始まりの場所 | ナノ
勝つにせよ負けるにせよ、明日でこの戦の全てに決着がつく。
常世の国に中ツ国が落ちてから、五年。
決して、短くはなかった。
「明日で全てが終わる、か」
堅庭で空を見上げながら真澄は小さく呟いた。
自分は長い間、この日が来るのを待ち望んでいたはずだ。
それこそ、生まれてからずっと。
『……真澄』
「遠夜がわざわざ探しに来たってことは、千尋……二ノ姫から何か言われた?」
耳に届く遠夜の声に、明日のことについて千尋が話でもあるのかと思う。
基本的に、遠夜が千尋以外の誰かを探すということはない。
彼の声が聞こえないということは、意志の疎通が難しいからだ。
『神子は何も言わない。でも、』
「こんなところにいたのか」
遠夜の声を遮るようにして現れた第三者。
耳慣れた声は、自分と同門で年が近い忍人。
だが、その気配は彼だけの物ではない。
明日の決戦を前に、わざわざ揃って自分の元へやって来るとは。
「三人そろって何の用?明日も早いんだから、寝ればいいのに」
「それは真澄もでしょう?」
「私たちの小さな姫は明日の戦を前に、何を思っているか気になりましてね」
懐かしい言葉を聞いた。
その言葉を最後に聞いたのは、何年前のことだろう。
久し振りに再会した後も、一度たりとてその呼び方はされなかったのに。
彼らが自分をそう呼ぶときは、必ず何かあるときだ。
「私はもうそんなに小さい子供じゃないけどね」
「俺たちから見れば十分子供ですよ」
そんなことを言われても、年の差ばかりはどうしようもない。
岩長姫のようになってもそう呼ばれたらと思うと、ぞっとする。
「何を思う、ね」
話題を変えるために、柊の言葉を口に出す。
思うことなど、今更何もない。
あるとすれば、ただ一つ。
「勝つにせよ負けるにせよ、早く全てが決まればいいのに。そうすれば、」
「真澄」
制止の声か、それとも窘めようとしているのか。
風早の声に、堅い物が入る。
だが、柊や忍人、遠夜は続きを聞きたそうにしている。
一度だけ風早を見れば、その瞳はこれ以上言ってはいけない、と言っている。
けれど、少しでも吐露してしまったら止められない。
止まらない。
風早に向けて緩く首を横に振る。
そうしてから、真澄は再び口を開いた。
「そうすれば、私はこの役目から解放される。やっと、自由を手にすることが出来る」
「役目とは、一体何のことですか?」
「これまで真澄は、一度でも自由ではなかったと言うのか?」
柊と忍人が、競うように問い詰めてくる。
柊はともかく、忍人が言っているのは自分の肩書きのことか。
真澄は将軍職につきたくないと言って、今の立場――岩長姫の下にいる。
それすらも、真澄の役目を考えれば仕方のないこと。
岩長姫もそれを理解しているから、一度言っただけで二度はなかった。
けれど、その役目を知らない忍人には、今の立場にいる自分が自由に見えるのだろう。
それに曖昧に笑むことで、遠回しに答えることを拒絶する。
今はただ、この気持ちを口に出したかっただけ。
詮索されても、元より答えるつもりはなかった。
『真澄は、神子のことが、嫌い?』
だが、思わぬ質問にぱちくりとまばたきを一つ。
「そうだね……嫌いというよりは、憎い、が近いかな」
突然言葉を紡いだ真澄に、三人の視線が集まる。
その瞳は、どれもが驚愕に見開かれていた。
『なぜ?』
「それはいくら遠夜でも教えられないよ」
「真澄は、遠夜の言葉がわかるのか?」
呆然とした忍人の声に、小さく肩を竦めてみせる。
「聞かれなかったから言わなかっただけ。彼の声は、いつだって私に届いていた」
それだけ告げると、真澄は堅庭を後にした。
彼らはまだ何か言いたいことがあるようだが、これ以上この場に留まっては、余計なことまで口に出してしまいそうだ。
「何も知らないのは、本人ばかり、ってね」
自分のこの気持ちは、きっと彼女に届くことはない。
ならばそれでいいのだろう。
「千尋。早く私を解放して」
懇願にも近いその願い。
叶えられるのは、千尋だけ。
本音が少し、あった。
言えることと言えないことがあるんだ
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決戦前夜。
2008.11.5