重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









たわいもない会話や日常。










当たり前だったはずのそれを懐かしいと感じてしまう。










でも、平穏な日常はまだやってこないみたい。










Act.16 










浅水が将臣との待ち合わせ場所である極楽寺駅についたときには、その場には将臣だけではなく望美の姿もあった。
何やら話をしているらしく、時折笑い声も聞こえてくる。
将臣が何人呼んだのかはわからないが、さすがに三人だけというのは有り得ないだろう。
となると、自分が最後ではない。
そのことに、ほっと安堵した。


「二人とも早いね」
「浅水ちゃん」
「お、来たな」


片手を上げながら声をかければ、二人とも話を中断させて浅水を見た。
一方、浅水は将臣の手の中にある、青い石のような物に目を奪われていた。


「将臣、それどうしたの?水晶?」


将臣の手からそれを受け取り、空に翳せば太陽の光に反射してキラキラと光る。
手のひらにすっぽりと収まってしまうサイズのそれは、ただの石といってしまうには暖かい。
彼の手にあったことで、体温が伝わったと考えてしまえば、それで終わってしまうのだけれど。


「いや、望美がもらったらしいぜ?」
「望美が?」


石を空に翳したまま、望美の方を見れば「あのねっ」と言いながら説明をしてくれた。



以前、大階段で会った人にこれと似たような結晶をもらったこと。


待ち合わせ場所へ来る前に、再びその人に会ったこと。


そして、その時にこれをもらったこと。


それを将臣に預かってもうことにしたこと。



よくよく考えてみれば、ほとんど初対面といえる人物から、物をもらうのもどうかと思う。
何も知らない子供ではないのだから、普通に考えれば断るのが道理。
それとも、目の前の少女はそれすらも頭になかったというのか。


「……まぁ、私には関係のないことだけど」


小さく呟くのは本音。
望美のもらったこの結晶が、自分に何らかの関係があるとは思えない。
ならば、彼女の好きにさせておくのもいいだろう。
この結晶からは別段、悪い気は感じられない。
むしろ、清浄すら感じられる。


「それで?買い物って何買うのよ」


将臣の手に結晶を返しながら問えば、菓子に野菜に果物、飲み物。
更には米五キロという答えが返ってきた。


「随分と買い込むね。……まぁ、あの人数じゃ仕方ないか」


現在、有川家にいる人数は浅水と将臣を足して十二人。
一気に大家族状態だ。
その分、エンゲル係数も跳ね上がっただろう。
婆様が貯金してくれてよかった、と浅水は内心ごちる。
八葉が現代で生活すると決まったとき、心配されたのは何よりもお金だった。
有川家の両親が海外へ行っている間、といくらかの生活費は置いていってくれたが、全員の服や日常品を揃えるにはそれでも足りない。
いっそのこと、貯金をはたくしかない、と覚悟した有川兄弟に、ストップをかけたのが浅水だった。



現代にいたときには忘れていたこと。



あちらの世界へ行くときに思いだしたこと。



その思い出したことの中に、祖母が「何かあったらこれを使いなさい」と自分に渡してくれた物があった。
渡された物は小さな黒塗りの小箱。
慌てて自分の部屋の奥からそれを引っ張り出せば、中に入っていたのは浅水名義の通帳とカード。
通帳を見れば、かなりの金額が振り込まれていた。
まさか祖母はこんなところまで予見していたのだろうか。
将臣や譲と顔を見合わせたが、答えは出てこなかった。
けれど、背に腹は代えられない。
ありがたくそのお金を使わせてもらうことにしたのだ。


「でも、そんなにたくさん三人じゃ持てないよ」
「わかってるよ。荷物持ちは俺だけじゃないから、心配すんなって」


絶対に無理、と言い切る望美に、何てことはないとさらりと返す。
果たして荷物持ちに捕まったのは誰なのか。
ヒノエや弁慶は無いだろうな、と想像できてしまう辺りが、彼らとの付き合いの長さか。
ましてやヒノエが、男である将臣からの呼び出しに応じるとは考えられない。
弁慶は先程まで一緒にいたし、彼にメールが入ってなかったことから除外していいだろう。
目的の人がやってきたのか、将臣は大きく手を振ってその人を呼んだ。


「九郎、こっちだこっち!」


その名前を聞いて、このまま帰ってもいいだろうか、と浅水が思ったのは言うまでもない。










スーパーへ行き、カートとカゴを準備すれば後は欲しい物を探していくだけ。
しかし、クリスマスが近いせいか、スーパーの人混みはいつもより増している。
次々と入り用な物をカゴに詰めていけば、あっという間にカゴは一杯になった。


「まだ買うのか?もうカゴが一杯だぞ」
「まだまだ買ってない物、いっぱいありますよ」


心配そうにカゴを見る九郎に、望美が何てことはないと笑い飛ばす。
この分では、まだカゴが必要になるかもしれない。
さすがにこの人混みの中、物を手に持って歩くのも危ないだろう。
そういえば、さっき通路にカゴが置いてあったはず。


「将臣、私カゴもう一つ持ってくるから」
「そうか?だったら、途中で蜂蜜があったらそれも持ってきてくれよ」
「蜂蜜ね。了解」


将臣に一言断りを入れて、浅水は人混みを逆走した。
カゴを手に取り、望美たちの元へ戻る途中、蜂蜜が置いてある棚へと向かう。
目的の物をカゴに入れれば、後は戻るだけ。
これだけ人がいれば探し出すだけでも一苦労だが、将臣と九郎が一緒だと難なく場所がわかった。
こういうとき、身長が高いのと、身体に特徴があるのは探すのが楽でいいな、と思う。
特に九郎のようにあそこまで長い髪は、今時いない。
さすがにポニーテールではなく、それよりも低い位置で結んでいるが、男がそこまで長ければ誰だって目を引くだろう。


「お待たせ」
「おっ、ちゃんと持ってきてくれたな」
「持ってこいって言ったの誰よ」


軽口を叩いていれば、望美がひょいとカゴの中を覗き込んだ。


「蜂蜜?何に使うの?」
「白龍が譲の作った蜂蜜プリンが気に入ったらしくて、自分でも作るみたいだぜ」


望美が尋ねれば将臣が答える。
実際、蜂蜜を何に使うのかわからなかった浅水も、その言葉を聞いて小さく声を上げた。
そこから話題は他の人の考えるメニューへと移った。
九郎と将臣の話をまとめれば、リズヴァーンは刺身、景時は紅茶、弁慶は薬膳料理らしい。
弁慶の薬膳料理と聞いて、思わず顔をしかめたのは九郎以外の三人だ。
彼の調合する薬が薬なだけに、薬膳料理では一体どんな物が出てくるというのか。
九郎は怪しくなどない、と言い張るが、こればかりは自分の目で確認しないことには、何とも言えない。



「よし、私も何か作ってみよう!」



そして投下された爆弾発言。
弁慶の薬膳料理以上に、浅水と将臣は顔色を無くした。
なぜなら、彼女の作る料理は凄いのだ。
あの譲ですら、望美が一緒にキッチンに立つことを拒む。


「お前が?本気か?」
「何で驚くの?」


思わず気持ちが口をついて出た将臣に、望美が訝しげに尋ねる。
しかし、ここで望美の行動を阻止できなければ、恐ろしい料理が出てくるに違いない。
そう悟った浅水は、将臣の援護をすることに決めた。


「あえてやらなくても、いろいろ出てくると思うけど?」
「そうそう。それに、お前も食うの専門かと思ってたぜ」
「ええっ!いつもそんなことばっかり言うんだからっ!」


二人の言葉に、望美の機嫌が一気に下がる。
頬を膨らませて、視線を逸らせば、将臣が今度は彼女の機嫌取りに走る。
いつもの事だったはずのその光景。
妙に懐かしいと感じるのは、自分の上に流れた時間のせいだろうか。


