重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









驚くのは至極当然。










当の本人である私だって驚いているくらいなんだから。










神様にも原因不明、なんて、随分と厄介じゃないの。










Act.1 










次々とリビングにやって来た面々は、浅水の姿を見るなり言葉を無くしていた。
それはそうだろう。
朝になったら姿が変わっていた、なんて、おとぎ話もいいところだ。
けれど、時空跳躍を経験しているのだから、今更か。


「しかし、未だに信じられんな……」


食後のお茶を飲みながら、しみじみと呟いたのは九郎だった。
譲はすでに望美と共に学校へ向かった後。
今は浅水が朔と一緒に洗い物の最中だ。
洗い物は自分たちがやっておくから、と彼を送り出した。
いつもなら望美と顔を合わせる浅水だったが、今日ばかりは止めておいた。
この姿で彼女と会ったら、それこそ何を言われるかわからない。
朝から望美と同じテンションで活動できるほど、自分は若くない。
そこではた、とある考えに辿り着く。

向こうの世界の姿なら、自分の年は確実に十年重ねている。
だが、元の姿に戻ったとしたら、自分の年齢は一体いくつになるのだろうか?
この世界で過ごしてきた十七年。
けれど、記憶だけなら更に十年分ある。
だとしたら、自分は一体何才だというのか……。

ぼんやりと思っていれば、後ろから誰かの重みを感じた。
こんなことをしてくる人など、一人しか知らない。


「……ヒノエ、重いんだけど」


はぁ、と小さく息をつきながら言うと、クスクスという笑い声が耳に届く。


「姿は変われど、俺の姫君に代わりはないみたいだね」


楽しそうに言うと、今度はしっかりと抱きしめられる。
抱きしめられるのは嫌いではないが、このままでは身動きが取れない。
しかも、隣には朔がいるというのに。


「朔ちゃんならとうにいないけど?」
「え?」


思わず隣を観れば、確かにいたはずの朔の姿が見えない。
一体どこへ行ったのだろうか?
しかも、洗い物も自分の手の中にある物以外、全て終わっている。


「浅水がぼんやりしてるうちに全部終わらせていったよ」


ヒノエから状況を説明してもらうと、自分のした失態に舌打ちする。
これでは朔に全てやらせてしまったような物だ。
それほどまでに自分は考えに没頭していたというのか。





思っていた以上に動揺している。





そう思うべきなのだろう。
将臣の姿が変わらなかった。
ならば、どうして自分の姿だけが変わったのだろう。
白龍なら、今の姿になった理由を知っているだろうか。


「浅水」


自分を抱きしめている腕に力が加えられる。
仕方なく、持っている皿を洗い自分の手も洗う。
タオルで手を拭いてから、自分に回されているヒノエの腕に触れた。
よくよく見れば、小さな傷がいくつもついている腕。
それは、あちらの世界で作った物。
浅水にも、身に覚えがある物。
けれど今の自分の身体には、そんな跡は一つたりとてない。
熊野での幼少時に作った傷や、その他の理由で作った傷は綺麗に消えている。
まるで、始めからなかったかのように。
浅水の身体は、自分が覚えているままの身体。
湛快に鍛えてもらったときにできた肉刺もない。
今の自分は、刀を手に取る前の自分。










「そんなに、その姿は苦痛かい?」










ピクリ、と思わず固まった。
顔だけをヒノエの方に向けようとしたが、彼の表情までは伺えない。


「何で、そう思うの……?」


尋ねておきながら、自分の声が震えているのわかる。
そんなに今の自分はあからさまだった?


「いつものお前と、少し様子が違うからね」


弁慶辺りも気付いてるんじゃない?と告げる彼の言葉から、悟っているのは二人だけだと理解する。
けれど、過ごした時間を考えるならば、譲だって気付いたかもしれない。
それとも、早々に家から出したからそこまで気付かなかったのだろうか。


「……苦痛、とはちょっと違うかな」


後ろにいるヒノエに背を預ければ、彼の腕が腰に回される。
何も言わないのは、このまま自分の言葉を聞くつもりだからか。
いつもヒノエのさり気ない態度に救われている自分がいた。


「どっちかっていうと、戸惑ってる方が大きいんだと思う。だって、今の私の身体は熊野での十年を知らない」
「それは……」
「うん、わかってる。この身体は知らなくても、私自身はちゃんと覚えてるし、経験してる」


だから戸惑っているのだと告げれば、ヒノエは小さく唸った。
自分が何を言いたいのか、彼も気付いたのだろう。



記憶にあっても、その痕跡がないという事実。



それは、いつ忘れてもおかしくないということに繋がりかねない。
今はいい。
ヒノエや弁慶、敦盛といった過去を共にした人が側にいる。
けれど、この先はどうなるかわからない。
彼らが元いた世界へ戻り、自分はこの世界に残るかもしれない。
仮に、自分だけがこの世界に残ったとしたら、彼らのことをいつまで思い留めることができるか、自信がない。


「将臣は、元の姿に戻ってなかった」


そう告げれば、ヒノエは考え込むように小さく声を上げた。
自分と将臣の違いは一体何だろうか。



将臣は現代の姿からあちらで三年を過ごした。


自分は熊野権現の力で幼子にされ、十年を過ごした。



目に見える違いがあるとすれば、それ。
けれど、それがどう関係するのかわからない。


「白龍には聞いたのかい?」
「まだ」
「そっか。なら、聞いてみようぜ、白龍に。もしかしたら、お前だけ姿が変わった理由がわかるかもしれないだろ?」


自分の顔を覗き込みながら見せる笑顔は、いつもの勝ち気な物。
彼のこんな表情を見るたびに、どこか呆れながらも励まされる。
できないことなどないと、思うことができる。


「そうだね。私も、白龍に聞いてみようと思ってたし」
「なら決まりだ。さっさと行って、すっきりさせようぜ?」


するりと離れる温もりを、少しだけ残念に思いながら。
けれど、今はそれよりもやらなければならない事があると、自分を叱咤する。
ヒノエと二人リビングへ行けば、子供向けのテレビ番組を食い入るようにして見ている龍神の後ろ姿。
小さい姿なら可愛かっただろうに、と思ったのはここだけの話。


「白龍」


名を呼べば、気付いたのか顔をこちらに向けた。
その後、座っていたソファから立ち上がり、二人の元へとやってくる。


「浅水、ヒノエ。二人で私に何か用?」


ことり、と首を傾げる様子は、本当に神だろうかと疑ってしまいたくなる。
それほどまでに、今の白龍は人間に近かった。
今リビングにいるのは白龍のみ。
これなら、場所を移動する手間が省けたかもしれない。



聞かれて困るような話ではないが、あまり他の人に聞かせたい話でもなかった。



再び白龍をソファへ促せば、その正面に向かい合うような形で座る。
これで白龍が理由を知っていれば、それに越したことはない。
何より、自分が安心したいだけなのかもしれない。
理由を知らないままでいるよりは、知っていた方が何かと動きやすい。


「それで?私に聞きたいことは何?」


ニコニコと笑うその表情は純真無垢。
そんな表情で話の先を促されると、どうしても言わなければならない衝動に駆られるのは何故だろう。
逸る胸を落ち着けるために、深呼吸を一つ。
腿の上に置いてある自分の手に、ヒノエも自分の手を重ねたのがわかった。










「白龍は、私が突然この姿に戻った理由を知ってる──?」










知っていて欲しいと願うのは、彼が神──龍神──だからか。
白龍の口が開くまでが、とてつもなく長く感じられる。



早く。



早く言って欲しい。



そうすれば、この不安も少しは薄れるだろうから。










「……ごめんなさい、浅水がどうして元の姿に戻ったのかは、私にもわからない」










出口が見えるかと思った迷路は、行き止まりにぶち当たった。










閉ざされたものは 










まだ迷宮沿いに入ってません(爆)

2007/12/3



 
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