始まりの場所 | ナノ
 




どうして自分が軍議に出席しなければならないのか。



そんなことを思いながら、真澄は耳に入る言葉を右から左へ流していく。
その場にいるのは二の姫である千尋や風早、那岐、サザキ、柊、忍人、布都彦、遠夜。
それに道臣といった面々。
一部、将軍職に当たらない者もいるが、それはそれ。
そもそも、自分が千尋たちの面倒を頼まれたのは国見砦にいたときであって、今は関係ないことだ。
自分が軍議に参加したところで、口出しする理由もなければ、するつもりもない。
何か発言することがあっても、それは独白でしかないのだ。
それをよく知っているのは、風早であるというのに。


彼らが話しているのは今後の動向について。
ひいては、出雲にある磐座についてだ。
どうやら出雲の領主となった若雷が、かつて神の眠っていた地──磐座──に新たなたたら場を作ったらしい。
その後、磐座はどこか別な場所に移されたようだが、その場所がわからない。
話を聞いた千尋が思案に暮れていれば、かつん、と靴音を鳴らして一歩前に出た人物がいた。
その人物を視界で追って、思わず真澄は目を細める。
この男が関わると、ロクなことが起きないような気がする。


「……杞憂なら、それでいいんだけどね」
「真澄?」


思っていことがそのまま言葉として出ていたらしい。
それを聞き咎めた忍人が自分の名を呼ぶが、何でもないと答えて再び柊を見る。


「姫、柳眉を顰め、何をお悩みですか。場所を知る者はおりますでしょう?」


嫣然と柊が微笑めば、今まで悩んでいたことが些細なことのように感じられる。
けれど、それを素直に受け取ってしまうのは、彼の策に嵌ったような気がして気に入らない。
そう感じる真澄とは反対に、千尋はパッと表表を輝かせた。


「もしかして、柊は出雲の磐座の場所も知ってるの?」
「いいえ」


千尋の言葉に、申し訳なさそうに首を振れば、途端にその表情に翳りの色。
だが、そこで終わらないのが柊という男だ。
その後に続いた言葉は、案の定、打開策と呼んでもいいそれ。
けれど、普通だったら考えもしないことだった。


「常世の国の人なのに、どうやって聞くの?」


直接若雷に聞けばいい、と言った柊に、真澄は痛くなった頭を押さえた。
普段から突飛な発言をする柊だが、まさかこんなことまで言い始めるとは。
現在の自分たちがどういった立場なのか、本当に理解しているのだろうかと疑いたくなる。


「仮に若雷に会いに行ったとしても、すぐ捕まるんじゃないの」


口出しするつもりはなかったが、つい口を挟んでしまった。
柊のその策を実行したところで、成功するとは限らない。
逆に、失敗して捕まる確立の方が高いのではないだろうか。
そう思った真澄の考えは、どうやら柊に伝わったらしい。
だが、真澄の言葉に答えたのは柊ではなく風早だった。


「そうとは限らないんじゃないかな。俺たちが叛徒──中つ国の者だとわからなければ」


そういう手があったか。
風早が何を言いたいのか理解して、思わず舌打ちする。
遠方からの旅人が国長に便宜を願い出るのは良くあることだ。
自分たちの身分さえ隠し通せれば、夜見にある若雷の邸を訪れても怪しまれることはないかもしれない。

布都彦も、千尋に自分が考えていたことと似たようなことを言っている。
それはつまり、このまま若雷に会いに行くということか。


「い、いや、布都彦。しかしそれは、あまりに危険では……」
「他に方法がないなら仕方ありません。危なくなったらすぐに逃げられるようにして、行ってみましょう」


思わず口を挟んだ道臣に、千尋が意思を持った瞳でハッキリと言えば、彼もこれ以上何も言えなくなったらしい。
渋々ではあるが、千尋の言葉に頷いた。
元々戦が嫌いな彼のことだ。
できることなら、確実に安全な道を取りたいに違いない。
けれど、他に方法がないのではそれを選ぶしかないのだ。


「姫、夜見ならば私もよく知る場所。ご案内いたしましょう」
「うん」


見知らぬ場所を無闇に歩くよりは、知っている人に案内してもらった方が確実。
そう思って名乗り出たのだろう。
布都彦の後を追って千尋が歩き出そうとすれば、思わぬところから待ったが掛けられる。


「あぁ、待って下さい」


それに思わず立ち止まり、声の主を探す。
もちろん、その声はこの場にいる人の物であり、聞いたことのある声だ。
けれど、呼び止められる理由が判らない。


「風早殿?」
「布都彦、その呼び方、気を付けて」
「え?」


一瞬、何を言われたのか理解できずに、思わず聞き返す。
けれど、風早はそのままぐるりと室内を見回した。


「柊も忍人も、真澄と……サザキも、かな」


自分の名を呼ばれたことに、思わず真澄が顔を顰める。



嫌な予感がする。
それも、とてつもなく。



思わずこの場から立ち去りたい気持ちだが、この場の空気がそれを許さない。
一件、何の意味もないように見える、名前を呼ばれた人たちの共通点。
それは一体何なのか。





「行く途中は構いませんが、出雲の領主の前で「姫」なんて読んだら、どんな言い訳でも一発でばれてしまいます」





そんな風早の言葉に、思わず唇を噛んだ。
いつも呼んでいる呼び名は、咄嗟の時に口に出てしまう。
いくら立場を誤魔化したところで、それを呼んでしまっては元の木阿弥。
だが、ちょっとした抵抗で彼女を「二の姫」と呼んでいる真澄にとっては、出来ることならそれ以外の呼び名で呼びたくはない。


「で、ですが、ならば姫のことは何とお呼びすれば……」


狼狽えている布都彦に「千尋」でいい、と言ったのはその千尋本人。
本人からすれば、名前で呼ばれることにそれほど抵抗もないのだろう。
そういえば風早も那岐も、彼女のことは名前で呼んでいる。
だが、ある意味堅物なこの布都彦に、それが通用するとは思えない。


「なりません!姫と臣下の身でありながら、ねっ、ねんごろな……っ!」
「ね、「ねんごろ」?」
「……アホらし」


顔を赤くして、必死に訴える彼の姿に、周囲の視線が生温い物になる。
ましてや、彼の兄を知っている自分たちからすれば、兄弟でどうしてこうも違うのだろうかと思わずにはいられない。


「千尋、放っておいてさっさと行こう」
「那岐、そういえばずっと気にかかっていたのだ。なぜ君は姫に対し、そう礼を失した振る舞いを──」


付き合ってられない、とばかりに出て行こうとする那岐に、布都彦が後を追う。
そんな二人の姿を目で追えば、次は残された自分たちの番になる。


「そうですね……姫という呼び方が良くないというのであれば、我が君ではいかがでしょう」
「姫と呼ばなければいいのだろう?ならばそう呼ばなければいいまでのこと」


相変わらずの二人に、思わず乾いた笑いがついて出た。
というより、柊の呼び方は余り変わっていない気がするは気のせいだろうか。


「柊、それじゃ変わりないと思うけど」
「そうですか?ですが、私がお仕えするのは我が君だけ。おいそれと、その名を呼ぶわけには参りません」


千尋の言葉に気にした様子もなく、いけしゃあしゃあと言ってのける。
どうやら、柊はそのまま我が君で通しそうだ。


「真澄は、私のこと「千尋」って呼んでくれるよね?」


どうやら無駄だと悟ったのか、今度は千尋にその矛先が向けられた。
呼ばずに済むなら呼びたくない。
自分も、忍人のように姫と呼ばなければいいのだろう、と言えばいいのだ。
そうすれば、彼女の名を呼ばずに済む。


「ね、真澄」


けれど、自分を見る千尋の瞳が酷く真剣で。
どうしたもんかと思わず周囲を見回せば、風早と目が合った。
助けてくれ、と目だけで訴えれば、彼が小さく肩を竦めたのがわかった。


「真澄」


尚も自分を見つめる瞳。
そして、その瞳に映る自分の姿。
これで「駄目だ」と言える人がいるのなら、その人物を拝んでみたい。










真澄が白旗を揚げたのは、すぐ後のこと。










ここまで来てどうしてそんなことが言える? 
名前で呼ぶのは夜見にいる間だけだから!





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千尋を名前で呼ばないのは、ちょっとした真澄の意地
2009.1.7


 
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