重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









次から次へと、問題ばかりが増えていく。










そんな中、悟ってしまった自分が嫌い。










馬鹿だったら、こんな気持ち知らなかったのかしら。









Act.12 










望美が怨霊を封印して少したてば、戦装束だったヒノエたちも再び現代の服へと戻った。
いつまでもあの格好のままでは、景時が結界を解除したときにコスプレ集団と見なされてしまうだろう。
それを思えば、元の姿に戻ったことは都合がいいのだろうが。
元々、戦装束にすらならなかった浅水は、相も変わらずそのままだ。
ヒノエと二人、少し離れたところで望美たちを見ていれば、どうやらみんなが望美をねぎらっているらしい。
それもそうだろう。
昨日のあの様子と、刀を手にするまでの様子を見れば、誰だって彼女がやり遂げたことを褒めてやりたくなる。
だが、果たしてあの怨霊を倒しただけで、龍脈が整うのかどうか。


「浅水」


くい、とヒノエが自分の服の裾を掴む。
どうやら視線は他のところにあるらしい。
服を掴む手と顔は、全く逆のところにある。


「何?」


とりあえず、ヒノエが服を掴んでいる手を外させ、彼の視線の先を追う。
ヒノエが見ているのは、大階段の方。
一体そんなところに何があるというのか。
つられるように大階段を眺めれば、それまではそこになかった物がそこにあった。


「ちょっと、何よこれ……」
「仕方ねぇな、ちょっと弁慶呼んでくる」


そう言って、弁慶の元へと駆けていくヒノエをよそに、浅水は突如現れたそれを見上げた。

大階段のちょうど一段目の辺りだろうか。
そこにあるのは、大きな一枚の扉。
昨日までは確かになかったそれは、存在感を露わにしている。
浅水は恐る恐る扉に近付いてみた。



目の前まで移動すれば、その大きさは嫌でもわかった。
ドアノブに手をかけ、押したり引いたりしてみるが、びくともしない。
どう見ても錠などあるようには見えないのだが、内側から鍵でもかかっているのだろうか。
だが、もし内側から鍵がかかっているのなら、こちらから開くことはできない。
中に一体何があるのかわからないが、これも龍脈と何か関係があるのだろうか。


「浅水さん、ちょっといいですか」


ヒノエに呼ばれてやって来た弁慶が、扉の前に立った。
やはり、浅水と同じようにドアノブを押したり引いたりしている。


「私もやってみたけど、扉が開く気配はなかったよ」
「そのようですね……」


扉を見つめながら何かを考える弁慶の目は、あちらの世界にいた頃と同じ物になっていた。
鋭い視線で扉を見つめる。
何度か扉をノックしてみたが、やはりそれは開く気配を見せない。


「ちょっと望美さんたちを呼んできます。二人はこのままここにいて下さい」


そう言い残して、残りのみんなを呼びに行く弁慶を見送る。



重厚な扉は一枚だけ。



普通なら、扉に続くはずの空間がない。
反対側に回ってみても、同じような扉があるだけ。
扉の後に続いているのは、鶴岡八幡宮の大階段。
これでは、本当に扉だけがあるようにも見える。


「次から次へと、厄介なことばっかりね」


お手上げ、と言わんばかりに両手を上に上げてから、ヒノエの隣へと舞い戻る。
扉を見つめるヒノエの表情も、どこか難しい。


「チッ……こりゃ、どう見ても面倒なことになってるじゃん。どうせ裏も同じだったんだろ?」
「ご名答」


尋ねられ、同意するように肩を竦めれば、バタバタと走る音が聞こえてくる。
弁慶に言われ、急いできたのだろう。


「どうかしたの?」


ひょい、と顔を覗かせる望美に、弁慶が扉を示す。
するとその扉を見た望美も、目を丸くした。


「何、これ……何でこんなところに扉?」


望美の呟きは、そのまま現代組の呟きにもなる。
今までこんな扉など見たこともない。
それに大階段の一番下に、こんなに大きな扉があったのなら、ニュースで報道されているだろう。


「どこでもドアじゃねぇんだから、これ一枚だけってのは有り得ねぇだろ」


浅水と同じように、扉の周りを一周した将臣が、髪を掻きながら言った。
案の定、将臣の言葉を理解できなかった九郎が頭を捻っている。
それに説明を始めるのは、やはり譲だ。
相変わらず、貧乏くじを引かされるというか、面倒ごとを押しつけられるというか……。
けれど、最近はそればかりしているせいか、文句の一つも零さない。
そのことには、頭が下がる。



それぞれが銘々に扉を調べるが、結局、扉が開くことはなかった。



これ以上は何をしても無駄だと悟ると、ひとまず有川邸に戻ることになった。
その際、扉に結界を張っていくのを忘れない。
突然こんな扉が現れたら、いくらなんでも不自然だ。
それに、この扉を撤去されても困る。


恐らくこの扉が、龍脈に何らかの形で関わっているのだろうから。


突然現れた扉。
そして怨霊を倒しても整わない龍脈。
これがこの先どう繋がるというのか。


「よし、これで他の人には扉は見えないはずだよ〜」
「ありがとうございます、景時さん」
「それじゃ、帰りましょうか」


景時が結界を張り終わるのを待ってから、一斉に帰路へつく。
ぞろぞろと集団で歩くとき、どうしても後方へと下がってしまうのは、あちらの世界にいたときの名残だろうか。
前を歩く望美たちを見ながら、浅水はぼんやりとそんなことを思った。





どうしても拭えない疎外感。

変わったのは外見だけと、そう思えないのは何か理由があるのだろうか。





自分の手のひらを見つめながら、小さく拳を作る。
今の姿で剣を手にしたら、自分はちゃんと動けるのだろうか。


気にかかるのは、それ。


仮に元の姿のままでも、湛快に稽古をつけてもらったときのように動けるのならばいい。
けれど、もしそうでなかったら?
足手まといの何物でもない自分ができることは、龍脈の乱れを調べるだけ。
それでなくとも今日だって。
何もできずに、安全な場所でただ見ているだけ。
誰かが傷を負っても、手当てすらできず、その場に佇んでいることしかできない。



それがどれだけ辛いことか。



目の前の現実に、自分は何もできないことをむざむざと見せつけられるだけ。
無力な自分は、どうしてこの場にいるのだろう。


「……、浅水!」
「あ……」


自分の思考に深く潜り込んでいた浅水は、すぐ側で自分の名を呼ぶヒノエの声で我に返った。
そんな彼の表情は、どこか辛そうで。
どうしてヒノエがそんな顔をしなければならないのか、疑問にさえ思う。


「大丈夫。大丈夫だから、さ」


そう言って、浅水が作った拳をやんわりと包み込む。
どうしてだろうか。
ヒノエの言葉に、沈み込んでいた気持ちが浮上してくるのがわかる。


「うん、そうだね」


小さく頷いて、ぎこちなくでも微笑めば、そのままきつく抱きしめられる。
大丈夫、と何度も繰り返すヒノエに、そうなんだ、と納得する。





ヒノエも、自分と同様に不安なのだ。





ただ、彼の不安は自分の物とは別のところにあるのだろうが。
それを指摘するつもりはなかった。
だって、彼からすれば、それが当たり前のことなのだから。















今の自分の姿は、ヒノエにとっても異質でしかない。















ヒノエが見てきた「浅水」の姿は、あちらの世界での姿。



現代の自分の姿じゃ、ない。



だからきっと、ヒノエが言っている「大丈夫」はヒノエのヒノエ自身への言葉。
ヒノエの背に腕を回し、ポンポンと軽く撫でる。
まるで幼子にするようなそれを、ヒノエは何も言わずに受け入れた。
視線を感じて浅水が顔を上げれば、先を歩いていたはずの弁慶が立ち止まり、じっとこちらを見つめている。
力なく微笑んでみせれば、やはり弁慶もその綺麗な表情を歪めた。
弁慶は一度何かを言いかけて、躊躇うようにその言葉を飲み込めば、くるりと踵を返して先へ進む。
よく見れば、先を歩いていたみんなの姿はもうなかった。
少しして、落ち着いたヒノエと有川邸へと戻れば、夕食の準備へと取りかかる。
そこまではいつものこと。










変化があったのはその夜。










数日前に起きた、発作のような身体の変調が、再び浅水を苦しめた。










怖いのは、あたりまえのこと 










色々とわからないところは捏造してます

2007/12/25



 
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