重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









そんなに喜ばれると、気持ちとしてはかなり複雑。










それすらも、あなたには読み取られているんだろうけど。










どうせ一時のことでしかないんだよね。










Act.18 










ヒノエの呆然とした声に、一体何かあったのかと望美たちが振り返る。
その直後、一斉に固まった姿は数日前にも目にした光景。



あのときは、今の姿から元の姿に戻ったときだったが。



未だショックの抜け切れていない仲間をよそに、浅水は自分の格好を改めて見直していた。
服が替わったのはまだいい。。
自分の獲物があることも、理解できる。
しかし、この伸びてしまった髪だけはどうにかならない物か。
それでなくとも長い髪が邪魔で結んでいたのだ。
元の姿に戻って短い髪に慣れてしまえば、長い髪は邪魔で仕方がない。


「望美はゴムなんて持ってない、よね」
「えっ、あ、うん」


後ろで一つにまとめながら、望美に問いかけたが、あっさりと肯定されてしまえば聞くだけ無駄だったと閉口した。
普段から望美が髪を結んでいるところなど、そう言えばあまり見たことがない。
夏場などの暑い時期なら可能性はあったかもしれないが、悲しいことに今は冬。
僅かな可能性がゼロになった瞬間。

次に視線を移したのは九郎だったが、自分以上に長い髪の彼だ。
紐を解いた彼の髪はどうなるんだろう、と興味が無いわけでもないが、これから何があるかわからない。
そんな中、長い髪を惜しげもなく晒している九郎は見たくない。
将臣に関しては聞くだけ無理だろう。
簡潔に「俺が持ってると思うのか?」と返ってくるに決まっている。
となると、仕方がないがこのままでいるしかない。
どうせこの空間から出れば、再び元の姿に戻るかもしれないのだ。
しばし我慢すれば済むこと。

髪をまとめていた手を下ろせば、すとんと地に向かって背を流れる髪。
動くたびに毛先が目に入り、やっぱり邪魔だ、と思うのは仕方のないこと。


「浅水」


名を呼ばれて振り返れば、背後に回り込んだのはヒノエ。
こうやって彼に髪を触られるのはいつ振りだっただろうか。


「ちょっとじっとしてな」


ヒノエを見ていたはずの頭は、いつの間にか正面を向かされて。
そのまま動くなと言われてしまえば、大人しくじっとしているしかない。
一体何をしているのだろうか。


その理由はほどなくして明かされる。


「ホラ、出来た」


そう言って、正面に回り込めば、上から下までじっと見つめる。
どこか熱が籠もっているように見える視線に、居心地の悪さを感じるのは否めない。
いくらお互いの想いが通じているとはいえ、やはり一緒に過ごした時間の長さの方がまだ大きいようだ。
彼の視線から逃れるために、一体何をしたのかと後ろに手を回す。


「あれ……」


すると、先程まではただ流れていただけの髪が、首の後ろで一つにまとめられている。
一体どうやって、と再びヒノエを見ればようやく理由がわかった。
ヒノエのトレードマークでもある三つ編みが、見当たらない。
それまでは確かにあったはずだ。
なくなった理由を考えれば、直ぐさま答えに繋がる。
ヒノエは三つ編みを結っている紐を解いて、わざわざ自分の髪をまとめてくれたのだ。


「ありがと」
「髪を下ろしたお前は、あっちでも滅多に見られないから勿体ないけど。これからを考えたら、そうも言ってられないしね」


言いながら、緩む頬を止められないのだろう。
浅水の姿が懐かしい物に戻ったときから、ヒノエの機嫌はこれまで以上に上がっていた。


「お前たち……ここへ何しに来たか、忘れたわけではあるまいな」
「ホントだよ!ピクニックでも、デートでもないんだからね!」


二人の様子を見ていた望美と九郎の我慢の限界も近いらしい。
それもそのはず。
今の浅水とヒノエが出している雰囲気は、普段の物とはどこか違っていた。
例えるなら、恋人同士が仲睦まじく過ごしている。
この場に弁慶がいれば、一刀両断にするのだろうが、生憎その人はいない。
いない人を求めたところで、この雰囲気が変わるわけでもないのだ。


「もちろん、わきまえてるよ」
「……どうだか」


ボソリと呟いた浅水の言葉は、ヒノエによって綺麗に無視された。


「ここにボーッと突っ立ててもしょうがねぇ。先に行ってみようぜ」
「だが……」
「あの壁の向こう、広くなってそうだね」


先を促す将臣に、躊躇いを見せる九郎。
更に、そんな九郎を後押しするように浅水まで口を開けば、渋々と九郎も納得した。
壁まではそう遠くない。
様子を見て返ってくるだけなら、時間もかからないだろう。


「じゃ、行ってみようか!」


拳を作った手を天高く上げ、嬉々として進む望美は、まるで子供のよう。
そんな彼女の姿に、浮かぶ笑みを止められない。


周囲を見回しながら歩けば歩くほど、その場が奇妙であることに気付く。
確かに冬だったはずなのに、春のような気温。
扉をくぐった割には、空が高く、建物の中にいるとは思えない。
以前将臣が言ったように、どこでもドアではないかと思いたくなる。



扉を開けたら、別世界でした。



なんて、どこの漫画なのか。
けれど、地面も空も、確かにこの場に存在しているのに、どこか儚い。
そう、まるで現実とは思いがたい。


「映画とかに出てきそうな場所だね」


本当にのどかに、何の危機感もなく先を歩く。
この場にいるのは自分たちだけ。
そう錯覚してしまいそうな空間なのだ。


「じゃ、こういうのどかな場所で、急に化け物が出たりするかもね」


ニ、と口端を歪めながら進言するヒノエは、どこか楽しそうに。
だが、その瞳に宿る煌めきは、それとは違う。


「ヒノエくんったら、変なこと言わないでよ」


頬を膨らませて言う望美は、ヒノエの化け物発言に少しだけ逃げ腰だった。
そう言えば、昔から肝試しなんかには参加していなかったような気がする。
怨霊は大丈夫なくせに、幽霊がダメというのはどういう了見なのだろう。
どちらもあまり変わらないと思うが。


「怖がることないよ、オレがついてるだろ?それに、恋物語なら、試練を乗り越えた二人は、必ず結ばれる物だしね」
「ヒノエくん」


端から見れば、望美を口説いているようにしか聞こえない台詞。
けれど、望美には譲がいるし、同じようにヒノエにも浅水がいる。

望美に恐怖心を忘れさせようとしてか、ヒノエが本心から言った言葉ではないとわかる。

けれど、そんな望美は弁慶のように、ニッコリと笑んだ顔とは裏腹に、怒りを感じられる。


「それを言う相手、私じゃないよね?」
「もちろん。でも、怒りで恐怖は忘れただろ?」


望美と同じように、綺麗な笑顔で返すヒノエも負けていない。
これでは弁慶が望美になっただけで、これから始まる事は天地朱雀の言い合いと変わらないんじゃなかろうか。
そんなことを考えて、少しだけ鬱になりそうだった。


「ヒノエ、戯れ言もいい加減にしろ」


そんなところに降って湧いた九郎の声。
浅水は、珍しく九郎を見直す機会を与えられたようだった。


「適当なところで切り上げて、ちゃんと調べてくれ」


だが、続いた言葉で九郎の言いたいことがわかってしまった。



遊んでいる暇があるなら、仕事しろ。



わかりやすく言えば、それが一番適切だろう。
真面目すぎる九郎のことだ。
さっさと調べて帰宅したいとか思っているのでは無かろうか。


「はいはい」


肩を竦めて望美から距離を置くと、最後尾にいる浅水の元へと戻ってくる。


「そうカリカリしなくたって、ちゃんと調べてるさ。けど、オレの期待する様な物が、中々出なくてね」


そう言いながらも、ヒノエは周囲を見回すことなく前だけを見ている。
だが、ヒノエが辺り一面に神経を張り巡らせていることは、気配でわかった。
軽口を叩きながらも、意識は常に周囲へ。
そこで浅水はあることに気付いた。



あれだけ感じなくなっていた気配が、今はちゃんと感じられる。



それは嬉しいことなのだが、理由がわからないだけに素直に喜べない。


「浅水は何か感じないか?」
「何かって言われても……」


特に気になるような物はない。
それだけに、ヒノエが何を待っているのかがわからない。


「ふぅん……神気が戻った熊野の神子姫でも、やっぱり見付けられないか」


小さく呟いたヒノエの言葉に、眉をひそめる。


神気が戻った?
誰に。


それが自分であることは想像に難くない。
だが、それだけで何かを見付けられるのだろうか。


「ねぇ、ヒノ……」
「ヒノエくん、期待するような物って?」


浅水の言葉を遮って、望美がヒノエに問いかける。
質問するタイミングを逃したことに、思わず舌打ちする。
だが、その次の瞬間。
どこか産毛が逆立つような、嫌な予感にも似た物が走る。
この気配は、忘れようと思って忘れられる物じゃない。





「望美の活躍の場さ」





不敵そうな笑みを浮かべながら、視線は一点に。
自分の獲物であるカタールを構えれば、望美にもようやくその意味がわかったのだろう。


「もしかして……」


恐る恐る、望美はヒノエが見つめている方を振り返る。


そこにいたのは、紛れもなく怨霊。


どこから現れたのかは知らないが、それが幻でないことだけは確か。


「ったく、悪趣味だな。こんな連中がいるって思ってたなら、エスコートするなよ」


大きく溜息をついてから、将臣も剣を構える。
慌てて望美も剣を構え、怨霊の攻撃に備えた。


「生憎、気が短いのは血筋でね。でも龍脈の乱れはここの怨霊が引き出してる。これで決まりだ」
「グガアァァァ……ッ」


声にならない声を発しながら、自分たちに向かってくる怨霊を正面に捕らえる。
浅水も、腰にある小太刀を抜いて身構えた。










今は、目の前の怨霊を倒すことが最優先。










示された道 










戦闘はスルーする方向で

2008/1/7



 
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