重なりあう時間 第二部 | ナノ
考えてみれば、戦なんかとは無縁の世界で生きてきた。
だから、彼女の態度は思えばごく自然なこと。
でも、どうしてそんな言葉が出てきたのかは、わからない。
Act.8
浅水たちが鶴岡八幡宮へたどり着いたときには、すでにみんなの姿があった。
「みんな、無事だねっ!?」
望美が声をかけながら、慌ててみんなの側へと駆け寄る。
気丈にも、仲間の心配をする望美の姿は、あちらの世界にいたときと変わりない。
そして、そんな望美に真っ先に反応するヒノエも。
「もちろん。早かったね、姫君。待ってたよ」
「ほんと、助かったよ」
ヒノエの言葉に同意したのは景時だった。
その表情を見ると、望美がやってきたことに、心底ホッとしているようだ。
それほどまでに強い怨霊なのだろうか?と少々頭を悩ませたが、怨霊を封印できるのは、白龍の神子である望美だけだということを思い出す。
他の八葉では、消滅させてもまた蘇ってしまう。
黒龍の神子である朔は、鎮めることはできても封じることはできない。
それに、怨霊を封印しなければ、五行が戻らない。
つまりは、そういうことだ。
景時も、言い訳のようにそれを望美に告げている。
どうやら今は結界で怨霊を抑えているらしい。
「怨霊は……あれか。階段に」
会話に参加せず、怨霊の姿を探していた敦盛が、階段に目的の姿を見付けた。
浅水も敦盛の言葉を聞き、階段を見やる。
そこには、確かに陰の気を纏った怨霊の姿。
つい二週間前には、普通に対峙していたそれが、目の前に、いた。
「ギシャアアアアアァッ!」
何とも言えない咆哮を上げる怨霊は、景時の陰陽術によってその動きを封じられている。
だが、その姿はあちらの世界で見ていた物より、どこか大きく感じられた。
それは、久し振りに怨霊を見たせいだろうか。
「……大きいね」
望美の言葉に、そう思っていたのは自分だけじゃないと、少しだけ安堵する。
「だが、ただの怨霊にすぎん。皆の力を合わせれば、臆することはない」
けれど、継いで聞こえてきた九郎の声に、浅水は思わず溜息をついた。
大きさはどうあれ、ただの怨霊にすぎないかもしれない。
みんなの力を合わせれば、臆することもないだろう。
何せ、それぞれ名のある武将だったり、陰陽師だったりするのだ。
腕に覚えがあるのも確かだ。
けれど、武器を持っていないこの状況で、どうやって怨霊を弱らせるというのか。
それとも、自分や望美、敦盛以外は武器を持参したとでもいうのだろうか。
源平の時代とは違うのだ。
現代世界で剣や刀を持っていては、銃刀法違反に捕まる。
それを、現代組の将臣や譲が知らないはずはない。
「浅水、こっち」
ぐい、と腕を掴まれて振り返れば、そこにはヒノエの姿。
彼に引かれるまま移動すれば、連れて行かれたのは怨霊から離れた場所。
あちらにいたときから戦力外だった浅水だ。
現代で元の姿に戻ったことにより、戦力外に更に輪を掛けることになったはず。
今は、足手まといもいいところ。
戦うこともできない、封印もすることが適わない自分は、みんなの邪魔にならないように。
みんなに迷惑をかけないように。
遠く離れた場所から、成り行きを見守ることしかできない。
四神の協力を得て、せっかく力になれると思っていたのに。
それすらも、できない。
果たして、自分がここまで来て良かったのだろうか、とさえ思ってしまう。
無力な自分が一緒にいたら、心配させる分だけ、みんなに負担がかかる。
自分の身すら守ることのできない人間が、どうして戦場に立つことができようか。
「望美が封印するまで、お前はここで待っててくれ」
「うん。自分の立場くらい、わかってるよ」
少しだけ肩を竦めてみせれば、そっか、と小さく声を上げる。
ヒノエがわざわざ言い聞かせなくとも、下手な手は出さない。
不安要素は、安全な場所で大人しくしている。
みんなの元へ戻るヒノエの背中を見送りながら、浅水は近くにある木に背を預けた。
離れたところから傍観すれば、見えなかった物も見えてくる。
そもそも、一般人がこんな怨霊の姿を見ていたら、騒ぎになっていただろう。
それがないということは、怨霊を抑えるときに周辺にも結界を張ったのか。
結界を張るのは鬼であるリズヴァーンもできるから、役割を分担したのかもしれない。
