重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









振り回す方は楽でいいだろうけどね。










少しはそれに巻き込まれる立場って物も考えて欲しいわ。










まぁ、それが苦痛だけじゃないのは、認めてあげるけど。










Act.21 










地図を書きながら先を行けば、リズヴァーンがこの地を迷宮と称したのも頷ける。
なぜなら、行く場所行く場所全てが一つの道で通じているわけではなかったのだ。
まるで迷路のように行き止まりになっている場所もあれば、ゲームのように宝箱が置かれてあるところもある。
そして、時折姿を見せる怨霊。



これではゲームの登場人物となって、ダンジョンを進んでいるような錯覚にすら襲われる。



驚くべきはそれだけではなかった。
何の目的があるのかわからないが、目には見えない透明の橋があったりしたのだ。
そして、ご丁寧にもその橋を渡るヒントはその場にはなく。
少し離れた場所に、これまた謎かけのようにあったのだ。
一つ一つトラップを解除するかのように先へ進めば、更なる問題が目の前に出来た。
次から次へと、よくもまぁ。
一体誰が何のためにこの迷宮を作ったのかはわからないが、随分と凝っているのは確かだ。


「で、この橋を渡るためには何処かにあると思われる仕掛けを動かさなきゃいけない、と」


行く手を阻むように水中へ潜っている橋を見ながら、浅水は疲れたようにボソリと呟いた。
目の前には先へ進む道がある。
だが肝心の、先へ進むための橋が水の中では渡ることすら出来ない。
透明な橋は飛び越えてでも渡ることの出来る距離。
けれど、目の前の水は、どう頑張っても飛び越えるには幅がありすぎる。
浅水やヒノエといった熊野に縁がある人たちは大丈夫かもしれないが、朔や望美ではとうてい無理だろう。


「残念だけど、今来た道を戻るしかないみたいだね」


周囲を見回しても、それらしい仕掛けはない。
となると、ヒノエが言ったように一度戻らなくてはならない。


「途中で仕掛けっぽいのなんて、あったかぁ?」
「うーん……それらしい物は見なかったんだけどなぁ」


望美が地図を広げれば、将臣が覗き込むように地図を見る。
地図には細部まで書いていないが、大体の通路や全体は把握できるほどに書き込まれている。
所々、×印がついているのは望美が宝箱を見付けた場所だ。
そういう細かいことは書いておくわりに、肝心の仕掛けを書いていないところが彼女らしい。


「…………」
「敦盛?」
「何か思い当たることでもあるのかい?」


口元に手を当てて、何かを思案している敦盛に、浅水とヒノエが首を傾げる。
何か手がかりが得られるのなら、どんな些細なことでもいい。
それこそ、藁にでも縋りたい気持ちなのだ。


「さっき通った場所に、筒車らしき物が見えた気がしたんだが」
「筒車?」


筒車は、現代で言う水車のことだが、果たしてそんな物があっただろうか?
そんな物が実際にあったとしたら、一目でわかりそうな物だが。
浅水とヒノエは顔を見合わせてから小さく頷いた。


「望美ー、地図見せて」


未だ将臣と共に地図を見ている望美に断りを入れ、それを借りる。
ざっと地図を見てみるが、やはり望美が作った地図にはそんな物は記入されていない。
地図を手にしたまま敦盛の目の前で広げれば、場所を思い出すように敦盛の指が地図上を滑る。
そんなことをしていれば、自然とみんなの視線も集まってくるが、今はそれどころではない。


「……多分、この辺りだと思う」


つ、と地図の上を動いていた指が一ヶ所で止まる。
地図をよく見てみれば、何故か一つだけ水で囲まれた場所がある。
そこには橋もなく、渡ることも出来ないようだ。


「いかにも、って感じじゃん」
「行ってみる価値はあるかもね」
「だが、もしかしたら私の勘違いかもしれない」
「んなもん、行ってみないとわからないね」
「じゃ、決定ってことで」


話が纏まったのか、浅水が地図をくるくると丸めている。
そんな三人の姿を見つめながら、望美はどこかぼんやりとしていた。


「先輩?どうしました?」
「何か、浅水ちゃんんが遠い……」
「え……」


望美の様子がおかしいことに気付いた譲が問いかければ、小さく返ってくるのは望美の独白。
無意識であろうそれは、望美自身が言ったことにすら気付いていない。
譲も浅水の方を見れば、そこにはヒノエや敦盛と談笑する従姉妹の姿。
その姿は、あちらの世界に行く前にも見たことがある。
そう、自分たちと共に。


「少し戻ったところに敦盛が気になる物あったみたいだから、そこに行ってみようよ」


何かあるかもしれない、と見えた僅かな光。





嬉しいはずなのに、素直に喜べないのは、なぜ。





来た道を再び戻る。
その際に、怨霊が再び現れるのではないかと危惧したが、それは杞憂に終わった。
怨霊の姿を見ることもなく、敦盛が言った場所まで戻ることが出来た。


「で?どれだって?」


やって来た場所で、ぐるりと思い思いに周囲を見回す。
けれど、やはりそれらしき物は見付けられない。
すると、す、と敦盛の腕が真っ直ぐに伸びた。


「あの島にある物は筒車のように見えるが、違うだろうか」


水で遮られた一つの島。
その島に見えるのは、何やら木で出来た仕掛けらしき物。
そうだと言われればそのようにも思えるし、違うと言われれば違うような気もする。
何より、側で確認できなければ断言できないことが悲しい。


「敦盛さん、つつぐるま、って何ですか?」


敦盛の言葉に疑問符を大量に浮かべた望美が質問する。
聞いたことのない言葉は、まるで魔法のようだ。
だとすれば、カタカナを知らない彼らが自分たちの会話を聞いているときも、同じ気持ちなのだろうかと要らぬ考えが頭をよぎる。
一方、望美に筒車について聞かれると思わなかった敦盛は、数回瞬きを繰り返した。


「……みずぐるま、とも言うが、神子の世界にはないものだろうか。私も、幼い頃にしか間近に見たことはないのだが」
「望美も知ってるさ。な、浅水」
「うん、漢字は同じなんだけど。望美、水車って言えばわかるよね」
「あ、水車のことか。それならわかるよ」


敦盛のみならず、ヒノエや浅水まで説明に入れば、ようやく自分のわかる単語が出てきて納得する。
聞き慣れない言葉でも、現代語に直せばわかることも多々あるのだ。
水車と聞いてなるほど、と頷いた望美だが、次の瞬間には再びはて、と頭を悩ませた。


「もしかして、熊野にもあったの?」


敦盛が幼い頃に見たと言うことは、平家ではなく熊野でということ。
だが、熊野で水車など一度も見た記憶がない。


「まぁね、オレが作ったんだ」
「作った?ヒノエくんがっ?」


けれど、何事もなくあっさりと言われた事実に驚きを隠せない。
幼い頃なら、一体いくつの時にそれを作ったというのか。
だが、子供の力には限界がある。
作ったとしても、小さい物なのかもしれない。


「親父どもには内緒でさ、宋から来た職人のおっさんに話したら面白がってさ」


得意げに笑顔で話すその姿は年相応。
こんな表情は滅多に見ることが出来ない。
過去を振り返り、その時の気持ちを思いだしたのだろう。


「でも、ヒノエが馬鹿みたいに大きい物を、って凝ったせいでこっちは大人たちに隠すのに、どれだけ大変だったと思ってるんだか」
「……おおごとだった」


肩を竦めながら、当時を思い出せば、ヒノエの我が儘に振り回されて大変な目にあったのはいつも自分たちだ。
それを敦盛も思い出したのだろう。
眉間に皺を寄せながら、浅水に同意して深く頷いている。


「いいじゃん、出来たんだから文句言うなよ」
「……だから僕が熊野へ戻ったときに、あんな物があったんですね」
「アンタに迷惑はかかってないだろ」
「僕にかかってなくても、浅水さんや敦盛くんにはかけたんでしょう?」
「何でそう決めつけるんだよ」
「決めつけてるわけじゃありませんよ。僕は事実を言ったまでです」
「だから、何でそれが事実だっていうんだよ」


また始まった。
久し振りのような気もする天地朱雀の言い合い。
けれど、ここで余計な時間を取られてしまっては、進める物も進めない。
そう悟った浅水は、二人の事は忘れることに決めた。
始めからいない物として考えれば、気になる事でもない。


「水車は普通、回るんだけどね」
「水門が閉まっているからだと思う。あの水車に水が流れ込んでいない」
「なるほど」


敦盛の言うとおり目の前に見える水車は、回るどころかその動きを止めている。
水門を開ければ動くのだろうが、肝心の島へ渡ることも出来ない。


「……ねぇ、もしかしてこの水車とさっきの橋って、何か関係があったりするかな?」


望美の言葉に、誰もが顔を見合わせた。
先程の橋は水の中にあった。
そして、目の前にあるのは水車。
この水車を動かすことによって、あの橋に何か起きるかもしれない可能性も、なくはない。


「そうかもね」
「だったら水車が回るように水門を開けたいけど、ここを渡るのはちょっと無理だね」
「神子、水門を開けたいのなら私が行こう」
「えっ、先生っ?!」


どうやって水門を開ければいいのかと思案していれば、リズヴァーンが鬼の力を使ってその場から転移した。
望美が止める間もなく、である。
大丈夫だとは思うが、もし何かあった場合どうするつもりなのか。
この辺りは九郎と似ているかもしれない、と人知れず思った浅水である。
時間にすれば僅かなとき。
しばらくすれば、再びリズヴァーンの姿がそこにはあった。


「あ、水車が動いた」
「水車を回したことで、橋が上がったようだ。今ならば渡れるだろう」
「ほんとだ……向こう側にいけますね」


リズヴァーンが水門を開いてくれたおかげで、どうやら橋が上がったらしい。
これならば無事に先に進める。
そのことにホッと胸を撫で下ろしたが、どうやら安心するのはまだ早いらしい。
どうやら水門は一定の時間がたてば自然と下りて閉ざされてしまうというのだ。
橋を渡ることが出来るのは、水門が動いている今のうちだけ。


「みんな、急ごうっ!」


水門が下りる前にと望美が先を促すが、どうやら天地朱雀は未だに言い合いが終わっていないらしい。
同族嫌悪もここまで来ればたいした物。


「二人とも、置いてってもいいっていうなら止めないけど?」


望美たちを先に行かせ、二人の間に立つように移動する。
そうすれば、ピタリと閉じるお互いの口。
浅水の姿を確認してから、回りを見回す。


「みんなは先に行ったんですね?」
「当然」
「仕方ないね、オレたちも急ごうか」


どうやらこちらの会話はきちんと聞いていたらしい。
だったら最初から動いてくれれば、二度手間を踏む必要はなかったのに。
そうは思っていても、後が怖くて口に出せない自分が悲しい。
どうして自分が辿り着いた場所はこの二人がいた場所なのだろうか。
もし平家辺りに辿り着いていたら、今とはまた違った展開になっていたのかもしれない。


「……選択権を与えて欲しかったわ」


呟いてみるが、別段嫌というわけでもない。
むしろ、この状況をどこか楽しんでいる自分も確かにいるわけで。
それを思えば辿り着いたのが熊野という土地でよかったと思わずにはいられない。
望美たちに追い着くべく、三人は先を急いだ。
程なくしてみんなと合流することが出来たのは、望美たちが三人を待っていてくれたということもあった。










けれど、先へ進んだ浅水たちの前に立ちふさがったのは、またしても開かない扉。










もうそれは、過去の出来事 










「みずぐるま」ゲーム中では漢字で「水車」となってます。

2008/1/18



 
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -