重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









もう、この性格を変えることはできないの。










言ったところで無駄なのは、わかってるでしょ?










今更、なんだよ──今更。










Act.15 










朝食が終わると、しばらくゆっくりしてからそれぞれが自分のやりたいことをやり始めた。
浅水はリビングのソファに座ったまま、ぼんやりと虚空を眺めているだけ。
久し振りに早く起きたせいか、何をすればいいかわからない、といったところか。
それまで自分がしていた雑用は、遅く起きるようになってから他の人が済ませてくれていた。
人気の少なくなったリビングで、悪戯にテレビのチャンネルを弄る。
けれど、どの放送局もやっているのは、佐助稲荷に起きた事故ばかり。
どうせ龍脈についても何もわからないのだ。
ここでじっとしていても、何かわかるわけではない。


「佐助稲荷、ね」


小さく呟いて、テレビの電源を切る。
一度自分の部屋へ戻り、ダウンジャケットを手にすればそのまま玄関へ。


「お、浅水、どっか行くのか?」
「うん、ちょっと散歩がてら……ね」
「ふーん、まっ気をつけて行ってこいよ」


出先に将臣が声をかけてくる。
ひらひらと後ろ手に手を振ってから玄関を出た。
あのタイミングで将臣が声をかけてきたのは偶然。
けれど、先日と昨日の一件で、将臣にまで心配をかけているのは明らか。
これほどまでに将臣に心配させるようなことは、今まで無かったかもしれない。


「ホンット、厄介な身体」


次から次へと厄介なのは、怨霊や龍脈ではなくて、自分の身体。
そう思わずにはいられない。
いっそのこと、龍脈が何とかなったときに、自分も何とかならないだろうか。
そこまで考えて、けれど、と足が止まる。



本来の自分の姿は今の物。

仮に、龍脈が整ったとして、自分も何とかなるとしたら。
















果たして、自分はどの姿で存在しているのだろうか。















そうなるということは、それに理由があるから。
熊野に辿り着いたとき、自分が幼子の姿になった理由は、朧気ながらわかった。
けれど、ハッキリとした理由は未だわからずじまい。
熊野権現はどうして自分の姿を変えたのか。


そして、使えなくなった四神の力。
龍脈が戻ったら、本当にそれも使えるようになるのだろうか。
だが、それ以上に気にかかることは、一つ。





「ヒノエは、自分で決めろって言うかな」





呟いて、自嘲気味に笑う。
いつも最終的な決定はヒノエではなく、自分自身でしてきた。
それが自分に関わることならば。
ヒノエ自身、特に口を挟んでこなかったから、気にしたことはなかったが、たまには彼の意見というのも聞いてみたい。


「どうしたらいいんだろうね、弁慶」
「やっぱり気付いていたんですね」


目の前の人垣を見つめながらその名を呼べば、背後から小さく笑う気配が伝わる。
浅水がやって来たのは佐助稲荷だった。
けれど、テレビで放送されたせいか、思った以上の人が押し寄せている。
このままでは本殿にたどり着くことさえ難しそうだ。


「そりゃ、ね。あのニュースを見て、弁慶が動かないはずないじゃない」


くるりと振り返れば、そこにいたのは確かに弁慶だった。
だが、自分の後ろにいるということは、自分より遅く来たのだろうか?
いや、そんなことはないだろう。
自分が家を出るとき、玄関に弁慶の靴はなかった。


「それで、なにかわかったの?」
「そうですね……見たところ、焼け焦げた部分は見当たりませんでした」
「雷が落ちたのに?」


思わず聞き返してしまうのは、事実と情報が違うから。
ニュースでは雷で本殿の屋根が壊れたと言っていた。
けれど、弁慶は焼け焦げた部分が見当たらないと言った。
弁慶のことだ。
本殿に入れなくても、何かしらの手を使って様子を調べているはず。
彼の手に入れた情報を無下にはできないし、疑うこともできない。


「随分とおかしい話ね」
「ええ。でも、おかしいのはそれだけじゃないんです」


そう言った弁慶に、浅水の目が光る。
人垣から少し離れた場所に移動し、そこで話を聞いてみれば、どうやら雷らしき音が鳴ったのは昨日の夜半。
けれど、外を見ても天候が悪かったわけではなく、綺麗な星空だというのだ。
先程の屋根の状態と、今聞いた情報。
二つを合わせてみても、これの原因が雷だというのは、考えられない。
だが、それ以外の理由というのも、この場で出てこないのは確か。