怨霊を抑えるのと、結界を張るのと。
「行くぞ!」
九郎が声を上げれば、望美以外の誰もが自分の武器を構えた。
その姿に、やはり武器を持参していたのか、と思わず呆れてしまった。
丸腰で怨霊に立ち向かうのは確かに厳しいが、一体どうやって──。
「……あ、景時の陰陽術か」
不意に思い浮かんだ考えは、思い返せば自然なことで。
だったら望美たちの武器も持ってきてやればいいのに、と思わずごちる。
それを言ったところで、自分が戦闘に参加できるわけではない。
言うだけ無駄だということは目に見えている。
けれど。
みんなの姿を見ていた浅水は、望美の様子がおかしいことに気がついた。
多分、一緒に戦うみんなも気付いているだろうソレ。
いつもなら、率先して怨霊に立ち向かっていくはずの望美が、まるで硬直したようにその場から動かない。
丸腰のせいか、とも思ったが、どうやらそれだけではないらしい。
「キシャアアアアァッ!」
再度咆哮を上げる怨霊。
望美がやってきたことで、封印できると思ったのだろう。
だから、多少結界が弱まっても大丈夫だと。
それなのに。
「できない……っ!」
望美の口から零れた言葉。
その言葉は、その場にいたみんなを驚かせるには充分で。
まさか、白龍の神子である望美が、できないと口にするとは思いもよらないこと。
「私、できないよ!」
「先輩っ?どうしたんですか、様子が──」
望美の異変に気付いた譲が、真っ先に彼女の元へと駆け寄る。
けれど、視点の合わない目で、どこか明後日の方を見ている望美には、そんな譲の声すらも届かない。
浅水は望美の元へ行こうかと思ったが、動きそうになる足をぐっと、留めた。
(今自分が行っても、何の役にも立てない)
作った拳を、強く握りしめる。
手の痛みよりも、側へ行けないことの方が、ずっと痛い。
ただ、見ているだけしかできない自分が、酷く恨めしい。
どうして、自分だけが元の姿に戻ってしまったのだろうか。
あちらの姿ならば、多少なりとも助力できたかもしれないのに。
「望美っ!馬鹿、くるぞっ!!」
「あ……」
結界を壊しはしない物の、それでも怨霊は望美目掛けて攻撃してきた。
将臣の声で何とか回避するが、やはりどこか心ここにあらずだ。
「何やってんだ!ぼーっと見てる場合じゃねぇだろ」
「将臣くん」
怨霊との戦いは、まさに命のやり取り。
戦とは似て異なるが、その根源は似ている。
気を抜けば、いつやられてもおかしくはないのだ。
「………………」
黙って望美を見つめるリズヴァーンは、彼女が今何を思っているのかを知っているのか。
厳しい視線の中にも、どこか切なさが潜んでいる。
「望美……?お前、震えているのか?なぜ……」
九郎の言葉に、浅水は思わず眉をひそめた。
あの望美が震えている?
まさか、考えられるはずもない。
自分の知っている、あちらの世界での望美は、いつだって強く、勇敢だった。
そんな一面しか見ていないせいか、彼女が震えるなど、考えたこともない。
けれど、よく考えれば望美だって普通の少女に過ぎないのだ。
白龍の神子と言われ、あちらの世界で剣を取った。
けれど、それまでは武器など一切手にしたことのない、普通の女子高生。
恐怖を覚えて当然。
「待て、九郎。今話せる状態じゃねえ」
今なお震えている望美に、将臣の表情も厳しくなる。
目の前の怨霊を封印することも大事だが、望美の状態の方が優先事項。
しばしの逡巡の後、将臣は大きく溜息をついた。
「……いったん退くしかねぇな」
引き際を知るのも、将としては重要。
恐らく、将臣がそう言ったのは、今の望美では封印どころか、戦力としても望めないからだろう。
浅水と同じように。
「そうですね。仮に僕たちでアレを倒せたとしても、望美さんがこの様子では、怨霊を封印することはできない」
弁慶の固い口調が、事の重大さを物語っていた。
「……ごめん、なさい……」
小さく呟くと、その場に崩れ落ちる。
それほどまでに、望美の様子は酷かった。
「望美の異変と、私の異変……共通点は、何」
離れた場所で望美を見ていた浅水の口から、何気なく言葉が零れた。
強い人なんてどこにもいない
浅水と望美がグルグルしてます。
しかも、長すぎて一話じゃ収まらなかったという罠(爆)
2007/12/17