重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









お前が抱く焦りや苛立ちを知ってるよ。










それに気付けないほど、オレの目は節穴じゃない。










なぁ、お前を守ってやれるのはオレだけだって、思ってもいいだろ?









Act.10 










早朝というよりも、もう少し遅い時間。
あの望美ですら、既に起きて有川邸にやって来ている時間。
けれど、未だベッドとお友達な人物がここに一人。

言わずと知れた、浅水である。
ここ数日、めっきりと朝が弱くなった彼女のことを、誰もが疲れが溜まっていたのだろうと判断した。
龍脈の乱れについて、町へ出て探すことになっていたが、原因がそう簡単に見つかるわけでもない。
仮に、見つかったとしても携帯で連絡を取れば、それで事足りる。
そう判断して、誰もが浅水の眠りを妨げる事をしなかった。
けれど、今日はそういうわけにも行かない。
なぜなら、望美が再び鶴岡八幡宮の怨霊と対峙すると言ったからだ。
あの怨霊が龍脈の乱れの原因なら、浅水も一緒にいた方がいい、とは白龍の言葉だ。
望美が浅水を起こしに行くと言ったが、それを遮ったのはヒノエ。



将臣や譲ほどではないが、十年間同じ邸で暮らしていたのだ。

それなりに、彼女の起こし方も心得ている。



けれど、実際に浅水の部屋へ来て彼女を起こそうと試みたが、何をやっても効果なし。
耳元で叫んでみても、その身体を揺さぶってみても。
熊野にいたときは、浅水の部屋に入ろうとすれば、その気配で目が覚めていたのに。


(これはただの疲れとは違うな……)


深い眠りについている浅水のベッドの端に腰掛ければ、ギシリとそのスプリングが鳴る。


「眠り姫は王子様のキスで目を覚ますって言うけれど、オレの姫君はそれで起きてくれるかな?」


頬にかかる髪の毛に触れれば、指の間からサラリと零れていく。
長かったはずの髪は、元の姿に戻った途端、短くなった。
短い姿も悪くないと思ったのは、彼女が元の姿に戻った朝のこと。



一瞬、それが誰かわからなかった。



けれど、話し方や態度はそれまでの物と全く同じ。
だから浅水自身なのだとわかるけれど。
全くの別人と話している気分になるのはどうしてなのか。





「ねぇ、浅水」





寝ている彼女の顔の両側に手をつく。
吐息が触れるほどに顔を近づけても、起きる様子すら見られない。
ここまでくれば、さすがに異常だろう。










「お前の容姿が変わったのと、お前から感じていた神気がなくなったのは、何か関係があるのかい──?」









先日、公園で言いかけた言葉。
彼女は気配を感じるかと聞いてきたが、ヒノエはむしろ、その気配を感じなくなったことに戸惑うばかり。
姿が戻る前までは、確かに感じていた神気。
それは、自分もよく知っている熊野権現のもの。
そして、彼女が力を借りている四神のもの。



四神の力が借りられないといった時点で、確かに浅水から四神の神気は感じられなくなった。

だが、そのときには確かに感じられたはずの神気。

それすらも、突然掻き消えてしまっていた。





そして、その日から始まった彼女の異変。





何か関連があると考えていいだろう。
だが、その原因もわからない。
四神に関しては、龍脈の乱れを解決すれば何とかなりそうだが、熊野権現についてはさっぱりだ。


「どうしてお前ばかり、こんなことになるんだろうな」


できることなら代わってやりたい。
けれど、そう簡単にできないということも知っている。
せめてこの手で何とかできることならば、何とかしてやりたいと思うのが熊野の男だ。




「好きな女も守れねぇなんて、男じゃねぇよ」





呟かれた言葉は、寝ている浅水には届かない。
それに少しだけ苦笑する。
じっと浅水の寝顔を見つめてから、ヒノエはその唇に触れた。
始めは軽く。
まるで啄むように何度も何度も。
けれど、それでも反応を返さない浅水に痺れを切らせた。
深く、貪るように。
長い口付けはやがて、浅水を反応させていく。


「んんっ……」


息苦しさからか、くぐもった声が聞こえてくる。
だが、それでもヒノエは止めるつもりはなかった。
更に深く、情熱的なキスを続けていれば、軽く押される自分の胸元。
最後にわざと音を立てて離れれば、そこには目を潤ませて自分を睨んでくる浅水の顔。
息が多少上がっているのは、酸素が足りないせい。


「おはよう、オレの姫君」


言いながら頬を撫でてやれば、不機嫌そうにその手を払われる。


「朝から、何やってんのよっ」
「眠り姫に、王子からの目覚めのキスを、ね」


頬を朱に染め、未だ潤んでいる瞳で睨まれても、迫力がない。
むしろ、息を呑むくらいに扇情的。


「ねぇ、浅水」


再び顔を近付け、耳元で囁けば「何よ」と素っ気ない声で返される。
そんな様子ですら、普段と変わらない。
けれど、その顔が赤くなっているのは、実際に見なくてもわかる。





「朝からオレを、誘ってる?」





妙に掠れた熱い声。
そんなヒノエの声に、浅水が感じないはずがない。


「……っ……」


案の定、返す言葉もなくなった浅水に満足して、ヒノエはその身体を浅水から離した。
上から彼女の顔を覗き込めば、ぱくぱくと口を動かしている。
まるで呼吸を忘れた金魚のようだ。
そこまで反応されると、悪戯心に火がついてしまう。


「姫君のお望みとあらば、このままベッドの中までお相手するけれど?」


そう言って、耳に吐息を吹きかければ、思い切り枕で叩かれた。


「何考えてんのっ!」
「もちろん、浅水。オレはいつだってお前のことだけを考えてるよ」


やってくる枕攻撃をサラリとかわしてベッドから離れる。
すると、浅水もベッドに上半身を起こして臨戦態勢に入った。
ここまではっきりとした態度を取られれば、完全に覚醒したと思ってもいいだろう。


「ま、冗談はそれまでにして、望美がもう来てるよ」


安全圏まで移動してから、自分の当初の目的を告げる。
本当なら、彼女が起きた時点で言うはずのその言葉は、遊んでいたせいか思っていたよりも時間がかかった。


「望美?」


だが、幼馴染みの名前が出てくると浅水はピタリと動きを止めた。
そのままベッドヘッドにある目覚まし時計を慌てて取り、時間を確認する。
時計を見たきり、ピクリとも動かなくなった浅水に、ヒノエは首を傾げた。
何かあったのだろうか。


「やだ、また寝坊したんじゃない……」


呆然と呟くその姿は、その事実に心底呆れているように見えた。
それから、ヒノエの言葉に直ぐさま反応する。


「で、望美が来たって?わざわざヒノエが起こしに来てくれたんだ?」
「まぁね。でも、そのおかげでお前の寝顔とおいしい思いをさせてもらったけど」


少しだけ本音を混ぜれば、小さく睨まれる。
けれど、本当のことだから、睨まれたところで痛くも痒くもない。


「とりあえず、みんな待ってるから仕度してリビングに来なよ」
「わかった」


いそいそとベッドから抜け出る浅水を見てから、ヒノエは部屋を後にする。
さすがに、女性の着替えを見ている程常識外れではない。
それに、しばらくしたら彼女もやってくるだろう。


「お前を守るのは、オレの役目だよ。浅水」


廊下に出たヒノエは、ドアの隣の壁に背を預け、誰にともなく呟いた。
そのまま少し待てば、着替えを済ませた浅水が出てくる。
ヒノエがいると思わなかったのか、部屋を出てあった姿に少し驚いたようだが、浅水が何か言うことはなかった。










二人がリビングへ行くと、望美の口からハッキリと今日の予定を告げられた。










目指すは鶴岡八幡宮。










今度こそ、怨霊を封印するために。










言葉にはできない想い 










今回はヒノエの回に予定変更。
そして伏線がまた一つ。

2007/12/22



 
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