始まりの場所 | ナノ
 




気分転換でもしようと堅庭の方へと足を向ければ、いつものように聞こえてくる話し声。
流石に慣れもしたし、活気があるとは思うけれど。
どうして自分の行く先に必ずいるのだろうか。


「随分と思い切ったことをしましたね」
「だって」
「だからって、髪は女の子の命なんよ?」
「髪なんてすぐに伸びるよ」
「だったら、自分で髪を揃えれば?やる方の身にもなってほしいんだけど」
「う……っ、ごめんね?那岐」
「……別に良いけど」


声のする方へ近付けば、座っている千尋を囲むようにして立つ面々が見える。
どうやら、昨夜髪を切ってしまった千尋にみんなで意見しているらしい。

髪を切った理由を彼女は言わなかった。
けれど、真澄はその場を影から覗いていた岩長姫から、事細かに説明された。
いちいち報告しなくても良いのに、と溜息混じりで言ったら、逆に岩長姫に溜息をつかれてしまったが。


「あぁ、真澄じゃないですか。そうだ、千尋。真澄に揃えてもらいますか?」
「え、いいのっ?」


一体何の話だ、と思わず顔を顰める。
昔から、風早と柊が自分に話を持ちかけてくるときは、ロクなことが起きない。
どうせ今回もそうなのだろうと、真澄は多少の警戒態勢を作った。


「千尋の髪を揃えてくれませんか?」
「はぁ?」
「自分で結び目から切るからだよ」
「だって、そこからの方が切りやすいじゃない」


そして再び始まる口論。
視線だけで風早に説明を求めれば、へらりと笑って誤魔化される。


「私よりも、他に適任者がいるんじゃないの?器用貧乏な風早とか」
「器用貧乏って、酷いなぁ」
「うるさい。私はアレを忘れてないんだけど」
「あはははは」


キッと睨み付ければ、今度こそ本当に声を上げて笑い始める。
何のことかわからない千尋たちが首を傾げているが、別段わからずとも支障はないだろう。
そう思いながら、千尋の背後に回り込み、切られて乱雑になった毛先に触れる。
本当に勢いだけで切ったのだろう。
長さがまちまちだ。


「仕方ないね」


流石にこのまま、というのは見目にも問題があるだろう。
ましてや彼女は中つ国の総大将だ。
兵たちの士気にも関わりかねない。


「そういや、何で切るわけ?ここにハサミなんてないだろうし……」


アンタ持ってる?と那岐が風早に尋ねれば、持ってませんという返事が返ってくる。
別に、ハサミなどなくても髪は切れるのだ。
短刀があれば。

袖の内側に隠し持っていた短刀を手のひらへと出せば、鞘を抜いて千尋の髪の毛へと走らせる。
シャリシャリという音と共に、千尋の見事な金髪が地面へと落ちていく。


「へぇ、隠し武器なぁ……。さすがやね」
「っていうか、いつもそんなの持ち歩いてるわけ?」
「当然。いつ何があるかわからないからね」


それに、武器も持たずに水浴びをすれば、それだけで機嫌が悪くなる将軍もいるのだ。
暗器は持っておくに越したことはない。


「二ノ姫も、普段から何か持っていた方が良いかもね」
「そうだね。後で考えてみる」


そうこうしているうちに、千尋の髪の毛は綺麗に揃えられていく。
全ての長さが均一になったところで、真澄は手にしていた短刀を鞘に戻し、再び袖の中へと隠した。


「ありがとう、真澄」
「喜んでもらえたら何より。あ、それと風早」
「わかってるよ」
「ならいい」


他の人にはわからないような会話を風早と交わし、ひらひらと手を振ってその場を去っていく。
どこか静かな場所、と思い出したのは、柊がいる図書館。
あそこは滅多に人が来ないから、暫くは静かに過ごせるだろう。
どうせ風早との約束までは時間がある。
それまで、ゆっくりと眠ることにしよう。
そう考えると、真澄は図書館へと足を向けた。










夜も深まり、天鳥船にいる兵たちも眠りについた頃。
真澄は堅庭にいた。
見上げれば満天の星空。
こうして空を見上げると、常世と戦っている自分たちが、随分とちっぽけな物に思えてしまう。


「真澄、いますか?」
「ここにいるよ」


聞こえてきた声に応えれば、自分の元へとやってくる風早の姿。
その手には、昼間の自分と同じように短刀があった。


「本当にやるのかい?」
「やらなきゃ意味ないでしょ。どこかの誰かさんがいきなり切るのが悪い」


躊躇っている風早に、多少棘のある言葉を返せば、力なく笑ったのが気配でわかった。


「でも、切った後はどうするつもりだい?千尋と同じ長さじゃ、戦闘の時も酷いだろう?」
「そのときは布で髪でも覆っておけば大丈夫でしょ」
「確かにそうかもしれないけど……みんなに理由は聞かれるだろうね」
「気分転換、とでも言えばいいよ。ほら、早くやっちゃって」


早く早く、と急かせば、渋々とではあるが風早が持っている短刀で真澄の髪を切り落としていく。
しばらくすれば、自分の髪も千尋と同じ長さになっているだろう。





長い髪の毛が短くなるたびに、何かがなくなっていくような気持ちがした。





戦闘準備にバンダナを 
次の日、岩長姫以外には酷く驚かれた





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千尋と一緒に真澄も断髪式
2008.10.5


 
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