重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









目の前の現実が信じられない。










時間が止まるなんてこと、本当にあるとは思わなかった。










そして、招かれざる客は出来ることなら二度と会いたくなかった、あなた。










Act.32 










それは、一瞬の出来事。
天上から落ちてきたシャンデリアは、ちょうど望美の頭上から。
彼女の元へ駆けつけたくとも、落下の速度の方が早い。
誰もが、望美の状態を想像して目を閉じた。


「神子っ!」


望美の上にシャンデリアが落ちる直前に響いたリズヴァーンの声が、やけに耳に残った。
そして、その直後に浅水を襲った胸の痛み。


「く……っ……」


どうして今ここで。
ぎゅ、っと胸元を掴みながら、なんとかそれをやり過ごそうと試みる。



一体何が原因なのかわからない、この苦しみ。



望美には悪いが、彼女の心配をしている場合ではなくなってしまった。
どうすればこの苦しみから解放されるのか。
それだけが頭の中を占めていく。
まともに出来ない呼吸は、頭にきちんと酸素を与えてはくれない。


「っ……これは……」


そんな中、呆然としたリズヴァーンの声が耳に届く。
のろのろと頭を彼の方へ向ければ、そこに広がるモノクロの世界に、浅水は思わず自身の苦しさを忘れてしまった。


「何……これ……」


先程までの風景と、同じはずなのに全く違う。
そもそも、色が一切無いというのはどういうことか。
一昔前のモノクロのテレビのように、自分たちの姿は白と黒だけ。
まるで自分の目がどうにかなってしまったんじゃないかと思ってしまう。
だが、驚くべきはそれだけではなかった。










時が、止まっている。










シャンデリアは望美の上に落ちる直前で宙に止まっていた。
そして、辺りにいるみんなは、固く目を閉ざした姿で。
この状態で、どうして自分が動けるのかはわからない。
けれど、どうやらみんなは動けないらしい。
試しに隣にいたヒノエの目の前で手を振ってみるが、ピクリとも反応を返さなかった。


「そうだ……望美……っ」


苦しい呼吸を堪えながら、シャンデリアの下にいるであろう望美を捜す。
だが、目的の人物はその場にはいなかった。
ならば、一体どこへ?
そう思い、周囲を見回せば、すたすたとシャンデリアの向こう側へと歩いている後ろ姿が目に入った。
どうやら彼女もこの場で動けるらしい。
望美が助かったことに安堵したが、普段の望美ならばこの状況に驚かないはずがない。
それなのに、何も言わずにまず行動している。
それが、妙に違和感を覚えずにはいられなかった。


「………………」


被害が届かない場所まで移動すると、望美がこちらを振り返った。
浅水と目が合うと、少し驚いた表情を浮かべてから、薄い笑みを浮かべる。
その笑みですら、普段の彼女からはとうてい考えられない表情。



そして感じる妙な気配。



この気配は、どこかで覚えがある。
けれど、一体どこであったのかが思い出せない。
確かに感じたことのあるそれは、いい気分とは言えない。
次第に目が霞んでいくのを感じていると、離れたところにいる望美の口が、何かを形作る。



── まだ、抵抗するつもり? ──



小首を傾げる望美の声はこちらまで届かない。
だが、唇は確かにそう形作った。
抵抗、とは一体何のことを言っているのか。
まさか、この苦しみと何か関わりがあるのだろうか。
望美の言葉はまだ続いているようで、唇は尚も動く。



── 白龍の神子のように、私に身体を明け渡しなさいな ──



そう言って、楽しそうに目を細めた彼女の正体に気付き、浅水は言葉を失った。
望美ならば、滅多に自分のことを白龍の神子とは言わない。
それに、あの言い方では、まるで自分は望美とは別人であることを言っているような物だ。


望美であって望美ではない。

そして自分の感じた妙な気配。


かちりと、全てが符合した。


「……荼吉尼、天……」


現代に来たときに、倒したはずの神が、なぜこの場にいるのだろうか。
しかも、望美の身体を操って。
わからないことが、考えなければならないことが更に増えていく。
あぁ、でも今はこの苦しさから解放されたい。
遠ざかりそうになる意識を必死に繋ぎ止める。
目の前に荼吉尼天がいるとなると、この場で意識を失うことがどれほど危険なことになるか、考えなくてもわかる。


「くっそ……」


咄嗟に小太刀に手を伸ばすが、それよりも地に膝が付く方が早かった。
そのまま崩れ落ちると覚悟を決めて目を閉じれば、いつまでたっても衝撃はやってこない。


「浅水っ!」


自分の名を呼ぶ声が聞こえて、ハッと我に返れば、いつの間にか景色が元に戻っている。
モノクロの世界は、それまでと同じように色彩を湛えている。
ぱちぱちと数回瞬きを繰り返して、声の主を見上げれば、はっきりとした朱が目に入った。


「ヒノ、エ……?」
「大丈夫か?また苦しいのかい?」


問われれば、あれほど苦しかった呼吸が楽になっていることに気付いた。
それなのに問うのは、胸元を掴む手と自分の今の体勢だからだろうか。
大丈夫だと告げてから、彼の手を借りてその場に立ち上がる。
辺りを見回せば、先程の光景など全くなかったかのように、望美の無事を案じるみんなの姿があった。


「先輩、返事をしてくださいっ!」
「望美っ!」


シャンデリアが地に着いたことによって、埃がその場に立ちこめる。
動けなかったみんなは知らないだろうが、浅水とリズヴァーンだけは望美が無事であることを知っている。


「……ね、ヒノエ」
「何だい?」


ぼんやりと落ちたシャンデリアの向こうにいる望美の姿を探しながら、何気なく彼の名を呼ぶ。
彼には告げておいた方がいいだろうか。
それとも、何も告げない方がいいのか。
だが、荼吉尼天の目的がハッキリしない今、安易に話さないほうがいいのかもしれない。


「望美は、無事だよ」


結局、言葉に出来たのは望美の無事だけ。
それを聞いたヒノエが、僅かに瞠目しているのが気配でわかった。


(荼吉尼天が望美の中にいるとしたら、簡単に彼女を殺すわけがない)


浅水の中で仮説を立てるが、それが仮説ではなく事実であろう事はすでに証明されているような物だ。
現に、シャンデリアの向こう側から自分の無事を告げ、望美が姿を現したのだ。
彼女の出現に、その場の空気が途端に緩んだ。


「お前、いつの間にそんなところに!」
「うん……わたしもよくわからないんだけど、気付いたらここにいたんだ」


どうやら望美自身、自分がどうやって助かったかはわからないらしい。
それがいいことなのか、悪いことなのか。
恐らく彼女は、自分の内に荼吉尼天がいることに気付いていない。
望美の無事を喜ぶみんなを見つめていれば、ヒノエは浅水の髪を一房手に取った。


「すごいね、浅水。夢じゃなくても未来がわかるんだ?」


何かを探るようなヒノエの瞳が、小さくきらめく。
現代に来てから先見が出来ていないのは彼も知っているのだ。
下手な小細工は出来ない。


「わかるでしょ。望美がいなくて、誰が怨霊の封印をするっていうのよ」


あえて本当のことを話さずに言えば、曖昧な返事が返ってくる。
どこか疑っている感は否めないが、深く追求されなかっただけでも良しとする。





結局、自分がヒノエに弱いことは誰の目から見ても、わかりきっていることだから。





きっと事細かに追求されてしまったら、最終的に自分は全て話してしまうだろう。
荼吉尼天のことを。
けれど、今はまだ様子を見た方がいい。
望美の身体を使って何をするのか、興味がないと言ったら嘘になる。
それが、この世界を滅ぼそうというのなら、全力で阻止するが。


「今まで怨霊の脅威ばかり気に掛けていたが、それだけではないようだな」
「そうですね。あんなシャンデリアが落ちてくるなんて……」


無事だった望美を迎えに行き、話し合うのはこれからの在り方について。
たまたま今回は無事だったが、再び同じようなことが起きた場合、無傷でいられるという保証はないのだ。


「…………」


そんな中、リズヴァーンの視線を感じた浅水が彼の方を振り返った。
そういえば、あのモノクロの世界で動けたもう一人がリズヴァーンだった。
どうして彼と自分だけがあの場で動けたかはわからない。
けれど、リズヴァーンのことだから、荼吉尼天のことは気付いているのだろう。
寡黙な彼は、必要最低限しか言葉にしない。
尋ねたところで「答えられない」と拒絶される可能性もある。
その拒絶こそが、事実に近いというのは何度か経験している。


「浅水、何見て……って、リズ先生?」


浅水の視線の先にリズヴァーンを捉えれば、理由がわからずに訝し気。
けれど、つい、と視線を逸らしたのは、リズヴァーンが先だった。
そのまま望美へ向けられる視線は、普段のそれよりもどこか固い。


「……リズせんせはやっぱり気付いてるんだ」
「え?」


小さく呟いた言葉はヒノエまで届かない。
何でもないと言えば、どこか納得いかない表情を浮かべてくる。


「時間が経てば、多分わかるよ」


ヒノエを、というよりも自分を納得させるように呟く。










荼吉尼天の目的も、時折身体を襲うこの苦痛も。











いずれわかるときが来る──。










ゆるやかな侵食 










計画通りに進めません……orz

2008/2/23



 
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