重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









不意に感じた身体の違和感。










それまで何もなかったはずなのに、どうして突然?










何だか、嫌な予感がする──。










Act.2 










浅水は誰もいなくなったリビングのソファに座りながら、一人考えていた。
結局、白龍にもこの姿の理由はわからなかった。
白龍は、自分が四神の気配を感じなくなったことと関係があるかもしれないと言っていたが、果たしてそうなのだろうか?
それ以外にも理由があるような気がするのは、自分の気のせいなのか。


ヒノエは白龍と共に、望美を迎えに行ってくると言い、家を出て行った。
まぁ、今日は終業式だけだから、それほど長い時間待ったりはしないだろう。
それに白龍一人だけなら不安だが、ヒノエも一緒なら構うまい。


何しろ現実世界に来て、誰よりも先に馴染んだのは彼だった。


初めて目にする様々な物を、興味深そうに見たり聞いたりして、あっという間に吸収していく。
さすがに交易で日本以外にも行くせいか、順応力が高い。
その辺りは弁慶や敦盛も同じだった。
やはり、熊野関係者──ひいてはヒノエと親しいせい──なだけはある。
それに比べると、誰よりも馴染むのに時間がかかったのは九郎だろうか。
浅水は一から十まで教えるのに辟易して、九郎に関しては譲や望美に押しつけた。
そうでもしないと、逆にこちらが苛々する。
仕方ないとはわかっている。
わかっているが、こればかりはどうしようもない。
そもそも、九郎とは初対面から馬が合わないのだ。
今更九郎に教えるのを放棄しても、誰も何も言ってこない。
それよりも、よく我慢したと言われるくらいだ。
そこまですれば充分だろう。


目を閉じてソファの背に凭れていると、額の上に何か冷たい物が乗せられた。
一体何だろうと目を開ければ、真っ先に目に入ったのが将臣の顔。


「……何よ」


瞠目している将臣に、思わず顔をしかめる。
言葉に刺が見えたが、今はそれを気にしている余裕がなかった。
額へ手を伸ばせば、どうやら乗せられているのはペットボトルらしい。


「いや……お前、随分と若返ったな」


浅水がペットボトルを掴んだのを見て、将臣がその手を離す。
そのまま正面へと回り込めば、自分の隣りに腰を下ろした。
若返った、という言葉を聞きながら、そう言えば将臣は朝食の時いなかったことを思い出す。
自分が彼の部屋へ入ったときも、彼はそのまま寝ていたから、元に戻った自分の姿を見るのはこれが初めてかもしれない。


「若返ったっていうのは随分じゃないの?せめて、元に戻ったと言って欲しいんだけど」


そもそも、あちらの姿だって幼いときから成長してきているわけだから、今とそう変わらないはずだ。
それなのに、若返ったと言われるのもどうかと思う。


「俺からすればその姿は三年振りだろ?あっちの姿の方が見慣れてた分、妙に若く見えんだよ」
「だったら譲や望美も一緒じゃないの?」
「いや、あいつらは何て言うか……そのまんまって感じだろ?」


訳がわからない。
ということは何か。
望美や譲とは三年振りに再会してもそのままと思っておきながら、元の姿に戻った自分だけが若く見えるのだろか。
それとも、あちらの姿がそれほど落ち着いて見えたのか。
生活や環境が違えば、それだけ成長具合も違う。
ましてや、それまで生活してきた場所と正反対に違う場所で、十年。
今の自分と違っても仕方がない。


「そういや、ヒノエはどこ行ったんだ?」
「白龍と一緒に、学校まで望美を迎えに行ったよ」


キョロキョロと辺りを見回すのは、自分の側にはいつもヒノエがいたからか。
けれど、現代に来てからはヒノエの興味を引く物が外にたくさんあるせいで、別行動をしているのだ。
それに一緒にいないときは熊野でだってあった。
四六時中一緒とは限らない。


「何だ、お前は行かなかったのか?」
「馬鹿?今の私が行ったら、完璧サボりがバレるじゃない」


どこに目を付けてるの、と言えば、納得したように頷いた。
元の姿に戻った自分が学校へなど行った日には、見つかってからが厄介だ。
以前の姿なら、学校へ行っても部外者で通じた。
やはり、あちらの姿と今の姿は、若干の違いがあったのだ。
クラスメートや友人に気付かれない程度には。










そこまで姿を変えておきながら、どうして元に戻す必要があったのか。










問題はそこである。
元に戻さなければならない理由があったのか、それとも何らかの事情で元に戻ったのか。
いかんせん、結論へ辿り着くまでの情報が足りない。
せめてもう少しくらいヒントが欲しい。


