重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









ピンチの時に現れる正義の味方。










子供の頃は憧れていた存在も、成長するにつれて変わっていく。










ヒーローは一人一人違うよね。










Act.19 










「めぐれ、天の声!

 ひびけ、地の声!

 かの者を封印せよっ!」





相変わらず、望美の封印は見事な物だ。
そう思ったのは浅水だけではないらしく、隣にいるヒノエも小さく口笛吹いた。


「相変わらず鮮やかな手腕だね、目を奪われるよ」


素直な讃辞も、望美に取っては今更な物。
既に数え切れないほど怨霊を封印しているのだ。
それを褒められたところで、いちいち喜んでいるほど子供ではない。


「ヒノエくんの目的が怨霊がいるか確かめることなら、ハッキリそう言ってくれればいいのに」


小さく頬を膨らませながら抗議を上げる望美だが、その声が怒りだけではないことはすぐにわかった。
遠回しに、けれど裏を読めば最初から告げていたヒノエに、不満を漏らしただけ。


「うららかな春の日の下で、浅水と探索って言うのも嘘じゃないけどね」


意味ありげに視線を投げかけてくる彼に、どう反応を返したらいい物か悩む。
最近はお互いに行動を共にしていないから、例え他の人がいたとしても、一緒にいられるだけで気分は向上する。
それはヒノエも同じらしく。
今の自分の姿が、彼の知っている物になっているから、更に拍車をかけているのだろう。


「ま、ついでに龍脈の穢れの原因もわかって一挙両得だろ?」
「まあな」


間違ったことを言っているか?と言外に匂わせれば、将臣がそれを肯定した。
確かに、こんな雰囲気のせいで、自分たちも少々気を抜いていた。
さっきはヒノエが指摘してくれたおかげで、怨霊が現れるよりも僅かに早く反応することが出来たのだ。
それに気付かず、怨霊が現れていたら、最初の一撃を受けていたかもしれない。


「けど、これ以上はもうちょっとメンツが揃ってた方がいい」
「そうだね。奥まで行って何かあったら、ちょっと厄介なことになりそうだし」


浅水の言う厄介なことが何を指しているかは、簡単に想像が付く。
それを考えても、この人数ではさすがに人が少なすぎる。


「一度戻り、みなと連絡を取って合流しよう」


九郎が入り口の方を見やり、そう提案すれば、意義を言う者もなく自然と入り口へと足が向けられる。
同じ風景ばかり続き、何度か迷いそうになったが、地図を書きながら歩けば迷うこともなくなった。
どれくらいそうやって歩いただろうか。
おそらく、怨霊がいた場所に着いた時間よりも長い時間。


「確か、向こうの通路を抜ければ出口だったよね」


ようやく記憶にある場所までたどり着けば、張っていた気が少しだけ緩んだ。



もうすぐ出口。



その思いは、歓迎せざる者たちのせいで、粉々に打ち砕かれた。
いつからそこにいたのか、まるで通路を塞ぐようにその場にいる怨霊武者。


「ったく、そう簡単に帰しちゃくれねぇか」


大きく溜息をつきながら、剣を抜く。


「まだオレたちと遊び足りないみたいだね。やるかい?」
「遊びたいならヒノエ一人でどうぞ。私は遠慮しておくから」
「つれないね。コイツと遊ぶくらいなら、お前と遊ぶ方がよっぽど有意義に決まってるだろ」
「二人とも、そんな冗談言ってる場合じゃないよっ!」


浅水とヒノエのやり取りを聞きながら、望美が声を上げる。
剣を構えるその瞳は真剣そのもの。
笑って戦えるほど、怨霊がそう弱くないのは身をもって知っている。
それは浅水とヒノエだってそうだ。
だが、これ以上無駄口を叩いていたら、望美だけではなく将臣や九郎まで何か言ってくるだろう。
そう考えると、二人はお互いに肩を竦めて武器を手に身構えた。


「一体だけなら、戦って封印しよう!」


逃げるよりも封印した方が早い。
そう考えた末の結論。


「てやぁぁぁっ!」


勢いよく九郎が怨霊に斬りつける。


「ギシャァァァ!」


断末魔のような怨霊の声。
これが朔だったら、怨霊の声が聞こえてきたかもしれないが、生憎ここに怨霊の声を聞ける者はいない。
このまま望美が封印を、と一歩前に進み出ようとした。
だが、確かにダメージを与えるはずの一撃が、その怨霊には全然効いていない。


「何っ?!なぜ……」


確かに斬りつけた跡はある。
怨霊は既に死者だから、その傷から血が流れ出すということはない。
ダメージを受けていれば、少しなりとも弱っていていいはず。
けれど、目の前の怨霊が弱った気配はない。
だとすれば、考えられるのは一つ。


「チッ……木気を吸う怨霊か」


忌々しそうにヒノエが舌打ちをした。
九郎と将臣は同じ属性だから、再び怨霊に攻撃しても効果は期待できない。
浅水は土属性で相克だ。
となると、有効なダメージを与えられるのはヒノエか望美だけになる。


「オレが断ち切ってやるよ!」
「ありがとうヒノエくん」


カチャリとカタールを持ち直し、地を蹴る。
一気に怨霊との距離を縮め、勢いよく攻撃すれば、再び怨霊の断末魔が上がる。
その場に崩れ落ちた怨霊を見て、今度こそ望美が前に進み出た。


「じゃあ次は──えっ」


だが、その口から出た言葉は、怨霊を封印する物とは全く違っていた。
言ってみれば、驚愕に近い。
実際、望美が言いかけた言葉を遮って発した言葉は、驚きによる物からだったのだが。


「シュァァァァァ!」
「ギシャァァァァ!!」


最初にいた怨霊とはまた違った怨霊の声。
よく見てみると、一体どこから現れるのか。
次から次へと怨霊が近付いてくる。


「おいおい、次々とご登場ってか」
「満員御礼って?それこそ勘弁して欲しいわ、ね、っと!」


襲い来る怨霊を斬りつけてはその足を止める。
だが、次第に怨霊の数は増えていき、五人は背中合わせになった。


「チッ、キリがねぇぜ」


怨霊をまた一つ切り捨てながら、将臣が言葉を投げ捨てる。
このまま固まっていても、疲れを知らない怨霊と違い、こちらは生身の身体。
いずれ体力に限界が来る。
その前に何とか脱出口を作りたい。
けれど、それすら作る余裕は今の自分たちになかった。


「どうしたらいいのっ」


焦りのせいで、剣を持つ手に汗が滲む。
だが、そんなときヒュン、と風を切る音が聞こえた。


「ギャァァァァ!」


直後、悲鳴を上げてその場に崩れる怨霊。
一体どこから、と周囲に目を走らせれば、入り口へ繋がる通路から現れた、見慣れた人たち。
そして、その先頭にいたのは──。


「譲くんっ!」


望美の声と顔が、瞬時にして明るくなった。


ヒロインのピンチの時に必ず現れるヒーロー、といったところか。


実際、望美からしてみれば、自分のピンチの時に恋人が助けに来てくれたのだから、これ以上のことはないだろう。


「はっ!」


譲の攻撃に続くように、景時が術を発動させる。


「ギシャァァァァ!」


これまでにない叫び声なのは、怨霊が木属性なのに対して二人が金属性のせいか。


「春日先輩、みんな、無事ですねっ?」


怨霊の一角が崩れた場所を見計らって、みんなが駆けてくる。
その姿は、自分たちと同じように戦装束。
やはりこの場所には何かしらあるのだ、と思わずにはいられない。


「来てくれたんだね!」
「話は後で。まずは、あの怨霊を倒さなければ」
「うん、そうだね。みんな、行こう!」


そんな望美と譲の遣り取りを見ながら、どこか緊張感はある物の、自分たちと大差ないではないか、と内心ごちた。
譲が来たときの望美の喜びよう。
態度に出さなかったとはいえ、表情が既に違っていた。
それほど嬉しかったのだろうと推測される。

みんなが怨霊へと立ち向かっていく中、浅水はどうした物かと様子を見ていた。
木属性以外の怨霊もいるから、戦おうと思えば戦える。
けれど、いつの間にか個々の戦いに近い物になり、浅水が相手をする怨霊がいなかったのだ。


「……浅水、さん?」


そんな時聞こえてきた一つの声。
そういえば、と今の自分を思い出す。
将臣に呼び出されるまでは一緒にいたのだ。
その時の自分の姿は今でも覚えているはず。


「どうして、」
「それも後からね」


何かを言いたげにしている弁慶の言葉を遮るように口を開く。





どうして、なんて自分が一番知りたいよ。





そう言ってしまいそうになる口を、何とか押さえた。
自分を見ている弁慶の視線が、ヒノエと同じ物であることがひしひしと伝わってくる。



そのたびに胸中に浮かぶ疑問は、次第に浅水自身を押しつぶしてしまうんじゃないか、と不安になる。
いつもなら相談に乗ってもらうはずのヒノエは、今回期待できない。
弁慶だってそう。
敦盛はきっと親身になって相談に乗ってくれるだろうが、彼も最終的にはヒノエや弁慶と同じところに立つだろう。
重い溜息を自分の中で消化すれば、ずん、と気持ちが沈んでいくのがわかった。





「譲、さっきの登場、絶妙のタイミングだったぜ」
「うん、来てくれて助かったよ。良くこの場所がわかったね」


いつの間にか全ての怨霊を封印し終わったらしい。
周囲に感じる空気が、いつもと同じ物になる。


「それは……相当急いできたからな」


どこかぶっきらぼうに答える譲は、将臣のメールを受けてこの場に来たはず。
相当急ぐという事は、それほど大げさにメールでもしたのだろうか?


「兄さん、「扉、来い」だけのメールでどうしろって言うんだ」
「けどわかっただろ?だったらいいじゃねぇか」
「確信が持てないだろ。浅水姉さんが弁慶さんにメールしてくれて、本当に助かったよ」


はぁぁ、と頭を抱えて大げさに溜息をつく譲に、少しばかり同情を感じえない。
用件のみのメールはわかりやすくて助かるが、もう少し詳しく書いて欲しいときだってある。


「浅水、こいつにまでメールしたのかい?」
「あぁ、将臣と合流するまでは弁慶と一緒だったから。すれ違いになっても困るでしょ?」


眉をひそめながら弁慶を見るヒノエに、苦笑を浮かべながら答えてやる。
多分、ヒノエの機嫌が良くない理由は、浅水がメールした人物が弁慶だったからと、もう一つ。
買い物に来るまでは弁慶と一緒にいた、というところにある。





「僕も聞きたいことがあるんですよ」





それほどまでに大きくない声は、どうしてか良く響いた。
聞きたいこととは一体何か。
それを聞くために、誰もが弁慶を見る。
すると、弁慶とヒノエの近くにある人影。
いつもその場にいる人など、すでに決められている。
だからパッと見、気付かなかった。


従兄弟である、譲でさえ。


「あ、あれ?」
「浅水殿……」


それに気付いたのは、景時や敦盛。
何も言っていないが、恐らくリズヴァーンあたりも気付いているだろう。










「どうして浅水さんの姿が、あちらにいたときの物に戻っているんでしょうね?」










自分でも理解していない答えを求められても、それに答えられるはずはない。










突きつけられた刃 










いろいろ中途半端に

2008/1/9



 
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テーマ「人外ファンタジー」
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