重なりあう時間 第二部 | ナノ
期待するだけ馬鹿を見る。
そんな言葉もあったよね。
いっそ、期待を持たなければいいのかな。
Act.11
再び鶴岡八幡宮へと向かえば、昨日結界で包んだ怨霊が未だそこにあった。
──封印をしていないから、当然と言えば当然なのだが──
鶴岡八幡宮へ着くまで、武器は景時の陰陽術で目くらましをかけ、そこには何もないように見せていたらしい。
そして、武器を持っていないのは、相変わらず浅水と望美。
望美がどうして武器を持っていないのかはわからない。
だが、浅水は自分の意志で武器を手にしなかった。
以前とは違う自分の手。
果たしてこの手で武器を持つことができるのか。
ついたはずの筋肉だってなくなっているのだ。
ハッキリと断言できないのが、辛い。
出掛けに、小太刀を前に悩んでいた浅水に、決断させたのはヒノエだった。
「浅水はオレが守ってやるよ」
たったそれだけの言葉。
けれど、ヒノエは一度言ったことを違えたことはない。
だから、彼の言葉を信じた。
そこまで言ってくれるのなら、たまには大人しく守られるのもいいかもしれない、と。
どうせ、いつも戦闘には参加していなかったのだ。
今更参加できなくても、戦力が減ることはない。
鶴岡八幡宮までやってくれば、浅水は一人離れた場所にいた。
目の前で繰り広げられる戦闘を、ただ見ているだけ。
けれど、やはり望美は昨日とあまり変わらない。
どこか恐怖をその目に浮かべ、震える身体を押さえている。
「っ……目を逸らしちゃダメなのに、どうして」
零れる言葉は悔しさからか。
みんなよりも少し下がったところにいるのは、みんなが盾となって望美を庇っているから。
八葉が怨霊と対峙しているが、どうしてなのかあまりダメージを与えていないように見える。
(怨霊の力が強くなってる?)
そんなことが現代でもあり得るのだろうか。
「そなたの失いしもの。そなたの内なる空虚に恐れがこだまするがゆえ」
「あなたは?」
そんな中、望美がまたしても誰かと話をしているようだった。
けれど、それに気付いている人はいない。
みんな目の前の怨霊に手一杯で、他を見る余裕がないからだ。
浅水が気付くことができたのは、戦闘に参加せず、離れたところから傍観しているせい。
「これは、そなたのものであったのだな───暖かく、強い」
差し出された青い宝石のような物。
手のひらにすっぽりと収まるそれは、太陽の光の下で綺麗に輝いている。
けれど、望美にはそれが何かわからない。
「それは……?」
「そなたの一部だったもの、剣だ。だが、今となっては異物ともなる。要るか?」
要るか、と聞かれても、自分でどうしたいのかわからない。
怨霊は怖い。
けれど、みんなが傷つくのを見ているのは、もっと嫌。
望美の中で、葛藤が生まれる。
どうすればいい?
「きゃぁっ!」
「朔っ!」
不意に聞こえてきた親友の悲鳴に、望美は慌てて振り返った。
そこには、怨霊の枝に身体を拘束されている朔の姿。
側へ駆け寄り、自分の手で枝を取り払おうとするが、思っている異常に枝は固く、取れそうにない。
「どけっ、俺が切る!」
「じゃあ、今術で──」
将臣と景時の言葉に、その場から離れる。
術で怨霊を抑えて、将臣の剣で枝を切り落とすのだろう。
けれど、怨霊の力の方が強く、逆に二人が攻撃を受けて倒れてしまう。
「将臣くん!景時さん!」
蘇るのは過去に見てきた悲劇。
あの時も、自分の力が足りないばかりに、沢山の人が犠牲になった。
そんなことにならないようにと、自分は力をつけてきたはずなのに。
「そんなのは、もう嫌だ。もう誰も、失いたくない」
キッと前を見据え、武器も持たずに怨霊へと近付いていく。
それがどれほど危険なことなのか、知らない望美ではないはずなのに。
「あの、馬鹿っ」
浅水は思わず歯噛みした。
彼女の気持ちはわからなくもない。
それよりも、痛いほどにわかる。
望美は戦闘に参加しているが、戦闘に参加しない自分はいつも見ていることしかできないのだ。
見ているだけがどれほど辛いか、それは見ている者にしかわからない。
いつも戦闘に参加している望美だから、それには耐えきれなかったのだろう。
「武器も持たずにどうするつもりだ!」
「下がって下さい、そのままじゃ先輩の方が!」
怨霊に向かって真っ直ぐ進む望美に、誰もが声を上げる。
望美が傷つくことを、この場の誰が望むというのか。
「もう、みんなが傷つくのを見て、何もできないのなんて嫌!」
はっきりと告げる望美の瞳に、恐怖の色はない。
けれど、怨霊を見据える彼女の瞳は、誰の目にも見えなかった。
そして、虚空から現れる一本の剣。
それが望美の手にしていた剣だというのは、直ぐさまわかった。
だが、どうしてそれが今ここに現れるのか。
「神子、あなたはその剣を持ち、戦うことを望んだ。そうだね?」
「うん」
白龍の言葉にも振り返らずに頷く。
彼の言葉が確かならば、望美が戦うことを望んだから、あの剣が現れたということになる。
望美の持つ、唯一にして最強の武器。
剣を手にするということは、迷いを、恐怖を捨てるということ。
「これは……」
敦盛の、どこか驚いたような声を聞き、浅水は彼を見た。
彼が驚いた理由は一目瞭然だった。
なぜなら、現代に合った服装だったはずなのに、いつの間にか戦闘服へと変わっていた。
同様に、他のみんなも。
だとしたら、自分も翅羽だったときの服装になっているのだろうか。
少しだけ、そんな淡い希望を抱いてみる。
意を決して自分の服装を確認してみるが、残念なことに、自分だけはいつものまま。
姿が変わることはおろか、あちらの服装にすらなっていない。
そんな予感はしていたが、実際にそれを目の当たりにすると、ショックの方が大きい。
「私だけが、異質、ね」
何処か諦めたように、小さく地面を蹴る。
四神の力を借りられないだけではなく、姿まで変わって。
一体どこまで自分は変わるのだろうか。
それとも、現代に戻ってしまえば、自分の役目はもうないということか。
あちらの世界へ飛ぶ前は、星の一族のこともすっかり忘れていた。
それに、夢で先を視たことすらない。
せいぜい人よりも勘が良かったくらいだ。
「私は一体、何」
それは、元の姿に戻ってから、ずっと思っていた。
答えられる人のない問いは、いつまでも自分の中に。
いつまでも消化不良で燻っているそれは、消えることなく心の片隅に残っている。
「行こう、みんな。あの怨霊を封印する!」
「OK!そうと決まりゃ話は早いぜ」
望美の調子がそれまでと同じになった途端、みんなの士気が一気に上がる。
やはり、望美が共に戦うことは、誰にとっても心強いものなのだろう。
それに戦うということは、封印にも繋がる。
怨霊の攻撃をものともせずに、剣を振るう望美の姿はまさしく戦神子。
誰よりも勇敢で、誰よりも美しい。
「めぐれ、天の声!
響け、地の声!
彼の者を、封ぜよ!」
封印の言葉がその場に響く。
みんなの攻撃で弱らせていたせいか、怨霊は比較的簡単に封印することができた。
そのことに安堵の溜息をついたのは、他でもない望美だろう。
「浅水」
戦闘が終わったヒノエがこちらへとやって来たが、浅水の姿を見るなりその場で足を止めた。
自分たちの姿が戦装束へと変化したのだ。
もしかしたら、という気持ちが彼の中にもあったのかもしれない。
浅水自身にも、それはあった。
期待していた分、その事実は衝撃的。
曖昧に笑んでみせれば、ヒノエに強く抱きしめられた。
「浅水……っ」
「うん、わかってるよ」
彼が何を言いたいのかなんて、考えなくてもわかる。
どこへ行っても自分はヒノエを心配させてしまうらしい。
誰か、答えを頂戴。
私だけが違う事への、答えを。
消せない不安
浅水の姿が変わらないのは理由があります
2007/12/24