重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









仲がいいのか悪いのか。










恐らく、返ってくる答えはそれぞれ真逆な物。










面倒事に巻き込まれないなら、見ていて飽きないんだけどね。










Act.35 










「見習うべき先達ばかりですね」
「見習ってアンタの性格がどうにかなるとは思えないけどね」
「ヒノエ、人聞きの悪いことを言わないで下さい」
「人聞きの悪いだって?オレは事実しか言ってないじゃん」
「それのどこか事実だというんですか」
「……アンタ、自分の胸に手を当ててよく考えてみなよ」


どうしてこうなったのだろうか。
毎度のこととはいえ、目の前の光景に望美は目を白黒させるばかり。
二人を止めようとしている様子が伺えるが、結局止めに入ることすら出来ない。
終いには、浅水の隣へ移動してくる始末だ。
それだけで済めばまだいい。


「ね、浅水ちゃん……」


くいくい、と着物の裾を掴み、上目遣いで見上げてくる。
この視線は、後の言葉を簡単に予想できる。
けれど、会えて知らない振りをして視線を明後日の方へと投げれば、更に引っ張られる着物の裾。


「……望美」
「お願いっ!」


ぱん、と両手を胸の前で合わせ拝む様は、さながら神頼みに近い物があるのではなかろうか。
小さく息をついて周囲を見回せば、望美同様の視線が自分に刺さっているのを感じた。
何も自分でなくとも、と思わずにはいられない。
景時、は無理だとしても、九郎だったら充分に二人のやり取りを止められるのではなかろうか。
もし止められなくても、軽くあしらわれるだけで済む気がする。


「言っておくが、俺はお断りだからな」


九郎と視線が合った際に先手を打たれ、思わず舌打ちをする。
普段は鈍感なくせに、こういうときばかり勘が冴えるのも困りもの。
どうせだったら始終鈍感でいてくれた方が楽なのに。
今の現状に至るのは、少し前に遡る。





望美が歴代の朱雀について知りたいとヒノエに頼めば、彼は快く本のページをめくった。
既に流して読んでいる浅水は傍観者。
弁慶も、興味はあるのだろう。
ヒノエが望美に話して聞かせる様子を、その場でじっと見ている。


「何代目かの天の朱雀は、鍛冶師見習いだってさ。家族思いの、いい男だったみたいだよ」
「へぇ」


ヒノエが読み聞かせる度に、望美からは感嘆の声が上がる。
ここまでハッキリと過去の記録が残っているのだ。
現在との違いを比べるにはもってこいである。


「次は僧兵見習いだな。仲間思いで、棒術に優れてたって」
「そうなんだ、すごいね」


更にページをめくろうとするヒノエに近付く影があった。
言わずもがな、弁慶である。
浅水はそんな弁慶の様子を見守ることにした。
恐らく、何か一波乱あることは必至。
だが、あえて自分からその中に入ることは、愚か以外の何物でもない。


「それでは、君はさしずめ「頭領見習い」ですね」


弁慶の言葉に、ヒノエの頬がヒクリと引きつったのが見えた。
そのまま一触即発かと思われたが、どうやら堪えたらしい。
微妙な表情を浮かべたまま、挑むように弁慶に視線を投げている。


「地の朱雀のことも書かれているんでしょう?」
「そりゃあね、聞きたいかい?」


無言を肯定と取ったのか。
それとも最初から答えなど聞くつもりはなかったのか。
ヒノエの手は、地の朱雀について書かれているページを求め動いていた。


「この辺りだね。……へぇ」
「何が書いてあったの?」


開いたページをざっと目で追い、それから口角をつり上げる。
あの表情は良からぬコトを考えているときの物だ。


「この地の朱雀は、龍神の神子と一緒に京に来たらしいね。素直で心優しい少年だった、って書かれてる」
「僕が調べたのと同じですね。そういう伝承も伝わっていましたから」


彼が「素直で心優しい」を妙に強調したのは言うまでもない。
けれど、それすらもさらりと受け流す弁慶に、ヒノエの表情は更に険しくなっていく。


「ヒノエくん、他にはどんな人がいたの?」


そんなヒノエの様子を知ってか知らずか、望美が声を上げる。
それにより、ヒノエの意識が弁慶から望美へと移される。
再びページをめくり、そこに書いてある事実を告げる。


「こっちは随分身分が高いな……時の東宮だ」


書かれてあることを先に読み、継いで弁慶に視線を移す。
その瞳はすでに鋭い。


「けど、心優しくて純粋な人柄だってさ」


すぐ傍にいる弁慶に聞こえないはずはないのに、わざとその部分を強調するように大きく言う。
今の自分が年相応なそれになっていることに、果たしてヒノエは気付いているのだろうか。
そして、ヒノエの言葉にいくつもの刺が見えているにも関わらず、弁慶はその表情を崩さない。
普段と同じように、微笑を浮かべているだけだ。
もしかしたら、不動の表情の下で思うところがあるのかもしれないが。

そして、冒頭に戻る。





「アンタはいつだってそうだよな。人の気持ちなんてお構いなしだ」
「おや、ヒノエは僕に気持ちを汲んで欲しかったんですか?」
「誰がそんなこと言ったよ」
「現に今、そう言ったじゃないですか」
「気のせいだろ。それとも、耳まで悪くなったわけ?」


未だに終わらないこの応酬。
端から見ている分にはいいのだが、いい加減にしてもらわないと先へ進めない。
既に望美以外からも、早くこの言い合いを止めろといくつもの視線が自分を急かしているのを感じる。
あの九郎ですら拒否したくらいなのだ。
この二人を止めることが、どれほど困難なのか簡単にわかりそうな物なのに。
浅水は天を仰ぎ、大きく溜息をついた。
それからおもむろに目の前の二人を視界に入れる。
すっかり二人だけの世界になっているのは目に見えてわかった。
いっそのこと、二人を置いて先に進んだ方が早いのではないだろうか。
まぁ、そんなことをした場合、その後に何が起きるかわからないので、そんな危険な橋は渡れない。


「はい、そこまで」
「浅水……」
「浅水さん」


ヒノエと弁慶の間に割り込み、小さく手を叩く。
すると、第三者の介入に、二人ともピタリと口を噤んだ。


「いい加減にしてくれる?二人がいつまでも口論してると、先に進めないんだけど」


止める自分の身にもなってみろ、と言葉に含ませれば、二人はゆっくりと周囲を見回した。
自分たち二人を見る仲間の目は、すでに呆れている感が否めない。
過去を知っている敦盛はどこか狼狽えているが、それすらも昔と変わらない。


「仕方ない、一時休戦だね」
「そうですね。これ以上僕たちがみんなの足止めをしては、何の意味もない」


弁慶の言葉に、だったら始めからやるなと思った人は何人いたのか。
けれど、それは声に出されることなく、それぞれの胸中にしまわれることになる。
仮に言葉にしていたら、表面上は謝罪の言葉が返ってくるが、後々が怖い。


「それに、僕たちが動かないと、浅水さんにも迷惑がかかりますしね」
「……わかってるなら最初からやらないでよ」
「あれ、やっぱり迷惑だったんですか?」
「当然でしょ。誰が仲介役だなんて面倒事」


チラリ、と浅水を見ながらうそぶく弁慶に、思わずヒノエも浅水を見る。
逆に浅水はと言うと、弁慶に向かって鋭い睨みを利かせている。
ヒノエも確信犯ではあるが、さすが彼の叔父。
更にその上をいっている。
いつも天地朱雀の言い合いをみんながどんな気持ちで見ているのか、そして、最後に面倒事を回される浅水の気持ちまで悟っているのだ。


「そもそもの発端はアンタだろ」
「おや、責任転嫁ですか?君らしくない」
「ちょっと、いい加減にしろって言ってるのが聞こえないわけ?」


またしても始まりそうな言葉の応酬に、少しだけ凄味を加える。
これ以上やるというのなら、この二人は置いて先に進もう。
浅水の今の心境はまさしくそれである。


「もうやらないよ。これ以上お前の機嫌を損ねるのは、得策じゃないからね」
「同感です。また置いて行かれては堪った物じゃない」
「だったらいいけどね」


それがわかったのか、ヒノエも弁慶も小さく肩を竦めてこれ以上はやらない、と誓う。
半分くらい聞き流して望美の元へと戻れば、どこかぽかんとした表情で自分を見ている。
一体どうかしたのだろうか?


「望美?先に進めるけど、行かないの?」
「あ、うん。行くけど……浅水ちゃん、あの二人を置いていったことあるの?」
「は?」


呆然としたままの望美が尋ねてきたのは、突拍子もないことで。
恐らく、弁慶の言葉をそのまま言ったのだろうが、それを説明するのは時間が足らなすぎる。
今は迷宮の謎を特報が重要なのに。


「それについては後からね。まずはこの迷宮を進まなきゃ」
「あっ、そうだね!先に進まなきゃ」
「神子、本を貸して。私が戻しておくよ」


白龍に持っていた本を預け、ようやくその場から進み始める。
すると、程なくして一つの扉が現れた。
それは普通の扉で、錠などは一切なく、簡単に開くことが出来た。


「まだ、奥に部屋があるね。神子、行ってみよう」
「うん、白龍」


白龍に促され、扉をくぐる。
目の前に広がる迷宮は、まだ先があるのだと主張しているかのよう。


「望美、見てごらん。また扉があるぜ」
「本当だ。開くかな?」
「……あの扉を開くのは、ちょっと難しいんじゃない」


真っ先に扉を発見したヒノエが、望美に示す。
すると、望美の言葉に浅水が小さく呟いた。
彼女はわかっていないかもしれないが、ヒノエが見付けた扉は今までにも閉ざされていた扉と似ている。
アレがもし開かなかった場合、心のかけらが必要になる。
扉へと近付く望美を、誰もが見守るように見つめている。


「………………」


けれど、どうしてだろう。
景時一人が、難しそうな顔で望美を見ている。
まるで、何かを思案するように。
それは一体何?


「神子、止まりなさい」


だが、望美の足も、浅水の考えも、リズヴァーンの一言によって止められた。
寡黙な彼が、自ら声を発することなど珍しい。
それと同時に、そんなときは非常事態に繋がりやすい。


「この地に潜んでいたものが姿を現したようだ」
「怨霊ですね。みんな、気をつけてっ!」


どこか達観しているリズヴァーンは、言い方もどこか回りくどい。
そういえば、神々も回りくどい言い方しかしなかった、と浅水がとりとめもないことを思ってしまうのは、仕方のないこと。
時には、直球で物事を言って欲しいときもあるのだ。
しかし自分よりも付き合いが長い望美は、リズヴァーンの言い方にも慣れたのだろう。
直ぐさま彼の言葉に反応する。
二人の言葉を受けて、それぞれがそれぞれの獲物を構える。


「チチチチチチチチッ」
「あれは……鼠?」


出てきた怨霊の姿を見て、朔が首を傾げる。
鳴き声と姿は確かに鼠だ。
だが、これと似たような怨霊を自分たちはどこかで見ていないだろうか。


「……平、惟盛……」


ボソリと呟いた浅水の言葉を聞き取って、ヒノエが嫌そうに顔を歪めた。
確か、彼の人は鼠の怨霊を「可愛い」と言っていなかっただろうか。


「浅水、悪いんだけど、出来るならその名前は聞きたくなかったね」
「いや、私も思い出したくはなかったんだけど……」


自分で言っておきながら、どうして思い出してしまったのかと頭を抱えたくなる。
望美に浄化された彼はこの場には存在しない。
けれど、どこかで見ているんじゃないだろうかと思ってしまうのは、否めない。


「二人とも、ちゃんと戦ってよ!」


そんな二人を望美が一蹴する。
既に戦闘は始まっているようで、誰もが怨霊と向き合っていた。


「神子姫様の願いだからね、行くとするか」
「出来ることならこの状態で戦いたくはないんだけど」


浅水は小太刀を、ヒノエはカタールを構える。
どちらが合図をしたわけでもないが、その場を踏み出したタイミングは同時。


「望美、下がって!」
「行くぜっ!」


怨霊との距離を詰めながら、声を放つ。










一気に接近戦へと持ち込むのは、お互いの武器が為せる業。










無駄なことだと分かっているのに 










毎度の如く、戦闘はスルーします(爆)

2008/3/13



 
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