重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









馬鹿は嫌いだけど、頭の回転が良すぎるのも善し悪し。










何でわかっちゃったかな。










知らないままでいられたら良かったのに。










Act.20 










自分を見つめる視線が痛い。
まるで奇異な物でも見ているような瞳は、慣れようと思って慣れるはずもない。
それに、自分でもわかっていたはずだ。
この空間に入って姿が変わった瞬間から。






──異質なのは、自分自身──。





弁慶の問いにどう答えようか、と小さく唇を舐める。
知らぬ存ぜぬで通したいところだが、恐らく弁慶はそれを許さない。
だが、事実何も知らないのだ。
色よい返事が返せないのも、また事実。


「……理由がわかれば、私も悩まなくて済むんだけど」
「浅水」


そっと呟けば、将臣が一歩前へ出た。
軽く手を上げて、それ以上将臣が何か言うのを留める。
将臣に聞こえたのだから、近くにいる二人に聞こえないはずがない。
けれど、何も言わないと言うことは自分の回答を待っているということ。
それに弁慶の問いは他のみんなの問いでもある。
例え今は浅水の姿に気付かなかったとしても、いつかは必ず気付く。


後からいちいち説明するのなら、最初に説明した方が早い。


そう考えたのだろうが、彼にしては珍しく読みが甘い。
いつも全てを理解しているとは限らないのだ。


「あいにく、弁慶の質問に答えられるだけの情報は私も持ってないのよ」
「では、どうして姿が戻ったのかは浅水さんもわからないと?」
「そういうことになるわ」


素直に答えれば、何かを思案するような口調で問い返される。
その言葉に、鉛のような塊がまた一つ、胸の奥に積み重なったのを感じた。


これは決して外に吐き出してはならない物。





いくら積み重ねられたとしても。


一言、口に出してしまえば楽になれるとしても。


絶対に、言えない。


言えるはずがない。





胸元の着物をキュッと掴み、気持ちを落ち着けるために大きく深呼吸をする。
そうすれば、僅かに楽になったような気がした。


「この空間へ入ってたら、僕達の姿も変わっていた……。そのことと、何か関係でもあるんでしょうか?」
「でも、以前怨霊と戦ったときも俺たちは戦装束になりましたよ」
「そうだね、そして浅水ちゃんは姿が変わらなかった。前と今は、何か条件が違うのかな?」


意見を交わし始めた三人を見て、人知れず溜息をつく。
例え話題が同じだったとしても、自分を見る視線が少なくなったことでようやく息が出来た気がする。


「浅水?疲れたのかい?」
「え?あ、ちょっとね」


突然目の前に現れた二つの紅玉。
それに驚きながらも、曖昧に笑って誤魔化せば彼はふぅん、と小さく声を漏らすばかり。
自分の些細な動揺すら見付けてしまうんじゃないかと思うほどに、真っ直ぐに見つめてくる瞳。
そんなに見ないで、と言えないのは、彼に隠し事をしている後ろめたさからか。





「浅水の姿が変わったのは、それが一番最良だからだよ」





すると、それまで黙っていたはずの白龍が口を開いた。
しかもその言い方だと、浅水の姿が変わった理由を知っているような口ぶりだ。
一斉に白龍へと視線が集まる。
人にはわからないことを、龍神である白龍が知っていてもおかしくはない。


「白龍、最良って言うのはどういうこと?」


思わず詰め寄って問い詰めてしまうのは、本能がさせたこと。
この場の誰よりも理由が必要なのは、浅水自身。


「ここはあちらの世界と感じが似ている。神子の世界では、神々の力は弱い。だから浅水の姿はあるべき物に戻ったんだよ」
「神々の力?」
「なら浅水の神気が戻ったのも、そういうことかい?」
「うん、詳しくは私もよくわからないけれど、ここにいる限り浅水の姿はその姿。あちらにいたときの物になるよ」


白龍の言葉に首を傾げてしまった望美をよそに、ヒノエが質問を投げかければ、その回答が返ってくる。
彼の言葉を聞く限りでは、この場に来たときだけ姿はあちらの物に戻る。
その理由が、ここがあちらの世界と似ているから。
確かに、現代の日本では信仰心という物が薄れてきている。
神を信仰する力が弱まれば、その地を守る神の力というのも弱くなるのかもしれない。
ヒノエが自分から神気を感じなくなったのもそのせいだとしたら、納得が出来る。


「……っは。そういう、こと」
「浅水ちゃん?」


小さく鼻で笑う。
そんな自分に、どうしたのかと望美が尋ねてくるが、答えられるだけの余裕など持っていなかった。





神の力によって左右される自分の姿。

それは一体何を意味する?

あちらの世界で、自分は一体何をした?

それによって、結果的にどうなった?





まるでバラバラだったパズルのピースが一つになった瞬間。
だから浅水があちらの世界へ辿り着いたとき、熊野権現は浅水の姿を幼子へ変えたのだ。
始めからこうなることを見越して。



神なのだ。

人じゃない。



例えこうなると思わなかったとしても、結果的にはそれが功を奏したことになる。
指せる駒は何手でも。
どう転んだとしても、やり方はいくらでもある。


「……理解できる自分が嫌になる」


吐き捨てられた言葉はきっと本心。
もし自分が白龍の言った言葉の半分も理解できていなかったら、それはそれで良かったのかもしれない。
みんなと一緒に姿が変わった理由を考えて、それで悩んでいるならば。
けれど自分は理解してしまった。


姿が変わる、その理由を。


白龍の言葉が確かならば、この空間から戻れば現代の姿に戻るはず。
そして、この空間にいる間は今の姿のまま。
それを証明するためにも、早々に龍脈の乱れを戻さなければならない。
幸いにも、人数が揃ったところで、もう少し調べていくことになった。
原因究明は早ければ早いほどいい。


「この地は空ろなる迷宮。くれぐれもはぐれることのないように」
「はい!」


まるで引率の先生のようなリズヴァーンの口ぶりに、思わず笑みが浮かぶ。
それに答える望美がまた笑いを誘う。
師弟関係にあるのだから、当然といえば当然なのだが、これでは望美が小学生のようだ。


「お前が笑えてるなら、オレはそれでいいんだけどさ」
「え……?」


不意に届いたヒノエの声に、思わず振り返る。
その瞳にどこか憂いが浮かんでいるのは気のせいだろうか。


「ヒノエ?」
「ほら、オレたちも行こう」
「う、うん」


ぽん、と肩を軽く叩かれる頃にはいつものヒノエと変わらなかった。
けれど、どこか腑に落ちないのはなぜだろう。



何かが違う。


何かとは、一体何?



ぼんやりと離れていくヒノエの後ろ姿を見ていれば、何となくその正体がわかったような気がした。
いつもなら、いつまでも自分が行かなければ振り返って声を掛けてくれるはず。
それが今は、ない。


「浅水」


頭の上に乗せられた手が、そのまま浅水の髪をかき混ぜる。
自分にそんなことをしそうな人は、一人しかいない。


「ちょ、将臣。何するの」


慌てて髪の毛を押さえれば、簡単に離れていく大きな手。
あちらの世界から姿が変わったままの将臣は、ある意味自分と同じとも言える。
だが、同じように見えて、全然違う。


「そんな顔してたら、ヒノエでなくとも気にするっての」
「……そんなに酷い顔、してる?」


思わず尋ねてしまうのは、自分にも思うところがあるから。
見上げるように見つめた将臣の瞳に、浅水の姿が映る。
どこか不安げで、情けない。
そんな姿。


「お前がそんなこと聞くっていう時点で重症だな」


明るい口調なのは、少しでも元気づけようとしてくれているのか。


「そう、かもね」
「おいおい、マジで重症だな」


乾いた笑いを浮かべながら肩を竦めて同意する。
弱音を吐くなんて、らしくない。
でも、いつだって相談できたのは将臣だ。
恐らく、今回も近いうちにそうなるのだろう。
将臣もそれに気付いている。





積もりに積もったこの不安と疑問。





自分の力でどうにかするには、いささか大きすぎる。
ヒノエにだってきっと気付かれてる。
十年は、そう短い時間じゃない。
ましてや同じ環境で成長したのだ。
お互いの変化に気付かないほど、鈍感じゃない。


熊野別当は、特に。


「浅水ちゃーん、将臣くーんっ!二人ともホントに置いてくよーっ!!」


少し離れたところから自分たちを呼ぶ望美の声が聞こえる。
そちらへ視線をやれば、既にみんなは移動済みらしく、一ヶ所にまとまっているようだ。


「おっと、これ以上望美を怒らせると譲が怖いからな。行こうぜ」
「相変わらず食べ物のことしか頭にないんだから」


譲を怒らせるとそれが食事に現れるのは昔からの決まり事。
それを覚えていたらしい将臣が先を促した。
す、と息を吸い込んでから望美まで届くようにと声を上げる。


「今行くーっ!将臣、行くよっ」
「あっ、待てよ!」


お先、と将臣よりも先に一歩を踏み出せば、慌てたように将臣も走り出した。










考えるのは、後からでも出来る。










君の手のひらの上で 










グダグダです……

2008/1/15



 
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