重なりあう時間 第二部 | ナノ
あっという間に終わったパーティー。
楽しかった分、余計に寂しさが募る。
でも、その後に待っていたのは、驚くべきクリスマス。
Act.23
ホームパーティーとは違う今年のクリスマス。
浅水からすれば、実に十年振りのそれは、今までにないほどに楽しかった。
まさか現代で八葉や朔、白龍といったメンバーとクリスマスをするとは思わなかったからだ。
だが、楽しい時間もいつかは終わりを告げる。
思う存分食べて、楽しんだ後に待っているのは後片付け。
洗い物は自分たちがするから、と譲には望美を自宅まで送る役割を押しつけた。
そうでもしなければ、あの二人の仲がいつ進展するか、わかった物じゃない。
「それにしても、楽しかっただけに終わるのは少し寂しいわね」
一緒に洗い物をしていた朔が、ポツリと呟いた。
「でも、宴だってそうじゃない?している間は楽しいのに、終わると途端に物悲しくなる」
「そうかしら?けれど、言われてみればそうかもしれないわね」
時折たわいのない話を二人で交わしながら、洗い物を済ませていけば、そういえば、と朔が手を止めた。
すでに洗い終わった食器を拭きながら、朔を見れば、彼女は食器を置いて浅水との距離を一歩詰めた。
「本当に、ヒノエ殿と何の約束もしていないの?」
何の話かと思えば、そのことか。
浅水は小さく肩を竦めた。
ヒノエとは何の約束もしていないと、迷宮から帰ってくるときに二人に告げたはずだ。
事実、もし何か約束でもしていたら今頃食器を洗っていたりなどしない。
それに、ヒノエ自身からも何も告げられていないし、お互いにクリスマスの話すらしていないのだ。
これで約束があったら、それはそれで凄いだろう。
「帰りにもいったでしょ。何もないって」
「でも、ヒノエ殿のことだから、絶対何か考えがあると思うのよ」
浅水の言葉に随分否定的な朔に、思わず苦笑が浮かぶ。
朔にまでそう思われているのだ。
ヒノエの今までの行動がそうさせているのだろう。
あながち間違っていないから、容易に否定も出来ないが。
「さすが、朔ちゃん」
そんな時、まるでタイミングを見計らったように届いたヒノエの声。
姿を確認してから、満面の笑みを浮かべる朔の様子は、いかにもしたり顔。
「さて、姫君方の仕事は終わったのかい?」
ひょい、とシンクを覗き込んで、洗い物の様子を確認する。
後は濡れている食器を拭いてしまうだけだ。
終わったといえば、ひとまず終わったと言えよう。
ふうん、と小さく声を上げてから二人を見る。
「朔ちゃん、浅水を借りていってもいいかい?」
「もちろんよ」
「ちょ、朔っ?」
残っている食器を視界に入れながらも、朔に尋ねる理由は、後は任せても大丈夫か、という意味。
そして、朔の返した答えは是。
本人の意見そっちのけで進められる会話。
朔としては、ヒノエが浅水を迎えに来たということに意味がある。
「浅水、後は私がやっておくから行ってきていいわよ」
満面の笑みを浮かべながら、浅水が手にしている食器を受け取ると、そのままヒノエに押しつける。
朔に押されてヒノエの近くまで行けば、その腕を肩に回されしっかりと固定される。
「それじゃ、行こうか?」
どこに、と問う間もなく歩き出されれば、そのままヒノエに付き従うしかなかった。
一体どこへ行くのかと思えば、辿り着いた先は浅水の部屋。
ここで何かするのだろうか、と首を傾げていれば、ヒノエがハンガーにかかったままの浅水のジャケットを取る。
ふわり、とその肩に掛ければ再び先を促され、部屋を出た。
「ヒノエ、一体どこに行くつもり?」
「ちょっとね。夜の散歩ってのも、結構いいもんだぜ」
楽しそうに言われてしまえば、それ以上は教えてくれるつもりが無いらしい。
仕方なく、ジャケットに袖を通し、前を閉める。
夜の散歩というのだから、当然外に出るのだろう。
さすがに冬のこの時期、上着を羽織っただけでは寒い。
玄関で靴を履いて外へ出れば、冷たい空気が肌を刺す。
今年は雪が降らなかったから、ホワイトクリスマスにはならなかったが、晴れた日のクリスマスも悪くない。
「良く晴れてる、綺麗だね」
空を見上げれば、一面の星空。
これだけたくさんの星を最後に見たのは、一体いつだっただろうか。
「ホント、星がたくさんある」
街灯の明かりのせいで、その星の瞬きすら掻き消されてしまう現代。
だからこそ、こんなにたくさんの星を見たのは久し振りだった。
熊野にいた頃は、よく二人で夜中に邸を抜け出した。
そうして天を仰ぎ、満天の星空をいつまでも眺めていた。
あの時は、そんな時間がいつまでも続くと思っていた。
熊野で、二人。
別当であるヒノエと、その補佐兼神子である浅水。
ヒノエが妻を娶るまでは、その関係が崩れることはないと思っていた。
けれど、現実には白龍の神子である望美が現れ、ヒノエはその八葉に選ばれた。
それによって、浅水も自分の役割を果たさなければならなかったし、何より。
現代へ帰る、という新たな選択肢が生まれた。
元より、現代へは戻れないと覚悟していた浅水だ。
新たな選択肢は、浅水を悩ませるのに充分過ぎるほど。
けれど、最終的にはみんなそろって現代にいるという実体。
これ以上何が起こるかなど、実際にその時にならないとわからない。
「……このまま二人でどこかに行けたらいいのに」
思わず口から出た独り言。
何も知らなかったあの頃が懐かしい。
そんな想いも込めて。
「大胆だね、浅水。わかって言ってる?」
けれど、ヒノエは違う意味で捉えたのか。
その場で足を止め、顔を覗き込んでくる彼の顔がいつもとは違う。
色気があるというか、艶っぽいというか。
そんなヒノエの表情に、思わず見とれてしまう。
「わかってないって言ったら、止めてくれるの?」
敢えて質問で返せば、一瞬瞠目する物の、すぐにその口元が斜めにつり上がる。
「冗談。今夜ばかりは大人しくしておこうかと思ったけど、止めだ。子供の時間はここまでにしようか」
頬に触れ、そのままするりと一撫で。
たったそれだけの仕草なのに、鼓動が高鳴って仕方がない。
「いいぜ。お前が望むなら、オレがどこへでも連れてってやるよ」
綺麗な笑顔が月明かりに照らされて幻想的だった。
「そうだな。まずは、あの星にでも手が届くような綺麗な場所にしようか」
ぐい、と手を引かれ、そのままヒノエについて行く。
最初から目的地は決まっていたようで、どこへも寄り道せずに進む彼の足は軽く小走り。
自然、手を引かれる浅水の足も、小走りとなる。
ここまで急ぐという事は、何か理由があるのか。
それとも、彼の気が急いているせいか。
けれど、行く先も告げられずにただヒノエについて行くだけ、というのも少し面白くない。
「ねぇ、どこに向かってるわけ?」
「さて?どこにつくかはお楽しみ、ってことで」
前を行くヒノエに尋ねてみたけれど、ウィンク一つ返されて詳しいことは教えてくれそうにない。
辺りを見回せば、住宅街からどんどん離れていき、むしろ山の中へと入っていくようだ。
一体こんな場所に、何があるというのだろうか。
「目的は山頂なわけ?」
「やだな、約束しただろ?」
小さく呟けば、進む速度はそのままに顔だけ振り返る。
やがてたどり着いた山頂は、けれど何もない。
ここで、一体何をするというのか。
「──お前を星空へ連れて行くって」
ヒノエがその言葉を言い終わると同時に、もの凄い轟音が耳に届く。
その音量に、思わず両手で耳を押さえた。
「何、この音……?」
「二人を天つ国へ誘う、御使いの羽音……ってね」
どうやらヒノエはこの音も気にならないらしい。
むしろ得意げに言いきるということは、これはヒノエの予想範囲内か。
それにしても、天つ国へ誘う御使いとは、一体何?
浅水の疑問は、すぐに解消されることになる。
轟音の次にやってきたのは、眩いばかりの閃光と強風。
思わず頭を押さえて目を閉じた。
少しして、目を開きながらその正体を確かめれば、そこにあったのは一機のヘリコプター。
確かに、星空へ行くには妥当な物。
山頂を選んだのは、この場に着陸させるためだったのか。
「さぁ、どうぞ」
す、と差し伸ばされる手に、思わず自分のそれを重ね合わせる。
そうすれば、しっかりと握り返され、身を引かれる。
ヒノエの胸に納まるように密着させられれば、顔に上る熱を止められない。
『天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ』
ヒノエの詠んだ歌に、そう言うことかと納得する。
彼はヘリを船に見立てたのだ。
元より、自分たちは水軍の一員でもある。
水軍と船は、切っても切れない関係。
「お前のために用意した、空をかける船だよ」
「さすが、頭領は考えることが違うね」
小さく笑いながら言えば「当然」という言葉が返ってくる。
「ホラ、星空の航海と早く洒落込もうぜ?」
早くヘリへと乗り込もうとするヒノエの姿が、どこか楽しそうに見えて。
そして、ヒノエが自分に内緒でこんな物を用意してくれていたことが、酷く嬉しくて。
「ヒノエ」
「ん?」
搭乗口へ片足をかけたヒノエの服を掴み、こちらを向かせると、触れるだけのキスをした。
「悪くないね。でも、こんなのじゃ足りないかな」
「馬鹿。今はそんなことより、航海が先でしょ?」
かわすように先を促せば、小さく肩を竦めてヒノエが中へと乗り込んだ。
浅水が乗るのを手伝ってから扉を閉めれば、ヘリはゆっくりと浮上した。
滅多に出来ない空の船旅は、まだ始まったばかり。
蜜色に誘う月
今宵小悪魔になれ(爆笑)
2008/1/24