重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









あなたと過ごす、初めてのクリスマス。










もらったプレゼントは、今まで経験してきた以上にすばらしい物で。










プレゼントを準備し損ねただなんて、ホント馬鹿。










Act.24 










ヒノエの用意したヘリに乗り込み、滅多に出来ない空の散歩を楽しむ。
上空から見た夜景は、高い建物から見るそれとはまた違った輝かしさを放っていた。


──さすがに、レインボーブリッジの名前を挙げただけで賞賛されたのには参ったが──


それにしても、と浅水は思う。
クリスマスについて、街中の雰囲気やテレビから情報を得ていたのを知っている。
もしかしたら、望美たちもいろいろと話して聞かせたのかもしれないが。
でも、お互いにクリスマスについては一切触れていなかった。
何か約束をするでもなく、普段と変わらない。
一応、プレゼントくらいは渡そうと思ったが、彼に似合いそうな物は中々見つからず。
結局何も買えないままでいた。


「そういえばこのヘリコプター、どうしたわけ?」


密室にヒノエと二人きり──正確にはパイロットもいるので三人だが──というのは、中々に緊張する物だと、この時初めて知った。

それまでも、二人だけでいたことは多々あるが、それは今のように異性として彼を捉えていた訳じゃない。
あくまで仕事であったり、何か相談するときがほとんどだった。

しかも、今は姿のこともあるから、ヒノエを避けていた節もある。
気まずいことこの上ない。
だからそんな空気を払拭したくて口を開いた。
すると、自分がそう質問するのはわかっていたのか、ヒノエは楽しそうに目を細めた。


「特別な夜に、愛しい姫君に何か贈りたくてね。それに、今日は恋人同士が甘い一時を過ごす日だろう?」


後半の言葉に、入れ知恵したのは将臣と望美辺りだろうと、目星をつける。
望美はまだしも、将臣は今の自分が持て余している感情を知っているはずだ。
それなのに教えたというのなら、何か考えでもあるのだろうか。


「けど、どんな物もお前の輝きの前にはたやすく霞んでしまうから。この一夜の光なら、お前に贈るのに相応しいと思ったってわけ」


そう言って窓の外から夜景を見下ろす。
それから視線をゆっくりと浅水に滑らせる。


「気に入ってもらえたなら、嬉しいんだけど」


まるで確認のような言葉。
けれど、その瞳は力強く輝いていて、こちらの答えなど全て見通しているよう。
事実、これまでの表情だけでヒノエには全て知られているのはわかっている。
わかっていながら答えを求めるのはいつものこと。
これで否定的な言葉を言えば、ヒノエは二度と自分に贈り物などしてくれないのを知っている。


「気に入らないわけないじゃない。こんなクリスマス、初めてだよ」
「それは何より」


素直に自分の気持ちを言葉にすれば、ヒノエの瞳が優しく自分を捉えた。
何度も見ているけれど、いつだって違う瞳。
ここ最近は、どこか悲しみにも似た色合いを含ませるから、こんな風に見つめられるのは久し振りだ。





「これから先のクリスマスも、オレを選びなよ。浅水に「今年が一番」って言わせてみせるからさ」





その言葉が、少しだけ胸に痛かった。



ヒノエに他意がないのはわかる。
それが、彼の本心だと言うことも。



けれど、本当にいいのだろうかと思うのは、自分の気持ちが未だ不安定だから。





何か言われるだろうかと曖昧に笑って誤魔化したが、ヒノエはそれ以上何も言ってこなかった。
そのことに安堵しながらも、募る不安。
自分は一体何を期待しているのだろうか。


「さぁ、どこに行きたい?お前の望むところなら、どこへでもお連れするよ」
「そうだね、もう少しこの景色を眺めたいかな」
「そんなことでいいわけ?お前が望むならいつまでだって見せてやるよ」


ヒノエがパイロットに二、三言葉を告げれば、ヘリは大きく旋回して上空を飛行し続けた。
窓を眺めて夜景を見ていれば、同じようにヒノエも窓の外を見る。
けれど、時折感じる視線から、ヒノエが見ているのは夜景だけではないとわかった。
それをわかっていながら、浅水は窓の外にだけ意識を向けていた。



二度と見ることが出来ないかもしれない風景を、瞳に焼き付けておきたかったから。



三十分ほど上空を旋回し続けたヘリは、そのままどこかへと向かって跳び続けた。
どうやら、自分たちが乗った場所でないらしい。
近付いてくるのは山ではなく、夜の街。
一体こんなところに来てどうするのか、という思いが頭の中をよぎったが、何となく想像は出来た。





今夜はクリスマス。

聖なる、夜。





行く先を聞かずにそのまま乗っていれば、ヘリが着陸したのはどこかのビルらしい。
屋上にヘリポートがあるようなところなど限られてくる。


「さ、お手をどうぞ」


先に下りたヒノエが、浅水に手を差し伸べる。
ヒノエの手を取れば、ヘリから下りるのを手伝ってくれた。
一人でも大丈夫、はあえて言わなかった。
せっかくの好意を無下に断る理由はない。

屋上の入り口から入り、エレベーターを使って下へ降りる。
目的の階へ辿り着いたのか、扉が開かれた。
エレベーターを出た先は、綺麗に内装が施された場所。
決められた間隔で見えるドアは、そこがホテルであることを証明してくれた。


「浅水、こっち」
「あ、うん」


ヒノエに手を取られ、その中の一室へと導かれる。
廊下と同様に、室内も綺麗に装飾されてある。
レースのカーテンが引かれた大きな窓の側へ行き、そっとめくれば、眼下に広がる夜景。
その部屋の窓から見える夜景も、また綺麗で。


「随分奮発したね」
「さっきも言ったろ?お前に贈るのに相応しいのは、一夜の光だって。ここからの夜景も、結構綺麗なんだぜ?」
「まさか、そのために?」
「もちろん」


上空から見る夜景と、ホテルから見る夜景。
どちらも違った光だが、そのどちらも同じようにすばらしい。
自分に贈る物を考えてくれたことも嬉しいが、実際にそれを受け取ってみると更に輪を掛けて嬉しかった。


「二人だけで乾杯しようか」


す、と目の前に差し出された一つのグラス。
透き通る深紅がその向こうにある紅玉とは違った色を見せていた。
グラスを受け取り、お互いに合わせる。





「メリークリスマス」





チン、とグラス同士のぶつかる音。
お互いに中身を一口嚥下する。


「どうしよっか」
「何が?」


グラスの中身を揺らしながら、小さく呟けば、直ぐさまヒノエに問い返される。


「ヒノエからこんなに凄いクリスマスプレゼントもらったのに、私は準備出来てないんだよね」


小さく舌を出して笑ってみせれば、ヒノエは数回瞬きを繰り返してから苦笑を浮かべる。
その姿を見て、少しだけ理解してしまった。
ヒノエは知っていたのだ。
浅水がプレゼントを用意し損ねたことを。


「オレのために悩んでくれてるのはわかってたよ」
「意地悪」


知っていて、何も言わなかった。
その事実に腹を立てたが、どうせ自分のことだ。
何か言われたら言われたで、また腹を立てるに違いない。
だから、ヒノエの取った行動はあながち間違いではない。


「……明日二人で見に行こうか。それで、ヒノエに選んでもらった方が早いよね」


要らない物をもらうよりは、本人を連れて行って選んでもらった方が早い。
最初からそうすれば良かったのだ。


「浅水」
「何……っん……」


ハッキリと答える前に、ヒノエの唇によって言葉を塞がれる。
啄むようなキスは、次第に激しさを増していった。
手にしていたはずのグラスも、いつの間にかヒノエに取られてしまい、最終的に浅水はヒノエに縋り付く格好になっていた。





「オレへプレゼントをくれるって言うなら、浅水自身がいいんだけど」





耳元で囁かれる声が熱い。



火傷でもしたように、ヒノエに触れられた場所から、熱が伝わる。



決してアルコールのせいだけではない熱は、頭の芯から痺れをもたらす。



「ね、浅水。返事は?」
「……っ、恥ずかしいから、聞かないでっ」



これ以上ヒノエの吐息を感じたくなくて、耳を隠すために肩を竦める。
これまでにないくらい、顔に熱が上がっているのは気のせいじゃないはずだ。
そんな自分の顔を見られたくなくて、ヒノエの胸元に押しつける。
クスリ、と上で小さく笑った気配がした。
けれどそんなことに構ってなどいられない。
だが、浅水の思いも虚しく、簡単にヒノエから引き離される。
両頬をヒノエの大きい手がやんわりと挟む。
正面から覗き込まれれば、彼の瞳に映る自分の姿が、今の自分の顔をありありと知らせてくれた。



「好きだよ、浅水」



まるで魔法のような言葉。
その言葉一つで、浅水は身動きが取れなくなる。



「私も、ヒノエが好きだよ」



これまでの分を補うかのように、幾度も幾度も深くキスを繰り返す。
そのままベッドにもつれ込めば、キスだけは止まらない。


服を脱ぐのすらもどかしいと思うほど、心は身体は、次第に性急さを増していく。



「参ったね。ちょっと、我慢できそうにないんだけど」



そう言いながらも、触れてくる指先はとても優しくて。
優しいからこそ、それに焦らされる。



「しなくていいっ、から……あぁっ……」
「その言葉、後悔したって止めてやれないぜ?」



まるで熱に浮かされたように、ヒノエに溺れる自分を止められない。
求めているのは自分か、ヒノエか。





それすらもわからなくなるほどに、お互いを支配するのは、快感。










「お前の姿が違ってたって、オレには関係ないんだぜ?」


疲れて眠りについた浅水の髪を梳きながら、ポツリと呟く。
彼女の瞳に今の自分がどう映っているかは知らないが、少なくとも、今の姿の浅水に出逢えたことは喜びの一つなのだ。
その理由は話していない。
話さなくても、いずれわかることだと知っているから。


「浅水は知らないだろ。オレの初恋がお前だって」
「ん……」


頬に触れ、そのまま肩を撫でれば、かわすように小さく声を上げて自分の方へと身を寄せる。
そんな姿に、愛おしさが再びこみ上げてきて。
ヒノエは浅水の額にそっと唇を寄せた。










訪れた夢はとても幸せだった。










重ねた想い 










ノ……ノーコメントでお願いしますっ!(脱兎)

2008/1/26



 
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -