重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









望美が出会ったという不思議な人。










一体何の思惑があるのだろうか。










新しい手がかりを探しに、今日も調査は続く。










Act.30 










何も予定が入っていない日は、家でのんびりと過ごす。
どうせ龍脈について調べたところで、鍵はあの迷宮なのだ。
扉が閉ざされている今、先に進めないことにはどうしようもない。
そして、どうやったら扉が開くのかもわからない。


「果報は寝て待て、ってところか」


ソファに深く腰掛けながら、浅水はぼんやりと天上を見上げた。
一人でいると、先日の弁慶の言葉が脳裏に響く。



『未だに信用されてない証拠ですよね』



あのときの弁慶の表情が演技だったとしても、言葉までが演技だったとは思えない。
結局、あの日は彼に返せる言葉が見つからなかった。
話してしまえば、弁慶なら相談に乗ってくれるかもしれない。
けれどそれと同じくらいに、彼を困らせるというのは目に見えているのだ。
いつ元の世界に戻れるかわからないという不安に加え、自分のことまで悩んで欲しくはなかった。
いくら現代に馴染んできたとはいえ、生まれ育った世界を忘れることなど出来はしない。
それは、浅水自身が痛いくらいに理解している。


「……信用してるからこそ、話せないことだってあるのよ……」


何でも話すことが信用に繋がる訳ではない。
弁慶だって、それくらい知っているはずなのに。
彼もまた、浅水と同じようにどこかで焦りを感じているのだろうか。


「熊野権現も四神も、一体何を考えてるんだか」


今は感じられない、けれど、すぐ傍にいるであろう神々。
自分に関わるのは、何の意図があってのことなのか。
知らず、零れるのは溜息ばかり。
最近溜息をつく回数が増えたような気がする。





溜息を一つつく度に、幸せが逃げていくと言うけれど。

そんなことで逃げるような幸せならばいらない。

何より、幸せというのはその人自身が感じる物であって、誰かに定義されるような物ではないのだから。





カタン、という物音が聞こえたような気がして、浅水は思考を中断した。
僅かな音は玄関から聞こえてきたようだ。
けれど、帰宅を告げる声が聞こえてこないことから、出かけている誰かが帰ってきたわけではないらしい。
それを考えると、家にいた誰かが出て行くところだろうか。
のろのろとソファから立ち上がり、浅水は玄関へと足を向けた。





浅水が玄関へと辿り着けば、そこには靴を履き、玄関のドアを開けようとしている二人の後ろ姿が目に入った。
色の違う、二つの緑の頭は、天地白虎のもの。


「どこか出掛けるの?」


二人が一緒に出掛けるとなると、すぐに買い物だろうかと思ってしまう。
それは家事全般を仕切っている譲がいるせいか。


「浅水姉さん」


ドアノブに手がかかっていた譲が、浅水の声に振り返る。
すると、自然と景時も振り返った。
一体何かあったのだろうか?
いつもと変わらないように見えるが、どこか緊張しているような、そんな雰囲気を感じる。


「……何かあったの?」
「さっき望美ちゃんからメールがあってね。……前に会った人とまた会ったらしいんだ」
「望美が?」


問えば、景時が事の次第を教えてくれた。
望美にしか見えないという不思議な人物。
以前、再び会うようなことがあれば連絡すると言っていた気がする。
今朝は望美が有川家には来なかった。
となると、彼女は今一人でいるということになる。


「どうやら無事らしいけど、オレと譲くんで、望美ちゃんと合流しようと思って。浅水ちゃんはどうする?」


言外に一緒に行くかと誘われ、どうしようかと逡巡する。
別段用はない。
あったら今頃家にいるはずがないのだから。
けれど、もし何かあった場合、少人数で行動するのは少々不安がつきまとう。


「私はパスしとく。何かあったら連絡頂戴。私がみんなに伝えておくから」
「そっか。うん、そうして貰えると助かるかもね」


一緒に行くことを断り、自宅待機と連絡をかってでる。
事情を知っている自分が残れば、少なくとも何かあった場合の対処はできそうだ。
それを伝えれば、景時も納得したようで、それ以上無理に誘うことはなかった。


「じゃあ、行ってきます」
「行ってくるね〜」
「気をつけてね」


外に出て二人を見送れば、遠ざかっていく後ろ姿を見つめる。
何事もなければいいけれど、と思ってしまうのは夢で先を視れないせいか。
最近妙な夢を見るという譲とは裏腹に、何も夢を見なくなった。
引っかかるのはそこ。
あちらにいたときは──詳細はともかくとして──二人とも同じ夢を見ていた。
それがあったからこそ、今回は何も夢に見ないことが不思議だった。
それとも、譲が見ていて浅水が見ないことは、何か理由でもあるというのか。
そこまで思い、そういえば、と思い出す。


現代にいた頃は、浅水は祖母が自分に教えてくれた、そのほとんどを忘れていた。
そして、夢で先を視るということもなかった。
元の姿に戻ったことで、その能力も失われてしまったんじゃないかと。
有り得ないことではない。


現に、この姿では自分の身を守る術さえ持たないのだ。
夢を見なかった現代の浅水ならば、姿が戻ったことにより夢を見なくなってもおかしくはない。


一度だけ、それらしい夢を見たような気もしたが、ハッキリとそうだとは言い切れない。
なぜならその夢は酷くあやふやで。
誰か人がいたような気はするが、譲が言っていたような場所ではなかった。
例えるなら、四神たちと会ったときのような、真っ白い空間。
そして、そこにいるのは明らかに四神ではなかった。
浅水に何かを伝えたいことは理解できたのだが、生憎と会話出来るほど鮮明ではなかった。
機会があれば、いつかまたあの夢を見ることが出来るのだろうか。


「あれ、嬉しいね。オレが帰ってくるのを見越して、姫君自ら出迎えかい?」


ぼんやりとしていれば、後ろから掛けられる声に我に返る。
振り返れば、どこかに出掛けていたらしいヒノエの姿がそこにはあった。


「あぁ、ヒノエ。お帰り」
「ただいま。こんな寒い中、そんな薄着でいたら風邪を引くぜ?」


そう言って、自分の上着を浅水の肩に掛ける。
ヒノエの温もりが残る上着に、思わずほぅ、と息をつく。
知らず知らずのうちに、外気に体温を奪われていたのだと、このときになってようやく気がついた。


「ありがとう。でも。ヒノエが風邪を引いたら大変だから、家に入ろうか」
「これくらいで風邪を引くほど、熊野の男はヤワじゃないけどね」
「それは知ってるけどね」


同意するように肩を竦め、ヒノエを中へと促す。
先にヒノエを入れ、自分も中へ入ろうとするときに、二人が出掛けていった方を一度だけ振り返った。










景時から、鶴岡八幡宮に来いとメールが来たのは、それからしばらくしてからのことである。










出掛けていた人たちには、鶴岡八幡宮へ集合とのメールを送る。
そして、家に残っていた人たちには事の次第を伝え、仕度をしてから家を出る。
鶴岡八幡宮へついたときには、望美と、彼女の元に行った天地白虎がすでに待機していた。


「とりあえず、まだ来てない人は今こっちに向かってると思うから」
「浅水ちゃん、ありがとうね〜」


三人と合流して、全員揃った訳じゃないことを告げる。
けれど、景時の口から出てきたのは感謝の念だった。
二人が出掛ける前に、待機してみんなと連絡をつけると言ったのは自分自身だ。
礼を言われることではない。
けれど、それを無下にすることも出来ず、すこし照れくさいが景時の言葉を受け取った。


「ああ、敦盛。こっちこっち」
「もう、みな集まっているのか。遅くなってすまない」
「よし、これで全員集合だな」


最後の一人である敦盛がようやくやってくれば、何とか全員がそろった。
ぐるりと顔を見回して将臣が一つ頷く。
そうすれば、みんなが望美に視線を集中させた。


「それで、話とは何だ。神子」
「この間会ったという人に、もう一度会えたんですよね」


リズヴァーンと弁慶の言葉を受けて、望美は小さく頷いた。
彼女の口から紡がれる言葉は、先程望美自身が体験した話。
再びあの結晶をもらったことや、それが「心のかけら」と呼ばれる物だということ。
そして、迷宮の扉が開くかもしれないということ。
確かに以前も、望美が結晶をもらった後に扉が開いた。
それを思えば、可能性は少なくない。


「……以前のことを考えると、開くかもしれませんね。行ってみませんか」


思案にふけっていた弁慶の目が、キラリと光った。
龍脈の乱れに関しては、迷宮の先に進むしかない。
そして、閉ざされていた扉が開いたかもしれないという、僅かな希望。
手がかりが少ない今、少しでも可能性があれば試してみたいというのが本音だろう。


「そうだな、ここにいてもわかるものでもない」


九郎が同意したが、何も言葉を発していなくても、誰もが思いは同じらしい。
扉を開いて中に入れば、やはり戦装束へと変わるみんなの姿。
そして、服だけではなく肉体まで変化してしまう浅水。
二度目ともなれば驚く者はいなくなったが、やはりどこかぎこちなさを感じるのは否めない。


地図を見ながら以前通った道を通り、行き止まりだった扉の前まで進む。
目の前に扉が現れれば、それは以前と同じようにその場に存在していた。
まるで誰かに開けてもらうのを待っているかのように。


「じゃあ、開けるね」


扉の前で足を止め、みんなの顔を見回してから、望美が扉に触れる。
そのままゆっくりと扉を押せば、ギギッという重い音を立てながらも、少しずつ扉が開いていく。





「やっぱり、開いた」





どこか呆然と呟く望美だったが、その顔にどこか光が差したのを見逃さない。
完全に扉が開ききってから、一行はその扉の奥へと足を踏み入れた。










その合図を待っていた 










再び迷宮へ

2008/2/17



 
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