「なぁ、浅水……」


つんつん、と肩をつつかれ首だけを巡らせれば、そこには話について行けない九郎の姿があった。


「そんなに望美の料理は凄いのか?」


真顔でそんなことを尋ねてくる物だから、浅水は思わず吹き出した。
彼女の料理は現代組しか経験したことが無いのか。
だとすれば、あちらの世界で譲が望美の奇行を阻止するのに、どれだけ苦労したか目に見えるようだ。
肩を震わせ、必死に笑いを堪える浅水の姿を、九郎は首を傾げて見ているだけだった。










結局、買い物はカゴ三つになり。
それでなくとも混んでいるレジで、更に時間がかかったのは言うまでもない。
品物を買い物袋へと詰め終われば、それなりの数になった。
重い物は将臣と九郎が分担して両手に持ち、それよりも軽い物を浅水と望美で持った。
軽いとはいえ、両手に持てばそれなりに重量を感じる。
その声が聞こえてきたのは、いざ帰ろうとスーパーの入り口へ向かったときである。


「高貴な神子姫を、雑務で呼び出してたなんて、感心できないねぇ」
「え?」
「ヒノエ……」


その声に反応したのは浅水と望美。
望美は誰かまではわからなかったらしく、キョロキョロと頭を動かしているが、浅水にはそれが彼であると直ぐさまわかった。
まさか来るとは思わなかった、が本音。


「やあ。ごきげんよう、姫君」
「ヒノエくん!」


スーパーの入り口のすぐ脇。
壁に凭れるようにして立っていたヒノエが、こちらの姿を見付けるなり近付いてくる。
そんな彼の姿に驚いたのは、望美だけではない。


「何だよ、お前。結局来たのか?さっき誘ったときは断った癖に」
「野郎ばっかで買い物なんて、つまらないと思ったからね」


ブツブツと呟く将臣とそれに対するヒノエの言葉に、やっぱり自分の考えは間違っていなかったことを悟る。
どこへ行ってもヒノエはヒノエ。
それが判明した瞬間でもある。


「それに、浅水がいるなんて聞いてなかったぜ?」


少しばかりヒノエの声のトーンが下がった。
それを聞いて、最初から浅水がいるって言っときゃよかったぜ、と将臣は肩を下ろした。


「随分な量じゃん」


四人の持っている荷物を見て、ヒノエは浅水と望美の手から一つずつ荷物を取った。
さすがに両手に荷物を持ったまま帰るのは辛いかも、と思っていただけに、ヒノエの行動はありがたい。


「仕方ないだろう、宴が行われるんだからな」
「宴……ねぇ」


それだけじゃないけど、と内心でツッコミを入れるのも忘れない。
確かにクリスマスの買い物ではあるけれど、普段の買い物も混ざっていると理解したのは、二つめのカゴが一杯になりかけたとき。
将臣が何も言わなかったから浅水も黙っていたが、恐らく譲から買い物リストを渡されていたに違いない。


「ま、姫君とゆっくり夜を過ごすってのは、悪くないかな」


言いながら、チラリと視線を送ってくるヒノエを小さく睨む。
どうせクリスマスに何かしようと考えているに違いない。
できることなら常識の範囲で、と願ってしまうのは相手がヒノエだからか。


「みんなでゆっくり夜を過ごすなんて久し振りだもんね。熊野に行ったのも懐かしいな……」


過去を思い出すように、懐かしげに言う望美の視線がどこか明後日の方を見ている。
そんな彼女の姿に、これはただごとではないと感じる。


「望美、望美っ!」


両手がふさがっている将臣には、名を呼ぶことが精一杯。
さすがにスーパーの中で、というのは拙いかもしれない。
けれど、浅水の視線は望美よりも、将臣のポケットに注がれていた。


「ねぇ、将臣」
「何だよ」


名を呼べば、苛立たしげに返事が返る。
それ、とポケットの一点を示せば、青い光がポケットから零れている。


「この石と何か関係があるのか……?」


光っているのは先程望美から受け取った青い結晶。
それが光り始めたのは、望美の視線があらぬ方向を向いたときから。










しばらくして、正気に戻った望美の口から出た言葉は、途方もない物だった。










いつも貴方は、 










ほのぼのとクリスマスの買い物

2008/1/3



 
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