重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









焦るとどこか抜け落ちる。










それに加えて、重い身体は思考回路を鈍らせる。










現代に戻ってきてから、身体がなまってきたかもしれない。










Act.39 










リズヴァーンに遅れること少し。
二人の姿を見送って、家に帰ろうというときになって、浅水は重大なことを忘れていたことに気が付いた。
景時を運んでもらったことはいい。
けれど、先に帰れと言っておきながら、家の鍵は自分の上着に入ったままなのである。


「浅水ちゃんも、随分焦ってたんだね」


この言葉は、自分の手のひらに家の鍵を出したとき、望美が呟いた言葉である。
焦っていたことは認める。
彼を一人で行かせてしまったことを、後悔するほどに。
それゆえ、景時の姿を見た途端に、頭で何か考えるよりも口が先に動いていた。


「鍵を持ってないって事は、締め出しくらってるってことじゃねぇか」
「やっぱり、早く戻った方がいいですね」
「仕方ない、タクシー使おう」


小さく溜息をつき、携帯でタクシーを呼ぶ。
何せこの場にいるのは十人。
全員が乗れる台数となると、結構な数だ。
そして、問題が一つ。
最近は電車に慣れてきたメンバーだが、車となるとそうもいかない。
未だ未成年の自分たちでは車の運転は出来ないため、当然車には乗らない。
どこへ行くにも、歩いて行ってしまう。
バスには何度か乗ったことがあるかもしれないが、バスと車ではかなり違う。


「とりあえず、私と望美、譲、将臣はそれぞれバラバラに乗ろう」
「そうだな。そうすりゃ何とかなるだろ」


ほどなくしてやって来たタクシーに、それぞれ別れて乗り込む。
浅水と同じタクシーを選んだのは、言わずもがな。
ヒノエと弁慶だった。





乗り込んだタクシーには、浅水を挟むように天地朱雀が隣にいる。
行き先を告げれば、車は静かに雨の街を走り出した。



沈黙が、痛い。



自分を見ている訳でもないのに、二人の何か言いたげな様子が雰囲気で伝わってくる。
運転手にも、この雰囲気は伝わっているだろう。
謝罪を心の中でする。
二人が自分に問いたいと思っているのは、恐らく景時の事と報国寺のことだろう。
けれど、景時の事情は誰にも言わないと約束してしまった。
万が一の事が起きてしまったから、行き先だけは言ってしまったけれど、それ以上口にすることは出来ない。
そんなことをしてしまえば、約束を違えてしまう事になる。


「なぁ、浅水」


不意に破られた沈黙。
声の主を横目で見れば、窓枠に肘をついて頬杖をしているヒノエが、流れていく夜の街を眺めていた。


「……何」


直接顔が見えないということは、表情からヒノエが何を言いたいのかは悟れない。
ガラス越しに写っている姿では、あまりにも弱すぎる。


「お前はどこまで知ってたんだ?景時のこと」


言われた言葉に、思わず口が詰まる。
ここで言葉を濁しても、反対側に座っているのは弁慶だ。
恐らく、ヒノエから逃れるように彼を見ても、いつもの微笑が次に待ちかまえているに違いない。
まさに前門の虎、後門の狼である。
それに、ここで言わなければ、いつまでも探り続けるのだろう。
それこそ、自分の預かり知らぬ所まで。


「ちょうど、景時が出掛ける所に出くわしたから、行き先を聞いてただけだよ。ただ、黙ってて欲しいって言うから」


尻窄みになっていく言葉は、今の浅水を現しているようだった。


「では、君はなぜ景時があの場所へ行ったかは、知らないんですか?」


それに追い打ちを掛けるように、弁慶からの質問が続く。
ヒノエならまだしも、弁慶相手では口を開いた途端にボロが出そうで怖い。
瞬時に頭を回転させると、浅水は口を使わずに頷くことで返事を返した。

景時があの場所へいった理由は、朧気ながら知っている。
だがそれは、景時自身の口から聞いたわけでもない。
けれど、暗がりの中で自分はそれを見付けることが出来なかった。





果たして、景時が心のかけらを無事に手に入れたのか。

それとも、見付けることが出来なかったのか。





彼が無事に帰ってきたら尋ねようと思っていた。
実際に、景時は全身に傷を負うという自体になったが。
そのことによって、あの場に見つからない理由がもう一つ出来てしまった。





奪われた。





誰に、とは考えるまでもない。
景時が出掛けた後。
朔が自分と話している最中に起きた発作。
あの時に、景時は彼の人と会ったのだろう。
その結果が、あれだ。


「君なら何か知っているんじゃないかと思ったんですが……」
「ごめん」


謝ることで、これ以上の追求を拒む。
このままでは、話さなくていいことまで話してしまいそうだった。


「浅水、顔色が悪いな」


くい、とヒノエに顎を捉えられ、簡単にヒノエの方を向かされる。
車内に灯りがあるわけではないので、顔色などわかるとは思えない。
そう思ったが、夜目が利くヒノエだ。
これくらいの明るさならば、自分の顔色もわかってしまうのだろう。
そういう浅水も、ヒノエの顔がハッキリと見て取れる。


「例の発作があった後ですからね。やはり、君を連れてくるべきではなかった」
「今日は帰ったらすぐに休みなよ。景時の奴も、あんな状態じゃ話せないしね」
「そう、だね」


景時。
その名前が出てくるだけで、今は胸が痛い。
だが、彼が受けた傷は自分の比ではない。
身体に受けた傷と、心の傷。
何があったのかは推察しかできない。
けれど、景時の傍らにいた望美の姿を見たときに、それが現実でなければいいと思ってしまった自分がいた。


あの時、望美は景時と一緒にはいなかった。
どこにいたのかは聞いていないが、闇雲に探していたら、有川家から真っ直ぐ報国寺へ来た自分たちよりも遅かった可能性が高い。
それなのに。
すでに望美はそこにいた。
単なる偶然として片付けるには、少々できすぎている。
それを思うと、導き出される答えはただ一つしかなかった。


「浅水?」


ことり、とヒノエの肩に頭を乗せれば、少々戸惑うような声が耳に届く。
返事を返さずにそっと瞳を閉じる。
考えなければいけないことがありすぎて、逆に考えることが億劫だった。
それに加え、一日に二度の発作と、雨の中ある程度の距離を全力疾走。
走っているうちは良かったが、今になって濡れた服が体温をじんわりと奪い始めている。
車内の暖房は、服を乾かすまでには至らない。
現代の生活に再び慣れてきた身体には、少々負担が大きすぎた。
いくら姿が変わったとしても、筋肉を使わなければ、その分だけ衰える。
車の揺れと、ヒノエに触れている場所から伝わる体温が、心地よい眠りを促してくる。
けれど、このまま寝たらいけない。
そう思い、ヒノエから離れようとすれば、逆に強く肩を引き寄せられ、抱かれた。


「ついたら起こすから、それまで眠っていなよ」
「でも……」
「いいから」


自分に身を委ねろ、と促される。
チラリと弁慶を見やれば、小さく頷いたのが見えた。
家まであと少しだとわかっているが、ついたら起こしてくれるというのだ。
その行為に甘えてもいいだろう。
事実まぶたは重く、身体を動かすことすら怠い。


「ごめん。じゃあ、ちょっとだけ」


そう断ってから、身体の力を抜いてヒノエに身を委ねる。
力を抜いた途端、どっと疲れが押し寄せてくるような、そんな感じがした。
まぶたを閉じてすぐに訪れる睡魔。
抗うだけの気力すら、今の浅水にはなかった。





ややして聞こえてきた浅水の寝息。
それを耳にして、ヒノエと弁慶はようやく胸を撫で下ろした。


「眠ってくれたようですね」
「ああ」


景時のことを心配していないと言えば嘘になる。
仮にも、同じ八葉である。
弁慶に至っては、八葉でもあり、同じ源氏でもあるのだ。
けれど、浅水と景時を天秤にかけるとなれば話は別だ。
熊野の男が女性に優しいからではない。



それが浅水だから。



もしこれが望美だったとして、浅水と同じように心配するかと問われたら、考えるだろう。
確かに望美は白龍の神子で、大切な存在でもある。
だがそれは、浅水を思うのとは全くの別物だ。


「本当に、ついたら起こすんですか?」


質問は確認。
叔父が何を言いたいのかなど、聞かなくてもわかる。
それに、自分がどう動くか予想している癖に、わざわざ確認するのは嫌がらせだろうか。


「まさか。ああでも言わないと、浅水は信じてくれないからね」
「でしょうね」


苦笑を浮かべながら肩を竦める弁慶に、ヒノエは小さく鼻を鳴らした。
わかってて言う辺り、やはり弁慶はいけ好かない。
すっ、と伸びてきた弁慶の手が、濡れて額に張り付く浅水の髪の毛をどける。
そのまま額に触れると、わずかに顔を顰めた。


「どうかしたのか?」


一気に薬師の顔へと変化した叔父に、ヒノエの表情も硬くなる。


「もしかしたら、熱があるかもしれません」
「かも、じゃなくて、あるだろうね」


いくら雨で濡れたとはいえ、浅水を抱く手に伝わる彼女の体温は、あまりにも熱い。
それに加えて、呼吸もどこか浅く、早い。


「やっぱりそうですか」
「疲労と心労、ってところかい?」
「恐らくは。普段なら自分の体調に気付くのに、今回は余程余裕がなかったようですね」


言いながら、先程までの浅水を思い出す。
時折見せる彼女の表情は、未だに何かをその内に秘めている。
一人で消化するよりも、こちらを頼ってくれた方が不安材料は減るというのに、それがさっぱり伝わらない。
何かがあってからでは遅い。
それは、屋島で嫌と言うほど身にしみた。
もう二度と、あんな思いはしたくない。


「どうせ今日は何も出来ないんだ。浅水にはしばらく、休養が必要かもな」
「ええ。いつまたあの発作が起きるか、わかりませんからね」


それきり途切れる会話。
タクシーは、数分もかからずに有川家の前に辿り着いた。料金を払って車から降りれば、先に辿り着いていたらしい望美たちが出迎えてくれた。
ヒノエに抱かれながら現れた浅水の姿に誰もが驚いていたが、どうやら理由は察してくれたらしい。
部屋まで運べば、朔と望美が浅水を着替えさせた。
そのまま今日は解散となり、全ては明日ということになった。










降り続いていた雨は、上がり始めていた。










腕に抱き、焦がれ続ける 










またしてもオリジナルまっしぐら……

2008/3/27



 
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