重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









アルバムは過去を思い出すための貴重な物。










けれど、過去を思い出すことが私を更に悩ませる。










夢だって、今は見ない。










Act.26 










自室からリビングに顔を出せば、ヒノエと譲、そして望美が何やら楽しそうに話をしていた。
三人の手元には何やら書籍のような物が見える。


「三人で何見てるの?」
「浅水ちゃん」


声を掛けながら近付けば、望美が浅水の姿を見つけてパッと表情を明るくした。
テーブルの上を覗き込めば、そこに置かれていたのは本なんかではなく、写真。
玄関先に正月飾りを飾るヒノエや敦盛を眺めながら、浅水は感嘆の溜息をついた。
最近はあまり写真を撮っていなかったから、見ているのは昔の物だろう。
そこに映っている姿は、今の自分たちよりもずっと幼い。
まだ、何も知らない無邪気な頃。


「随分と懐かしいね」
「でしょ?七五三とか、入学式の時のもあるんだよ」


有川家のアルバムのはずなのに、さも自分の物のように言う望美に、思わず苦笑してしまう。
確かに、祖母はよく望美の写真を撮りたがったから、自分たちと同等か、それ以上に彼女の写真も多く残っている。
横から手を出してページをめくれば、そこには在りし日の自分の姿も映し出されている。


「なぁ、これって浅水だろ?」
「うん、そう。婆様と二人で一緒に撮ったのはこれだけかな」


ヒノエが一枚の写真を示す。
そこにいるのは、祖母と共に写っている浅水の姿。
望美と譲はヒノエの質問に思わず首を傾げた。
十年前の熊野に辿り着いた浅水の姿が、幼子に変化していたという話は聞いている。
だからこその疑問。


幼い頃の浅水を見ているヒノエが、どうして浅水をわからないのだろうか。



確かに、女性という物は年々姿が変わると言うが、幼い姿なら彼の記憶にある物と変わりはないはずだ。


「ふぅん……成る程ね……」


じっと写真を見つめて、呟くヒノエの声は、どこか自分を納得させるようなそれ。


「十人並みだって言ってた意味、理解してくれた?」
「いや、オレとしてはこっちの浅水も愛らしいと思うけど」
「またそんなこと言って」
「事実だからね」


けれど、その後に続いた二人の会話から、どうやらお互い何かを理解しているのだとわかる。
だが、二人だけで会話を進められても、話についていけない自分たちは全然だ。
それでなくても最近疎外感に似たような物を感じているのに、これ以上距離を開かれてはたまらない。


「ねぇ、二人だけで会話が成立してるみたいなんだけど、わかるように話してくれない?」
「全くです。俺たちには何のことかさっぱりだ」


不意に会話に割り込むように入ってきた言葉に、浅水とヒノエは思わず顔を見合わせた。
別段話して困るような内容ではない。
けれど、話したところで面白いような内容でもないのは確かだ。
どうする?とアイコンタクトで尋ねれば、好きにしなよ、と返される。
このまま黙っていた場合、望美はいつまでもしつこく自分に聞いてくるだろう。
それを考えたら、ここで話しておくのもいいかもしれない。


「別に、面白い話じゃないよ?」
「構わないもん」


先に一言言っておけば、即答で打って返される返事。
仕方ない、と肩を竦めてから浅水は再び自分の写真を見た。


「小さい頃の私って、こんな顔だったんだよね」


しみじみと呟けば、二人の顔が更に難しそうにしかめられる。


「浅水姉さん、確かに十年長くあっちの世界にいたからって、自分の顔は忘れないと思うけど」
「そうだよ!小さい頃と今じゃ少しは違ってると思うけど、自分の顔だよ?」


二人から帰ってくる言葉が耳に痛い。
どうやら二人は、そのままの意味で自分の言葉を受け取ったらしい。
まぁ、普通はそう取って当然だろうが。
どう言葉を続けようか。
二人が納得してくれるような言葉を探さなくては。
チラリとヒノエに視線を移してから、思案にふける。
ここは正直に話した方がいいだろう。
そう思って口を開こうとしたときである。





「悪いけど、オレの知ってる浅水はここに写ってないからね」





浅水よりもワンテンポ早く、ヒノエの口が開かれる。
そこから語られる言葉は、望美と譲を驚かせるには充分すぎる内容。
二人とも、写真に写っている幼い浅水と、今の浅水とを交互に見比べている。
そんな二人に、浅水は曖昧に笑むことしかできなかった。



昔のアルバムを見て、自分の顔を思い出した。
まさかそんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。
二度目の幼少時は、違う意味で自分の記憶を上書きしていったのだ。










自分の本来の姿を。











今記憶に残っている幼い頃の姿は、全て熊野にいた頃の物。
かろうじて、十人並みだと言えるのは、朧気ながらにその輪郭を掴んでいるから。


「ちょっ、ちょっと待てよ!ヒノエの知ってる浅水姉さんは、写真と違うってどういうことだ?」
「熊野について小さくなったって聞いたけど、この姿じゃないの?」


浅水ではなくヒノエに問い詰めるのは、問題発言を投下したのが彼のせいか。


「生憎、オレの記憶にある浅水はここにいる姿とは全然違うよ。あぁ、髪の長さなんかはあまり変わらないけどね」
「そうだね。あっちにいたときは、もっと髪の色も明るかったし」


ヒノエに同意するように、自分の違いを上げていく。
すると、今度は浅水の方へ視線を移す。


「今はどっちの世界でも結構似てるけど、さすがにこれだけ違うと知ってる人は誤魔化せないね」
「別人、って言っても通じると思うけど?特に敦盛なんかにはさ」
「まさか!」


別人の言葉に過剰反応したのは望美である。
物心ついたときから一緒にいたのだ。
そんなこと、あるはずがない。
例えそうだったとしたら、ここにいる浅水も別人ということになってしまうのではないだろうか。


「熊野権現に話を聞ければいいけど、現代じゃさっぱりだしね」
「知ってたとして、素直に話してくれるとは思えないけど」


熊野を守る神だというのに、何という言いぐさなのか。
仮にも神職、熊野別当であるというのに。
けれど、もし熊野権現がヒノエの言うとおり素直に話してくれないのなら、その熊野に住む彼らがそうなのも頷ける。
ヒノエといい弁慶といい、いつだって素直に話してはくれないのだ。


「……だから、祖母は浅水姉さんが生まれたときに泣いて謝ったんでしょうか……未来を予見して」


譲がポツリと呟いたのは、浅水がこの世に生を受けたときの物。
それを知っているのは、有川家の住人のみ。
幼馴染みの望美には話していない。
もちろんヒノエにも。
ヒノエにはこの十年、自分のことをひた隠しに隠してきたのだ。
それこそ現代のことなど話したことすらない。


「へぇ……未来を、ね。それが「星の一族」の力なのかい?」


ヒノエが尋ねたのは譲にではなく、浅水。
自分のことを星の一族の分家と言った彼女なら、答えられて当然だと知っているからだろう。
どうやら譲はそれほど詳しくないようだった。


「まあね。未来の気を見る力と、現在の気を見る力。それらを占いなんかに使って神子を助ける。それが星の一族だから」


わかっているだろうに尋ねてきたのは、確認の意味も込めてなのか。
それとも、分家である自分がどこまで星の一族を知っているか知りたかったのか。
どちらにせよ、自分の知っていることならいくらでも話そう。
それが必要だというのなら。


「譲くんは未来を見たりしてる?」
「俺がですか?」


望美の質問の矛先が譲へと変化する。
突然話を振られた譲は、思わず目を見開いた。
望美が浅水よりも先に譲に尋ねたのは、彼が恋人だからか。
恋人が未来を知る力を持っていて欲しいと思っているのだろうか。


「俺にはそんな力ありませんよ。占いの仕方もわかりませんし」
「何だよ、せっかくの血筋なんだから生かしゃいいのに。鎌倉の龍脈やあの扉のこともわかるかも知れないぜ」


勿体ない、と呟くヒノエに譲は緩く首を振った。
星の一族の力があれば、龍脈や扉のことがわかるかも知れないと思わなくもない。
けれど、調べてみても星の一族の力についてはわからないのだという。


「何か手がかりを見つけなきゃいけないと思えば思うほど、妙な夢ばかり見るし……」
「妙な、夢……?」


譲の言葉に反応したのは望美ばかりではなかった。
浅水もまた、彼の言葉に小さく目を光らせた。
過去に夢で未来を見た彼は、一体何を夢に見ているというのか。


「夢占で答えが出るのかもね。鎌倉のどこかに異変でも起きる夢かい?」


問えば違う、という返事が返ってくる。
譲が見た夢は、どこか見たことのない場所。
まるで城の中のようなその場所には鏡があり、その鏡のある広間に、透き通る結晶みたいな物もあるという。
結晶と言われて浅水が思い出したのは、先日望美がもらったという結晶。
小さくはあるが、あれも透き通っていたことに変わりはない。


「で、囚われのお姫様でも見つけたかい?」
「それは……」


どこか茶化すようにヒノエが聞けば、途端に譲は押し黙った。


「そうかもしれないな」


あっさりと帰ってきた返事に、ヒノエは思わず口笛を吹く。
こんな状況でありながら、譲が女性の夢を見たという事実に驚いたのだろう。
もしそれが先を視ているとしたら、囚われているのは望美だろうか。


「ただ、一人だけには見えなかったけど」


継いで言われた言葉に、す、とヒノエが目を細めたのを浅水は見逃さない。
恐らく、彼はあらゆる事態を想定しているに違いない。
もし一人じゃないとしたら。
望美以外にも誰かいるとしたら。
それが、浅水だったら──。
そこまで考えて、はた、とヒノエは我に返った。
くるりと浅水を見れば、どうかしたのかと首を傾げる彼女の姿。
あちらとは姿が変わってしまったから忘れていたが、彼女は熊野の神子だ。



良く夢で先を視ていたではないか。



あれが星の一族の力だというのなら頷ける。
譲よりも段違いな夢見をする浅水なら、もしかしたら。


「なぁ、浅水」
「……何よ」


嫌な予感がするのはなぜだろうか。
出来ることなら、今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られている。
けれど、それを出来ないことなど百も承知。


「お前は今、何を夢に見ている?星の一族の分家にして、未来を視る熊野の神子姫様」


ヒノエの言葉に、譲と望美が期待したような瞳を向けてくる。
確かに、ヒノエは自分が夢で先を視ていたことを知っている。
望美と譲も、それは聞かされているはずだ。



けれど、と思う。



今の自分は何の夢も見ていない。
眠りについて訪れるのは、夢すらも見ないような深い眠りだけ。
そんな自分が、どうして未来を視ることが出来るというのか。


「何も……」


たった一言が、とてつもなく重い。










「今の私は、何も夢に視ていないよ」










自分が現代に戻って来たのは、苦しむためだけなのだろうか。










上書きされた記憶 










浅水はヒノエ恋愛補助イベントで、望美は譲恋愛必須イベント。

2008/1/30



 
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