重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









隠し事は誰にでもある。










率直に言葉に出来るあなたの素直さが羨ましい。










でもね、何でも正攻法で上手くいくとは限らないんだよ。










Act.42 










浅水とヒノエが報国寺──景時が倒れていた場所──に辿り着くと、そこには既に先客がいた。
何か探しているのか、道を少し入った所に身体が見える。


「敦盛!」


近付きがてらヒノエが声を掛ければ、敦盛はゆっくりとこちらを振り向いた。


「ヒノエ、浅水殿も……二人も来たのか」


二人の姿を確認すると、ガサガサと植木を掻き分けて道へ出てくる。
敦盛がやってくるのを待たずにヒノエが口を開く。


「それで、何か見つかったか?」
「いや、探してみたのだがそれらしい物は、何も」


この辺りの呼吸は、まさに幼馴染みたる故か。
それとも、敦盛がヒノエの性格を熟知しているだけか。
恐らく、その両方だろう。

まぁ、この場へ来た理由など、少し考えればわかる物だ。

景時があの日、ここで探していた物を見付けに来たのか。
浅水は敦盛の言葉を聞いて、複雑な心境になった。





何もなかったことに安堵したのか。

それとも、焦りを覚えたのか。





幸いなことに、敦盛と一緒になってこの地を探し始めたヒノエは、自分の心内に気付いてはいないようだ。
もちろん、気付かれたら気付かれたで厄介なことになるのは目に見えている。
彼のことだ。
きっと納得いくまで話さなければ、解放してくれないだろう。
そんな時だった。


「ここが……景時さんが怪我をして倒れてた場所……」


キョロキョロと辺りを見回しながら、一人の少女が現れた。


「望美」
「神子も、ここに来たのか」
「浅水ちゃん、敦盛さんも」


その姿を確認した浅水と敦盛が声を上げる。
すると、望美は前方にいる見知った顔に、ぱっと表情を明るくした。
望美が小走りで二人の元へやってくれば、少し遅れてヒノエが奥から顔を出す。


「気が合うね。それとも、オレの望美を思う気持ちが届いたのかな」
「またヒノエくんってば、浅水ちゃんがいるのにそんなこと言うんだから」


毎度の軽口に唇を尖らせれば、ヒノエは楽しそうに声を上げた。
いつだってヒノエの言葉は甘い。
そう、望美の頬を簡単に赤くさせるくらいには。
生憎と、十年も共に過ごしてきた浅水は耐性がつきすぎていて、いつだってその甘い囁きを聞き流す傾向にある。



教訓。
熊野の男が放つ、甘い言葉には騙されるな。



ヒノエを始め、弁慶や湛快という、別当家の男たちは特に一癖も二癖もありすぎる。
これまでに、その甘い言葉で落ちた姫君がどれほどいることか。


「私は景時さんがここに来た理由が気になったから来てみたんだけど……」
「あぁ、私もだ」


やはり、望美もあの日のことが気になっていたのか。
じっと望美を観察するが、その行動に不自然なところは見当たらない。
本心から、景時がここで倒れていた理由が気になったようだ。


(……今の望美は何も知らない、か)


浅水はそっと瞳を閉じた。
思いは、心の中に留めておく。

ここで何か言ってしまったら、いかにも自分は知っていると教えてしまうような物だ。
それに、望美には教えない方がいい。
彼女が何も知らないなら、尚更。


敢えて望美の心を掻き乱す必要はないだろう。
逆に、それがきっかけとなって、何を引き起こすかわからない。



そう、何を引き起こすか。



危険は出来るだけ少ない方がいい。
こと、怪我人がいる今は。


「浅水、行くぜ?」
「え?」


どうやら、自分が考え事をしていたうちに、話は済んでしまったらしい。
辺りを見れば望美も敦盛も、既にどこかへ行こうとしている。
ヒノエが自分を呼んだのは、いつまでも動こうとしないせいか。


「行くって、どこに?」


思わずそう質問していた。
話を聞いていなかったせいで、みんながどこへ行こうとしているのかわからない。
すると、ヒノエは盛大に溜息をついた。


「話、聞いてなかったわけ?」
「ごめん」


何も言うことが出来ず、素直に謝罪する。
考え事をしていたせいで、話を聞いていなかったのは自分の落ち度。
ここは素直に自分の非を認めるしかない。


「まぁ、いいけど。一旦家に戻って、景時に話を聞いてみようぜ」
「そういうことね」


何をするかを教えて貰えば、自ずと目的は見えてくる。
どうせ聞いたところで景時が答えるとは思えない。
だが、彼らはそれでも尋ねるのだろう。
数少ない情報を求めて。


「ホラ、浅水」


手を差し出されてしまっては、それを取らないわけにも行かない。
自分の手を重ねれば、しっかりと握りしめられる。
ぐい、と力強く手を引かれ、いつの間にかヒノエに肩を抱かれる。


「ちょと……」


突然の出来事に、思わず彼の身体を押し返す。
けれど、押し返せばそれ以上に強く肩を抱き寄せられ、一体どうした物かと思う。
さすがにこの体勢で往来を歩くのは、気が引ける。


「いいじゃん、減るもんじゃないんだから」
「あのね」
「ちょっとヒノエくん!何やってるのーっ!」
「あ、神子」


小さくウィンクするヒノエに、何か言おうと口を開けば、数歩先を歩いていた望美がこちらへと戻ってくる。
そんな望美の姿に、敦盛が言葉を投げかけるが、それは望美には届かない。
浅水とヒノエの間に入り込む。
ヒノエから解放されてホッとしたのも束の間、今度は望美が浅水を強く抱きしめる。
しかも、ヒノエが肩を抱いたようにではなく、まさに両腕で抱きしめたのだ。


「浅水ちゃんは渡さないんだからっ」
「生憎、オレと浅水は想いが通じ合ってるんだぜ?っていうか、望美には譲がいるだろ?」
「それとこれとは話が別なの!」


繰り広げられる望美とヒノエの攻防。
天地朱雀のそれだけでも大変なのに、ヒノエと望美というのも中々に面倒だ。
半ばうんざりとしながら、助けを求めるように敦盛を見れば、彼はおろおろと二人の様子を眺めている。
これでは敦盛の助けは期待できそうにない。
浅水は盛大に溜息をついた。


「ねぇ、景時に話を聞くんじゃなかったの?」


いつまでここにいるつもりだ、と言えば、そうだった!と望美は浅水の手を引いて走り出す。
けれど、突然走り出されてはこちらも堪った物じゃない。
前のめりになりながらも、望美の速度についていけるように足を動かす。


「ヒノエくんと敦盛さんも早くーっ!」


ブンブンと手を上で振りながら望美が二人を呼ぶ。
その場に取り残された二人は、呆然とした様子で掛けていく望美と浅水を見ていた。
それからお互いに顔を見合わせると、小さく頷いてその場を駆け出す。

その後、ムキになった望美とヒノエのせいで、浅水と敦盛までもが有川家まで、全力疾走で競争するハメになった。










「た、ただいま……」
「おじゃまします……」


ぜいぜいと息を乱しながら、家の中へ入る。
すると、迎え入れてくれた朔は入ってきた四人の様子に少々目を見開いた。


「あら、望美。浅水も……。四人ともどうしたの?」


すっかりと疲れた様子の四人に、思わず目を丸くする。
家に入るなり息を整えるなど、どれほど急いできたというのか。


「……はぁ、ちょっとね」


なんとか呼吸を整えて、家に上がる。
その際、景時のことを聞けば、どうやら起きてリビングにいるらしい。
四人でリビングへ向かえば、何やら話し声が聞こえてくる。
どうやら軽い話ではないらしい。
開くのを躊躇っている望美の隣から、浅水が手を伸ばしてドアを開く。


「あぁ、お帰りなさい、浅水さん」
「ただいま」


ドアが開いて入ってきた四人に、会話が一時中断する。


「お話の邪魔しちゃってすいません」


それにぺこりと望美が頭を下げる。
景時に促されてリビングに入れば、そこには全員が集まっていた。


「僕も君たちがそろそろ来るかと思ってました」


ふふっ、と微笑を浮かべて弁慶がそっと景時を見る。
見られた景時と言えば、一瞬どこか所在なさげに視線を彷徨わせたように見えた。


「景時に聞きたいことがあるんでしょう?」
「オレに?」


けれど、首を傾げる様子は普段と変わらない。
そんな景時の様子に、望美もどこか安堵したようだった。
浅水はリビングを見回して、場所を移動する。
さすがにドアの側にいつまでもいるわけにはいかない。
窓の側に移動し壁に背を預けると、リビングの中がよく見えた。


どうやら弁慶はこちらが何をするために家に戻ってきたのかわかるらしい。
恐らく、どこへ行っていたのかも知っているのだろう。


望美が景時に聞くために、一歩前に出る。
誰もが、望美の姿をじっと見つめていた。





「景時さん、心のかけらを持ってはいませんか?」





ピン、と空気が張り詰めたのがわかった。

率直にそれを言葉に出来るのが望美の美徳でもある。
けれど、同時に欠点でもあることに変わりない。


「心のかけら……」


景時の声が、幾分低くなる。
それきり黙ってしまった景時に、尚も望美は言葉を続けた。



景時があの場にいた理由。

自分たちが今日、どこへ行ってきたかを。



もちろん、目的の物が見つからなかったことを告げるのも忘れない。


「景時さん、かけらを持っているんじゃないですか?」


真摯な瞳で景時を見つめる。
景時の言葉を誰もが待った。
もちろん、浅水も。

浅水の場合、景時がかけらを持っているかどうかは、一つの確認でしかない。
問題は、そのかけらを誰が持っているかということ。

景時は、そっと瞳を閉じてから口を開いた。


「オレは、持っていない。それは嘘じゃないよ」


その言葉に、誰もがほっと息をつく。
そんな中、浅水はわずかに眉を顰めた。
景時の言い方では、自分は持っていないけれど、誰かが持っていると言わんばかり。
この中で彼以外にかけらを持っていそうな人物は、一人しか思い浮かばない。


「けれど……あれが必要かい?」


だが、その後に続いた景時の言葉に、誰もが瞠目した。










「あの迷宮を進んで、君はどうするんだい?」










素直になれたら 










前半部分が無駄に青い春(笑)

2008/4/6



 
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -