重なりあう時間 第二部 | ナノ
 









甘い飲み物と苦い飲み物。










どちらかと言えば、甘い飲み物が好き。










もちろん、あなたも充分、甘いけどね?










Act.9 










望美が怨霊を封印できる状態にないと判断した弁慶たちは、結局、怨霊を弱らせて結界で抑え込むことに決めた。
だが、そのままの状態では結界を張っても、怨霊にその結界を壊されてしまう。
そう景時が訴えれば、リズヴァーンの提案で怨霊の身体の一部となっている木の枝を落とし、力を削ぐということに。
八葉が怨霊の力を削いでいる間、望美は朔に付き添われて浅水の元まで避難してきた。


「望美、大丈夫?」
「うん。ごめんね、朔」
「気にしないで、あなたのせいじゃないわ」


同じ神子同士、それでなくとも親友同士の二人が互いを思いやる姿は、見ていてとても微笑ましい。
けれど、そうも言っていられないこの状況。
そもそも、どうして望美が突然怨霊を封印できなくなったのか、その理由がわからない。



自分の武器がないから?



いや、武器がなくても怨霊は封印できるはず。
それに、怨霊を弱らせるのは望美でなければならないということはなかった。
基本的に望美も戦闘に参加はしているが、怨霊を弱らせるのは八葉だって一緒だったはずだ。
だとしたら、一体何が原因なのか。
白龍ならば何か知っているだろうか。
まさか、浅水が元の姿に戻った理由がわからなかったように、望美が怨霊を封印できない理由もわからないとは言うまい。
もしわからないとしたら、龍神と神子の絆がそれだけだっただけのこと。
しょせん、神といえど、その力の源が乱されてしまっては、その力も乱れるか。


「……望美が恐れているのは、何?」
「え?」


小さく呟けば、その言葉が聞き取れなかったのか、望美が聞き返してきた。
その顔色は、先程よりは幾分良さそうだ。


「浅水ちゃん、今何て言ったの?」


小さく首を傾げながら問う彼女をじっと見つめる。
大分落ち着きを取り戻してきた望美は、どこにでもいる普通の女の子と変わらない。
そんな彼女がその手に剣を持ち、果敢にも怨霊に立ち向かう姿など、誰が想像できるだろうか。


「……何でもないよ」
「えー、気になるじゃない。そうやってはぐらかすところ、弁慶さんみたい」


どうしてそこで弁慶が出てくるのか。
思わず浅水は頭を抱え込んだ。
けれど、そういう言葉が出てくるのならもう大丈夫だろう。
これ以上は自分の役目ではない。



多分、望美自身の問題。



何を決めるのも、彼女自身だ。


「随分と楽しそうですが、僕がどうかしましたか?」


不意に聞こえてきた声に、思わず頬が引きつった。
どうやら、無事に怨霊を結界に封じたらしく、みんながこちらへと歩いてくるではないか。
弁慶が真っ先にやってきたのは、先程の望美の様子を心配してのことか。
さすが、どこへ行っても薬師としての仕事を忘れていない。


「あ、弁慶さんっ。な、何でもないです」


弁慶の質問に慌てて返すのは、下手に口を滑らせた後の彼の報復を恐れてか。
けれど、そんな望美の様子を見て、何やら質問を繰り返すと、ようやくいつもの微笑を顔に張り付かせる。
その顔が出たということは、望美は大丈夫なのだろう。
──未だ、疑問は疑問のままだが。


「んじゃ、今日のところは諦めて帰るか」


将臣がそう提案すれば、鶴岡八幡宮から集団で移動する一行。
さすがに総勢十二人もいれば、ちょっとした光景だ。
みんながみんな、同じ年齢なら学校の友人で済むだろうが、さすがにそれは厳しい物がある。
あちらにいたときは普通だったことが、現代では異質な物になってしまう。
その辺りは仕方ない事だとわかっているが、それが少しだけ寂しくもあった。





有川邸に帰ってくれば、とりあえず一息入れようとリビングへ移動した。
浅水と譲、朔はキッチンへ行きお茶の用意。
さすがに人数分のお茶を運ぶのは、一度では厳しい。
何度か小分けにするよりは、大人数で一気に運んだ方が早いということを、あちらの世界で譲は悟ったらしい。
リビングでお茶を飲んでいる間、誰一人として怨霊の事を話そうとはしなかった。
それは、望美を思いやってのことか否か。
だが、あのままにしておけないことだけはわかる。
怨霊を封印して、五行の乱れを整えなくては、彼らは元の世界に戻ることはできないし、こちらの世界にも何らかの弊害が出てくるだろう。
そうなると、望美の封印がどれほど大事な物かわかる。


「浅水」


カップを両手で持ったまま、ぼんやりとしていた浅水の隣りに、ヒノエがやってくる。
その手にカップがあるということは、まだその中身を飲みきっていないのだろう。


「何、ヒノエ」


ことり、と首を傾げてみれば、ヒノエの視線が自分のカップに向けられていた。
何もおかしな物は入っていないはずだが、何か気になる物でもあるのだろうか。
浅水は自分のカップとヒノエの顔を、交互に見比べた。


「浅水のソレ、何が入ってるわけ?」


つい、と指差して尋ねてくるのは、やはりカップの中身。
お茶にしてもそれぞれ好みがあるわけで、緑茶、コーヒー、紅茶等、一度で準備しなければならない種類も多い。
普段は紅茶を飲んでいる浅水だったが、今日は違っていた。
ヒノエもそれを知っていたから、あえて尋ねてきたのだろう。
いつもは琥珀色のはずのカップの中身は、今日は茶色だったから。


「これ?ココアだけど、飲む?」


何となく、甘い物が飲みたくて。
そう言えばこの間買い物に行ったときに、ついつい買ってしまったココアを入れていた。





たまに飲みたくなる甘いココアは、酷く、懐かしい味がした。





もしヒノエが飲むなら、新しく淹れ直さなくては。
そう思っていた浅水だったが、ヒノエにカップを取られてしまい、思わず顔を上げた。
そのまま彼を見続けていれば、自分のカップに口付けて中身を飲むヒノエの姿。
一口飲んで眉間に皺を寄せると、そのままカップを浅水へと戻す。


「随分と甘いね」
「そう?これくらいでちょうど良いと思うけど」


返されたカップの中身を飲みながら、そこまで甘いだろうかと考える。
そういえば、ヒノエが今飲んでいるのはコーヒーだったはず。
彼のカップを取って一口。
今度は浅水が眉間に皺を寄せる番となった。


「苦っ。こんなの飲んでたら、ココアが甘く感じて当然じゃない」


慌ててヒノエにカップを返し、口直しにココアを飲む。
そんな浅水の様子を見ていたヒノエは、小さく笑んだ。
クスクスと喉を乗らすヒノエに、嫌な予感を覚えて眉をひそめる。


「な、何よ」
「間接キス、だね」


そんなことを言うヒノエに、浅水はどっと疲れを感じた。
そもそも、間接キスというのなら、お互いがカップの同じ場所から飲まなければならない。
ヒノエが自分のカップからココアを飲んだとき、浅水の飲んでいたちょうど反対側から飲んだから、間接キスとは言わない。
それと同じように、自分がヒノエのカップから飲んだときも、ヒノエの口とは反対側から飲んだのだ。


「実は浅水が飲んだ場所、さっきまでオレが口を付けて飲んでたんだ」


楽しそうに告げる彼は、清々しいまでにサラリととんでもないことを言った。
それに目を丸くしたのは言われた浅水だ。
わざわざ自分が飲んでいた場所を変えて持つ必要がどこにあるのか。
それすらも考えてやったのだとすれば、浅水が言える言葉はただ一つ。


「この……っ、確信犯!」
「それに引っかかったのは浅水自身だから、自業自得、だろ?」


そこまで言われてしまっては、ぐうの音も出なかった。
確認しなかった自分も悪いのだ。
というより、わざわざどこから飲んだ?などと確認するような神経は持ち合わせていない。
それ以前に、間接キスといういらない知識を覚えてきたことに、頭痛の種が増えたと思わざるをえない。


「オレとしては、カップ越しじゃなくて、直接してもらった方が嬉しいんだけどね」
「っ……馬鹿」


唇を指差すヒノエに、思わず頬に血が上るのを止められない。
十年も一緒にいたヒノエに対して、こんな感情を抱くなんて、考えたこともなかった。
まるで、これが初めての恋じゃあるまいし。
どうしてこれほどまでに胸が高鳴るのか。










きっと、あまりにも現代と違和感がないせい。










格好も、言葉も、何一つ違和感を感じさせない。
まるで、現代で生まれ育ったと言われても、納得できてしまう。
そのせいだろう。
ヒノエが、少しだけ違う人に見えるのは。


「惚気るのは、二人だけの時にして欲しい物ですねぇ」


そんなとき聞こえてきた第三者の声に、浅水は頭を抱えたくなった。
彼の人は、これ以上問題を起こそうというのだろうか。
それよりも、この二人が顔をつきあわせた場合、いつもろくなことが起きないのだ。
それに、巻き添えを食らうのはいつも自分。
いい加減にして欲しい。


「ハッ、そういうのを、負け犬の遠吠えって言うんだよ。叔・父・さ・ん」
「何を言うんですか、た・ん・ぞ・う。大体、彼女を亡くして消沈していた君を、誰が正気に戻したと思ってるんですか?」
「っるさいな。アレは不可抗力だろ」
「ふふっ、君が僕に見せた、唯一の汚点でしょう?」
「わかってて言う辺り、ホンット厭味なヤツだな」
「褒め言葉として取っておきますよ」


始まった……。
久し振りに見た二人の言葉の攻防は、本当に自分が止められるのだろうかと躊躇してしまうほど。
逆に、このままそっと二人の側から離れても、気付かないのではと思うくらいに白熱している。
浅水は周囲を見てから、そっとその場を後にした。
そんな彼女が避難場所に選んだのは、敦盛の隣。
ちょこんと彼の隣りに腰を下ろせば、驚いたように敦盛が目を見開いた。


「ね、敦盛。聞きたいことがあるんだけど」
「私に答えられることならば……」


控えめながらも、こちらの言葉にできる限り答えようとする姿は、生前と変わることがない。
そんな敦盛が浅水は好きだった。
たとえ怨霊であろうとも。















「敦盛はさ、望美が見たっていう人、見えた?」















敦盛だけに聞こえるように声を潜めれば、ピクリと彼の身体が動いた。
恐らく、それが事実。


「…………いや」


浅水の視線から顔を逸らすように俯き、小さく答える姿は、どこか痛々しい。
その様子からすると、敦盛の知人なのだろうか。
けれど、自分たちの他に時空を越えてやって来た人がいるという話は聞かない。
ならば、一体どうやって現代までやって来たのか。


「それよりも、浅水殿には見えたのか……?」


浅水も自分と同じ場所にいたことを思い出したのか、敦盛も同じ事を聞いてきた。
だから、返した言葉は一つだけ


「さぁ?」


否定とも、肯定とも取れるその言葉は、敦盛が答えを導くには不十分で。
でも、浅水自身にもよくわかっていなかったことだけは、まぎれもない事実。










翌日、鶴岡八幡宮へ再び出向いた望美は、もう一度その人物と会うことになる。










今思えばそれが、全ての始まりだったのかもしれない。










コーヒーとミルクの渦 










閑話という息抜き。
オリジナルは書きやすいけど、後々のつじつま合わせが複雑になる……。

2007/12/19



 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -