重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









気分転換は必要、って誰かが言ってた気がする。










泳ぐことが久し振りって思う日が来るなんて、信じられない。










みんなで遊ぶのも、悪くないね。










Act.28 










どうしてこうなったんだろう。
デパートの中にある水着売り場で、浅水はぼんやりと水着を選んでいる望美と朔を眺めていた。


「浅水ちゃーんっ!これなんかどう?」


次々とめぼしい物も見つけては浅水の前に持ってくる望美に、いい加減頭痛がしてきそうだ。
既に二人は自分の水着を決めたようで、選んでいるのはもっぱら浅水の物である。
自分が決めなければ、いつまでたっても堂々巡りだ。


「あーもう、面倒だから望美と一緒でいいよ」
「えー、それじゃつまんないよー」


そう思い、早々に選ぶことを放棄すれば、上がるのは不満の声。
かれこれ三十分以上は選んでいるのだ。
すでに男たちはそれぞれの水着を買って、今頃プールの中だろう。
それを考えると、いつまでものんびりしているわけにもいかない。


「つまんなくてもいいから。きっとみんな待ってるよ」
「もー、仕方ないなぁ。ホントは別なのが良かったのにー」
「望美、我が儘を言う物じゃないわ。それに、みんなが待っているのは本当だと思うし」
「わかってるけどさぁー」


朔に宥められても望美は頬を膨らませ、納得いかない表情を浮かべている。
ブツブツと不平を言いながら、自分の持っている水着と色違いの水着を手に取り、ようやくレジへ向かった彼女にホッと胸を撫で下ろした。



そもそも、事の発端は景時からの電話だった。










朝、浅水が目を覚ますと、いつの間にか自分の部屋にいたことに驚いた。
昨夜は将臣と話していたところまでは覚えているが、それから先は覚えていない。
恐らく、そのまま眠ってしまった浅水を、将臣辺りが部屋まで運んでくれたのだとろうと推測した。
着替えて朝食を取り、龍脈の乱れを調べようと、浅水は一人江ノ島まで足を伸ばしていた。
そんな時に着信を伝える携帯。
ディスプレイを覗き込めば、そこに表示されていた名前は景時の物で。
珍しいこともある物だと、何気なく電話に出た。


「もしもし?」
「あ、浅水ちゃん?突然ごめんね。あのさ、今って時間ある?もしよかったら、一緒に遊びに行かないかな〜と思って」


いつもの口調で遊びに誘われたから、浅水は少し驚いた。
恐らく誘っているのは自分一人じゃないだろう。
けれど、せっかくの誘いを断るほど、浅水も非情ではない。
何より龍脈の乱れを調べようとも、手がかりがない今の状況では、たいした収穫も得られそうになかった。


「いいよ、どうせ暇だしね」
「やった、浅水ちゃんが来てくれるなんて感激だな〜」


電話越しに喜ぶ景時の声は本当に楽しそうで、これで自分と同じだというのだから少し信じられない。
まぁ、今の姿だけを見れば、誰も浅水と景時が同じ年だとは思わないだろうが。


「きっといい気分転換になると思うから、みんなにも声を掛けてるんだ〜」


自分の予想通りの答えが返ってきたことに、思わず笑みが浮かぶ。
浅水一人をどこかへ誘おうと思う人物など、弁慶や将臣くらいしか思い浮かばないが。


「で、どこに行くの?」
「江ノ島だよ〜。前から一度行ってみたかったんだ」


みんなで遊びに行くとしても、行き先を聞いておかねば移動が出来ない。
そう思って尋ねた行き先だったが、景時の口から出てきた地名は、今自分がいる土地の物だった。


「江ノ島なら、今いるんだけど」


思わず呟いた言葉に、だったら浅水は現地集合と言われ、景時たちがやってくるまで時間つぶしも兼ねて駅前の喫茶店で待つことにした。
窓際のテーブルに座りながら、紅茶を飲みつつぼんやりと外を眺める。
しっかりと防寒した人たちが、足早に歩いていくのを見ながら思うのは、ちょっとした違和感。
自分の知っている冬と今年の冬は少し違う。
見慣れていた光景も、違う環境に十年いれば、違ったものに感じてしまう。





それほどまでに、自分はあの世界に慣れてしまった。


あの空気に、あの土地に。





温くなってしまった紅茶を一口飲めば、窓越しに見覚えのある姿が見えた。
コンコン、とガラスをノックしてくる景時の手には、何やら見覚えのある物が抱えられていて。
会計を済ませて外に出れば、暖房で暖かかった室内とは違い、外の空気が肌に刺さる。


「待たせてごめんね〜」
「大丈夫だよ。暖かい場所にいたしね。で、どこに行くつもり?」


電話ではハッキリとした場所を聞いていなかった。
それを思い出して尋ねれば「コレ」と眼前に出されたのはこの時期には相応しくない、浮輪。
それを見て首を傾げている浅水を、景時は問答無用で連れ出した。
どうやら、目的地に着くまで教えてくれるつもりはないらしい。
それほどまでに、楽しみにしているのか。
だったら、それに付き合うのも悪くない。
浅水は、景時に連れられるまま、彼の後を追っていった。


「ああ、来たな」
「浅水ちゃーん、こっちこっちー」
「突然でごめんなさいね」


景時に連れて行かれた場所には、既に自分以外のみんなの姿があった。
どうやら自分が最後らしいとわかると、遅れたことに謝罪する。


「本当は僕が君を迎えに行きたかったけれど……」
「何言ってんだよ。浅水を迎えに行くのはオレに決まってるだろ?」
「将臣くんと一緒に遅れてきた君が、どうして浅水さんを迎えに行けるんでしょうね?」
「浅水が待ってるって知ってたら、真っ先に迎えに行くに決まってるだろ」
「それを言い訳と言うんですよ」
「何でそうなるんだよ」


久しぶりに始まった二人のやりとりに、思わず頭を抱えたくなる。
どうしていつもいつもこうなのか。
たまにはどちらかが妥協するということを覚えて欲しい。
この二人に限って、その言葉が存在するとは思えないが。


「うん、二人がこの調子だから、オレが浅水ちゃんを迎えに行ったんだよ〜」


どこか乾いた笑みを浮かべている景時の言葉に、なるほど、と納得してしまった自分が確かにいた。
二人の言い合いが終わるのを待っていたら、いつまでたっても浅水を迎えに行くどころか、遊びにすら行けなかっただろう。
機転を利かせてくれた景時に、思わず讃辞を贈りたくなったのは、言うまでもない。


「で、結局どこに行くわけ?」


未だに目的地を聞いていない浅水は、再度景時に問う。
みんな集まっているのだ。いい加減、教えてくれてもいいはず。


「あーっと、それは……」
「あら、浅水は聞いていないの?」
「あのね、プールなんだって!」


口ごもっていた景時をよそに、朔と望美が口を開く。
自分で言おうと思っていたらしい景時は、先に言われたせいか、見るからにがくりと肩を落とした。


「プール?へぇ、いいね」


逆に、目的地がプールだとわかった浅水は、嬉しそうに顔を緩めた。
熊野の海でヒノエと共に泳いだ浅水だ。
むしろ泳ぐのは好きだと言えよう。
更には、戦のせいで海と疎遠になっていたせいもあり、例えプールといえど泳ぐのはかなり久しぶり。
ついつい緩む顔を抑えられない。


「ああ……ビックリさせようと思ったのに……」
「兄上、いつまで凹んでいるんですか。置いて行きますよ」
「えっ、ちょっ、ちょっと待ってよ〜。じゃ、行こうか。しゅっぱーつ!」


凹んでいた景時と、未だに言い合っていたヒノエと弁慶をどうにか宥め、まず一行が向かった先はデパートの水着売り場。
そこで水着を買ってから、プールで再び落ち合おうということになったのだ。










更衣室で水着に着替えれば、プールに出る前にそれぞれの姿を確認する。


「急いで買った水着だけど、大丈夫かな?変じゃないかな?」


望美は自分の姿を何度も見下ろしながら、変なところがないか確認する。


「大丈夫よ、望美。その色、あなたによく似合っていると思うわ」
「そうかな?朔もよく似合ってるよ」
「そ、そうかしら?この服、なんというか……どうも着慣れなくて……」


いつも肌を露出させない朔にとって、水着は抵抗があるらしい。
それはそうだろう。
普段なら着物で隠れている場所が、あられもなく晒されているのだから。


「大丈夫だって。プールっていうのは、みんなこういうの着てるんだから」
「そうなの……?」


戸惑う朔に後押しするように浅水が言えば、訝しがりながらも自分の姿を見つめる。
そんな彼女に、今度は望美が肩を軽く叩いた。


「恥ずかしがること無いって!さ、行こう!」


そう言って朔の手を取り、プールへと駆け出していく。
どうやらこのプールは望美も楽しみにしていたらしい。
そんな彼女に笑みながら、浅水もプールへと足を向けた。





温泉を使った温水プールは、当然の如く暖かい。
それに加え、外は海が広がっているから、今の季節が冬だということを忘れてしまいそうになる。
浅水はプールに入ると、真っ先に泳ぎ始めた。
海と違って波がないそれは、当然泳ぎやすい。
思う存分泳いだ後は、プールサイドに座ってみんなの姿を眺める。
初めてプールに入った人たちも、始めのうちは戸惑っていたようだが、今ではしっかりと楽しんでいるみたいだった。


「熊野も温泉が多いから、こういうの作るのもいいかもね」
「ヒノエ」


いつの間にか近くまで来ていたヒノエが、浅水の隣りに腰を下ろす。


「随分と気に入ったみたいだね?」
「まぁね。温泉に入りながら、水に浮かぶ三輪の麗しい花が眺められるなんて、こんな贅沢なことはないね」
「はいはい」


ヒノエの言う「花」が何を指しているか理解すると、いつものことだと軽く受け流す。
おそらく、これは血のなせる業に違いあるまい。


「新鮮な装いだ。華やいで似合っているけど、そういう刺激的な格好はオレの前だけにして欲しいね」


さらり、と短くなった髪の毛先を撫でるヒノエに、思わず言葉をなくす。
このタイミングでそう言われるとは、思いもよらなかった。


「……馬鹿」
「ふふっ、本心なんだけどな」


顔に血が上るのを止められない。
赤くなっているだろう顔を見られたくなくて顔を背ければ、こちらに向かって何かが飛んでくるのが見えた。


「ビーチボール?」


手前に落ちたそれを拾い上げれば、少し離れた場所から声が飛んでくる。
声の主を捜せば、どうやらそれは将臣らしい。


「悪い!ボール、こっち投げてくれるかー?」


どうやら向こうではビーチバレーをしていたらしい。
浅水は手にしたビーチボールと将臣を見比べてから、ヒノエの方を振り返った。


「ヒノエ、私たちも参戦しよう」
「それはいいね」


ニ、とお互いに口端を斜めに引き上げ、プールの中に再び入る。


「将臣ー、行くよーっ!」


声を上げてからボールを打ってやれば、そこから始まるビーチバレー。
みんなが遊び疲れる頃には、すっかり日も傾いていた。










気分転換のためのプールは、重くなった気持ちを忘れるには充分だった。










雲を泳ぐ魚 










景時の恋愛必須イベントで気分転換(笑)

2008/2/4



 
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