重なりあう時間 第二部 | ナノ
クリスマスが終わればお正月。
いつもは忙しいだけの正月だけど、
今年は違った正月になるのは必至。
Act.25
クリスマスが終わってしまえば、正月まで後少し。
その日は、正月飾りを家に残っていた人たちで飾っていた。
寝坊ばかりを繰り返していた浅水も、最近になってようやくそれがなくなった。
恐らく今起きていることと、何かしら関係があるのだろうが、今更それを言っても仕方がない。
最近の浅水はどこか諦めたように、今の状況に甘んじている節もある。
「ああ、その辺がいいと思うよ。高さもぴったりだし」
「では、これで完成だな」
玄関先に正月飾りを飾るヒノエや敦盛を眺めながら、浅水は感嘆の溜息をついた。
そろそろ正月飾りを買わなければ、と何気に譲が言った一言で、リズヴァーンが見事な物を作り上げたのだ。
店で売っている物と遜色ないそれは、もしかしたら一般に売っている物よりもすばらしい出来かもしれない。
「しっかし、リズせんせの器用さにも脱帽するわ」
「本当。先生って、何でも出来るんだねー」
つけ終わった正月飾りを見て思わず呟けば、隣から聞こえてくる同意の声。
それは、先程までは確かにいなかった人物の声だ。
けれど隣の家なのだから、いてもおかしくはない。
「望美、いつ来たの?」
「今だよ。でも、お正月もすぐだもんね。楽しみだな」
望美の最も楽しみとするのは、別のところにあるんじゃないかと思ったが、それを口にするのは止めた。
彼女にすれば、お正月の楽しみの一つかもしれないのだ。
お年玉は。
有川家は、両親が不在のため今年の正月はないだろう。
帰ってきたらどうかはわからないが。
「へぇ、気が合うね。オレも、結構楽しみかな」
望美の言葉に更に同意したのはヒノエだった。
新しく年を迎えるのは、誰だって楽しみの一つでもあるのだ。
ヒノエの場合、その後にある宴も楽しみだったろうが、ここ数年は二人でよく中座していた。
「そうか、ヒノエも神職だもんな」
「まあね。それを言うなら、浅水だって神職だけど」
「そっか……今の浅水姉さんの姿だと、いまいちピンと来ないけど、熊野の神子姫なんだもんな……」
「別段、何をしたっていう思い出はないけどね」
毎年、新年は奉納舞を捧げたくらいしか記憶にはない。
その他はヒノエの補佐などで、雑用をしていた記憶はあるが。
「それに、姫君の艶やかな晴れ着姿を思えば、心躍るね」
「え?」
「……それだけを聞くと、とても神職とは思えないな」
続いたヒノエの言葉に、思わず望美が言葉をなくす。
けれど、敦盛の的確な指摘に浅水は失笑を隠し得なかった。
「でも、静かな正月なんてなかったからね。今年はゆっくり出来るんじゃない?」
「確かに。熊野じゃ絶対にゆっくり出来ないからね」
「二人の役職を考えれば、それは仕方のないことだから」
神職ともなると、年末年始は忙しい。
それを考えると、今年の正月だけはゆっくり出来そうだった。
久し振りな正月は、どのように過ごすのだろうか。
今年はみんながいるから、クリスマスと同様にまた違った正月になりそうだった。
三人が話している姿を視界に入れながら、望美は譲の服の裾を小さく掴んだ。
「先輩、どうかしたんですか?」
顔は真っ直ぐ三人に向けられ、けれどこか悲しそうにも見える。
そんな表情を浮かべる望美のことを、譲が心配しないはずがない。
「ねえ、譲くん。あそこにいるのは確かに浅水ちゃんなのに、浅水ちゃんの姿をした別人に見えるのはどうしてだろう?」
「それは……」
望美の発言に、譲は思わず言葉をなくした。
つられるように視線を三人へ送れば、やはり変わらずに話している姿が目に入る。
楽しそうに話している姿は、ただの友人よりはどこか深い物を感じさせた。
やはり、それが幼馴染みという物なのだろう。
かつては自分たちもあんな感じだったはずだ。
「わかってはいるんだけどね。でも、やっぱりちょっと悲しいかな」
「そう、ですね。兄さんはまだしも、浅水姉さんだけ、どこか遠くへ行ってしまったみたいだ」
時間の流れというのは人を変える。
それが十年という長い期間なら尚更。
例え根本が変わらないとしても、違いを挙げていけばキリがないだろう。
二人が胸に覚えるのは、喪失感。
しばらく正月について話していたが、望美が譲と話していることに気がついたヒノエは、再び望美に話しかけた。
「で、望美は晴れ着を着ないのかい?」
「んー、お正月に振り袖を着るのは楽しみかな」
毎年正月は振袖を着て、近くの神社までお参りに行った。
けれど、人混みのせいで油断するとせっかくの振り袖が乱れてしまう、という事態になりかねなかったが。
「いいわね。この間、こちらの世界の「振袖」をテレビで見たのだけれど、とても華やかであなたによく似合いそうだと思っていたの」
振袖の話になった途端、それまで会話に参加していなかった朔が入ってきた。
やはり女の子。
オシャレには敏感だ。
それに、今でこそ洋服を着ているが、元は着物を着ていた朔だ。
着物の話なら、喜んで入ってくるだろう。
「私でよければ着付けてあげるわ」
「ホント?やった、ありがとう!」
あちらの世界でまともに着物を着ていない望美は、着付けに関しては素人同然だ。
着物を着ようとするならば、誰かに着付けてもらわなければ着ることが出来ない。
そんな望美には、朔の申し出は余程嬉しい物だったのだろう。
そんな二人を見ながら、浅水は何かを思案するように指を口に当てた。
「だったら、朔も一緒に着たらどう?」
「……え……けれど、私は……」
途端に口ごもるのは、自分は出家した身だから、とでも言いたいのだろう。
けれど、朔だってまだ十八。
興味がないとは言わせない。
「大丈夫だよ。婆様が若い頃に着ていた着物があるんだ」
「確かに、振袖だけじゃなくてシンプルなのもあるみたいだから。もしよかったら、二人ともどうぞ」
浅水が言えば、それに譲も乗ってくる。
二人に言われてしまっては、朔の気持ちも大きく揺らいだ。
「……そうね。それなら、見せていただいてから……」
控えめに、けれど彼女の表情に笑みが浮かんでいるのを見逃さない。
「星の姫の衣か。新しい年を彩るのにぴったりだね。もちろん、浅水も着るんだろう?」
「は?」
突然自分に話を振られて、思わず素っ頓狂な声を上げる。
まさか自分にまで話が飛んでくるとは思わなかった。
「そうだよ!浅水ちゃんも一緒に着ようっ」
「あの話し方だと、着物はまだありそうだったわよね」
望美と朔が嬉しそうに話すのを見てしまうと、今更「着ない」とは言えなくなってくる。
それをわかっていて話を振ったのなら、確信犯に違いない。
思わずヒノエを睨みつけるが、本人はただニヤニヤと笑っているだけ。
その顔が、いかにもしてやったり、という感じのせいで、更に怒りがこみ上げてくる。
「晴れ着は毎年着てたでしょ」
「それとこれとは話が別、ってね。今のお前の艶やかな晴れ姿は、見たことないんだけど?敦盛だってそうだよな?」
「え……あ、あぁ」
そこまで言われてしまうと、返答に困る。
確かに、現代の姿で晴れ着を着た姿は、ヒノエは見たことがない。
それを盾にされてしまい、更には敦盛まで巻き込まれては、頷かないわけにはいかない。
「……いつか覚えてなさいよ……」
ボソリと地を這うような低音で呟く。
ヒノエには確実に聞こえているだろう言葉。
けれど、動じる姿も見せてくれないのでは、何を言っても無駄なのだろう。
「たっだいま〜」
そんなとき、どこか間の抜けたような明るい声が聞こえてきた。
みんなが視線をやれば、源氏組三人が一緒になってやってくる。
そう言えば、今日はこの三人が一緒に行動していたんだっけ、と朝の会話をぼんやりと思い出す。
「ああ、正月飾りがもう完成したんですね」
玄関につけられた正月飾りを見て、弁慶が外に集まっていた理由を悟る。
正月飾りをつけた後、そのまま談笑にでもなったのだろう。
今日は冬だというのに、日差しが暖かい。
寒いことに変わりはないが、これくらいならちょうど良い。
「みんな。そろそろお茶にしないかい?駅の近くに、美味しそうなお菓子が売っててね、お土産買ってきたんだ〜」
「そうしましょう!」
景時の言葉に真っ先に乗ったのは望美だった。
そのまま景時と二人、家の中に入っていく姿は、まさに早業という物。
そんな二人の姿を呆然と見ていれば「仕方ないな」と苦笑を浮かべる譲の姿。
譲が望美に甘いことは百も承知だが、少しはしつけも必要なんじゃないかと思う。
けれど、譲が何を言ったところで望美が聞くとは思えない。
恋人同士と言っても、それまでとあまり変わらない関係に、同情を感じ得ない。
「そろそろ中に入りましょうか」
譲に促されて家の中に入れば、先にリビングに付いていた望美が白龍や将臣と話をしていた。
景時の姿が見えないのは、お茶を入れに行ったためだろう。
最近、コーヒーや紅茶に興味を持った景時は、率先してお茶を入れるようになった。
彼の入れるお茶と、選んでくるお茶請けが良く合う物だから、誰も文句は無かった。
お茶を飲みながら話す内容は様々で、今日はどこへ行ってきただの、何があっただの。
八葉たちのちょっとした報告会。
「ただ、みなさん、あまり油断はし過ぎないようにして下さい」
まるで締めくくるように言われた弁慶の言葉に、一瞬にしてその場にピンと張り詰めた空気が流れる。
「何かあったのか」
問う声も、固い。
何かあったとすれば、それは龍脈に関することだ。
自分たちに関わりのあるそれは、決して楽観視出来る物ではない。
「先日、佐助稲荷で起こったことを覚えていますか?」
「あの……雷が落ちたっていう話ですか?」
思い出すように慎重に望美が言えば、弁慶は静かに頷いた。
「もしかして、またどこかに?」
ニュースでそれらしい話を聞いていないのに、それを言うということは、確実に似たようなことが起きているということ。
自然現象とされているそれは、自分たちと何か関わりがあるはず。
「あの時ほど、事件らしく取り上げられてはないけどね」
「鎌倉のあちこちで、同じようなことが起きてるらしいよ」
望美の問いに答えたのは、浅水とヒノエだった。
情報は常にテレビと新聞だけではない。
限りのある情報をつなぎ合わせ、一つにまとめることで、必要な情報が得られるときもある。
「筆頭は鎌倉五山のひとつ、円覚寺かな」
「円覚寺……?」
望美の頭に浮かんだのは、名前のわからない不思議な人。
祝祭の終わり
3章スタート
2008/1/28