重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









一体何だというのだろう。










今まで、こんな事なかったのに。










再びやってきた発作は、何を意味するの──?










Act.13 










京にいた頃と同じように、大勢で食卓を囲む。
その後は少し談笑し合い、それから個人の時間。
暗黙の了解のようなそれは、いつまでも、どこにいても変わらなかった。
九郎やリズヴァーンは、現代に来ても早朝から朝稽古をしているため、夜は早い。
朔は春日邸に泊まるため、夕食が終わると望美と共に帰って行く。
白龍はその日その日によって違う。
けれど、図体は大きい割に、中身は子供と同じなのか、決まった時間になると眠くなるようだ。
逆に、夜遅くまで起きているのは現代組と、天地朱雀。
そして景時と敦盛だ。


敦盛は怨霊となってから、あまり睡眠を取っているところを見たことがないが。


譲は夕食の後片付けや翌日の朝食の準備といった、主婦まがいなことをしている。
将臣はリビングで雑誌を見たりドラマを見たり。
天地朱雀も、それに似たり寄ったりだ。

時空を越える前は、夕食が終われば自分の部屋へ戻っていた自分たち。
けれど、大人数の来客があってからは、それも少しずつ変わっていた。
現代でこんな日常を送るなんて、誰が想像できただろうか。
それもこれも、きっかけは望美が白龍の神子に選ばれてから。










否。


祖母が、白龍の神子を捜しに、現代へやって来てから。










もし祖母が星の一族などという物ではなくて。
異世界から来たのではなく、現代の人だったら。
自分たちは今この場にはいないだろう。
それを思えば、時空を越えてくれたことに感謝こそすれ、恨む物ではない。
けれど、今の自分の現状を考えれば、恨み言の一つも言いたくなると言う物。


(せめて婆様がどこまで私の未来を見ていたかわかれば……)


浅水が生まれたときに、泣いて謝ったという祖母。
彼女は、その力でどこまで運命を予見したのか。
今の状況も知っていたのなら、何か解決策があるか問うていただろう。



故人にはとうてい答えられるはずがない。



それがわかっているからこそ、尚更もどかしい。


「お風呂、もらったよ〜」


カチャリとリビングの扉が開き、入ってきたのは景時だった。
今までお風呂に入っていた彼は、すっかりと寝間着を着て、肩にタオルを掛けていた。
風呂上がりと、早朝。
寝起きの彼は髪をセットしていないから、前髪がある。
どちらかというと、前髪を下ろした方が若く見えるのだが、毎日のようにセットし続けるのは彼のファッションの一部なのか。


「次に誰か行きましたか?」
「いや、九郎たちは先に入ったみたいだから、オレの後はいないんじゃないかな?」


やって来た景時に譲が尋ねれば、風呂に入っていないのはリビングに残っている自分たちだけらしい。


「なら、次は俺が入ってきます」


そう言ってリビングを出る譲をぼんやりと見やる。
さすがに十人も一緒にいれば、風呂の順番も容易ではない。
望美と朔が帰ってしまえば、有川邸に残る女は浅水一人だ。
始めは浅水も春日邸にくればいい、と望美が提案したが、それをやんわりと拒否したのは自分自身。
自分の部屋がある家ではなく、隣の幼馴染みの家に厄介になるのもどうかと思ったのだ。
男の中に女が一人、という状況はさすがに将臣や譲も躊躇ったらしい。
望美の言葉を断った自分に、あまりいい顔はしなかった。


(男の中に女が一人、なんて水軍じゃよくあったんだけどな)


水軍の一員として、ヒノエと共に航海をしていたときも、女は自分一人だった。
さすがに男の格好をしているとはいえ、男女の違いは明らか。
寝室が一人個室だったのも、懸念を抱いたヒノエや湛快の配慮だろう。
今の有川家は、それとほぼ変わらない。

だが、入浴は時間が重なるとマズイので、浅水は最後に入る。
熊野にいたときだって夜は遅かったのだ。
現代に戻ってきても、それは変わらない。
変わったのは、起床時間。
今の姿になってからは、何時に寝ても起きる時間は誰よりも遅い。

溜息一つついて、ソファの背もたれに背を預ける。
先程から、チラチラと視線を感じるが、それが誰の物かなど確かめるまでもない。


感じる視線は二つ。


その内の一つは十中八九ヒノエだろう。
だとしたら、もう一つは弁慶だろうか。
鶴岡八幡宮で、自分を見ていた彼の視線。
何か言いたげな口は、結局言葉を紡ぐことはなかった。
それは、あの場にヒノエもいたせいなのか。
それとも他に理由があったのか。
何にせよ、弁慶が何か言いたいのは自分に対してなのだろう。
いつか折を見て話をしておくべきか。
昼間ならヒノエはどこかへ出掛けるようだから、それを狙えばいいだろう。


「浅水ー。譲が風呂から上がってきたら、今日は先に入っちまえ」
「へ?」


ふいに言われた言葉に、思わず上体を起こす。
いつもならそんなことを言わない将臣の、突然の申し出。
だが、いくら将臣の勧めでも、この場には未だ天地朱雀がいる。
彼らもまだ風呂に入っていないのは、帰ってきてからずっと姿を見ているせいで知っている。
例え将臣が入らないとしても、彼らが入ればいいだけの話だ。


「そうですね。浅水さんも、たまには早く寝た方が良いんじゃないですか?」
「……弁慶。それは最近の起床時間が遅いとでも言いたいの?」


ひくり、と頬が引きつるのを感じる。
弁慶に言われるまでもなく、自分の起床時間が遅いのは浅水が一番気にしているのだ。
早く寝て、それで解決するような物ならば、とうにやっている。
それをやっても変わらなかったから、ならば普段通りに過ごしても構わないだろうと諦めた。


