始まりの場所 | ナノ
 




千尋を待つ人がいると言われ、向かった先は神邑。
そこに行けば、出迎えてくれた采女が「審神者の君が待っている」という伝言を残して行った。


審神者の君と呼ばれて思い出せる人は、一人しかいない。


しかも、真澄にとっては出来ることなら会いたくもない人物である。
幸いにして、この場にいるのは風早や柊、忍人といった顔馴染みがいる。
自分一人くらい抜けたところで、きっとあの人は何も言わないだろう。
いや、言うかも知れないが、本人の耳に入らなければ言わないのと同意だ。

チラリと周囲を見回せば、風早が千尋や那岐に「審神者の君」について説明しているところだった。
真澄がいるのは最後尾で、しかもみんなより少し離れた場所。
ここならば、自分がついて行かずとも気にしないだろう。
それとも、このまま引き返した方が早いだろうか。
だが、引き返すならみんなが移動を始めたときの方がいい。
このまま動いては自分の足音が響いてしまうだろう。


「ここまで来て船に戻るのか?」


ふと聞こえてきたアシュヴィンの声に、ドキリとする。
まだ動いていないのに勘付かれたか、と思ったが、どうやらそれは真澄にではなく千尋に向かって掛けられた言葉だったらしい。
そのことにホッと安堵しながらも、紛らわしいと思ったのは事実。
だが上手い具合に先に進むことになったので、このままここで少し待って、みんなと離れてから移動することにする。


「真澄、どこか具合でも?」
「別に……どうもしないよ。それより、柊は一緒に行かないの?」


みんなが移動を始めても動かない真澄に、具合でも悪いのかと柊がその場に留まった。
どうして気付くんだ、と内心ごちながらつっけんどんに返事を返す。
自分は平気だから早く二ノ姫の元へ行けと言っても、だったら真澄も一緒にと、聞いてくれる気配は全くない。

結局この場から逃げ出すことも出来ないまま、真澄は柊と一緒に千尋たちの向かった場所へと行くことになった。










どうやら真澄と柊がいないことに気付き、千尋たちは二人が来るまで審神者の君の扉の前で待っていたらしい。
いらぬ親切大きなお世話、とぼそりと呟く真澄の言葉に苦笑したのは、直ぐ隣にいた柊だけ。
全員が揃ったところで審神者の君と顔を合わせれば、そこにいたのは真澄が思っていたとおりの人。


中つ国の重鎮で常に政に関わっていた狭井君、その人だった。


そのことに、やっぱりかと思う。
ここ熊野には、かなりの兵が逃れて来たはず。
もちろん、逃げたのは兵だけではない。
狭井君のような、王家に仕えていた人だって多い。

逃げることが悪いとは言わない。
戦う力のない者は無駄にその命を散らすより、逃げていつの日か中つ国を再建するために生き延びていて欲しい。

けれど、そういうものを抜きにしても、真澄は目の前にいる狭井君が苦手だった。
いや、苦手と言うよりも嫌悪する気持ちの方が強かった。


「よくぞお戻り下さいました、二ノ姫」


耳に届く狭井君の声。
千尋の帰還を喜んでいるのだろうか。
柔らかい口調といえばそうなのかもしれない。
けれど、ときにはその口調、その声で非情な言葉を口にする。


「あなたが戻られる日を、一日千秋の思いでお待ちしていました」
「私を、待っていた……?」
「ええ、私だけではありません。中つ国の民、全てが……」


そこで一度言葉を切り、意図的に狭井君が真澄を見た。
狭井君の視線を感じた真澄は、直ぐさま嫌な感じが胸に湧くのを覚えた。


「そう、その中でもとりわけ真澄が夢見ていたのですよ」
「っ!」



やられた。



そう思った時には、全てが遅かった。
その場の全員の視線が真澄へと向けられる。
向けられる視線のほとんどは、どれも信じられないと言わんばかり。
千尋ですら、驚いたように真澄を凝視している。

それはそうだろう。
今まで真澄の千尋に向ける態度は、臣下としてのそれとは少し違う。
どこか壁を作っているような、そんな距離があったのだから。


「真澄、本当に?」


驚きながらもどこか嬉しそうに尋ねてくる千尋に、狭井君への憎悪が更に募る。
どうしてそんなことを目の前の彼女に言われなければならないのか。
真澄はぐ、と奥歯を強く噛みしめた。



「だから私は、あなたが嫌いなんだっ!」



吠えるように、一声。
まるで地の底を這うような声を上げると、真澄はそのまま踵を返して部屋から出て行った。


「真澄っ!」
「あっ、おいっ」
「やれやれ……」


後ろから何か声が聞こえてきたが、そんなことに構ってなどいられない。

ここが熊野でなければ。
会っていたのが狭井君ではなく、岩長姫だったら。

そんな、とりとめのないことが頭の中で回っていた。










何も言わず部屋から飛び出した物の、そのまま天鳥船に帰るわけにもいかず、真澄は中庭に身を寄せていた。
しばらくすれば、頭も随分と冷えてきた。
けれど、狭井君に謝罪するつもりは、さらさら無かった。


「真澄」
「また柊か」


名を呼ばれて振り返った先にいたのは柊。
何が楽しくて自分を捜しに来たのだろうか。
それとも、船に戻ると自分を呼びに来てくれたのか。
どちらにせよ、ここから離れるならば何でもよかった。


「あなたは昔から狭井君に反発してばかりでしたね」
「うるさい。こればかりはどうしようもないことだ」
「なぜ、そこまで狭井君を嫌悪するんですか?」


苦手意識を持つだけならば、何となく理解も出来よう。
けれど、真澄の狭井君に対する態度は苦手意識だけとは違うようにも思う。
その原因となる何かが、二人の間には存在するのだろう。


「ねえ、柊」
「何ですか?」
「柊は、どうして私が狭井君を嫌うのか、知ってるんじゃないの?」


自分の出自を知っている数少ない内の一人なら、全て知っているのではないだろうか。
そう思うことが度々ある。
だが、いつだって柊はそれを肯定したことはない。


「あなたのことは私も詳しくは知らないのです」


そう言って誤魔化されるのも既に何度目だろう。
知らないならいっそのこと、教えるのもいいかもしれない。
どうして自分が狭井君を嫌うのか。
その理由を。

真澄が口を開くと同時に、一陣の風が中庭の植物の間を通り過ぎた。










「……私は、昔あの人に殺されたからね」










自分を殺した人間を、どうして好きになることが出来ようか。

幸か不幸か、真澄の言葉は木々のざわめきに掻き消されて、柊の耳には届かなかった。





好きとか嫌いとかじゃない。
それ以前の問題だよ





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隠された事実
2009.4.15


 
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