始まりの場所 | ナノ
 




昼食の後堅庭に出れば、良く晴れた空が広がっていた。
まだ中天に近い場所にある太陽は、若干日差しが強い。
周囲を見回せばそこに人の姿はない。
けれど、いつ誰が来るか分からない場所だ。
風早ならまだしも、忍人や足往に見つかったら何か言われるのは必至。


「やっぱり、昼寝ならあそこだな」


天鳥船に来てから見付けた、お気に入りの場所。
そこを知っているのは自分ともう一人だけ。
誰も知らないからこそ、秘密の場所でもある。
真澄は堅庭を突っ切って、その場所へと足を向けた。










壁伝いに下に降りれば、そこはちょっとした空間が広がっている。
日差しを遮る木陰は、この時間は役に立ちそうだ。
それに、いい感じに風も吹いている。
昼寝をするには最適だろう。


「さて、と」


壁に背を預け、頭の後ろで腕を組む。
堅庭から見る景色も素晴らしいが、ここから見る景色もそれなりにいい。
何より、こんな場所が人知れず存在していることが有り難い。

岩長姫が自分に千尋たちの面倒を押しつけたりするから、国見砦にいたときですら満足に自分の時間が取れなかったのだ。
たまにはのんびりと、一人の時間を過ごしたいと思っても罰は当たらないはず。
それに、姿を眩ませていれば、上手い具合に夜見へ行かなくてもいいかもしれない。
僅かばかり期待してしまうのは仕方のないこと。
そんなことを思いながら、真澄は重くなってきた目蓋を閉じた。



「あれ、先客がいたみたいだね」


聞こえてきた声に、ぼんやりと気怠げに目蓋を押し上げる。
この場所へ来るような人は一人しかいないから、気配を感じてもそのまま寝続けていられる。
けれど、声を掛けられてはいつまでも寝ていられない。


「那岐がここに来たってことは、今日は夜見へ行かないのか」
「さぁね。それを決めるのは千尋で、僕じゃないよ」
「ごもっとも。でも、二の姫が那岐を置いていったことはないだろう?」


五年もの間、一緒にいたせいだろうか。
千尋は風早と那岐が一緒に行動することを好んでいる。
もちろん、始終行動を共にするというわけではないが、どこかへ出るというときは必ずと言っていいほど。
従者である風早は別として、那岐もというのは、彼の性格の問題のせいだろうか。


どちらかというと、那岐は真澄と似ている節がある。
自分から面倒事には手を出さない。
むしろ、人を避けているような気さえ感じる。
だからといって、根掘り葉掘り聞こうとも思わないが。
そのことを言わないということは、何か理由があるのだろう。
人に秘密は付き物だ。
真澄にだって、人に言えない秘密を持っている。


「それは否定しないよ。それより、少し詰めてくれない?」
「ん?ああ、わかった」


自分が日陰になっている場所を占拠しているせいで、那岐の居場所がないのだろう。
あったとしても、直射日光が当たってしまうようなところばかりだ。
真澄は少しだけ横にずれて、那岐の座るスペースを作ってやる。
それを見ると、那岐はするりとそこに座り込み、真澄と同じように壁に背を預けて腕を頭の後ろに組んだ。


言葉を交わさずとも苦痛じゃない空気。
それが那岐と真澄の間にはあった。
お互いに干渉するのを良しとしていないからか、それともこの場には昼寝に来ていると知っているからか。


ぼんやりと空を眺めていれば、第三者の気配を感じて真澄は眉を顰めた。


この場所を知っていて来たのか。
それとも、それ以外の理由からか。
どちらにせよ、見つかってしまってはこの優雅な一時も終わりだろう。
けれど、一体誰が?
真澄がそう思うのと、那岐が声を出したのは同じ瞬間だった。


「そのまま行くと、落ちるぞ」


落ちる?
那岐の言葉に思わず首を傾げていれば、目の前の枝から見覚えのある布。
そして、直ぐさま陽の光に反射する黄金色が目に入った。


「わ……っ、この下ってベランダになってたんだ」
「やっぱり千尋か」


現れた人物と、何事もないように会話を続ける那岐に、真澄は思わず頭を抱えた。
普通に姫として育ってきたわけではないから、少しくらい破天荒でも許されるだろう。
けれど、木の枝を伝って来るというのはどうだろうか。
これでは忍人でなくとも、口うるさくなりそうだ。


「那岐だけじゃなくて真澄もここにいたんだね」
「ここは最高の昼寝場所だからね」
「もー、そう言って二人ともいつもごろごろしてるじゃない」


千尋の言うことも一理ある。
けれど、わざわざそれを言う必要もない。
何もせずにこうして過ごせるならば、それはそれで満足なのだ。


「さて、もう一眠りするか」
「二の姫。戻るなら木の枝じゃなく、そこの壁から上に行くといいよ」
「壁?」


既に寝る体勢に入っている那岐の変わりに、真澄が千尋へ戻る場所を教えてやる。
もし木の枝が折れて、千尋が怪我でもしたらそれこそ一大事だ。


「そう、そこの壁にくぼみがあって、広場の壁から降りられるようになってる」


指で示せば、千尋はわざわざその場所へ確認しに行った。
そのまま上に戻るのかと思いきや、再び自分たちの方へ戻って来る。
一体何がしたいんだろうか。
それを聞いたところで、自分には関係ないかと頭のどこかで思う。


「千尋、戻ってもこの場所のことはあんまり他人には言うなよ」


目を閉じながら口止めをした那岐に、千尋はどうして?と不思議そうに訊ねた。
けれど、真澄には何となく那岐の気持ちが分かった。
この場所を誰かに教えられては、せっかくの避難場所がなくなってしまう。
静かな場所を知るのは少人数でいい。


「しょうがないね。じゃあ、内緒にするから、私もたまになら来てもいい?」


けれど交換条件を持ってくる千尋も、転んではタダでは起きないらしい。
千尋の言葉に、目を閉じていたはずの那岐が目を開いてどうする?と無言で訴えている。
確かにこの場所は那岐だけの物ではないから、当然と言えば当然なのだが。


「二の姫が文句を言わないなら、私は構わないけど?」


言いながら、それに告げ口をしないことも上げておく。
忍人や柊に見つかっては、何を言われるかわかった物じゃない。
真澄の言葉に、少し考えてから千尋は頷いた。
千尋にこの場所を知られてしまったのは痛いが、たまに訪れる程度ならいいかと思う。


「何なら千尋も、昼寝同好会に入るか?」
「「昼寝同好会」なんて、会員は那岐と真澄しかいないじゃない」


耳慣れない言葉に、一体何のことだと視線で訴える。
そもそも、そんな物に入った覚えは一度もない。


「面倒だから、千尋。説明頼んだ」
「ちょっと、那岐!」


その後、千尋から同好会の説明を聞いて、それなら入ってもいいかなとなんとはなしに考えた。


結局、千尋と那岐は夕方まで昼寝をし続け、探しに来た足往の声で目を覚ました。
それより少し前に目を覚ました真澄はその場を後にして仕事をしていた。
けれど、千尋が話さずとも二人がいた場所が見つかってしまい、それからその場所に誰かしらいるようになったのは、別の話。





休憩中 
いつもっていう突っ込みは聞かない方向で





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那岐の恋愛必須イベント
2009.1.25


 
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