重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









神子と呼ばれる所以。










それは、神に愛されし物への讃辞か。










私は何でも言うことの聞く操り人形とは違うのよ?










Act.17 










スーパーで突然ぼんやりとし始めた望美は、程なくして正気に返った。
それはそれで良かったのだが、次に続いた言葉に、誰もが声を失った。


「あの扉のところに行こう!」


いきなりそんなことを言われても、なんのことを言っているのかわからない。
将臣と九郎は声を合わせて「扉?」と首を傾げている。
さすが天地青龍、と内心拍手を送るが、実際にそんなことを言うわけにもいかず。
扉、と言われてパッと思いつく物は、一つしかない。


「扉ってのは、鶴岡八幡宮に現れたあの扉かい?」


浅水が何か言うよりも早く、扉の確認をしたのはヒノエだった。
やはり彼も、同じ事を考えたらしい。
望美に問うのは、果たしてそれが合っているかどうかの確認か。
ヒノエに確認されれば、望美は力強く頷いた。



だが、扉は固く閉ざされていた。

今もそれは変わらない。



それは望美もわかっているはずなのに、どうして扉へ行こうというのか。
それとも、そこに何かがあるのか。


「鶴岡八幡宮って本気かぁ?今から行くのかよ」


けれど、それに難色を示したのが一人。
何だかんだと買い込んだ荷物はそれなりにあり、更には既に日も傾いている。
これから鶴岡八幡宮へ向かうとなれば、帰る頃にはそれなりの時間になっているだろう。
遠回しにそれを告げれば、直ぐさまハッとして、望美の表情が曇り出す。


「そうだよね……突然ゴメン、買った物もあるのに……」


弱々しい声で謝られてしまっては、逆に言った方が悪いような気がするもの。
案の定、将臣はそんな望美の姿を見て、珍しく戸惑っているように見えた。


「荷物なんて、どうとでもなるよ」


将臣の脇腹を肘で小突きながら「馬鹿」と小さく呟く。
どうしてこう物を考えないで言葉にするのか。
これならば、還内府としてあったときの方が、もっと物を考えてから言っていたんじゃ無かろうか。
現代へ戻って、気が抜けたというのも理由の一つだろう。
外見が変わっていても、将臣たる所以は変わらない。


「何でまたそんなこと突然言い出したんだ?」


とりあえず、理由を聞いてから。
それから考えるというスタイルも変わっていないらしい。
結局のところ、自分も将臣も、幼馴染みである望美には弱いのだ。
最終的には彼女の言葉に従ってしまうのだから。


「よく、わからないんだけど……」


どこか宙を見つめながら、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
先程と同じような、ここではないどこかを見つめているような瞳。
だが、先程と違うところは、望美の意識がハッキリとしているところだ。





「あの扉が開いたのが、見えたような気がして……」





望美の言葉に、みんながそっと目配せする。
見えた、と言うのは彼女がぼんやりとしていたときだろうか。


「龍神の神子姫様の天啓かい?」


耳に届くヒノエの言葉はどこか楽しげ。
恐らくそれは、彼も神に仕える神職にいるからか。
チラリとこちらに視線を向けたのがわかったが、それは流すことに決め込んだ。
もしヒノエの視線を正面から受けてしまったら、浅水も何か感じたんだろう?と目で訴えるに決まっているから。
すでに一般人と変わらぬ状態なのだ。
それでなくとも、神気の「し」の字すらわからなかった人間が、龍神の神子に叶うとは思っていない。


「神やどるさまは斎姫の本領だ。オレが一緒に行こうか?」
「龍脈の異変に賢いと聞いていたが……そういうことなのか?」


ぱちぱちと瞬きを繰り返す九郎は、望美の言葉に半信半疑といったところか。
けれど、頭ごなしに否定できないのは、五行が乱れている今、望美の力が必要不可欠であるから。


(私が望美と同じ事を言っても、同じ様には返ってこないんだろうけど)


結局、馬が合うのと合わないのでは、こうも違うというところを見せられただけ。
必要以上に関わらなければ、波立つこともないので、九郎とは極力関わらない。
それが、暗黙の了解となっているから、あえて言う必要の物でもない。
それよりも、まずは開いたかもしれないという扉の方が重要だ。
持っている荷物をコインロッカーへと預けに行けば、そこでまた繰り広げられる九郎への説明。
いい加減慣れてきたが、急いでいるときにこれはさすがに辛い。


「二人とも、行くよ!」


望美も多少の苛立ちを感じたのか、いつまでもやってこない二人を促した。
直ぐさま九郎はやってきたのだが、肝心の将臣はやってこない。
その場で立ち止まり、何かをしているらしい。
踵を返して将臣の元まで戻れば、携帯を弄っているらしく、指の動きを見ればメールを打っているとわかる。


「浅水、ちょうどいいところに。お前も自分の携帯出して、連絡入れとけよ」
「何の話?」


全く先の見えない話に、眉をひそめる。
話すならちゃんと主語を入れて話して欲しい。
用件だけ話されても、それが何のことか理解できなければ、意味を成さないのだから。


「ん?俺たちだけで行ったら、うるせぇヤツらがいるだろ?」


そう言いながら、メールを打ち終わった将臣が送信と小さく呟く。
どうやら、この場にいない人たちにメールで連絡しているようだ。
確かに、様子見だけなら少人数の方がいいが、万が一ということもある。
連絡は必要だろう。


「で、将臣は誰に送ったの?」
「そりゃもちろん、譲にな。望美にもしものことがあったら、あいつが怖いからな」


肩を竦める将臣に、同感、と思わず同意した。
ポケットから携帯を取りだし、カチカチをメールを打って送信する。


「将臣くーん、浅水ちゃーん。早くーっ!」


ちょうどメールを打ち終わったところで、再度望美が先を促す。
これ以上待たせては、望美だけではなくヒノエや九郎も待たせることになる。
二人は顔を見合わせてから、その場を蹴った。


「わーかったわかった。ちょっと待ってろって」
「今行くよ」


望美たちの元へ合流すれば、目指すは鶴岡八幡宮。










鶴岡八幡宮へたどり着いた五人が向かったのは、大階段。


そこに現れた、扉。


人目に付かないように、景時の結界で隠したはずのその扉は、浅水たちの目の前にしっかりと存在していた。
自分たちに見えるのなら、他の人間にも見えるはずなのに、どうしたことか扉の事を言う人はいない。
だとすれば、この扉が見えているのは自分たちだけ。


「特にこの間と変わった様子はなし、と」


扉の回りをぐるりと一周して様子を見た将臣は、コンコンと扉を叩いた。
重厚な扉には、やはり錠は見つからない。
先日、扉を調べたときは、押しても引いても開かれることはなかった。


「けど──」


望美が扉の正面に立ち、ゆっくりと押してみる。


「開いた……」


すると、驚くほど簡単にその扉は開き、中へと続く道を現した。


「この先に、龍脈が乱れる原因が」
「とりあえず、扉が開いたんだ。中に入ってみようぜ?」
「そうだね。ここまで来て帰るなんて、もったいないし。いつまた扉が閉ざされるかもわからない」


五人は扉の中へと足を進めた。



中は人工的に作られた洞窟のように、レンガ状の石が積み重なっている。
陽の光も届かないそこは薄暗く、本当に洞窟にでもいるようだ。
一本の造られた道を、ただひたすらに進む。
どこまで続くかわからない道に、終わりが見えてきたのは、僅かな光が前方に見えたとき。


「あれが出口か?」


出口なのか、入り口なのか。
どこへ繋がっているともわからないこの道は、けれど浅水にとって、懐かしい物の様にも感じた。
例えるならば、なくした物が戻ってきた瞬間、とでも言うべきか。
だが、腑に落ちないのは、どうしてそう思うのか。
初めて来た場所なのに、懐かしいと思うのは、なぜ──?
逸る気持ちを抑えつつ、前へと進む。
先頭を歩いていた望美たちがその光へ辿り着いたと思った瞬間。


「何?眩しい……っ!」










目の前が、光に包まれた。










時間にすればほんの僅か。
けれど、目に焼き付いた光は中々消えてくれそうにない。
思わず閉じた瞳の裏に、いつまでも残る光。
ようやく双眸を開けたのは、九郎の声を聞いてからだった。


「なんだ、ここは」
「これが、あの扉の奥なの?」
「そうみたいだな。ご丁寧に戦装束まで用意して出迎えてくれるとは」


望美と九郎が驚いたように周囲を見回している。
それにつられて浅水も見回せば、目の前に広がるのは、まるで古代を思わせるかのような風景。
けれど、それらは廃墟のように、至る所で崩れている。

一体誰が、何の目的でこんな物を作ったのか。

そして、目の前にいる彼らの姿に、目を見張る。
確かに洋服を着ていたはずの彼らは、つい先日も見た戦装束を身に纏っている。
服装が変わったとなれば、やはりこの先に待ち受けているのは龍脈に関係している物か。
となると、またしても自分は足手まといに格下げか。
そう、自嘲気味に笑んだ時である。


さらり、と顔の脇に流れる一筋の髪の毛。
思わず掴んで見れば、確かに感じるその痛み。
よく見れば、いつの間にやら自分の服も替わっている。
見覚えの在る衣装は、確かにあちらで自分が身につけていた物。
まさか、と思い、腰に手を這わせれば、カチャリと鳴るのは自らの獲物である小太刀。


怨霊と相対したときには変わらなかった自分の姿。
それが今はハッキリと変化している。
変わったのが服だけではないことは、すっかりと伸びた髪が証明してくれる。





この姿は、この世界の『浅水』ではない。





どうしてこのタイミングで戻ったのかはわからない。
けれど、姿を変えるほどの「何か」があるということだけは、嫌でもわかる。


「……いい趣味してること」


自分の手のひらを見つめながら呟く。



この手は、武器を持つことを知っている手。



この身体は、ヒノエと共に成長を重ねてきた身体。



足手まといにならないほどには、自分の身を守る術を持っている。





「……浅水……?」





呆然と、まるで幽霊にでも会ったかのような信じられない声。
その声を発したのが誰かなんて、聞かなくてもわかる。
ゆっくりと彼を見れば、自分と同じように戦装束を身に纏った、懐かしい姿。
やっぱりヒノエはその姿が自然だ、と思ったのは、無意識。










その表情に浮かんだ笑みは、安堵のためか、自嘲のためか。










繰り返す変化と進化 










やっと迷宮入り……っ

2008/1/5



 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -