重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









全く、人の苦労も知らないで好き勝手言ってくれるじゃない。










それにしても、怨霊の次は天災なんて随分とタイムリー。










一人、違うことが気になるのは、やっぱりあなたなんだね──。










Act.14 










翌日。
何故かいつもより早く目覚めた望美は、有川家の朝食と対面した。
自宅で朝食は取った物の、人様の家で出される料理というのは、どうしても美味しそうに見える。
それが、譲の手料理ともなれば、殊更だ。
彼の料理の腕前は、ここにいる誰もが認めるほど。


「ヒノエくん。そういえば、浅水ちゃんは?」


譲からお茶をもらいながら、ここ数日、朝に姿を見ない幼馴染みの姿を捜す。
いないとわかっていても探してしまうのは、最早癖なのかもしれない。


「オレの眠り姫は、未だベッドでお休み中だよ。浅水に用でもあったのかい?」
「ううん、そうじゃないけど……最近の浅水ちゃん、ちょっと様子が違うみたいだから」


何かを考えるように望美の表情が暗くなる。
浅水の様子が違う事は、望美にまでバレているらしい。
いつもならひた隠しに隠して、誰にも悟らせないのに。
望美にわかると言うことは、恐らく全員が何かしら感じているはず。


「昨日の疲れが出たんでしょう。もう少ししたら起きてきますよ」


カップを片手に弁慶が望美に言えば、九郎の顔が難しい物に変わった。


「弁慶。あいつは昨日、何もしなかったじゃないか。疲れなど、あるはずがないだろう」
「いや、く、九郎……」


キッパリと断言した九郎に、景時が慌てて弁解しようと口を開く。
けれど、弁慶が綺麗な笑顔を浮かべて二人を見れば、なぜか二人とも押し黙った。
笑顔はとても綺麗なのに、何か黒い物を感じるのはどうしてだろうか。


例えるなら、無言の圧力。


これ以上余計なことを言うなと言わんばかりに二人を脅しているのだろう。
弁慶の顔を見ていない望美は、良かったと思う反面、乾いた笑みが出るのを止められなかった。
だが、そこまでして弁慶が浅水を庇うということは、自分が帰った後に何かあったのだろうか。


「ねぇ、ヒノエくん」
「ん?」


服の裾を掴んで彼の気を引けば、赤い瞳が見返してくる。
彼に聞いて、果たしてちゃんと答えてくれるだろうか。





「浅水ちゃんに、何かあったの?」





探るように問いかければ、僅かに瞠目する。
けれど、それは一瞬で、瞬き一つする頃にはいつもの彼の表情に戻っている。


「望美は随分と面白いこと言うね。何かって、何だい?」
「っ……!」


それがわかれば苦労しない。
わからないからこその問いだというのに。


「質問に質問で返すなんて酷いっ!」


悔しくて、少しだけ頬を膨らませれば、ヒノエは楽しそうに声を上げて笑った。
けれど、わかったことが一つ。



浅水の身に、何かがあったことだけは確か。



関係ないことなら、きちんと話してくれるはずのヒノエが、逆に質問で返してきた。
それは、話したくないというのと同じ。
それにヒノエだけでなく、弁慶までもが浅水を庇っているのだ。
そこまで考えて、望美はあれ?と思う。

そういえば、九郎に対して景時が何か言いかけていなかっただろうか。
もしそれが事実だとすると、景時も浅水について何かを知っていることになる。
一部の人間だけが知る事実。





隠しているのは、一体何──?





再び望美が声を出そうとしたとき。
カチャリと、リビングのドアが開く音がして、そちらへと意識が向けられる。
この場にいないのは一人だけ。
それを思えば、やってくるのが誰かわかる。
扉の向こうから現れた人物は浅水。
挨拶しながらリビングに入れば、空いている場所を探す。


「浅水、殿。よく眠れただろうか?」
「おはよう、敦盛。うん、よく寝たよ」


敦盛に返す返事が、昨日の自分を見ている人たちにも聞こえるようにする。
これだけ人がいるのだ。
あからさまに自分の状態を聞いてくる人はいないだろうが、心配しているだろう事は想像に難くないから。
せめて、大丈夫だということだけは伝えておきたい。
敦盛と二言、三言話しながら浅水が向かったのはソファーだった。


「浅水姉さん、朝食はどうするんだ?」
「とりあえずコーヒーだけ頂戴」


譲の言葉に返事をしてソファに座れば、浅水はようやく望美の姿に気がついた。
リビングにある時計と望美を交互に見る。
有川家で朝食だったのだ。
それなりの時間であることは確か。
それなのに、お隣の少女が既に家にいる。


「……明日は雨が降るかな」
「ちょっと、浅水ちゃんっ!」


外を眺めながらボソリと呟いた浅水の言葉を聞き取り、望美がその場に立ち上がる。
ムキになって反論してきた望美に、浅水は思わず吹き出した。
どうやらそれがツボに入ったらしく、身体を丸めて肩を震わせている。


「浅水ちゃん、ひどーい」
「ごめんごめん」


ソファに座って非難すれば、謝りながらも目に涙を浮かべて、ひーひー言っている。
そんなに面白かったのだろうか、と思うが、自分からすれば全然面白くなどない。


「お、うちの近くか」


そんな中、テレビを見ていた将臣が声を上げた。
どうやら見ていたのは朝のニュースらしい。
テレビのボリュームを上げれば、キャスターがニュースを読み上げている。


「佐助稲荷だな。本殿の屋根の一部が壊れたらしいぜ」


どうやら雷が原因らしいが、この時期に雷など起きるだろうか?
それに、昨日雷など鳴っていたか?
妙な発作のせいで早めに寝てしまった浅水は、あれから天気が崩れたのかもわからない。


「雷ねぇ……」
「こんな季節に雷なんて、珍しいですね」


片付けながらニュースを聞いていた譲も、思わず呟いた。


「もしかしたら龍脈の乱れが天候に異変をもたらしているのか」


敦盛が言えば、そこから展開される話は昨日の扉のこと。
けれど、みんなで話し合っても何一つ問題が解決するわけでもない。
扉についてもしかり、龍脈についてもしかり。


「そういえば、鶴岡八幡宮の怨霊と戦ったときに、大階段に人がいたんだけど……」
「人、ですか?」


望美が昨日のことを思い出していれば、あの場には自分たち以外に人がいたと言い始めた。
けれど、誰もが怨霊との戦闘に夢中で、望美が見たという人を見ていない。


「浅水ちゃんは?戦闘に参加してなかった浅水ちゃんなら、見てないかな?」
「私?」


いきなり話を振られて、思わず自分自身を指差す。
望美が言う、人。
どうやら「変わった服を着ていて、割と目立つ若い人」らしいが、浅水自身もみんなの姿を見ているのに夢中だった。
それは、戦闘に参加できない分、全てを見届けたいという気持ちが強い。


「……悪いけど、見てないよ」
「そっか……どこにいるかわかればいいんだけど」


浅水が最後の希望だったのか、見ていないと言われた途端に、望美はがっかりと肩を落とした。
結果、望美が鎌倉の龍脈を巡り、手がかりを探すしかないということになった。


「よしっ、頑張らなきゃ!」


両手で小さく拳を作り、自分に気合いを入れる。
今の姿を見る限り、怨霊が怖いと言っていた彼女の姿は夢ではないかと思われる。
だが、やはり望美はこうでなくては。


「気合い充分だね」


そんな望美に水を差すようなことを言うのは、ヒノエ。
やる気がないと取られかねない言葉に、敦盛が首を傾げている。


「オレは他にも興味あることが盛りだくさんでね」


ヒノエの言葉に、どこか嫌な予感を覚えたのは浅水。
今の時期から考えれば、ヒノエの気を引きそうな物は一つだけ。
熊野にいたときに、こちらのイベント事は少しだけ教えたが、さすがに今月のイベントは教えていなかった。


「聖なる夜を姫君と迎えるなら、どこがいいか……とかね」


言って、浅水に向かい一つウィンク。
それを見て、自分の予感が当たっていたことを知る。
お祭り事が好きなヒノエが、現代のイベントであるクリスマスを見逃すはずがない。
恐らく、クリスマスに向けて何らかの準備をしているに違いない。
だとすれば、自分も彼にプレゼントを考えなければいけないだろうか。
ヒノエの言葉に目を丸くしてしまった敦盛たちには、またしても譲が説明している。
そして、望美自身は来るべきクリスマスを考えて、楽しそうにニコニコとしている。
相変わらず、わかりやすいというか何というか……。
だが、クリスマスにパーティーをやるのならば、プレゼントは全員に平等に、だろう。
時間を見て、一度買い物に出掛けなければならない。


「クリスマス、か」


思えば、クリスマスをするのも十年振りだ。
恐らく、今年のクリスマスは今までの中で、一番の物になるだろう。


「楽しみだね、浅水ちゃん」
「そうだね」


笑顔を浮かべて本当に楽しそうに話す望美に、思わず浅水もつられて笑った。










昨日の浅水を見ている五人は、二人のそんな姿を見てどこか安堵した。










知らないふり、していてよ 










昨日の五人……ヒノエ、弁慶、敦盛、将臣、景時

2007/12/29



 
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