「そういうわけじゃありませんよ」
「ならどういう意味よ」


苦笑を浮かべながら、けれど弁解するつもりがないところを見ると、図星なのだろう。





自分の意志でどうにかできない物を、いったいどうすればいいというのか。





解決策があるというのなら、是非とも伝授して欲しいくらいだ。
それまで目覚まし時計など無用の産物でしかなかったのに、今では目覚まし時計ですら、効果がないのだから。


「みんなはまだ入らないの?」


自分に風呂を勧めるからには、何か理由があるのだろう。
その理由を問えば、もう少ししたら始まるドラマを、リアルタイムで見たいらしい。
誰も入らないというのなら、たまには先に入るのもいいかもしれない。
ドラマを見るならば、少なくとも一時間はゆっくりとしていられる。
それならば、と一度部屋に着替えを取りに行くために、浅水がその場に立ち上がる。
けれど、立ち上がった浅水は直ぐさまソファへ舞い戻った。


「……っ」
「浅水?」


そんな浅水の様子を見ていた将臣が、思わず眉を寄せた。
両手で胸元の服を押さえ、その場から動こうとはしない。





どこかでこれとよく似た光景を見なかっただろうか──?





将臣は、自分の記憶を手繰り寄せる。
一体どこで?


「おい、浅水。どうかしたのか?」


彼女の側まで近付いて呼びかければ、何事かあったのか、とリビングにいた人たちからの視線が向けられる。


「っ…………」


上手く呼吸のできない身体は、将臣の言葉に返事を返すことすらできなかった。
額にじっとりと滲む汗は、脂汗。
そこでようやく、数日前の出来事を思い出す。
あのときも、浅水は今と同じような状況にならなかっただろうか。


「弁慶!ちょっと来てくれ」


その時は自分しかいなかったが、今なら薬師である弁慶もいる。
それに、彼ならば浅水の身体のことも知っているだろう。


「どうかしましたか?」
「浅水の様子がおかしい」


いつになく慌てた口調の将臣に、事の重大さを感じた弁慶が慌ててやってくる。
弁慶は、浅水の姿を見るなり、その綺麗な表情を歪めさせた。


「浅水さん、僕の声が聞こえますか?」


その場にしゃがみ込み、浅水の肩に手を置いて尋ねる。
僅かに頭が動くが、けれどそれだけ。
さすがの弁慶も、初めて見る浅水の様子に戸惑っているらしい。
眉間に深い皺を刻み、黙って彼女が落ち着くのを待っている。


「も……大丈夫」


しばらくして、ようやく呼吸が落ち着くと、浅水は自分を心配している人たちへと言葉を紡いだ。
それから、大きく深呼吸をして、肺に空気を送り込む。
心臓が未だにドクドクと脈打っている。
まるで、長距離を駆けているような、そんな感じ。





数日前にも同じようなことがあった。

けれど、あんなことは何度もないと、そう思っていた。





何か原因でもあるのだろうかと思い返してみるが、やはり心当たりはない。
病院で検査をしていないからハッキリとは言えないが、突然何かの病にでもかかったのだろうか。


「浅水」


汗で額に張り付いた髪を払いながら、自分の身を案じているのは緋色。
何か言葉を発するよりも早く、ふわりと身体が宙に浮く。


「弁慶、いいよな?」
「ええ」


言葉少なに尋ねれば、帰ってくるのは肯定のみ。
ヒノエに抱き抱えられているのだとわかったのは、変化した視界と彼が動くたびに身体から伝わる振動。
少しでも身体を動かそうとすれば、抱えられている腕に力が込められる。


「無理しないで、オレにその身を委ねときな。その方がお前も楽だろ?」


耳に届く声に、何処か安堵を覚えるのは何故だろう。
ヒノエの言葉に甘えるように、彼の胸元に自分の身体を近付ける。
縋り付くように、思わず彼の服を掴めば、自分を見つめる視線がとても優しい。
そんな視線を感じながら、浅水はそっと目を閉じた。


「ヒノエ」
「ん」


浅水を抱えているヒノエに代わり、いつの間にいたのか敦盛がリビングのドアを開く。
二人の後ろ姿を見送るものの、リビングに残る彼らの表情は硬い。





リビングから、二階にある浅水の部屋までは、そう長い距離ではない。
それなのに、訪れる眠気は自分が瞳を閉じているせいか。
先程のことで疲弊しきった身体は、いつもよりも睡眠を欲している。


少しだけ、浅水を抱くヒノエの腕に彼女の重みが増える。


「浅水?」


名を呼んでも返事が返ってこないところを見ると、どうやら眠ってしまったらしい。
そのことに、ホッとする反面、不安がつきまとう。
こうして彼女を運ぶのは、屋島での一件以来。





確かに感じる体温は、腕の中の少女が確かにこの世に存在していることを教えてくれる。


けれど、このまま瞳が開くことはないのでは、と良からぬ思いが頭をよぎる。





あのときも、浅水はただ眠ったようにまぶたを閉じていた。
外傷がなかっただけに、その呼吸が止まっていなければ、勘違いしていただろう。
既視感。
そう呼んでも構わないであろう今の状況。
リビングで見た浅水の様子も加えると、どうしても意識は負の方向へと向かってしまう。










脳裏に焼き付いた浅水の「死」










それは、決して消え去ることのできない事実。
四神の力により、蘇った彼女が、いつまたこの世から去るとも限らない。


「らしくねぇ」


小さく舌打ちすると、ヒノエは浅水の部屋へと残りの距離を急いだ。










ヒノエの匂いに包まれて、浅水の意識は、深く、沈んでいく。










この痛みが、唯一の絆 










ヒノエが哀れ……

2007/12/28



 
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -