重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









雨の中で見た二人の姿。










景時の姿を見た瞬間、後悔の念はそれまで以上に強くなった。










後悔は、後から悔やむから後悔だというのに。










Act.38 










浅水の言葉を頼りに、景時の姿を求めて報国寺へ。
当然の事ながら、誰も話す人はいないし、その足は駆け足。
ただ、走る速度にばらつきが生じるのは否めない。
ヒノエと一緒に熊野を駆け回っていた浅水は、それなりの速度で走れるが、朔はそうもいかない。
それをわかっているのか、朔の隣を白龍が走っている。


「やばいな、降ってきた」


ぽつり、と頬に冷たい物が触れてヒノエが呟いた。
空を見れば、雲が覆っているのか、星一つどころか、月の姿すら見えない。
雨が降るということは、視界が悪くなると同時に、雨音のせいで物音が拾いにくくなる。
それを思うと、雨が降る前に景時を見付けておきたかった。


「早く景時を見付けようぜ。雨が強くなったらよけい見付けにくくなる」
「そうですね」
「ああ、急がねばならん」


走りながらヒノエが後ろを振り返れば、すぐ側を走っていた弁慶と九郎が返事を返す。
それ以外は頷くことで返事を返した。
全力疾走にも近いそれのせいで、朔はかなり酷そうだ。
後から来てもいいと言ったところで、実の兄のことだ。
その心配は計り知れない。


「浅水、報国寺まで後どれくらいある?」


不意にヒノエから問われ、現在の位置と報国寺の距離を頭の中で考える。


「そんなにかからないと思う。でも、景時が報国寺にいるとは限らないよ」


強くなる雨足に、走る速度を落とさずに応えれば、小さく舌打ちしたのがわかった。
ヒノエの少し後ろを走る浅水の場所からは、横顔が見えるばかりで、その表情がハッキリとわかるわけではない。
けれど、熊野でも自分は今と同じ場所からヒノエの横顔を見ていた。
月が隠れてしまったが、街灯のおかげで彼が見える。
わずかに見えるその顔はとてつもなく真剣そのもの。
まるで、彼が熊野別当としてそこに存在しているような、そんな緊張感が生まれている。


「……ってことは、その付近にも目をやらないといけないってことか」
「そうなるね。でも、報国寺の近くなのは確かなはず」
「それは、星の一族の力かい?」
「え?」


ヒノエが何かを言ったのはわかった。
けれど、それは雨音と自分たちの足音で掻き消されてしまう。
故意に声を小さくしたのだとわかった。


「ヒノエ、何?聞こえない」


もう一度、と促すが、何でもないと言われてしまう。
そう言われると、余計に気になるという物。
尚更知りたくなったが、真っ直ぐに前を見据える横顔を見てしまっては、大人しくするしかない。

それに、景時の安否の方が気になる。

報国寺へ向かったのは間違いない。
彼の口から直接聞き出したのは、他の誰でもない自分自身だ。
自分に嘘をついたところで、誤魔化せないのはあの時の会話でわかったはずだ。
嘘を見抜けないで、どうして熊野別当補佐ができようか。


(せめて雨さえ降っていなければ……)


叩きつけるような雨は、体温を奪っていく。
走っている自分たちはまだいいが、景時がどんな状況にあるかわからない。



もし、どこかに倒れていたら。

もし、動けないでいるのなら。



この雨は、きっと景時にとっては辛い物になるだろう。
それを思うと、尚更早く見付けなければ、という焦燥に駆られる。
余裕なんてとうにない。
あるのは、ただただ景時の安否だけ。
やはり、無理を言ってでもついて行けば良かった。
浮かぶ後悔の念に、小さく唇を噛む。
そんな浅水の様子を、ヒノエは横目で見ていた事に、彼女は気付いていない。


(始めから知ってた、ってわけか)


有川家を出る前、予感がすると言っていたが、それは嘘なのだろうと思っていた。
恐らく、弁慶辺りもそのことには気付いているはずだ。
現在の姿になってからこちら、熊野で具現化されていた星の一族の力は使えなかった浅水だ。
更には、その身から神気すら感じられなくなった。
それについては白龍が解明してくれた。
けれど、それ以外に何かがあるような気がしてならない。





例えるなら、もっと大きな理由。





浅水自身、理由もわからないようだから、それについては探るのを止めた。
だが、そんな彼女が予感だけで行く先までわかるとは思えない。
ありとあらゆる情報から推察されるならまだしも、手持ちの情報は少ない。
それとも、現代に通じている彼女にしかわからないのだろうか?
そう考えるが、直ぐさまそれはない、と否定する。
浅水がわかるのならば、同じ星の一族である譲にもわかるだろう。
朧気にでも。
けれど、譲ですらそれはわからなかった。
つまりはそういうこと。


(浅水が景時のことを隠していた理由と、景時が浅水に告げた理由、か)


恐らく浅水のことだ。
みんなには話さない、とでも言って、無理にでも聞き出したのだろう。
だからこそ、曖昧な言葉で誤魔化した。


「昔からお前は自分に関する隠し事は上手いのに、他人が関わると途端に下手になるんだからね」
「それには同感ですね」


一人ごちた言葉に同意され、思わず眉をしかめる。
首だけを動かせば、ほとんど隣を走っている弁慶の横顔が視界に入る。
視線に気が付いたのか、彼も顔だけを動かしてヒノエを見た。


「彼女は昔から自分に関する隠し事は徹底している。けれど、こと他人のことになると、すぐにそれが表に出る」
「アンタ、何が言いたいんだよ?」


弁慶の真意がわからなくて、問い返せば、弁慶の顔が正面へと戻される。


「今の彼女に余裕がないことくらい、君にもわかるでしょう」
「当然だろ。感情的になりやすいのが、浅水の唯一の欠点でもあるからね」


昔から、何かというと感情に走る浅水。
それゆえ、京でも弁慶を叩くという行為に走っていたことを思い出す。
感情を抑えることがいいことではない。
けれど、時に冷静になるのも必要だ。
今の状況なら、特に。


「けれど、言ったところで聞いてはもらえない」
「どうするつもりだい?」


そこまでわかっているのだから、何か考えがあるのだろうか。
彼女から、聞き出すための何かが。


「どうしましょうか?」
「……おい」


こちらが尋ねているというのに、こういうときまで逆に質問で返すとは。
彼の場合、故意にそうしているのか、それとも本気なのかが紙一重だ。
だからこそ、見極めるのも難しい。


「……ヒノエくんと弁慶さん……?」


どこからか聞こえてきた、自分たちの名。
こちらの世界で自分たちの名を呼ぶ人は、限られている。
そんな敬称をつけて呼ぶのは、現代人の譲と、もう一人。


「望美さん?どこですか?」
「あ、私……」
「おいっ、望美がいたぜ!」


望美の声がした方に駆け出したのは弁慶。
そして、遅れてやってくる仲間たちに報告するのがヒノエ。
何も言わずにお互いが自分の為すべき事を理解する。
その阿吽の呼吸は、血縁がもたらすものか。


「望美だけ?景時は?」


二人の捜し人のうち、出てきた名前は一つだけ。
そのことに、浅水はヒノエに問うた。
けれど、ヒノエも望美の姿を確認した訳じゃない。
弁慶なら、今頃は望美と合流しているだろうから、景時に付いても何かわかるかも知れないが。


「悪いけど、オレも望美の声しか確認してないんだ。弁慶が今、望美の所へ行ってる」
「早く、望美と合流しましょう。兄上が心配だわ」


全員が集まってからヒノエが言えば、朔が呼吸を整えながら先を促した。
望美が見つかったことによって、景時もすぐに見つかるかもしれないという、わずかな希望が見えてきた。



