重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









誰かに聞いてもらいたい心内。










話せる人物なんて、一人しかいない。










疑問は悪い方向にしか働かないね。










Act.27 










浅水が何も夢を見ていないと発言してから、部屋の空気が少しだけ重くなった様な気がした。
譲が見ていて浅水が見ていない。



果たしてこれは何を意味しているのか。



譲の見ている夢がただの夢だとは、どうしても言い切れない。
なぜなら、彼も夢で望美の未来を視ていたから。
結果、譲の夢を浅水が違えることによって、彼の見た未来が訪れることはなかったが。

けれど、そんな譲よりももっと明確に未来を視ることのできる浅水。

そんな彼女が夢すら視ていないということが引っかかる。
それも、浅水の姿と何か関係しているのだろうか。


「ヒノエ。写真はここまでにして、どこか出掛けようか」
「ん、そうだね。過去に浸るのもそろそろ飽きたし」


どこかぎこちない空気が漂う室内。
そんな雰囲気から逃れるようにヒノエに声を掛ければ、あっさりと肯定される。
そのことに安堵しながら、望美と譲はどうするのかと視線を向けた。
すると、二人はお互いに顔を見合わせてから、もう少し写真を見ると言った。
行かないと言っている人間を無理に連れ出すようなことはせず、浅水はヒノエとリビングを後にした。
一度別れて部屋に上着を取りに行く。
部屋に入った途端浅水から零れたのは、溜息。



まさか現代でも譲が夢を見ているとは思わなかった。



現代ではそういった話を聞いたことがなかったから失念していた。
あちらの世界で彼が夢に押しつぶされそうになっていたことを、自分は見ていたではないか。


「何で忘れてたかな……」


譲が夢を見ていたら、次に話が振られるのは自分だというのに。
夢を見ていないと言ったときの、ヒノエの顔が忘れられない。
驚きの中にも、どこか疑うようなあの瞳。
積み重なった嘘は、ヒノエの中に疑心暗鬼を生じさせたのだろう。


「浅水、仕度は出来たかい?」
「今行く」


ドアをノックするのは、たった今思い浮かべていた彼。
慌てて上着を羽織り、財布を手に取ると部屋から出た。


「お待たせ」
「それで、オレの姫君はどこへ誘ってくれるのかな?」
「せっかくこっちに来たんだから、こっちでしか出来ないことしよっか」
「いいね。なら早く行こうぜ」


そう言って二人が向かった先は藤沢。
少し買い物をした後、カラオケに行ったりゲームセンターを案内する。
さすがにカラオケはヒノエが歌えないので、説明する位に終わってしまったが、ゲームセンターはそうでもなかった。
浅水が説明がてらやってみせると、次にヒノエがそれにチャレンジする。
始めのうちこそ慣れないせいで戸惑っていたが、少しすればすぐにコツを付かんでしまう。
その辺りはさすがとしか言いようがない。
いつだってそつなくこなす彼は、現代においてもその手腕を発揮してくれた。
さんざん遊んで、二人が帰る頃には既に日も沈んでいた。


「なぁ、何で出掛けようって言い出したんだ?」
「ん?別にたいした理由じゃないよ」


帰り際、出掛けた理由を問われたが特に深い意味はなかった。
あの空間にいたくなかっただけなのだ。
出掛けるというのは、たんなる口実に過ぎない。
けれど、ヒノエのことだから、それ以外にも理由があると思っているのだろう。
相変わらず、一筋縄でいかない。


「アルバムを見てるより、一緒にいた方が有意義だと思ったからね。結局写真は思い出でしかないから、過ぎた過去は取り戻せない」
「そっか……お前には適わないね。だからこそ、この手を離したくないんだけど」


そう言って繋がれた手から、ヒノエの体温が伝わってくる。
自分の手よりも大きいそれは、少し節ばっていて。
けれど、この手が自分を繋ぎ止めてくれる唯一の物。


「天上を離れるときに、うたかたの恋にするには愛しすぎるからね」
「そんなこと、するつもりもないくせに」
「ご明察。オレは浅水を手放すつもりはないからね」


心にもないことを、と思ったが、それに続いた言葉に思わず浮かんだ笑みを止められない。
ヒノエが自分を必要としているという事実が嬉しい。


「……なら、離さないで」


呟いて繋がれた手に少しだけ力を込める。
すると、少しだけ驚いた表情を浮かべてから、しっかりと手を握り返す。



ヒノエが浅水のこの言葉の意味を理解するのは、後からのこと。










夕食後。
いつもならリビングでくつろいでるはずの将臣の姿が見えない。
そのことに少しだけ浅水は疑問を覚えた。


「将臣がリビングにいないなんて珍しいね。譲、どう思う?」
「そういえば……風呂には今ヒノエが行ったはずだから、部屋にでもいるんじゃないかな」
「そ、わかった」


ひらひらと手を上げながら、浅水が向かったのは将臣の部屋。
大勢の客人が有川家で寝食を共にするようになってから、自室は既に寝るための場所になっている。
それは浅水や譲も同じであり、将臣だって同じ事。
だからこそ、今のこのタイミングで自室にいる将臣が恨めしい。


時に恐ろしく勘の冴える彼のことだ。
きっと、こうなることは予測していたに違いない。


隠し事は得意なはずだった。
それなのに、いつからだろう。
上手く隠しきれなくなってきたのは。


「将臣、入るよ」


おう、といういらえが帰ってきてから部屋のドアを開ける。
机の椅子に座っていたらしい将臣は、浅水がやってくるのを知っていたらしい。
ドアの方を向いて、不敵そうな笑みを浮かべている。


「やっと来たな」
「良く言うよ。自分でそう仕向けた癖に」


後ろ手にドアを閉めれば、そのままベッドの端に腰掛ける。
ギシリ、とスプリングが利いたベットが小さく鳴いた。
いつもいるはずの人が部屋にいない。
それを不思議に思わない人が果たして何人いるというのか。
そんなとき浅水ならどうするか。
それを知っているからこそ、将臣はいつもいるリビングではなく自室にいたに違いない。


「そう言うなって。仕方ないだろ、お前がちっとも言わないんだから」


何を、とは尋ねなくとも理解できる。
ここ数日、積もりに積もった自分の胸の内。
今にもそれに押しつぶされそうな不安は否めない。
何かで気を紛らわせていても、一人になった途端に押し寄せてくるのは、言いようのない感情。



まるで、出口のない迷路に一人取り残されたよう。



「言わないって、何をよ?」
「ったく、頑固なとこは十年たっても変わらねぇな」
「訳わかんないんだけど」


質問に答えるわけでもなく、自分一人で納得する将臣に首を傾げる。
十年は人が変わるには充分な時間だけれど、根本的なところまでは変わらない。
その人の持つ癖だとか、性格は。



「んで?お前は今何を悩んでるんだ?」



椅子からベッドまで移動して、尚かつ浅水の隣りに座る。
浅水だけではなく、将臣まで乗せればそれなりにベッドがきしんだ。
肩同士が触れ合うこの距離が、本音をさらけ出すには持ってこいの位置。
将臣は昔から、そうやって浅水の本音を聞き出してきた。
渋ってはいても、最終的には彼女が話してくれるとわかっているから。
自分の中で限界を感じたときは、いつだって。
今回にしたって、一見普段と何ら変わりない態度。
けれど、気持ち的には限界が見え隠れしている。


それを見逃すほど、浅い関係ではない。


諦めたように小さく息を吐き出すと、そのまま将臣の肩にもたれかかる。
自分にかかる僅かな重みに、将臣は浅水をチラリと見た。
ここまで来れば、もう少し。
人に身体を預けるということは、それだけ浅水が参っている証拠だ。
だからといって急かすわけにもいかない。
そんなことをしては、聞けるものも聞けなくなってしまう。


「……わからないことが、あるんだ」
「ん?」


小さく呟いてから、眼前に真っ直ぐと手を伸ばす。
傷一つ無い、綺麗な自分の手。


「私って、一体『何』なんだろう」
「浅水は浅水だろ。それ以外の何だってんだ?」


例え姿が変われど、その人物が「浅水」であることに変わりはない。
仕草一つ、言動の一つを取っても、それだけは言える。


「将臣なら、きっとそう言うと思った」


いつだって自分の欲しい言葉をくれるのはヒノエだけじゃない。
そういう意味なら、将臣だって同じ。
恋愛感情を持っていない分、将臣の方が客観的な言葉をくれるかもしれない。
それが甘えだと言うことはわかっている。
けれど、どうしても甘えたくなる時期というものがある。
それが今なのか。


「あっちで死んだ私の姿は、今の姿とは違う。違う姿で死んでも、現代では死んだことになるのかな?」
「それは……つーか、何だってあっちじゃ姿が違ってたんだ?」


浅水の問いに思わず口ごもったが、思い返してみれば彼女の姿が変わった理由を将臣は知らない。
自分はあちらの世界に三年半早く辿り着いたが、浅水のように姿が変わるということはなかった。
それを思えばいくら十年前の世界に辿り着いたとはいえ、姿が変わることはないはずだ。
自分と彼女で、一体何が違うというのだろうか。


「私の姿を変えたのは、熊野権現。熊野を加護する神だよ」
「へぇ、その神様が浅水の姿を変えたってわけだ」
「そういうことになるわね」


熊野権現が浅水の姿を変えた理由は、来るべきその死を知っていたからだろう。
だが、それを知っていたからとして、姿を変えるという理由にはならない。
死は等しくやってくるもの。
いくら神とはいえ、それを違えてはならないはずだ。


「わからないのよ。みんなの言う「浅水」がどっちの姿を指しているのか」


そのままベッドに倒れ込めば、スプリングと布団が衝撃を吸収する。
ぼんやりと天上を見上げてから、小さく目を閉じる。


「十年前の熊野について幼くなった私の姿も、現代の姿とは違っていた。あっちの私を知っている人たちは、今の私を浅水とは見ていない」
「おいおい、そんなことないだろ。ヒノエだって弁慶だって、敦盛だってお前のことを浅水だってわかってるだろう」


まるで自分自身を否定するような言葉に、慌てて将臣が弁解する。
確かに戸惑ってはいるだろうが、目の前にいる彼女を浅水として見ていないということは、少なくとも有り得ない。
先日弁慶が言っていた「悩ませることしかできない」というのはこのことかと、ようやく思い至った。










「将臣。頭の中で理解してるのと、実際の態度ってイコールで繋がらないんだよ」










恐らく、浅水を悩ませているのは、みんなの態度。
姿が変わるということに、戸惑いを覚えない人間はいない。
ただ、その僅かな態度の一つ一つが、浅水に重くのしかかるのだろう。


「なぁ、浅水……って、寝ちまったのか?」


呼びかけても反応がない浅水を見れば、どうやら彼女は眠ってしまったらしい。
最近はまだマシになってきたが、現代の姿になってからというもの、よく寝ているような気がする。
これすらも、何か意味があってのことなのだろうが、生憎と将臣には考えられるだけの情報がなかった。


「将臣、浅水がこっちに来たって聞いたんだけど」


ドア越しに聞こえる声に、浅水の恋人が彼女を迎えに来たのだと悟る。


「ここまで想われてて、そう考えられるお前が信じられねぇよ」


溜息をついてから寝ている浅水を抱き上げて、ドアへと向かう。
ドア越しに声を掛けて開けてもらえば、廊下にいたヒノエに浅水を手渡した。
寝ている浅水を見て、ヒノエは少し驚いたようだったが、何も理由は聞いてこなかった。
ヒノエもわかっていたのだろう。
浅水が将臣の部屋を尋ねていた理由が。
そのまま二人を見送ってから、将臣は再び部屋へと戻った。










ヒノエの腕によって部屋に運ばれた浅水は、現代へ来てから一度も見ていなかった夢を見たような気がした。










悲しい淋しい独り言 










何が言いたいのかわからない……

2008/2/2



 
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