかで、冷静にそんなことを思う。


「待てよ、確かにお前に取ったらここは異世界だし、帰りたいのはわかる。けど───」
「わかるなら、止めるなよ」


譲の言葉を遮るのは拒絶。
どれだけ現代を楽しんでいても、ヒノエが帰りたいと思わないはずがない。


何よりも熊野を──熊野の民を思う熊野別当が、守るべき物を置いておけるはずがないのだから。


十年、一緒にいたのだ。
それがわからないほど、愚かではない。
別当補佐という役職は、彼と同じ目線で物事を見ることが出来る位置。
ヒノエが、どれだけ熊野という土地を愛しているのか、肌で感じることが出来る。


「みんな、落ち着いて。仲間同士で争っても、解決なんてしないよ」


望美が仲裁に入れば、それに九郎が同意する。
どこか似た性格の二人は、思考回路もどこか似ているのだろうか。
それとも、それは二人の師匠であるリズヴァーンから剣術と一緒に受け継がれた物か。


「なぁ、リズ先生。あんたはどう思うんだ?黙ったきりだろ」


いつも寡黙であるリズヴァーンは、多くを語らない。
本当に必要なときに、必要な言葉だけを口にする。
彼もまた、心の内で全てを抱え込んでいる一人だ。
将臣に問われた今も、言葉を選んで口に乗せる。


「進むが容易いとは思えぬ」


現代に辿り着いて、その顔の半分を覆うマスクが取れたところで、彼のポーカーフェイスは変わっていなかった。


「神子の心のかけら、残り二つを手に入れられるとも限るまい」
「…………?」


リズヴァーンの言葉に、将臣どころかみんなは首を傾げるばかり。
そういう浅水も、違う意味で首を傾げていた。
今の言葉は何かが引っかかる。
けれど、それがなんなのかわからない。
言いようのない違和感は、じわりじわりと脳内に浸透していきそうだ。


(望美の心のかけらが、残り、二つ……?)


脳内で、今の言葉を反芻してみる。
どうしてリズヴァーンがそれを知っているのだろうか。
望美の心のかけらが全部でいくつあるのか。
それは誰も、望美自身ですら知らないというのに。


「先生も反対なんだ……」


ポツリと呟く望美の横顔を見る。
彼女は何も気付いていないのだろうか?
今の言葉の不自然さに。
それとも、気付いていて知らない振りをしている?

どちらにせよ、ここへ来て謎がもう一つ増えたということか。
これ以上、考え事は増やしたくなかったのに、というのが今の浅水の感想だった。

そんなとき、望美が不意に頭を巡らせた。
そして、望美を見ていた浅水と目が合う。
彼女はぱちくりと瞬きをすると、口を開いた。


「ねぇ、浅水ちゃんは、どう思う?」


望美の言葉に、自分へと視線が集まるのがわかる。
どうせなら、そっとしておいて欲しかった。
自分の言葉を待つ、みんなの視線が痛い。
どう答えるべきか、と小さく唇を舐める。


「浅水ちゃんは、どっちがいいと思う?」


どっち、と言う時点で既に二者択一になっている。
どちらを選んでも、何か言われることは必至。
そして、何も言わなくてもしかり。















「……いっそのこと、心のかけらなんて見つからなければいいのに」















口の中で小さく呟いた言葉を、果たして何人の人間が理解しただろうか。
別段、理解して欲しいとは思わない。
結局の所、自分の思いは自分だけの物だ。



けれど、この場は答えなければ誰も納得しないのだろう。



対立するならすればいい。
時には、それも必要な場合がある。

とん、と寄りかかっている壁に頭をつける。
天井を見上げてから、視線を望美へ。
言うべき言葉は決まっている。





「焦っても、何もいいことは起きないよ」





それは、十年という長い歳月が自分に教えてくれた物。
時には諦めも肝心なのだと、淡い希望を壊される度に、幾度も自分に言い聞かせてきた。
浅水の言葉が、どちらを言っているのかは、明白だった。










痛いほどの視線は、恐らくヒノエの物。










交わらない平行線 










八 葉 対 立 !

2008/4/8



 
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