「全く、情報が少なすぎるのも困りものね」
「そうですね。多少は土地勘があっても、勉強不足で知らない場所も多いですから」


あちらの世界と共通している場所もあれば、異なる場所もある。
仕方のないことだが、それを忘れてしまいそうになる自分がいる。
それは、あまりにも現代に馴染みすぎているせいだろうか。


「ここも、あっちにあった?」
「ええ、僕たちは隠れ里稲荷と呼んでいましたが」
「……私たちと無縁じゃないってことか」


思わず出てくる溜息を隠せない。
源頼朝の挙兵を助けたのは稲荷神。
けれど、あちらの世界で頼朝の挙兵を助けたのは、稲荷神ではなく、荼吉尼天。
そもそも、こちらの世界へくることになった元凶が荼吉尼天だ。


「稲荷神は、荼吉尼天と重ねてみられることもありますしね」
「落雷、怪異……荼吉尼天と、関係があるかもしれないし、ないかもしれない。これが考え過ぎならいいけどね」


肩を竦める浅水を、弁慶が静かに見る。
今の彼女を見る限り、昨日のような状態の浅水は考えられない。
だが、もしも、ということもある。
この場に自分しかいない以上、浅水に何かあったなら、側にいてやれるのは自分だけ。
それに、数日前からその瞳に浮かぶ色が、今日は輪を掛けて沈んで見える。


「浅水さん……浅水」


名を呼ばれ、ゆっくりと振り返る。
弁慶が浅水の名を呼び捨てにすることは、ほどんどない。
翅羽の姿ならまだしも、浅水が年上だとわかったときから彼は自分を呼ぶときは「さん」をつける。
それをつけなかったのだから、それなりの理由があるのか。


「何」


短く返す声が多少固くなるのを否めない。
少しだけ、身構えているのが自分でもわかる。



距離にして三歩。



お互いの間にはそれしか空間がない。
一歩、また一歩と自分に近付いてくる弁慶が、随分と遠いところにいるように見える。


「ねぇ、浅水……」


頬に触れてくる弁慶の手が熱い。
そのまま顔を上に持ち上げられれば、嫌でも弁慶と視線が絡む。
真っ直ぐに自分を見つめてくる弁慶は、何かを探るような目をしている。
視線を逸らしては、何かあると教えてしまう。
それを考えると、視線を逸らすことだけはできなかった。
近付いてくる彼の顔に、思わず目を閉じる。
だが、弁慶の唇が自分に触れることはなくて。










「君はもう少し、我が儘になってもいいと思いますよ?」










その変わり、唇が触れるほどに近い距離で囁かれる言葉。
その言葉がいつもの弁慶からは考えられなくて。
咄嗟に瞠目すれば、直前にある弁慶の顔。
その表情は、普段の彼らしからぬもの。


「どういう……」
「浅水」


思わず口を開けば、それを遮るように放たれる声。
それ以上言葉を紡ぐことを許されない。
そう思わせる声は、低く、真剣。





「これ以上、一人で抱え込まないでください」





言い聞かせるように、もう片方の手も浅水の頬に添えられる。





さらり、と頬を撫でる弁慶の手が、熱い。





何か言わなくては。
そう思い、口を開く物の、カラカラに乾いた口からは言葉が出てこない。
そんな中、この空気を壊すかのように、携帯から曲が流れてきた。
どちらの物かと思えば、鳴っているのは浅水の携帯。


「メール?」


ディスプレイに表示されているのは、メール受信の表示。


「いいですよ。早く読んであげてください」


弁慶の手から解放されて読んだメールは、将臣からだった。
どうやらクリスマスの買い物をするから、集合しろということらしい。


「僕はもう少し調査していきますから、気をつけて行って下さいね」
「わ、かった」


弁慶に送り出されるように佐助稲荷を離れれば、将臣との待ち合わせ場所へと足を向ける。










小さくなっていく浅水の後ろ姿を、弁慶は黙って見ていた。










もっともっと、甘えて 










弁慶恋愛必須イベント

2007/12/31



 
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