重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









普段はへらへらしてるくせに、ここぞというときはしっかりしてる。










そんなあなたが硬い表情をしてたら、何かあると疑って当然。










あなたは私の知らない何を知っている?










Act.36 










怨霊を倒した後、見付けた扉を開こうとしたが、扉は固く閉ざされたまま。
やはり、扉を開くためには心のかけらを見付けないといけないらしい。
だが、景時の表情は相変わらず硬い。
話には参加しているが、どこか心ここにあらずといった感じ。
けれど浅水はそれを問い詰めることもできなかった。





迷宮の外に出れば、かなり長い時間あの場にいたというのに、まだ日暮れ前だった。


「浅水、せっかくだし若宮大路あたりで食事なんていいんじゃない?」
「お、いいなー。よし、ラーメンでも食っていくか」


ヒノエの提案に、声を掛けられた浅水ではなく、将臣が同意した。
すると、ヒノエの表情が怪訝そうにしかめられる。


「……俺が誘ったのは浅水だけなんだけどね」


ボソリと呟く彼の声は、将臣には届かなかった。
そのことに苦笑を浮かべながらも、そもそもみんなのいる場所で、ましてや他の人にも聞こえるように言ったヒノエが悪い。
どうせなら、そっと耳打ちでもしてくれれば良かったのに。
そう思ったが、ヒノエと離れた場所にいた自分も自分なので、何も言わなかった。


「みんなで入れる店を探すのって、大変だよね……」


けれど、望美までがこの大人数で入れる店を探し始めてしまっては、ヒノエは何も言えなくなってしまった。
ことのほか女性には甘いヒノエだ。
望美の希望を断れるはずもないだろう。
今では朔と一緒になって、どこへ行くかを楽しそうに話している。


「ヒノエ、残念ながら、僕たちが割り込むのは難しそうですよ」
「そうだね。それに、みんなで一緒にどこかで食事って言うのは、あんまり出来ないし」


ヒノエと弁慶の側へ寄りながら、二人だけで出掛けるのはいつでも出来る、と言外に匂わせればヒノエも観念したように小さく肩を竦めた。


「しょうがないね。今日は姫君方と一緒に、散策でもしようか」


しょうがない、と言う割には随分と楽しそうである。
基本的に、どこかへ出掛けるのが好きな彼だ。
例えそれが二人きりでも、大勢でも変わらない。


「早くー!置いてっちゃうよ」


望美が自分たちを呼ぶ声がして、三人で足を踏み出したときである。


「景時さんも!行きましょう」


望美の呼んだ名前に、浅水の足が止まった。


「ああ……」


視線を移せば、迷宮で見たどこか難しそうな表情のまま。
硬い声で返事を返し、みんなの側へと移動する。
てっきり九郎と一緒にいたと思っていただけに、景時の行動に浅水は驚いた。
どうしてだろうか。
彼の様子がおかしくなったのは、迷宮の中にある図書館へ行った辺りから。
もしかしたら、それよりも前からだったのかもしれない。
けれど、その理由だけがわからない。
浅水は景時の背中を、探るようにじっと見ていた。


「浅水?景時がどうかしたわけ?」


足を止めたきり、いつまでも動こうとしない浅水に、ヒノエが近付く。
彼女の視線の先にある景時の姿に、ヒノエの視線が鋭くなる。


「ううん、私の気のせいかも」
「だったら早く行こうぜ?望美が本気で置いていきそうだ」


ホラ、と指で示されれば、既に望美は朔と二人で歩き始めていた。
どうやら、こちらのことは目に入っていないらしい。


「嘘っ、信じられない!ヒノエ、行くよ」
「姫君の願いとあらば、ってね」


ヒノエの手を取り駆け出せば、逆にヒノエに手を取られる形になる。
こうやって手を繋いで走ることなど、今ではすっかりなくなった。
それだけに、少し恥ずかしさを覚える。
けれど置いて行かれるという事実に、なりふりなど構っていられない。
やがて、無事に合流することの出来た浅水とヒノエは、望美が決めたコースをみんなで一緒に回ることになる。










すっかり日が暮れるまで遊び帰宅すれば、どうやらみんな今日は早々に休むらしい。
さすがに、迷宮を探索した後に、あれだけ遊べば充分か。
浅水はリビングのソファに座りながら、ぼんやりと宙を眺めていた。



頭の中を支配しているのは、迷宮の中での出来事。



シャンデリアが落ちてきたあの時。
時間を止めたのは、決して望美の力ではない。
時空を越えるとは聞いているが、時間を操れるとは聞いていない。
それを思えば、あの時望美の中にいたのは、やはり荼吉尼天ということになる。
どうして荼吉尼天が望美の中にいるのだろうか。
確かに、現代へ来たときに倒したはずなのに。

そして、ハッキリと耳にしたわけではないが、自分に向けられたあの言葉。
あれは一体どういう意味?

次々と浮かび上がる疑問は、未消化のまま頭の中で燻り続ける。
そのうち、頭の要領が一杯になって風船のように破裂してしまうのではないだろうか。


「……景時は、何を知ってるの」


ポツリと呟かれた言葉は、誰もいないリビングに消えた。
あの様子を見る限り、景時は何かを掴んでいると考えていいのだろう。
だが、その「何か」が何なのか見当も付かない。
せめてその片鱗でもわかれば、こちらも動けるというのに。


「心のかけら、か」


青い結晶は望美のそれ。
心のかけらについても、わからないことだらけだ。



どうして望美の心のかけらが散らばっているのか。

どうして、それを見付ければ扉が開くのか。



そもそも、心のかけらがどうして具現化されているのかがわからない。
心という物は、普通目に見えない物として存在するはずなのに。


「あれ?そういえば、景時が反応したのって、心のかけらが会話に出たときだっけ?」


ふと、思い出したように考えを違う方向へ巡らせる。
確か迷宮内で景時の表情が硬くなったとき。
あのときはいつだって心のかけらか、それに付随した会話をしていなかっただろうか?
それとも、無理矢理こじつけてしまいたいのだろうか。


「心のかけら、荼吉尼天、景時……」


口に出していって見ても、共通点は見つからない。
ならば、あんな表情をしていた景時が次に取るであろう行動を考える。
生憎、景時についても詳しく知っているわけではない。
けれど、今まで自分が見てきた梶原景時という人物。
そして、周囲から見た彼。
それらを考えて、浅水は立ち上がった。
リビングを出て向かう先は、玄関。





もしかしたらそうかもしれない。

でも、自分の思い過ごしであってほしい。





そんな気持ちがどちらもあった。
そして、それは玄関に現れた景時の姿を見るなり、現実の物となる。


「出来ることなら、来て欲しくはなかったんだけどね」
「浅水、ちゃん。どうして……」


玄関の手前の壁に背を預け、腕を組んだ状態でいた浅水は、景時の姿を見て小さく息を吐きながら呟いた。
対する景時の方は、信じられない物でも見たかのように、その場に釘付けになる。
そっと気配と足音を忍ばせていたのは、誰にも気付かれないように出て行くためか。
あちらの世界では戦奉行である景時だ。
気配を殺すのも、慣れた物。
自分がここで待っていなかったら、彼が行く前に気付けたかどうかも怪しいところだ。


「なんとなく、かな。景時はこんな夜更けにどこへ行くのかな」
「え、あ〜、ちょっとそこのコンビニまで」


行き先を問えば、どこか慌てたようにしどろもどろに返答を返す。
そんなでは、いかにもこれからどこかへ行きますと言っているような物だ。
隠し事が苦手なのか、不意打ちに弱いのか。
彼の場合は恐らく後者だろうけれど。


「コンビニ、ね。でも、そこに心のかけらは売ってないと思うけど?」


そう言った途端、景時の肩が小さく揺れたのを浅水は見逃さない。
やはり彼は心のかけらを探すために、こんな夜更けに出て行こうとしているのだ。
だが、どうしてだろう。
景時がそれを見付けたとしても、望美に渡すとは思えないのは。


「…………荼吉尼天?」
「浅水ちゃん、君はそこまで知ってるのかい?」


何となく呟いただけの言葉。
けれど、それが一番重要なこと。
それは、景時の言葉からもわかる。


「よくは、わからない。でも、荼吉尼天が介入してきてるのはわかるよ」
「うん。だからオレは行かなきゃいけないんだ」


強い意志を持った瞳。
それは、揺るぎない力のよう。
恐らく、自分が何を言っても景時は聞いてはくれないのだろう。


「ついてく、って言っても聞いてはもらえないんだろうね」
「……ごめん」


その謝罪は何に対しての物なのか。
恐らく、自分の思っている通りなのだろう。
けれど、黙っていかせるというのもいささか気が引ける。
ここで黙って見送るほど、自分は人が出来ていない。


「せめて、行き先だけでも教えて欲しいんだけど?いざっていうときのために」
「いや、でも」
「景時」


渋る彼に、名前を呼ぶことで口をはさむ。
そうすれば、小さく唇を噛む様子が目に入った。


「誰にも言わないって約束する。でも、いつだって最悪の状況を頭に入れておかなきゃいけない。それくらい、わかるでしょ」


この場合、最悪の状況は荼吉尼天だ。
心配が杞憂に終わればそれでよし。
だが、もし現実になってしまった場合、景時の行方を捜していたのでは時間がかかりすぎる。
間に合わなくなってからでは、遅いのだ。
その為にも、行き先だけは聞いておく必要がある。


「………………」


沈黙がその場を支配する。
言っておかなければいけないことは言った。
後は、景時がどう答えを出すか。


「わかったよ」


何かを思案するように、沈黙を守っていた景時が、ようやく決意を決めたように息をついた。
けれど、心のどこかは未だ躊躇っているのか。
中々次の言葉に繋がらない。
ここで急かすのは手じゃない。
だから浅水は沈黙を守ったまま。


「オレがこれから行く場所は──」










その場所を告げた後、景時は気配を消したまま玄関から出て行った。










揺るがない決意 










お待たせしました(土下座)

2008/3/19



 
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