重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









女の子同士のたわいもない会話。










その楽しさに誤魔化しているのは私の心。










望美たちと前を行く私に、後ろにいた彼らの会話は届かない。










Act.22 










浅水たちが迷宮から戻ってくれば、陽はそれほど沈んではいなかった。
結局、開かない扉はそのままに、一度戻ることに決めたのだ。
それはひとえに、将臣とヒノエの言葉のおかげ、ともとれなくはない。
ただ、その理由がそれぞれに異なっているのは、言うまでもなかったが。


「よかったー。扉を出たらちゃんと戻れた」


誰よりも先に扉をくぐった望美は、戦装束から元の服に戻っていることを確認して、ホッと息をついた。
さすがに扉を出た後も戦装束のままでは、いつぞやの現代に戻ってきたときと同じになってしまう。
あの時と違い、今はまだ人も大勢いる。
ましてやクリスマスの日に全ての人が早く帰宅することなど、有り得ない。
次々と扉を出て行くみんなの後ろ姿を見ながら、浅水は一人扉の中に留まった。
扉を出た先のことは目に見えている。
どうせまた騒がれるのなら、最後に出た方がいいだろう。
自分の後ろに誰かいては、その人が扉をくぐれないだろうから。
隣を歩いていたヒノエを先に出るように促し、他に誰も残っていないことを確認する。
扉の向こう側にいる人たちは、自分が出て行くのを待っているようだ。
目を閉じて、胸元を小さく押さえる。





大丈夫。





それが何に対してなのかはわからない。
けれど、自分を納得させるように言い聞かせれば、意を決したように一歩を踏み出す。



その扉の、向こう側へ。



目を閉じたままなのは、自分を見る視線を見ないためか。
扉を出た瞬間から、再び自分の身体に変化が現れたことは、見なくてもわかった。
背中でまとめていた髪の毛の感触がない。
更には、髪の量が減ったことによって生じる、一種の開放感。
ゆっくりと目を開けて自分の手のひらを見る。
先程とは違う、傷も何も残っていない手。
これは紛れもなく、現代での自分の手のひら。


「ま、予想はしてたけどね」


ここまであからさまだと、最早何も言えない。
神の加護が薄いこの現代では、熊野にいた頃のように簡単に神と接触が取れるわけでもない。
文句一つ言えないことに、腹が立つ。


「浅水、どこかおかしいところはないかい?」
「…………」


自分の姿を見て心配してくれるヒノエの気持ちが嬉しい。
けれど、その心配はどちらに向けて言っているのだろうか。






目の前にいる、現代の浅水なのか。



それとも、迷宮で久し振りに姿を見せた、熊野の浅水なのか。





ヒノエのことだろうから、問えば目の前にいる自分だと言ってくれるのだろう。
けれど、その言葉に不安を覚えてしまう自分が確かにここにいる。
彼を信用していない、信頼していない訳じゃない。
むしろ尊敬しているといっても言い。
だが、今だけはどうしてもそれを言えそうにない。


「ん、大丈夫」


いつものようにひらひらと手を上げて応えてみせれば、そっか、と短い答え。
ここでも違いを見つけてしまう自分は、どれだけ目敏いのだろうか。
いつもならここで一言何か言ってくれるはずなのに。



たった一言。

されど一言。



それがないだけで、こんなにも気持ちが違う。
依存している自覚はある。
だからこそのこの気持ち。
戸惑っているのは、ヒノエも同じなのかもしれないけれど。


「とりあえず、扉はもう一度術で隠しておくから、何か変化があったらまた来ようか」
「そうですね。結構遅くなったから、早く帰らなきゃね」
「荷物も預けっぱなしだしな。帰ったらさくっとクリスマスの準備するか」


八幡宮を後にしてコインロッカーに預けていた荷物を取ってから帰宅する。
さすがに男手があることで、荷物もそれぞれ手分けして持つことになった。
浅水と望美、朔に至っては手ぶらである。


「やっぱりあれだけの荷物があると、男手はあった方が良かったみたいだね」
「そうだね、さすがに軽くても疲れちゃうよ」
「もう、望美ったら」


たわいもない話をしながら、前を女三人が歩く。
あちらにいた頃はあまり二人の会話には参加出来なかったせいか、現代に来てからは話すようになった。
元々、望美とは幼馴染みということもあったし、自分の正体を話した時点で望美はよく浅水の側に近付いてきた。
朔も浅水が望美の探していた幼馴染みで女だと知ってからは、望美と話すように声を掛けてきた。
あちらにいたときは、話す相手といったらヒノエや水軍のみんなばかりだったから、あまり女同士で話は出来なかった。
女房とは多少話す物の、歳が近い人はいなかったせいか、固い話ばかりだったような気がする。
久し振りにする女同士の会話は、年相応で新鮮だった。


「そういえば、望美は譲と二人でクリスマスしないの?」
「恋仲の二人が一緒に過ごす日でもあるのよね?」
「浅水ちゃん?!朔まで、何言ってるのっ?」


突然話を振られた望美は顔を真っ赤にした。
初々しい望美の反応を見て、朔と二人で笑みを浮かべる。
折角想いが通じたのだ。
ホームパーティーが終わってからでも、二人で過ごす時間は作れるはずだ。


「そっ、そういう浅水ちゃんはどうなのよー」
「私?別に」


赤くした顔はそのままで、逆に話を振ってみれば、驚いた様な声が返ってくる。
そんな浅水の姿に、望美と朔は顔を見合わせた。
ヒノエのことだから、そういったイベントには敏感なはず。
てっきり二人で何か約束でもしていると思った。
けれど、浅水の声を聞く限りではそういった約束はないらしい。


「ヒノエくんならしっかりと計画練ってそうなのにねー」
「そうね。ヒノエ殿がこういう行事を忘れるとは思えないし」
「実は浅水ちゃんには内緒だったりして!」


キャーと騒ぎ出す望美に、勝手にしてくれ、と浅水は小さく苦笑した。
考えてみれば、想いが通じたというのは自分も望美と同じなのだ。
それに、浅水からすれば十年振りに迎えるクリスマス。
楽しみにしていないと言ったら嘘になる。
だが、目の前の楽しみよりも、今は違うことの方が気になって仕方がない。


「……これも詐欺と同じかな」


本人に聞けないのは、肯定されるのが怖いから。
自分はいつからこんなに臆病になったのだろう。


「浅水ちゃん、何か言ったー?」


背中に感じた重みに、望美が自分にのしかかってきたのだと悟る。


「何でもないよ。で?結局譲とはどうなのさ」
「もー、話を蒸し返さないでよー!」


ニ、と悪戯に口を歪めてみせれば、途端に照れる望美。
そんな反応が楽しくて、ついついからかうのを止められない。





「楽しそうですね」


前を行く浅水たちを眺めていたヒノエの隣りに立ち、眩しそうに三人を見る。
自分の隣りに来た弁慶を一瞥すると、直ぐさま視線を元に戻した。


「花々たちが集まるんだ。そのさえずりも当然華やかな物になるだろ」
「浅水さんがですよ」


弁慶が浅水の名前を出せば、ヒノエは足を止め、ゆっくりと弁慶を見た。
その表情は固く、険しい。


「何が言いたい」


地を這うような声で問えば、ヒノエより数歩先へ進んだ弁慶も足を止め振り返る。
いつもなら絶え間なく浮かんでいるはずの微笑がない。
目を細め、冷めた目でヒノエを見つめるその様は、まるで戦場に立っているかのよう。


「そんなことにすら気付かないとは、君の目も随分と節穴ですね」
「どういう意味だ」
「僕がそれを簡単に教えるとでも?」


小さく鼻で笑ってみせれば、小さく舌打ちをして地面を蹴る。
叔父である弁慶が一筋縄ではいかないことは、嫌でもよく知っている。
それでなくとも、軍師という肩書きがあったのだ。
一癖も二癖もあって当然。


「別に、アンタに聞くまでもないね」


ぶっきらぼうに言い放ち、その場に立ち止まったままの弁慶を追い越していく。
自分の横を通り過ぎ、離れていく甥の後ろ姿を見て零れたのは、小さな溜息。


「今の僕たちでは、役不足でしかないんですよ。……将臣くん」


独白するように呟いてから、再び後ろを振り返る。
ヒノエが去った今、その場に残っているのは将臣の姿。
彼の姿はヒノエを話したときから視界に入っていた。
けれど、何も言ってこないから自分も将臣には話を振らなかった。


「あんたが弱音を吐くなんて思わなかったな」
「悔しいですが、それが事実ですから」


瞳を閉じて、ゆっくりと首を左右に振る。


「恐らく、この世界にいる限り、僕らは浅水さんの不安要素でしかない」


時折揺らぐ瞳の奥。
そこにともる光は、今までの浅水からは考えられない物ばかり。
どこか伺うようで、それでいて不安に駆られている瞳。
それを取り除くことが出来る物ならとうにしている。
けれど、それをしないのは、原因は恐らく自分たちだから。
ヒノエだって気付いているのだろう。
気付いていながら知らない振りをするのは、それを認めたくないせいか。


「それで?俺に何をしろって言うんだ」
「話が早くて助かります。浅水さんを、助けてあげてください」
「助ける?」


その言葉に、思わず聞き返さずにはいられない。
助けるとは一体何を指すのか。
浅水の身に、何か危険でも迫ると予見しているのだろうか。
弁慶が言っているのはそう言うことではないとわかっている。
わかってはいるが、「助ける」という言葉は不安を駆り立てるには充分すぎる。


「言ったでしょう?今の僕らはね、将臣くん」


一旦言葉を切って、小さくなってしまったみんなの姿を一度見る。
ここまで離れてしまえば、自分の声が届くことはないだろう。










「浅水さんを悩ませることしかできないんです」










それまでは何事も無かったかのように浅水も接してくれていた。
けれど、これから先はどうなるかわからない。
そう考えた理由は迷宮に入って、浅水の姿が見慣れた物に戻っていたときから。
時折だった彼女の瞳に、始終浮かぶようになったのは不安の色。
それに、悲愴も加わったのは、白龍が口を開いてから。
白龍の言葉から浅水が何を読み取ったのかは知らない。
だが、それが彼女に重大な「何か」をもたらしたのは確かだろう。


「まぁ、本人が言ってきたら相談には乗るけどよ。けど浅水だからなぁ」
「当面の問題はそれなんですけどね」


将臣の言葉に肩を竦めながら同意する。
浅水の頑固さは一筋縄ではない。
自分の弱さを見せようとしないからこそ、気付いたときには遅い場合もある。


「だからこそ、君を頼るしか術は残ってないんです」


幼い頃、それこそ、物心つく前から一緒に育ってきた将臣ならば。
自分たちでは触れることの出来ない浅水の心に、触れることが出来るかもしれない。


「弁慶からの頼み事ってのも、悪くねぇな」
「ふふっ、滅多にありませんからね。貴重ですよ」
「貸し一つ、だぜ。とりあえず、今は戻ってクリスマスが最優先だな」
「そうですね」


再び足を動かして帰路へとつく。
二人がようやく有川邸へ辿り着いたときには、他のみんなは準備を進めていた。










それからしばらくして、賑やかなクリスマスパーティーが始まった。










君が背を向けている間に 










迷宮から有川家に帰るまでの一コマ

2008/1/20



 
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