重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









似て異なる世界だから、どこかにあるとは思っていた。










でも、今の私にはすっかり参拝するという概念が消えていた。










腐っても、熊野別当は違うね。










Act.41 










起きてリビングに行けば、そこにヒノエの姿を見つけた。
何か探し物をしているらしく、ウロウロと落ち着きなく室内を歩き回っている。


「ヒノエ、何か探してるの?」
「あぁ、浅水」


声を掛ければ、探し物をしている手を止め、こちらへと近付いてくる。


「ちょっと調べたいことがあってね。鎌倉の地図って持ってないか?」
「鎌倉?」


一体何を調べたいというのか。
けれど、本人が調べたいというのに断る理由はない。


「ちょっと待って、確かここに……」


記憶を探り、地図を置いていた場所を探す。
探し物は、程なくして簡単に見つかった。
一度開いて中身を確認してからヒノエに手渡す。


「ありがとう」


手渡せば礼を述べ、直ぐさま地図を広げる。
ひょいと横から覗き込む。
どうやらどこかの位置を確認しているらしく、広げた地図を指で辿っている。
九郎や景時ならわかる気がするが、鎌倉にヒノエが関係している場所などあっただろうか?


「どこか出掛けるの?」


聞いたのは、興味本位から。
現代は彼にとって目を惹かれる物が多いらしい。
けれど、いつもふらふらと歩き回ってはいるけれど、目的を持ってどこかに行くという姿はあまり見かけない。

──迷宮に関してとなると別になるが。


「まぁね。……オレの行きたい場所が気になる?」
「そりゃ、そこまで熱心に調べてれば気になるかな」


質問に質問で返される。
だが、それに対して何か言うよりも、興味本位の方が上回った。
地図を覗き込みながら、彼がどこへ行こうとしていたのかを予想してみる。
けれど、現代の地図にあちらの世界のことが書いてあるはずもなく。
結局の所、ヒノエがどこへ行きたいのかはわからなかった。


「ふふっ」


地図を眺めている浅水の隣から、楽しそうに笑うヒノエの声が聞こえてくる。
一体何が楽しいのかと、隣を見れば、彼は目を細めた。


「じゃあ、一緒に行こうか。姫君」


地図をたたみながらズボンのポケットにしまい込む。
誘われたことに驚きを隠せなかったが、連れて行ってくれるというのならついて行こう。
だが、一体どこへ行くというのだろうか。


「行き先は、北鎌倉の朝比奈だ」


そんな浅水の心を読んだのか、ヒノエが行き先を告げた。
けれど、行き先を言われても、そこに何があるのかはさっぱりだ。
そこに何があるのか聞こうとしたが、それよりも先に上着を持ってこいと部屋へと促される。
どうせ目的地まで時間はある。
自分の目で見て確認するのも悪くないが、それまでに聞き出すことも出来るだろう。
浅水は大人しく自室へ戻り、上着と財布、そして携帯を手に取った。


玄関へ向かえば、既にヒノエが靴を履いて浅水がやってくるのを待っていた。
浅水の姿を見れば、小さく微笑む。
そんなヒノエの姿に、つられて浅水も笑みを浮かべた。


「それじゃ、行くとするか」


靴を履いて、二人は朝比奈へと足を向けた。










朝比奈へ辿り着くまで、浅水はヒノエから望んだ答えを聞き出すことは出来なかった。
それとなく聞こうとしても、飄々とかわされる。
ヒノエらしいと言えば、らしい。
ただ、時にそれが酷くもどかしい。


「ここに何があるわけ?」


少し前を歩くヒノエに、再三言った言葉を再び放つ。
するとヒノエは足を止め、クルリと振り返った。
ヒノエが足を止めたことによって、浅水の足も止まる。


「そう先を急がなくてもいいだろ?わざわざ二人きりで出てきたんだから」
「それはそうなんだけどね。気になることに変わりはないし」


肩を竦めて見せれば、ヒノエが浅水との距離を詰める。
くい、と顎を持ち上げられれば、ヒノエと視線が絡まった。


「せっかくの「デート」なんだ。もっと楽しもうぜ」


二ィ、と口端を斜めにつり上げる。
まさか最初からこのつもりだったのだろうか。
いや、探し物をしていると言った彼の瞳は、嘘をついていなかった。
ならば、デートというのはオマケのような物なのだろう。


「ま、そう言うことにしてあげる。それで?本当にいい加減、目的地を教えて欲しいんだけど」


サラリとヒノエの言葉を流せば、少しだけ気落ちした表情を見せた。
けれど、直ぐさま後方を仰ぎ見る。


「目的地はもう少し行った先さ。さ、行こうか」


差し出される手を何の躊躇いもなく取る。
しっかりとその手を掴めば伝わる、お互いの体温。
浅水はヒノエに促されるまま、彼の後をついて行った。



はらり、はらりと舞う白。



肌に触れれば、瞬時に溶けて雫へと変化した。
思わず足を止めて宙に手を出せば、手のひらにそれが乗った瞬間に冷たさが伝わってくる。


「雪?」
「降ってきたな……。もう少しだ、急ごう」


ヒノエに先を促され、足早に道を進む。
少し進めば、神社が目の前に広がった。
こんなところにある神社に何の用が?と思ったが、ヒノエはこの神社に用があるらしい。
大人しく自分もついて行けば、どこか懐かしい感じがする。


「あれ?ここって……」
「気付いたかい?」


問いかけるヒノエの声がどこか嬉しそうだ。
やはり、ここはヒノエと何か関係しているのだろう。
恐らく、自分にも。

ヒノエだけではなく、自分にも関係していると思うのは、感じる懐かしさから。
それを感じなければ、自分は無関係だと割り切れただろう。


「それじゃ、大勝負の前のご挨拶と行こうか」


本殿まで辿り着くと、そんなことを言う。
神職である彼が、お参りをするのはおかしいことではない。
けれど、この場所でなくとも、神社は他にもある。
それなのに敢えてこの場を選んだ理由はどこにある?
一緒に参拝をしながら、浅水はずっとそんなことを考えていた。



参拝が済む頃には、降り始めていた雪は世界を白く染め始めていた。
傘を持っていないことを後悔するが、ない物は仕方がない。
ここは大人しく濡れて帰るか、雪が止むまでどこかで時間を潰すしかない。


「このまま雪に打たれたら、ずぶ濡れになってしまいそうだね」


外の様子を眺めながら顔を顰めると、ヒノエは自らの上着を広げ、自分と浅水の頭から被った。


「濡れないように、オレの上着を二人で被っていこう」
「ちょっと、そんなことしたらヒノエが寒いでしょ」


そうでなくとも雪が降っているのだ。
気温は低くなっている。
それに加え、自分の上着を傘変わりにしてしまえば、ヒノエの防寒具がなくなってしまう。


「お前が風邪を引くよりマシだと思ってさ」


その言葉は、先日自分が熱を出した事にある。
雨に打たれて熱を出した自分が、この雪でまた風邪を引くのではないかと危惧しているのだ。
大丈夫だと言い切れない自分が恨めしい。


「これ以上冷えてしまわないうちに、行こう」
「わかった」


上着を持っているヒノエに密着するように身体をくっつける。
せめて、少しでも自分の体温を分け与えることが出来れば、と思った末の行為である。
雪は更に降り続く。
チラリと空を見上げても、分厚い雲が辺り一面を覆っていた。
浅水が空を見上げているのに気付いたのか、ヒノエも空を仰ぎ見た。


「みぞれまじりだから積もらないとは思うけど、足下に気をつけなよ」
「うん」


小さく頷いて、二人は本殿から飛び出した。
けれど、雪のせいで走ることはままならず、結局歩きである。


「そういえばさ」
「うん?」


少し歩き出してから、浅水はおもむろに口を開いた。
聞きたいのは、自分たちが来た神社のこと。


「あの神社って、何だったの?どこか懐かしかったんだけど……」
「やっぱりお前は気付いたね」


浅水の姿が現代のものに戻り、もしかしたら気付かないかもしれないと思っていた。
だが、彼女の口から出た言葉に、ついつい口元が緩む。


「言ったろ?大勝負の前のご挨拶って」


確かに、本殿でそんなことを言っていたような気がする。
けれど、どの神に対する挨拶なのかがわからない。
尚も首を傾げている浅水に、ヒノエは最後のヒントを出してくれた。





「オレたちの世界じゃ、熊野社はどこにあった?」





それを聞いて、ようやく合点する。
あちらの世界では、熊野社があった場所は鎌倉。
現代の朝比奈にあるということは、あちらの世界でも朝比奈にあったのだろうか。
それを聞いてみれば、是という答えが返ってくる。


やはり、熊野別当ともなると違う。
こちらの世界の熊野社にも参拝するなど、浅水の思考からは一切消えていたというのに。


「さすが、頭領」


ほう、と感嘆の溜息と一緒に言葉を吐き出す。
恐らく、彼にはどれだけ頑張っても、その足下にすら及ばないだろう。


「この勝負は、何があっても勝つつもりだからね」


その為の、参拝。





けれど、彼は知らない。

この背後に、何がいるのかを。

そして、どこまで事態が進んでいるのかを。





ここで言えたらどれだけ楽か。
だが、言えない理由が自分にはある。
それは、景時が黙秘しているからではない。


もっと他の、自分に関わる理由。


それでなくとも心配ばかり掛けている今。
これ以上、その心配事を増やすのは気が引ける。
いっそのこと、全てが終わってからでも遅くはないだろう。


「それと、オレの姫君が雪に濡れませんようにってね」
「また、そう言うことを言う……」


小さくウィンクしながら語る彼は、どこか楽しそう。
これに付き合っては、いつまで続くかわからない。
またしても軽く流そうとしたときである。


「あれ?」
「止んだみたいだね」


空から舞い降りていた白は、いつの間にか姿を消していた。
路面はまだ濡れているが、雲が切れて、空には太陽が顔を覗かせ始めている。
携帯で時間を確認すれば、まだ午後を回ったばかり。
このまま帰るのは、少し時間が勿体ないように感じる。


「折角止んだんだから、どこか寄って帰ろうか」


それはヒノエも同じだったらしく、回り道を提案してきた。
この状況で、どこかへ寄ると言われたら、行きたい場所は一つだけ。
恐らく彼も、自分と同じ事を考えているのだろう。
お互いに顔を見合わせると、何も告げずに歩き始めていた。










目的地はもちろん、報国寺。










踊る雪の花 










ヒノエ曰く、デート(笑)

2008/4/4



 
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