「ま、あんまり考え込むなよ?」


ふわり、と頭の上に乗せられた手に、隣を見る。
そこにはいつもの将臣の顔。
けれど、どこか包容力が大きくなったのは、彼が平家を束ねていたせいだろうか。
久し振りのその感触が、妙に嬉しい。
そういえば、幼い姿の時に湛快も良くこうやって自分の頭の上に手を乗せていた。
撫でるとも少し違うその行為をしてもらうのが、浅水は好きだった。


「ま、程々にしとくわ。私、ちょっと部屋に戻るから、譲たちが帰ってきたら教えて」
「おう」


将臣からもらったペットボトルを片手に、自分の部屋へ戻るために立ち上がる。
とりあえず、彼らが戻ってくるまで少し寝よう。
今はまだ自分がショックから立ち直れていない。
少し寝て、起きればいくらかマシになっている事を願って。
後ろ手にひらひらと手を振りながら、リビングを出る。
扉に手をかけたところで、それはやって来た。





ずん、と突然身体が重くなる。


まるでその場にだけ重力がかかっているような。


自分の身体を支えていることもできず、思わずその場に膝をつけば、手にしていたペットボトルが床に転がった。


それは、心臓をも鷲掴みにしているのだろうか。


息が詰まる。





まるで、過呼吸にでもなったかのように、上手く酸素が吸えない。
じっとりと、冷や汗までも浮かんでくる。


「浅水っ!」


そんな浅水の姿に、ただごとではないと感じ取ったのか、将臣が駆け寄った。
自分と話して、部屋へ向かうと言った浅水はいつもと変わらなくて。
そんな持病を持っていないことも知っている。
仮に、あちらの世界へ行ってからそうなったとして、薬師である弁慶が何かしら対応しているだろうし、何より、本人の口から出たことすらない。


「浅水、大丈夫か?」


どう対処して良いかわからず、とりあえず背中をさすりながら様子を伺う。
一過性の物なのか、しばらくすれば呼吸も落ち着いてきたようだった。


「ごめ、大丈夫……」


大きく深呼吸をしながら思わず将臣の肩に頭を預ける。
時間にすればそれほど長くはなかったのかもしれない。
けれど、自分からしてみれば、それは永遠のようにも感じられる時間。
額だけではなく、手のひらにも汗を掻いている。


「ホントに大丈夫か?まだ顔色が悪いぞ」


心配そうに自分の顔を覗き込む将臣に、小さく頷く。
だが、思っていたよりも身体に負担がかかっていたようで、立ち上がるための体力が戻っていないようだった。
将臣の手を借りてその場に立ち上がると、部屋まで連れて行ってもらうことにした。
抱き上げて運んでやろうか?と聞かれたが、さすがにそれは遠慮する。
いくら将臣とはいえ、それをされるのには抵抗がある。
ヒノエならいいのかよ、とも言われたが、それとこれとは話が別だ。
例えヒノエ相手でも、逃れられるのならば遠慮する。



将臣の手を借りて部屋まで戻ると、浅水は大人しくベッドへ向かった。
元から寝るつもりだったが、今ので一気に体力を消費したのは否めない。
ベッドへ潜り込めば、将臣がしっかりと布団をかけてくれる。


「……どうしよう、将臣が優しい……」
「あ?俺はいつだって優しいんだよ」


呆然としたように呟けば、怪訝そうに顔をしかめた後、やんわりと笑顔を浮かべた。
そのまま少しだけ安心したように浅水の頭を撫でた。


「そんな口きけるなら大丈夫だな。とりあえず、あいつらが戻ってくるまではしっかり寝とけよ」
「うん、そうする。ありがと、将臣」


小さく礼を言ってからまぶたを閉じれば、やはり先程のことで疲れていたのか。
身体が鉛のように重く感じられた。





ほどなくして聞こえてきた浅水の寝息に、将臣はほっと安堵の溜息を零した。
それにしても、先程のあれは一体何だったのだろうか?
自分には感じられない何かを、彼女が感じたとでもいうのか。
けれど、そんなことは何一つ告げられなかった。
だとしたら、本当に体調が悪いだけか。
この家に今、弁慶がいないことが悔やまれる。
彼がいれば、何かしら聞くことができただろうに。


「とりあえず、あいつらが戻るのを待つしかねぇな」


規則正しい寝息をたてる浅水を見て、将臣はそっと部屋から出て行った。





将臣が部屋から出て行った後、浅水は死んだように深い眠りについた。
そう、言葉通り、夢を見ることもなく深い眠りに。










それは、あちらの世界で先を夢に見ていたときには、決してできなかった行為。










そのことに浅水が気付くのは、もう少ししてからのこと。










この時点ですでに何かが動き出していることに、まだ誰も気付いていなかった──。










それは、預言ではなく予感 










実は浅水が苦しんでいた頃、望美は車に引かれかけてます(爆)
今回は九郎恋愛補助イベントの裏側。

2007/12/5



 
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