重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









一体誰がこれだけの物を用意したのだろう。










そこにあるのは、ありとあらゆるジャンルの本。










肝心の本は、肝心な場所が綺麗に失われていた。










Act.33 










シャンデリアの件からこちら、ヒノエの自分を見る瞳が普段と違うことに気がついた。
けれど、自分の知っていることを話すつもりはない。
まだ、わからないことが多すぎるのだ。
不用意に話して、後から身動きが取れなくなってしまっては、話にならない。
それゆえに、彼と距離を置こうと思ってしまうのは否めない。


「見事な蔵書ですね」


迷宮の中を進んでいけば、まるで図書館のような空間に出た。
辺り一面本棚で埋め尽くされているその場は、様々な種類の本が並んでいる。
本の虫である弁慶は、目を輝かせて本を読んでいる始末。
弁慶ほどではないが、やはり本を読むのが好きな浅水としても、目の前の光景に心躍る物はある。
元より、あまり読書しない望美は、並んだ本を見ているだけで顔をしかめていた。


「おや、こちらは何とも雅な装丁の本ですね。あぁ、これは……」


そんな中、何かを見付けたのか、弁慶は一冊の本を手にしていた。
だが、ページをめくる手を止めると、そのまま眉間にシワを刻んでいる。
本を読んでいてそんな顔をするということは、余程難しいことなのか。
それとも、この迷宮に何か関係することなのか。


「その本がどうかしたの?」


後ろから近付いて、こっそりとページを覗く。
そこに書かれていたのは現代の文字ではなく、漢文。
まぁ、文字については熊野で弁慶や湛快から教わったので、読めないことはない。


「動物の正しい飼い方、育て方」


単に動物の飼い方についての本のようだが、これがどうしたのだろうか。
更に読み進めていけば、浅水はようやく弁慶の表情の理由を理解した。


「火の属性を持つ人に最もオススメなのは……」


それ以上は言ってはいけないような、そんな気がした。
思わず口を押さえ、どうすべきか弁慶に視線で問う。
すると、彼は開いていた本を問答無用で閉じた。
その際、視界に捉えてしまったその本のタイトルは『平惟盛 夢日記』
思わず納得してしまう自分が怖い、と浅水は内心で独りごちた。


「あまり役立ちそうにはありませんね」
「そんなのが役に立ったら、この世の終わりだと思うわよ」
「それもそうですね」


思わず本音を零せば、至極簡単に同意される。
ここに残されている彼の本は、生前に書いた物だろうか、と思わずにはいられない。
出来ることなら、怨霊として蘇ってからの方がまだ救いがある。


「お前たち、何を遊んでいるんだ」
「すいません」
「遊んでるわけじゃないけど」
「もしかしたら、重要な手がかりがあるかもしれないでしょう」


九郎の言葉に、望美、浅水、弁慶の順に言葉を返す。
素直に謝る望美に対し、浅水と弁慶は何か返す。
始めからそれは予測していたのか、それとも慣れてしまったのか。
九郎は浅水と弁慶の言葉を聞き流しながら、ぐるりと周囲を見回す。
幾分渋い表情で彼が呟いたのは「汚い」の一言。


「こんな乱雑に散らかった場所で探しても、まず見つからんだろうな」
「オレも九郎の言葉に賛成だね」
「この散らかり方、弁慶の部屋並みだな」


いつの間に側へやって来たのか、ヒノエで九郎と一緒になって辺りを見回している。
それを聞いて浅水も辺りを見回せば、納得してしまう自分がいて苦笑してしまう。
彼の部屋も、無造作に物が置かれていて、足の踏み場がないくらいなのだ。
一度、部屋の掃除をしてやろうと思ったが、挫折した経験がある。


「困るな、望美さんの前でそんなことを言われては」


困るな、と言いながら全然困ったように見えないのは気のせいではないだろう。
だが、弁慶自身もこのままでは効率が悪いとわかっているらしい。
わかっていながら動かないのは、何か考えがあるからか。



わざわざ弁慶がこの本棚の前にいる理由。



まずはそれを見付けた方が早いのかもしれない。
浅水は、近くの本棚と目の前にある本棚の違いを探し始めた。
棚一杯に本が置かれているのはどれも同じ。
だが、どこか違和感を拭いきれない。
その違和感の正体は、一体何?


「あ、そうか。ここだけ本棚の色が違うんだ……」


しばらく本棚を凝視していれば、ようやくその違和感の正体に気がついた。
弁慶が立っている場所の本棚だけ、棚の色や木の質も違う。
いかにも「何かあります」と言わんばかり。


「ええ、浅水さんの言うとおりなんです」
「だが、それに何の意味があると言うんだ?」
「案外、重要な手がかりがある、とか?」
「どうだろうね」


一つだけ、他の物とは違う棚。
これが何の手がかりになるというのか。
本棚に目を走らせれば、一冊だけ、本棚と同じ色の本が目に入る。
それを棚から抜き取れば、ずっしりとした重みが感じられた。
表紙を見れば、そこに書いてあるのはタイトルだろうか。
迷宮、という二文字が目に入る。


「ね、浅水ちゃん。その本には何が書いてあるの?」


タイトルに興味を引かれたのか。
望美が興味深そうに内容を言って聞かせろと急かしてくる。
浅水は、本のページをめくると、望美に聞かせるように音読し始めた。





『迷宮の入り口
 暗き影を落とす通路
 奥に広がる庭には
 清浄なる小川が流るる

 迷宮の外苑、
 豊かに水をたたえ
 ここにかかる橋、
 目には見えずとも存在すなり』





書いてある一文を読めば、わかりにくくはあるが、自分たちがこれまで通ってきた場所のことが書いてあった。
どうやら、タイトル通り、この迷宮について書いてあるらしい。


「この部屋については、何か記されていないのか?」


これまでの場所が書いてあるのなら、ここについても書いてあるのではないかと九郎が尋ねる。
彼にしては、珍しく頭が働いている、と多少酷いことを思いながらも、ページをめくる。
弁慶はそんな浅水の隣りに立ち、同じようにページを目で追っている。


「浅水さん、ここじゃないですか?」


とあるページで弁慶が口を開く。
ざっとそのページを目で追えば、確かにそうかもしれなかった。
回りくどい表現で書かれているため、はっきりと「そうだ」と言いきれないのが辛い。


「じゃあ、読んでみるね」


一言断りを入れてから、浅水は再びそのページを音読し始める。





『時計塔の針
 時空が開きし時刻を示すとき
 本棚の裏に潜む籠、下る』





書いてある言葉が事実なら、本棚の裏には何か潜んでいるらしい。
だが、わからないのはその前の言葉。
時計塔はわかる。
そして、その針も。
だが、時空が開きし時刻を示すとき、というのは何を言っているのだろうか。


「ねぇ、その本にもうちょっとヒントが載ってないの?」


さすがの望美もお手上げらしい。
どうせなら、もっと明確なヒントを書いてくれた方が、こちらとしてもありがたい。
けれど、無い物ねだりはできない。
例えあやふやなヒントでも、ないよりはマシという物。
ヒントを探すために再び本に目を落とすが、ページをめくろうとした浅水の手は、そのままの状態で止まってしまった。


「浅水?どうかしたのか?」


固まったまま動かない浅水に、ヒノエが首を傾げる。
そこに一体何が書いてあると言うのだろうか。


「残念ながら、この先はちぎれて無くなってしまったようですね」
「はぁ?」
「ちぎれてって、本当に?」


弁慶の言葉に、ヒノエと望美が浅水の手にしている本を覗き込む。
まるで鼠にでもかじられたような後がついているそれは、ごっそりとページが抜けてしまっていた。
これではヒントも何もあった物じゃない。


「管理が行き届いていないな」


深く息をつきながら、落胆したような声を上げるのは弁慶だ。
さすがの軍師様も、この迷宮相手ではその策も歯が立たないか。





一体誰が、何のためにこの迷宮を作り出したというのか。





現れるのは怨霊。
そして、建物はどこか現代風。
これはどう考えてもおかしい。

怨霊の存在を知りながら、現代を知っているなど、自分たち以外にいるはずがない。
けれど、同時期に現代へ戻ってきた自分たちの誰かが、これだけの物を作れるはずもないのだ。


「……わからないことばかりで頭が痛くなってくるわね」


いっそのこと、ここにラスボスでも現れたら全ての謎が解けるのだろうか。
だが、そのラスボスですら、何故ここにいるのかわからない。
夢で先を視ていないことが、こんなにも苦痛だとは思いもしなかった。



失ってから、それがどれだけ重要だったか気付くなんて。



夢見が出来ないだけで自分はそう思うのだ。
ならばヒノエはどれだけの思いをしたのだろうか。










自分が一度、この世を去ったとき──。










怨霊としてではなく、生身の人間として蘇る。
敦盛には悪いが、それがどれだけ幸いなのかを知ったのは、ヒノエと再会したとき。
迷宮についても、自分についても、わからないことは山のように。


「とりあえず、時計塔に行ってみませんか?何かわかるかもしれないし」


このままこの場にいても、どうにもならない。
だとしたら、そこに書いてある時計塔へ行けば、何かわかるかもしれない。










わずかな手がかりに縋るしかない自分たちは、この迷宮で何を見付けるのだろうか。










何一つ知らないまま 










連載再開です

2008/3/5



 
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