もし望美と一緒にいるのなら。

早く無事を確認したいと思うのは、誰も一緒。

いつものように、あのへらへらした笑みを見せてくれれば、すぐにでも安心できるのに。



景時の姿を確認するまでは、不安はいつまでもつきまとう。
誰の胸にもその思いがあるのか、打ち合わせたわけでもないのに足が進む。
ヒノエを先頭にして、向かうのは弁慶と望美がいるであるだろう場所。
自然と足が速くなるのは、心が急いているから。
もしかしたら、という思いが強く表れているせい。


「弁慶、どこだ」
「ヒノエ、こっちです」


先へ進みながら、二人の姿を探すために声を上げれば、直ぐさまいらえが返ってくる。
けれど、その声はどこか硬い。
望美を見付けたというのに、そこまで硬い声だと言うことは、何かよからぬ事でもあったか。
足早だったみんなの足は、いつの間にか駆け足へと変化した。

雨のせいで視界が悪くなっている。
更に、いくら街灯があるとはいえ、夜だ。
わかるのは確かにそこに人がいると言うこと。
その場にしゃがみ込んでいるのは望美だろう。
すぐ側に、弁慶の姿が見える
そして、良くは見えないが、二人の間から見える二本の足。
どうやら、横になっているようだ。


「兄上……っ……?」


朔がみんなの間をすり抜けるようにして、望美の側へと駆け寄る。
すると、彼女の声に反応して、望美がのろのろと頭を上げた。
生気を失ったような瞳は、朔の姿を見るなり、みるみると生気を取り戻していく。
いや、それよりも、朔を見たことによって、今の状況を思いだしたと言った方がいいのかもしれない。


「朔、どうしよう……っ。景時さんがっ……!」
「望美さん、落ち着いて」


どこかパニックに陥っている望美をみんなでぐるりと囲めば、ちょうど望美に抱かれるような景時の姿がそこに、あった。
そこかしこに裂傷があり、軽い傷とは言えない状況。
出来ることなら救急車で病院に連れて行った方がいいのかもしれない。
けれど、事情を説明する事もさることながら、保険証──身分証も含まれる──を持っていない彼だ。
あまり期待は出来ないだろう。
それならば、薬師である弁慶に診せた方が安全かもしれない。


「落ち着きなさい、神子」
「リズ先生……」


望美の肩に手を置きながらリズヴァーンが言えば、いくらか落ち着きを取り戻したのか。
望美が景時の怪我で慌てることをしなくなった。


「まずは、雨の当たらぬ場所に運ぶのが先決だ」
「あ、ならリズせんせは先に家に戻ってくれる?力を使えば、すぐに行けるよね?」
「無論」


リズヴァーンが景時を連れて、先に家に帰ってくれるのなら、こちらとしては景時の移動手段を考えずに済む。
これでタクシーに乗ろう物なら、運転手が嫌がるだろう。
びしょ濡れで、ましてや怪我をしているのなら尚更。
下手な詮索はされないに限る。
リズヴァーンが景時を連れてその場から去るのを見送ると、次は未だに地面に座り込んでいる望美。


「望美も、いつまでも座ってないで、帰ろう?」
「そうですよ、先輩。このままじゃ、風邪を引いてしまいます」


譲が望美の手を引いて立ち上がらせる。
雨が降る前に家を飛び出したから、みんなすっかり濡れている。
帰ったらまずは、身体を温めなければ。


「とりあえず、考えるのは後にしよう」
「そうだな、早く帰ろうぜ。これでみんな風邪引いたら笑い話だ」


考えるべき事はたくさんある。
けれど、身体を冷やして体調を崩したら元も子もない。
まずは家に帰ること。
それが第一。


「浅水、早くきなよ」
「うん」


景時がいた場所に立ってみても、何も見つからない。
それはつまり、そういうことなのだ。










景時の血で汚れた地面は、雨が洗い流そうとしていた。










もう何も残されていない 










多分、四章?

2008/3/24



 
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